キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第34話「キヴォトスに務めて、それから」

 ある日、突如として未知の世界へ誘われた仮面ライダーガヴ=井上 ショウマ/ショウマ・ストマック。

 紆余曲折の末、彼はその異世界であるキヴォトスで先生となる事を決意。

 こうしてショウマの新たな物語の幕が上がったのだが……。

 

 

 

 

 

「終わんないよぉ!!」

 

 ショウマが発した叫び声が、S.C.H.A.L.E(シャーレ)のオフィス内に大きく響き渡る。

 彼にしてはかなり珍しい弱気めいた様子であるが、一体何があったというのだろうか?

 

『頑張ってください先生……リンさんもなるべく早く手を打つようにすると言って下さったんですから……。』

「それっていつ……?それまでの間にこれどうにかなる……?」

 

 ショウマが向けた視線の先には、書類の山。

 それも1つだけではない……今にも倒れてしまいそうな高さのそれが、ショウマが座っているデスクの3分の1を占める程の数置かれているのだ。

 しかもこれで全部ではない……机の上に置けないからといって、視線の先以外の場所にも同様のものが並べられていたりする。

 殴って蹴ってという戦いなら悲しき事に経験豊富であるものの、書類仕事という戦いは殆ど経験が無く、おまけに書類の内容はどれも元居た世界で得た知識が活用しづらい専門的なものばかり。

 そんな敵を前にしてはさしものショウマであっても音を上げるしかなく、アロナも側でショウマの事を励ましながらも同じ様な嘆息を画面の中で吐いている。

 そもそもこれらの書類の大半は本来S.C.H.A.L.E(シャーレ)の別の部署の者が担当し、精々が最終確認等で先生(ショウマ)の元に回ってくる流れとなる筈なので、こうして書類が山と積まれている事自体おかしな話なのだが、連邦生徒会長が失踪した影響が未だ拭えぬ今の連邦生徒会では、下手をすれば機能するかも分からぬ組織への人員の振り分けは優先順位が低かったようだ。

 

『先生……やはりこれからの事を思うと、あの制度を採用した方が良いのでは?』

 

 アロナが言うあの制度とは、近日ロックが解除されたシッテムの箱のデータに記録されていた、S.C.H.A.L.E(シャーレ)の運営形態についての1つの提案とも言えるもの。

 当番制度と題されているそれは、S.C.H.A.L.E(シャーレ)の部員として登録した各学園の生徒を、日々の業務の補佐として宛がう事が出来る制度である。

 S.C.H.A.L.E(シャーレ)の業務が多岐に渡るであろう事を想定してか、様々な事柄について事細かな記述が記されており、また申請が出された場合は相応の理由が無い限り最優先事項として採用すべしとの備考もあるので、このまま連邦生徒会に届け出れば恐らく直ぐにでも承諾を得られる事であろう。

 だがショウマはその提案に異を唱えたのだ。

 

「駄目だよ……アビドスの皆は忙しいだろうし、他の生徒の皆って言ったって……。」

『しかし近い内とはいえ、いつ人が配属されるか分からないのですから……募集を掛ければきっと生徒の皆さんは来てくれますよ?』

 

 この世界の学生達は、皆そう呼ばれる以上の重荷を背負っている。

 本人達は殆ど意識していないが、銃や爆弾等の武器を扱う責任。

 風紀委員会という名の、実質的な警察組織としての活動。

 果ては生徒会に所属して学校の運営や自治区の管理等、本来であれば大人(社会人)がやるべきであろう事を全て少女達が行っている。

 何故年端もいかない彼女達にと聞きたい所ではあるが、それを問う相手も居なく、故にショウマは迷ってしまっているのだ。

 普段から背負っている以上の重荷を背負わせてはならないのではと……普段から足りていないであろう時間を割かせる訳にはいかないのではと。

 

「でも……。」

『……分かりました。先生がそこまで仰るのであれば、私からはこれ以上何も言いません。お仕事に戻りましょうか。』

 

 といった様にショウマは制度の事が判明してからずっと判断を渋っており、それは今なお変わらないようだ。

 その優柔不断さにはアロナも手を上げざるを得ず、結局そのまま2人で地獄のような量の仕事に取り組む事となった。

 

『あ、因みに先生が今まで打ち込んだ書類、文字のサイズや種類がごちゃ混ぜになっていました。私は経費等の計算をやらなくてはいけないので、修正はご自身でお願いしますね?』

「えぇ!?」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『ふむ……良い時間ですね。先生、そろそろ休憩にしましょうか。』

「うぅ……でも休憩してたら本当に終わんなくなっちゃう……。」

 

 午前10時。

 今日の仕事を7時から初めて、つまりは3時間が経過したのだが、今の所進捗は一切無しである。

 デスクワークの経験がほぼ皆無なショウマでは、先にアロナから指摘された箇所を修正するだけでも精一杯であり、危機感を覚えた彼は時間を押してでも仕事に手を付けようとする。

 休息を取らなければ逆に仕事の能率は下がるものだというのに、それは人間とグラニュートのハーフたるショウマであったとしても変わらぬ道理であるというのに。

 

『多分、もうそろそろ来る頃だと思うのですが……。』

 

 するとアロナが何か意味深な台詞を口にする。

 一体何が来るというのか……気になってショウマが聞いてみようとするも、ここでタイミング良く内線電話が音を鳴らす。

 

「はい、ショウマです……え、お客さん?」

 

 今や机の上の僅かとなっているスペースに鎮座している、これまで鳴る事の無かったそれを不思議に思いながら取ると、現在S.C.H.A.L.E(シャーレ)に配属されている数少ない人員である受付係から客人が来たとの連絡が。

 今日は特に人と会う約束は無かった筈だが……一体誰が?

 疑問に思いながら受付へ向かうと、そこには意外な答えが待っていた。

 

「お待たせしましたー……って!?」

「おはよう、ショウマさん。便利屋68、全員揃って只今到着したわよ!」

「お、お邪魔してます……。」

「おっはよーショウマさーん♪1週間ちょい振りだね!」

「凄いね、本当に先生になったんだ……おめでとうって言うべきかな?」

 

 受付に居たのは、何と便利屋68のメンバーであった。

 退院してから何の音沙汰も無かった為行方が分からなくなっていた、そんな彼女達が何故か今目の前に居る。

 

「便利屋の皆!?どうして……!?」

「いやどうしてって、あなたが依頼してきたんじゃない?何だっけ……シャーシじゃなくて、えっと……。」

S.C.H.A.L.E(シャーレ)だよアルちゃん。とにかく先生としての仕事を手伝って欲しいって、アロナっちから連絡が来てさ。」

 

 彼女達が何用でこの場所を訪れたのか見当も付かなかった為に直接聞いてみれば、どうやらその理由は手元の端末の中の少女にあるようで。

 見れば彼女は画面の中で吹けてもいない口笛を吹きながらそっぽを向いている。

 大方、生徒達による手助けにいつまでも難色を示しているのを見かねての独断といった所か。

 

「そっか……ありがとね、来てくれて。でも大丈夫だよ、皆に手伝ってもらう事は……。」

 

 確かに彼女達は便利屋……依頼人から受けた仕事をこなす、要は人助けを生業としている彼女達であれば、人の為に尽くすのは重荷とならないであろうし、人の為に尽くす事こそ彼女達にとっての有意義な時間となるであろう。

 しかしそれでも、やはりその荷を背負うのは、その荷を背負う時間は、自分の為ではなく他の誰かの為の方がとショウマは躊躇ってしまう。

 誰かを想うあまり、自分を押し殺す……彼の悪い癖である。

 そしてその癖を、便利屋の少女達は既に見抜いていた。

 

「嘘おっしゃい。ショウマさん、目の下隈出来てるわよ?寝る間も惜しんでなのか、単純に疲れきってるのかは分からないけど、アロナと2人だけじゃ裁き切れない量なんでしょ?」

「それにここまで来て手ぶらで帰るのも正直癪に触るしね。」

「という訳でぇ……ショウマさん、さっきここ真っ直ぐ来てたよねー?」

『はい、真っ直ぐ行って突き当たり左の扉です。』

「す、すみません……失礼します……。」

「ちょ、勝手に……!?」

「おっじゃまっしまーす♪……って、わーお!すっごい広いじゃーん!内装もすっごい綺麗だしー!今まで私達が借りてきた事務所のオフィスが霞む霞む!」

「やめてよムツキそんな事言うの!?こちとら家賃だとか色々考えて選んでるんだからね!?」

「でもまあ、ちょっと広過ぎとんとんびる気もするけどね。それに向こうの壁面全部窓だし、夏ヤバそう……。」

「でもこれだけ日当たりが良ければあの子達も……いややっぱり日陰の方が……。」

 

 だからここは強引にでも押し通る……と、アロナの案内(裏切り)もあって結局便利屋68のオフィスへの侵入を許してしまうショウマ。

 その後も彼の存在を半ば置いておくように話がとんとん拍子に進んでいってしまう。

 

「それで?そんな広くて綺麗な筈のオフィスに所狭しと置かれてるこの書類の山達が、今回の依頼の対象って訳ね?」

「いや多くない?なんで机の上に収まりきってないの?言っちゃ悪いけどショウマさんどんだけ仕事溜め込んでたの?」

「どうするの、社長?」

「そうねぇ……ねえショウマさん、この書類って仕分けは済んでるのかしら?」

「え?えっと……。」

『いえ、今は取り敢えず古い日付のものから手を付けている所ですね。仕分けるとなると先生1人の手ではとても……。』

「まあそうよね……因みにこの書類って私達が見ても問題無いものなのよね?」

『一応は。ただどの書類もまだざっとしか目を通してないので、もし何か怪しいものがあれば直ぐに教えていただければと。』

「ありがと、それじゃあ書類を分ける所から始めましょうか。ひとまず学校ごとに、そこからまた細かく分けていきましょう。」

 

 とんとんの次はてきぱきと……まるで事前に申し合わせていたかのようにスムーズに作業に移り始める少女達。

 流石に止めるのはもう無理だと分かったショウマは、ならばせめて見ているだけでなく自分が率先して仕事をしなければと思ったものの、それさえもアロナとアルに止められてしまう。

 

『駄目ですよ先生、先生はまだ休憩時間中です。』

「でも……!」

「ショウマさん、休める時にはしっかり休みなさい?人って休まないと物事に於けるモチベーションやパフォーマンスが上がらない生き物なんだから……隣のそこ、給湯室よね?ハルカ、ショウマさんにコーヒーでも入れてあげなさい。」

「は、はい!」

「いや入れてあげなさいって、初めて来た場所なのに勝手なんて分かんないでしょ。」

「お黙りムツキ。便利屋たるもの、あらゆる状況に対応出来て然るべしよ。それにいざとなったらショウマさんが教えてくれるわ。」

「社長、そういうの投げやりって言うんだよ。あと横暴。」

 

 そして終いにはお目付け役としてハルカを宛がわれてしまう始末。

 正直アロナを初め勝手をされて不服に思う気持ちも無くは無いが、彼女達の言っている事が正しいのはちゃんと分かっている……ここは素直に従うしかない。

 実際生徒と共に仕事をするとどうなるのか、制度を取り入れる前に知れる良い機会であると割りきって、ショウマは「甘やかさない程度に側に居てあげてー。」というアルの言葉を背に受けながら、ハルカと共に給湯室へ向かった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「えっと……お湯を沸かして……それで……コーヒーの粉末は……?」

「あ、うちは粉末じゃなくて、この……ドリップバッグ?っていうのなんだ。これをカップにセットして……。」

「わあ……初めて見ました……。」

 

 給湯室に入り、コーヒーを淹れる準備を進める2人。

 結局アルの意見に反して教え(甘やかし)ながらとなってしまったが……まあ、バレなければOKであろう。

 

「すみません、ショウマさん……何から何まで教えて頂いて……。」

「ううん、気にしないで。カヨコちゃんも言ってたけど、初めて来た場所なんだしよく分からなくて当然なんだから。」

「ですが……アル様の言う事も……。」

 

 しかしハルカはそうは思っていない様子で。

 過去にどういった出来事(エピソード)があったかは知らないが、彼女はアルの事をとても慕っている。

 自分も便利屋68の一員として、彼女のように冷静な判断と正しい行動が出来れば……と小さく言っている様からも、それがよく窺える。

 

「でも、私はいつも失敗ばかりで……あの時だって……。」

 

 そんな憧れの存在と比較して、自身を卑下するハルカ。

 驚いたのはその卑下が単なる自己否定というだけでなく、ショウマに対する懺悔の意味も含まれていた事だ。

 

「すみませんでした……あの時、何も知らずに撃ってしまって……ショウマさんがどんな事情を抱えているのか、考えもしないで……。」

 

 彼女が言うあの時とは、アビドスで初めて顔を合わせた時の事だろう。

 果たし合いではなく話し合いを望んで手を伸ばし、その答えに銃を構えて引き金を引いた……どうやらハルカはそれをずっと心の中で悔いていたようだ。

 

「それは、それこそ仕方の無い事だよ。誰だって初めから上手くいく事なんて無い……アルちゃんもきっと沢山失敗して、そこから学んでっていうのを繰り返して、ハルカちゃんが憧れてるような姿になっていったんだと思うよ。」

 

 だからハルカちゃんにもこうして色んな経験をさせてるんだろうし、と励ますも、彼女の憂いた表情は晴れる事は無く、むしろ更なる自己嫌悪に陥ったのか俯いてもしまった……どうやら当時の事は彼女の心に相当深い根を張っているようだ。

 ならばという訳ではないが、ショウマも語った……内気な彼女が勇気を出して心のままを吐き出してくれた、その誰かの為の思いやりに応える為にも。

 ずっと彼女に伝えたかった、意外な本心を。

 

「それにね……俺、ハルカちゃんに感謝してるんだ。あの時撃たれた事。」

「えっ……!?」

 

 ハルカがその表情を驚愕の一色に染めながら、俯かせていた顔を上げる。

 そしてまさか感謝を告げられるとは思っていなかったと物語っている視線を受けながら、ショウマは続ける。

 

「ハルカちゃんがあの時撃ってくれなかったら、俺達はきっと今こうしてここに居なかった。あの時撃たれたから、見る目が変わったっていうか……この世界の事や皆の事をちゃんと知ろうって心が芽生えたんだと思ってるから。」

 

 沸き上がったお湯を、ドリップバッグに注ぐ。

 1つ、2つ、3つ、4つ、5つ……無味無色のお湯が、バッグの中の粉末によってコーヒーとなり、それぞれのカップの中を満たしていく。

 それはまるで、今まで綴ってきた事の縮図のようであった。

 人は皆、最初は空っぽのカップ()しか持っていない……生きていく事で、器には沢山のお湯(出来事)が注がれていく。

 しかし注がれるそれがそのまま器を満たしていく事は無い……何故ならカップの上には必ずバッグ()が有り、その中には粉末(感情)が込められているからだ。

 注がれたお湯は、バッグの中の粉末によって色を変える……成功した喜び、失敗した悲しみ、それ以外にも沢山の想い。

 そんな様々な色をしたそれらが粉末としてぎゅっと凝縮されているから、そしてそれに濾されるから……だからバッグの中の粉末は、そしてカップを満たすコーヒー(経験)は、濃い黒色をしているのだ。

 味も苦くて、でも美味しいと思える、そんな不思議な味わいとなるのだ。

 

「ありがとね、ハルカちゃん。ハルカちゃんや皆が居たから、俺も頑張れた。」

 

 彼女も同じだ。

 彼女の中で満たされたコーヒーは、きっととても苦い。

 でも同時に、きっととても美味しい筈。

 だからショウマは礼を言う……そんなコーヒーを振る舞ってくれて、ありがとうと。

 

「ちゃんと謝れて偉いよ。ハルカちゃんは、やっぱり良い子だね。」

 

 そして同時に彼女の頭を手で撫でると、彼女は驚愕から呆けた様子へ面相を変えた後、暫くして目尻から涙を流し始めた。

 

「えぇ!?ご、ごめん!嫌だった!?」

「ちがっ……違うんです……!これは、その……!」

 

 ぽたり、ぽたり、ぽたぽたと。

 粒であったそれを立派な線へと変え、また顔を伏せるハルカ。

 まさか頭を撫でられるのは嫌であったかとショウマはあせとするも……。

 

「とても……嬉しくて……!」

 

 そんな事は無いと彼女は否定した。

 そのまま、彼女は続ける。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!こんなに優しいあなたを傷付けてしまって……!」

 

 深々と頭を下げて謝る彼女。

 しかし彼女は直ぐに顔を上げて……。

 

「こんな私を、褒めてくださって……ありがとう、ございます……!」

 

 嬉しいです……!と、笑みを浮かべる。

 涙を流しながら、ぎこちないながら、でもとびきりの笑顔をショウマへ向けて。

 

 

 

 

 

 コーヒーは淹れた時より少し冷めてしまったかもしれない。

 だが却って口にしやすくなっているかもしれないし、何より今の2人には……互いに心から笑い合っている2人には、そんな事は些細な問題であった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ふう……よし、そしたらまた少し休憩にしましょ。私ちょっと外の空気吸ってくるわ……!」

「お、お供します、アル様!」

 

 それから数時間。

 アル主導の下に書類の仕分けを行い役割分担も明確にした事で、到底崩せないと思われていた書類の山が、少しずつではあるが失くなっていっている。

 アロナも含めて6人掛で、またこうして適度な休憩を取っているのも大きなポイントかもしれない……アルの的確な指導力には頭が上がらないものである。

 そんな彼女は椅子から立ち上がり固まった体を解す為に大きく伸びをしながらオフィスを出ていき、給湯室での一件から少し雰囲気が明るくなったような気がするハルカも彼女の後に続いて部屋を出ていく。

 

「……私も少し席を外すね。」

 

 そしてカヨコも何故だか意味有り気に思えるような間を置いてから席を離れ、部屋にはショウマとムツキの2人が残る。

 

「「……。」」

 

 こういう時、意外かもしれないがムツキはそれほど積極的に喋ってこない。

 他に誰かが居ればいつまでも口の回る彼女であるが、2人きりとなるとさしもの話し上手な彼女とて話題が尽きる事も有る。

 故に彼女は時折割り切って自ら話し掛けるのを封じ、話題の収集に時間を割く事が有る。

 ソファの上で横になってスマホを弄っている今の姿がまさにそれだ。

 

「……ねえショウマさん。」

 

 と、それまで寝転がらせていた姿勢を正し、スマホをしまって話し掛けてくるムツキ。

 何か、話題になりそうな事でも見つけたのだろうか?

 

「そういえばさ、あの時言ってたの……あれってどういう事なの?」

「あの時って……?」

「ほら、カイザーの理事とバカスカやった時。ショウマさん言ってたじゃん……幸せを奪っていったとか、私達にはあんな思いして欲しくないとか……あれってどういう意味なのかなーって。」

 

 嗚呼、とショウマは思う。

 仮面ライダーの姿については既に業務の傍らで彼女達に説明をしている……説明をしてもそこまで問題無い内容であったからだ。

 だが、あれに関する話をするのは正直気が引けてしまう。

 

「……全然楽しかったり面白かったりする話じゃないよ?」

「いーよいーよ、何となく分かってるし。退屈しのぎにさー……ね、お願い♪」

 

 確かにあれも端から聞けば気にもなる台詞であったかもしれないが、あれに関する話をするという事はつまり、自身のこれまでを語るという事。

 アビドスの少女達でさえ簡単には受け止められなかった己の半生……果たして彼女は受け入れてくれるだろうか?

 いや、たとえ受け入れてくれなくとも、望まれたのであれば……覚悟を決めてショウマは語った。

 

「……分かった。でももし途中で聞きたくなくなったら、その時は遠慮なく言ってね。」

 

 なるべく端折るつもりではあったが、いざ話し始めるとどうしても長くなってしまって……特に闇菓子についてはキヴォトスには無い概念であったので、念入りに。

 そう、闇菓子……自身の祖父と大叔父が作り上げた、禁断の嗜好品。

 その味はグラニュートにとってまさに至高と言える程のものであり、一度食べれば誰もがその味の虜となる……それこそ、闇菓子の為ならば何だって惜しまないと平気で言わせてしまう程に。

 それ程までに依存性の高い味を、一体どうやって作り出したのか……その秘密は、使用されているスパイスにある。

 闇菓子に使われているスパイスとは、人間……正確には人が持つ幸せの感情であり、それを抽出して加える事で、闇菓子は誕生する。

 そして幸せの感情を抜き取られた人間は、使えない搾りカスとして無造作に棄てられて……。

 そんな極悪非道を地で行くこの嗜好品を使って、自身の家族(ストマック家)はグラニュートの世界を牛耳ろうとして。

 その中毒性によって多くの同族をバイトとして雇い、人を襲わせて。

 挙げ句の果てにはグラニュート界のトップ(大統領)も目を付けて。

 幸せを奪っていったとは、そういった者達の事を指しているのだと。

 あんな思いをして欲しくないとは、そういった者達やその被害に遭った人達の事を指しているのだと。

 

「こんな所かな……どう?ムツキちゃんが知りたかった事の答えになったかな?」

 

 結局自身の真名も含めて殆どの事を話してしまったが、特に止められる事も無かった為、きっといつもの通り蠱惑的な表情でも浮かべながら聞いていたのだろう。

 そう思ってムツキの方を見てみると、彼女はショウマの予想とは全く違った姿を見せていた。

 いつもどこかしらパタパタと動かしている体はぴたりと止まっていて。

 表情に至っては俯かせている顔に影が差し込んでいて見えもしなくて。

 

「……ムツキちゃん?」

「んえっ!?あ……ふ、ふーんそうなんだ!いやーショウマさんも、何ていうか……た、大変だったね!」

 

 様子がおかしいと思い名前を呼べば、彼女は驚いたのか頓狂な声を上げる。

 そして話を聞いた感想……とも呼べぬような事を彼女は語るも、やはり何だか取り繕っているような、らしくない印象があって……。

 しかしそれを言及しようとする前に、彼女はそそくさとオフィスを出ていってしまう。

 

「えっと……ちょっとムツキちゃんもおトイレ行ってくるね!ごめんねーショウマさん1人にしちゃって……まあ他の皆もきっとすぐ戻って来るだろうし、すこーしだけ寂しい思いして待っててねー……って、アロナっち居るからそんなに寂しくも無いか!くふふっ♪」

 

 オフィスを出て、がむしゃらに走って……どこか分からない、灯りの点いていない暗い廊下に辿り着いて。

 ムツキはそこで、またぴたりと体の動きを止める。

 また顔を俯かせて、誰にも表情を悟られぬようにする。

 

「……。」

「……どうだった?」

 

 いつの間にか付いてきていたカヨコに声を掛けられるも、ムツキは答えない……答えられない程に頭の中がいっぱいだったから。

 

 

 

 

 

─えっとさぁ……人の話聞いてた?確かにあのお店では仲良くさせて貰ったけど、それとこれとは話が別なの。

 

─どこの誰かは知らないけどさ、聞いた感じ今までさぞ平和な所で暮らしてたんだろうね~♪

 

─生憎ここじゃ、そんなボケた考え方は通用しないよ?撃って、撃たれて……それが私達の生き方なの。

 

─あははっ!いやでも中々面白そうな人も居たじゃん?今時居ないよー、あんなお気楽ご気楽。

 

─ショウマさんってさ、本当お人好しだよねー……向こうの言ってる事、いつまで真に受けてるの?ここでやらないと、どのみちみーんなおしまいなんだよ?

 

 

 

 

 

 知らなかった。

 あの人が、あんな重い過去を背負っていたなんて。

 沢山の人から誤解されて、蔑まされて、きっと恨まれもして……それでも人を愛して、人に尽くして、笑顔を浮かべて。

 彼は本当に強い人だ……力だけじゃない、心が真に強い人。

 数え切れない程の苦難を乗り越えて成長した、大人の人。

 それなのに自分は何も知らないで、知ろうとしないで……。

 

「……っ……うぅ……。」

 

 何が人の話を聞いていたというのか。

 何が平和な所で暮らしてただ、何がボケた考え方だ。

 何がお気楽ご気楽で、何がお人好しで。

 何を以て、あんな小馬鹿にしていたというのか。

 

「……ガキ。」

 

 幼過ぎた自分の感性に嫌気が差して、カヨコにもそう言われて、ムツキは堪らずその場で膝を抱えて涙を流す。

 そんなムツキの肩に手を置きながら、カヨコもまた己という存在に辟易としていた。

 

「(後で私も、ちゃんと謝らないとね……。)」

 

 もしまた彼と会う事が有るのなら、救って貰った感謝と共に今までの非礼を詫びよう。

 そう便利屋の少女達に持ち掛けたのは自分だというのに、いつまでも話を切り出す事が出来ずに逃げ出した己の未熟さに……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「どう、アロナちゃん?」

『そうですね……これぐらいであれば、後は先生と私だけでも処理しきれそうです。片付いたと言っても良いんじゃないでしょうか?』

 

 それからさらに数時間後。

 窓から差し込む日の光が、つい先程茜色を越した頃、遂にオフィスを占領していた書類が山2つ程となった。

 また山と言っても朝方のような今にも倒れそうな程のものではなくあくまで現実的な範疇での高さであり、内容もごく簡単なものばかりとの事で、ショウマは「良かった~~~……。」と思いきり椅子の背もたれに身を預ける。

 

「お疲れ様、ショウマさん。頑張ったじゃない。」

「皆こそお疲れ様。ほんとにありがとね、こんなに手伝って貰っちゃって。」

「良いのよ。依頼を受ければ何でもこなす、それが便利屋だもの。それに……私達とショウマさんの仲じゃない。」

 

 あ、でも報酬金はちゃんと貰うわよ?と言うアルが、いつの間にか淹れてきていたコーヒーを差し出してくる。

 ありがたく受け取り一口啜れば、疲れた体にコーヒーの温かさと深い味わいが一気に染み渡り、脱力感を助長させる。

 

『では、先生がコーヒーを飲み終えたら下のコンビニに行きましょうか。今の時間からですと銀行は向かってる途中で閉まってしまいますし、手数料も掛かってしまいますが……。』

「心配しないでもそんなに高いお金を貰うつもりは無いわ。何なら日を改めてでも良いわよ?ショウマさん達が居る場所はもう分かったから、後日誰かが受け取りに行くって事でも。」

「ううん、ちゃんと払うよ。いつもここに居るとは限らないんだし……それにちょっと時間早いかもだけど、皆でご飯にも行きたいなって思ってたから。」

「ご飯!?もしかしてショウマさんの奢り!?」

「うん、今日手伝ってくれた皆へのお礼って事で。」

「やったー!何食べよっかなー?」

「いや悪いわよそんな、奢りだなんて……。」

「良いの良いの、俺がそうしたいだけだからさ。何だったらこれも依頼の1つって事で。」

「……ショウマさんってたまに凄いずるい時あるよね。」

「ふふっ……私も、そう思います……。」

 

 そのまま暫く体をへなへなとさせながら少女達の様子を窺うショウマ。

 ハルカはやはり心につかえていたものが取れたからなのか、いつにも増して明るい雰囲気を纏っている。

 その点カヨコはいつも通りの様子だ……数刻前に突然今までの事を謝りたいなどと言ってきた時は思わず体調の悪変を疑ったが、その心配は杞憂であったようだ。

 そして心配の杞憂といえば、一番気掛かりであったムツキ。

 カヨコと共に謝罪をしたいと言ってきた彼女は、それはもう言う前から既に大きく泣きべそをかいており、そしていざ言い出したらどうしようもない程にわんわんと泣いて。

 何の事情も知らずに今まで生意気な事を言ってしまったと、ハルカと似たような悩みを打ち明けられたので全く気にしていないと必死に宥めたのが功を制したのか、暫くは消沈としていた彼女の意気も、今となってはすっかり元の調子に戻ったようだ。

 となれば後は……。

 

「本当にありがとね、アルちゃん。今日は来てくれて。」

「言ったでしょう?依頼を受ければ何でもこなすのが便利屋の仕事で、私達の仲でも有るんだから。そんなに何度もお礼を言われる程じゃ……。」

「そうじゃなくて、今日1日アルちゃんが仕事をしてる姿を改めて側で見れて良かったなって。皆に色々指示を出したりする姿を見て、凄いリーダーシップがあるっていうか、これが社長っていうものなんだなーって……ほら、俺もこれから先生やるからさ、参考になったっていうか。」

「……それこそ言われる程のものじゃないわ、あの子達の要領が良いだけよ。」

「そんな事無いよ。もちろん皆の要領自体も良いんだろうけど、でも皆が本当にそうやって動けるのは、アルちゃんが居てこそだと思うよ。」

「そうね、似たような事を皆からも言われたわ……でも、やっぱり自信が無いのよ。」

 

 それこそ杞憂であるかもしれない。

 だがハルカ、カヨコ、ムツキときて、彼女……アルももしかしたら何か抱え込んでいるものがあるかもしれない。

 そう考え、会話を交えてみれば、彼女はやがて自らの分のコーヒーを口にしながら、次第に己の思う所を簡潔ながら溢した。

 

「ありがとう、あの子達の声を受け止めてくれて……でもあれ、実はカヨコが言い出した事なのよ。私はそんな事微塵も考えていなかった……薄情でしょう?これが良き社長としての姿かしら?」

 

 やはり彼女も、抱えていたものがあった。

 でも抱えていたものが何であるか知れた時、ショウマはつい嬉しくなってしまった。

 

「薄情だなんて思わないよ。それってつまりアルちゃんにとって俺はそれだけ気の置けない存在だったって事でしょ?俺自身全然気にしてなかったし……アルちゃんがいつだって皆の事を大事にしてるの、俺知ってるから。」

 

 そう、薄情かもしれないなんて言葉が出るという事は、彼女にとって自分はそういう心配をされるような……赤の他人ではない関係を持っている人物として捉えられているという事。

 それが彼女に於ける仲間という括りに入っていれば、なお嬉しいのだが。

 

「それにアルちゃんは、こうして不安に思ってる事を誰かに話せる強さも持ってる。」

「強さ……?」

 

 そんな彼女の悩みに寄り添おうとすれば、彼女は言った事の意味が分からないと首を傾げる。

 確かに不安を抱いている姿を人に晒すのが強さと結び付くなど、普通は考えられないかもしれない。

 

「迷いや不安っていう、自分の弱い部分を人に話すのって、凄い勇気の要る事だから……誰かに弱さを見せられるのって、実はとっても強い事なんだよ?」

 

 でも知っているのだ……そうやって誰かと弱さを分かち合えた時、この世には助け合いという不思議な力が生まれる事を。

 1人では出来ない事が2人で、3人で、4人で、5人で、皆で……そうやってどこまでも届く力が働くのだと。

 それを無意識にでも出来ていた、強くて優しくて仲間思いな彼女が良くない社長だなんて事は、絶対に無い。

 

「……ハードボイルドなアウトローを目指す便利屋68の社長に対する褒め方としては、0点ね。」

「えぇ!?」

 

 と、それなりに上手く纏められたと思っていたショウマであったが、まさかの0点を喰らってしまい流石に目を丸くする。

 するとアルはコーヒーに一口付けた後、今日の夕飯について談義している他の便利屋の少女達の姿をじっと見つめながら……。

 

「でも……陸八魔 アルに対しては、100点の褒め方だと思うわ。」

 

 そう、にこやかに笑ったのだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『皆さん、今日は本当にありがとうございました。』

「皆気をつけて帰ってね。」

「うん。またね、2人共♪」

「便利屋68の力が必要になったら、いつでも呼んで頂戴。」

「それじゃあ、失礼するね。」

「ショウマさんもアロナさんも、ありがとうございました……!」

 

 その後、夕飯は少女達がずっと食べたがっていたすき焼きを選択して皆で至福を分かち合い、S.C.H.A.L.E(シャーレ)のビルの玄関口でお別れという流れに。

 餞別として渡したお菓子を手に何処かへと去っていく少女達の背を最後まで見送り、ショウマはオフィスへ戻る為の歩を進める。

 

『どうですか、先生。生徒の皆さんとお仕事をするというのは?』

 

 と、手元の端末からアロナが声を掛ける。

 彼女の独断から変わった今日という1日……きっと仕事の重圧に押し潰されるだけに終わっていた1日が、こんなにも充実して晴れやかな1日に変わったのだ、返す答えはもう決まっている。

 ショウマは朝方の、半ば意固地でもあったかもしれない己の考え方を改める事も含めて、オフィスの扉を開けながらアロナの問いに答えようとした。

 

「おや、今お帰りですか……待っていましたよ。」

「『ッ!?』」

 

 が、不意に聞こえてきた声にそれは止めざるを得ず。

 端末に向けていた視線を声が聞こえた正面へ戻すと、部屋の中央の椅子……先生たる自分が普段座るべきそこに人が居た。

 

「あなたは……?」

「これは失礼、そういえば初めましてでしたね。」

 

 いや……あれは人なのだろうか?

 黒のスーツを着こなし、人の形こそしているものの、纏う空気は人のそれとはかけ離れた奇妙なものを感じる。

 何よりその顔……真っ黒のマスクに白い光のような亀裂が走り、目や口といったものを連想させる模様となっているその風貌を、果たして人と形容して良いものであろうか?

 

「私の事は、黒服とお呼びください。以前小鳥遊 ホシノさんにそう呼ばれたのが、私の中でも良く嵌まりまして……気に入っているのですよ。」

「ホシノちゃんが……?」

 

 そんな彼……黒服がホシノと面識が有る事に思わず訝しむショウマ。

 しかし黒服はそんなショウマの様子を気にせず、己の話の続きを語る。

 

「あなたの事は、ほんの少しですが知っていますよ。連邦生徒会長が呼び出した異世界の住人にして、我々が観測している特定のカテゴリーに属している高位の存在……。」

 

 

 

 

 

そう……仮面ライダー、というね。

 

 

 

 

 

「アロナちゃん……。」

『分かりません……明らかに普通の人ではありませんが……。』

 

 仮面ライダー……その名を口にされ、ショウマの中で目の前の存在に対する警戒心が高まる。

 そして今の話の中で出てきた、異世界の住人や特定のカテゴリーに属しているというワード……アロナが告げた通り、間違いなく只者ではない。

 

「シッテムの箱ですか……連邦生徒会長があなたに託したオーパーツ。そしてその中に居るのは……。」

 

 グラニュートか、或いは別の異生体か。

 そう推し測っていると、黒服の視線……と言えば良いのであろうか、興味がシッテムの箱へと向く。

 アロナは向けられたそれに危機感を覚えたのだろう、画面の中で1歩後退る。

 そんな彼女を案じてショウマは端末を持つ手を自身の背に回し、黒服が向けてくるものを体で遮って守ろうとする。

 

「ククッ……失礼、警戒させてしまいましたね。ですが私は、私達はあなたと敵対するつもりはありません。」

「……俺に何か用ですか?」

「そうですね、今日は御挨拶だけでもというつもりだったのですが……折角ですから少し込み入った話もついでに。」

 

 ますますその存在に対して警戒心が強まる。

 一体何者で、何が目的なのか……その片鱗が、これからの会話で明らかになる。

 

「ではまず、小鳥遊 ホシノさんについてですね。単刀直入に言いましょう……彼女の身柄を返して頂きたいのです。彼女は既に私達の所有物なのですから。」

 

 まず、と言うには衝撃が過ぎる話題。

 そしてその話題から、ショウマは彼の正体について1つの仮説を立てる。

 

「あんた、まさかカイザーの……!」

「いえいえ、私はカイザーグループの者ではありません。あんなくだらない企業と一緒にしないで頂きたい……。」

 

 足を組み、心底からといった溜め息を交えてショウマの言を否定する彼。

 仮にもキヴォトスで大きく名を馳せているかの企業に対し、ここまでの態度を取れるとは……カイザーグループの手の者であると告げられていた可能性よりも確実に不穏な空気を浴びせられ、心に萎縮の文字が薄らと現れるも、ショウマは屈しない。

 

「ホシノちゃんは誰の物でも無い……あんたが何者かは知らないけど、あんたにホシノちゃんは絶対渡さない!」

「おや、それは不合理というものです。退会届を御覧になった筈でしょう?我々と彼女の間に交わされた契約は正式なものの筈です……あなたの言い分には何の権利も正当性もありません。」

 

 あの時ホシノが残した、廃校対策委員会からの退会届……その書類は確かに正式なそれであって、紙面に書かれている内容の正当性を示す確かな証拠となる。

 少女達は既にあの届を処分したであろうが、同じ紙(コピー)の1つや2つをこの影が持っていたとしても何らおかしくはない。

 

『それは違います!あの退会届には誰もサインをしていません……つまりあの書類はまだ受理されていないという事になります!あなたが言う契約の方が正当性が無いんです!』

 

 しかしあの書類による契約の締結には、第三者からの承認が必要である事は既に見抜いていた。

 そして実質その学校の最高組織の、それもトップの人物がその座を降りるというこのケースに該当する第三者というのは、連邦生徒会長を始めとした連邦生徒会の総意。

 そしてそれと同じ程の権限を持つ者……つまりは先生という役を持つショウマの2択。

 当然ショウマは書類にサインなどしていないし、書類を連邦生徒会の者に渡してもいない。

 そう告げると、黒服は「クックックッ……。」と不気味な笑声を上げる。

 

「成る程、流石といった所でしょうか……あなたも、書類にサインをしなかったのは彼女の入れ知恵ですか?」

「違う。アロナちゃんに言われたからじゃなくて、仲間として……サインなんてする訳が無い。」

「仲間、ですか……面白い事を仰いますね。あなたは先生なのでしょう?ならば生徒を仲間と呼ぶのは間違った表現です。生徒は生徒、ただそれだけの筈です。」

「それも違う、俺は先生である前に俺として皆と絆を深めていきたい……だから皆の事も生徒である前に1人の人間として見ているから。」

「ほう……生徒と先生、その枠組みを否定、或いは超えようとしていると……成る程、確かにそれが成就すれば、これ以上無く厄介な概念となりそうです。」

 

 その様子からして、恐らく先程のは小手調べであったのだろう……先生として、どこまで知恵が回るかの。

 試されている、そう感じたショウマは1つ1つ慎重に言葉を選んで、だが着実に互いは相容れぬ存在であろうという事を、目の前の影に向けて突き付けていく。

 

「仕方ありません、ではホシノさんの事は私も潔く諦めるとしましょう……代わりと言っては何ですが、こちらは是が非でも回収させて貰いますね。」

 

 そしてそれは、影がおもむろに取り出した物を経て決定的なものとなる。

 

「これは私の研究の賜物でしてね……あなたが属しているカテゴリーに準ずる技術同士を組み合わせた物なのです……見てくれの力や機能だけ再現した廉価版も良い所な物ですが、寄せている期待も高いのですよ。」

 

 黒服が手にしていたのは、カイザーの理事が装着していたあのベルトとアイテム。

 事件の証拠品としてヴァルキューレに保管されていた筈であるが、どうやらそこから奪ってきたようだ。

 同時に彼が再度口にしたカテゴリーという単語に、ショウマの警戒心は頂点(ピーク)に達する。

 

「本来であればあなたがカテゴリーの力を駆使したとて、容易には倒されない設計の筈でした……しかし敗北した、何故か?使用者の肉体や精神が求められる基準を満たしていなかったのか?それとも異なる次元や文明の組み合わせには致命的となる脆弱性が有るのか?はたまたそれらさえも超越する程あなたの秘めるカテゴリーの力が強力だったのか?いずれにしても私の見立て不足であった事には変わりありませんが、それでも興味は尽きません。破損したとて、残されたデータは十分参考になりますからね。」

 

 仮面ライダー。

 それが自分だけでなく、他にもそう名乗っている者が居る事をショウマは知っている。

 会った事が有るのはほんの数人だけで、そう呼ばれる存在が全体で何人居るのかも分からないが、それこそ黒服がカテゴリーと定義付ける程にはきっと多くの者がその名を冠しているのだろう。

 そして本来人知れずである筈のその名とその者達を彼は知っていて、その力を利用しようとしていて……。

 

「あんたは一体……!?」

「それは先程もお答えした筈です……嗚呼、それとも私達の呼称についての御質問でしたかね?これは失敬しました。」

 

 同じ仮面ライダーという感覚も無く、ますます目の前の彼の正体が分からないと声を上げれば、その彼から遂に公な情報が明かされる。

 

「我々は、ゲマトリアという者です。」

「ゲマトリア……?」

「ええ、あなたと同じキヴォトスの外部の者……ですが、あなたとはまた違った領域に居る存在の集まりです。」

 

 曰く、彼等は共通した理念を掲げた上でそれぞれの視点から世界を観察、探求、研究をする者達らしい。

 黒服がホシノと契約を結び、神秘なるものの実験を行おうとしたのも、その一環だとか。

 

「……カイザーの理事を利用して、あんな姿に変えたのも?」

「そうですね、然りと答えましょう。」

「そうやってあんたは人を騙して、その人の心を踏みにじって、それで利用したのか……ホシノちゃん達を……カイザーの理事を!」

「殊勝ですね、あの愚鈍な者の事でさえ気に掛けるとは……ええ、確かに仰る通りです。私達は他人の不幸よりも、自分達の利益を優先しました。それを否定はしません……私達の行動を善か悪かと定めるならば、間違いなく悪でしょう。しかしそれはルールの範疇です、そこは誤解しないでいただきましょうか。」

「ルール……?」

 

 黒服は語る……アビドスに降りかかった災難は、自分達の所為では無いと。

 アビドスを襲ったあの砂嵐は極めて異例な事態であったとはいえ、一定の確率で起こり得る現象……誰か明確な悪役が居る訳ではない、天変地異とはそういうものだと。

 

「私達はあくまでその機会を利用しただけです……砂漠で水を求める者に、望むものを提供する。ただし、奴隷として一生働いても返せない程の額を付けて……ただそれだけの事です。世の中にありふれた、さして珍しくもない話でしょう?何も私達が特別心を痛め、責任を取るべき事ではありません。私達が初めて作った事例でもなければ、私達がそれをしなかった所で消えるものでもないのですから。」

 

 持つ者が、持たざる者から搾取する。

 知識の有る者が、そうでない者から搾取する。

 大人なら誰もが知っている、厳然たる世の中の事実ではありませんか?

 そう告げた黒服の喉元に風が吹く。

 

「ふざけんなよ……勝手な事ばっか言ってんなよ!!」

 

 風の正体は、ショウマがガヴガブレイドを出現させた際に起きた風圧。

 腹部のチャックを開け、ガヴからブレイドを飛ばし、直ぐに柄を掴んで剣先を突き立てて……怒りに燃えながらも理性でそれを抑え込んだ、ショウマの早業であった。

 

「皆必死に生きてるんだ!!辛い目に遭っても、苦しい目に遭っても、悲しい目に遭っても、でもそれを乗り越えて、皆幸せになる為にこの世界を懸命に生きてる!!確かにあんたの言う通り、世の中にはどうしようもないって思うような事もたくさんある……でも、だからってそれで皆の幸せを奪うような真似は絶対にしちゃいけない!!」

 

 ショウマは理解した。

 彼は同じなのだと……かつて相対した巨悪達と。

 

 

 

 

 

─むしろ感謝して欲しいくらいだよ?無意味な君達に僅かながら生まれた意味を与えてあげたんだから……幸せに思いたまえ。

 

─蝕み滅ぼすのは俺達の本能だ!!誰にも止められはしねぇ!!

 

 

 

 

 

 誰もが幸せな世界を夢見る、そんなショウマとて早々に断ざるを得なかった、あの者達と。

 

「二度と人の心を弄ぶな!!さもないと、今ここでお前を倒す!!」

 

 だから問う。

 ここでは、これからはと決めた以上、それでも一抹の希望を胸に問い掛ける。

 

「さあ……どうする!?」

 

 だが当然、そんな淡い期待など叶う筈も無く……。

 

「……成る程、あなたは我々と、敵対するおつもりであると。」

 

 黒服の体が黒い霧のようになって目の前から消える。

 一体何処にと、辺りを見回すショウマ……すると。

 

 

 

 

 

何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?

 

 

 

 

 

「ッ……!?」

 

 背後から、耳元に向けて、呪詛の如く。

 振り払うようにその場を離れて見てみれば、消えた黒服の姿がそこに在って。

 

「何故?何故そのような選択を?どうして?それは一体何の為なのですか?人の為?他人の為とでも言うつもりですか?理解出来ません……何の為に人の幸せなど願うのですか?そこにあなたが付け入る余地など無いではありませんか?人の夢は所詮人の夢……誰かの夢と同期する事など有り得ません。」

 

 まるで壊れたかのように早口で捲し立てる黒服。

 その姿は実に奇怪的で恐怖心を煽られるが、ショウマはそれによって逆に今まで込み上げていた怒りの興奮が冷め止んで冷静になれた。

 

「そんな事は無い……人は皆、誰かを思いやれる心が有るから。」

 

 幸せは、繋げていけるんだ。

 そうきっぱりと答えれば、黒服は暫く静止画と見紛う程に動きを止め、やがて成る程と何かを納得した様子を見せた。

 

「先生、あなたは子供なのですね。この世界の生徒達と同じ、世の中の事をまるで知らぬ子供……でしたらお教えしましょう。世界とは、大人が支配しているものです……そして大人とは、望む通りに社会を改造し、法則や規則を決めて、常識と非常識を決め、平凡と非凡とを決める者です。権力によって権力の無い者を支配して……っ!」

 

 再び黒服の喉元を、風が薙ぐ。

 今度はショウマがガヴガブレイドを振るって起きた風圧であった。

 

「……それも違う。」

 

 

 

 

 

─あのさ、もしウチに話したい事有ったら、ちゃんと聞いて受け止めるから……だからさ、怖がらないで戻っておいでよ。

 

─だから僕は信じてる。どんな辛い目に遭っていても、生きて帰って来るって……帰ってきて、この店を見て、喜んでくれるって。

 

 

 

 

 

「そうじゃない大人の人も、俺はたくさん見てきたから。」

 

 そんな人達の事を、馬鹿にされたようなものだったから。

 一度は冷めた熱が、再び上がる……でも今度は、冷静な気持ちのままで。

 静かな怒り、その姿勢が物語っていた……次は無いと。

 

「……良いでしょう、交渉は決裂です。私はあなたの事を気に入っていたのですが……仕方ありませんね。」

 

 その気概を感じ取った黒服が頭を振る。

 やれやれといった、まるで子供の癇癪に付き合っている大人のようなその態度が嘲弄の意図を含んでいる事は明白であり、ショウマはいよいよブレイドの刃を彼へ当てる事を視野に入れたが、それが実現する前に黒服は再びその体を黒い霧へと変えていく。

 

「では、私はこれで失礼します……これから先生として、精々頑張ると良いでしょう。」

 

 

 

 

 

 ……我々ゲマトリアは、あなたの事をずっと見ていますよ。

 

 

 

 

 

「アロナちゃん……!」

『すみません、反応が追えません……ブルーさんの時のように忽然と消えて……!』

 

 やがてその姿が完全に見えなくなり、気配も消え、彼がこの場から居なくなった事を示唆する。

 そして一連の出来事を受け、ショウマは新たな、しかし不穏でもある知見を得る。

 

「ゲマトリア、か……。」

 

 このキヴォトスにも、得体の知れぬ深い闇が潜んでいるのだと。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「シッテムの箱……連邦生徒会長が先生の為に残した物……。」

 

 同時刻、連邦生徒会行政室。

 他に誰の姿も見えない中、今日の分の仕事(タスク)を終えたリンが薄暗い室内で一人ごちる。

 

「(ですが……。)」

 

 そのまま物思いに沈む彼女の脳裏に過ったのは、数日前の事。

 S.C.H.A.L.E(シャーレ)の先生、ショウマに施設や業務の案内をしたあの日の別れ際に実は起きていたほんの少しの間の出来事。

 

 

 

 

 

─そういえば先生、これを。

─え、何?

─車の中で連邦生徒会長の姿を見たいと仰っていたでしょう?写真を1枚持っていましたので、どうぞ。

─ああ、ありがとう……この子が連邦生徒会長っていう子?

─はい、その通りですが……どうかされましたか?

─いや……何かアロナちゃんに似てるなって。

─えっ……!?

─私ですか?どれどれ……わあ、確かにそっくりですね!きっと私の存在をプログラミングする時、モデルの対象としてご自身を選んだんだと思います。創造主が被造物に対して自分のモチーフやポイントとなるものを組み込むのはよくある話ですから。

 

 

 

 

 

「(姿も声も、寄せる必要はあったのでしょうか……。)」

 

 アロナの言い分も、分かるには分かる。

 だがそれだけで片付けるには、胸の中に渦巻くものがどうにも取り払えない。

 ……もしかしたら、彼女はこの時点で無意識にも気付き始めていたのかもしれない。

 

「あなたは今、どこで何をしてらっしゃるのですか……?」

 

 このキヴォトスを脅かしているのは、何も直接見えるような悪(ゲマトリア)だけではないと。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

S.C.H.A.L.E(シャーレ)の先生、か……。」

 

 アビドス砂漠旧市街地。

 他に誰の姿も見えないどころか、生命の息吹さえも感じられないこの場所に、彼女……覆面水着団のブルーと名乗った少女は居た。

 先日アビドスの少女達とカイザーの理事、そしてショウマが死闘を繰り広げたかの地に佇む彼女……と、そんな彼女の肩にもぞもぞとした違和感が。

 

「駄目だよ。あなたには、最後まで見届けて貰わなくちゃならないから。」

 

 その感覚に直ぐに気が付いた彼女は、違和感の正体たるそれの……ウエハウスゴチゾウの何か言いたげな様子を無視して、空に浮かぶ星々を見上げながら小さく呟く。

 

 

 

 

 

「私達の……青春の物語(Blue Archive)を。」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ここがショウマさんが働いている場所……広くて清潔感もあって、とても落ち着けますね。」

「お、ソファはっけーん!ちょいと寝心地を確かめて……。」

「ホシノ先輩、来て早々寝ようとしないでよ!だらしなく見えるでしょ!」

 

 数日後。

 S.C.H.A.L.E(シャーレ)のオフィスに、また4人の少女が客人として訪れていた。

 但し今回は便利屋68の少女達ではなく、アビドスの少女達……ショウマが頼みたい事が有ると言って、直々に招待したのだ。

 

「それで、私達にお願いしたい事とは?」

「うん、実はね……。」

 

 そのお願いとは、当番制度について。

 先日の便利屋68との触れ合いによってショウマも生徒の為と言って渋っていた判断を見直し、当番制度を採用しようと決意したのだ。 

 

「当番制度……ですか。」

『はい。S.C.H.A.L.E(シャーレ)の業務は本当に多岐に渡っていて、先生1人だけでは成せない事ばかりです。先生が掲げる目標の為にも、皆さんの力が必要なんです。』

 

 連邦生徒会からも4~5人程の初期人員さえ居れば、近日行う予定の就任会見後から始動を認可するとお墨付きを貰っており、故に彼女達へ白尾の矢を立てたという次第だ。

 勿論、近い内に便利屋68のメンバーにも声を掛ける予定である。

 

「駄目、かな……?」

 

 後は、彼女達次第。

 恐る恐る、ショウマがそう問えば……。

 

「駄目な訳無いじゃないですか!全然OKですよ♪」

「はい!ショウマさんの夢を、私達にもお手伝いさせて下さい!」

「でも、皆にはアビドスの事が……。」

「大丈夫よ。カイザーもヘルメット団も、今は動きが凄い落ち着いてるし……。」

「それにいざとなったら、また助けてくれるでしょ?」

 

 全く本当に、何を躊躇う必要があったというのか。

 これだけ信頼を寄せてくれる彼女達なのだ……もっと自分も遠慮無く寄り掛かって良かったのだと、そう思い知らされる。

 

「うん、勿論!」

「じゃあ決まりだねー……っと、そうそう、実はおじさん達もショウマさんに用があったというか、渡したい物があったんだよねー。」

 

 そして信頼を寄せてくれると身に染みさせる出来事(イベント)が、もう1つ。

 

「これは……。」

「前にショウマさんがリンさんと一緒にアビドスを離れていた時に皆で買っていたんです……ショウマさんの護身用として。ですがショウマさんも知っての通り、その後色々有りましたから……渡しそびれちゃって。」

 

 一応先生への就任祝いも兼ねて、と言われて差し出された包み。

 開けて中を見てみれば、入っていたのは1丁の拳銃(ベレッタM9A1)であった。

 

「勿論使いたくなければ全然使って頂かなくて構いません。使わないのが一番でもありますし……。」

 

 何よりこれを渡す事で、彼をこの世界に縛る事になってしまうかもしれない……彼の信条を鑑みても、こういった銃器をプレゼントするというのは間違いであろう。

 それでも、想いを込めた品物だから。

 

「受け取って頂けますか……?」

 

 今度はノノミが、恐る恐るといった様子を見せる。

 他の少女達も同じ様な空気を纏っていて……だが勿論、ショウマの答えは決まっていた。

 

「うん、ありがとう!大事に使わさせてもらうね!」

 

 ぱあっ、と少女達の表情が明るくなる。

 そうだ……このキヴォトスには、きっと想像も出来ないような謎や闇が潜んでいる事だろう。

 

『では皆さん、これからよろしくお願いしますね!』

 

 だがこの笑顔から連なる未来は必ず在る……ショウマは今、それを強く実感したのだった。

 

 

 

 

 

仮面ライダーガヴとアビドス廃校対策委員会

 

~完~

 

 

 

 

 

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