レッドウィンター事務局、会長執務室。
そこでは紅茶を嗜みながら、勝ち取った会長という座にどっぷりと浸かっているマリナの姿があった。
「全く……権力とは本当に甘く、素晴らしいものだな。」
これからきっと好きなだけ昼寝も出来るであろうし、おやつもきっと食べ放題。
会長だけが座れるこの椅子も、少し小さくはあるがフカフカで気に入った。
こんな生活ならいくらでも楽しめる……これが天国というものか。
「だが1つ、気掛かりなのは……。」
連河 チェリノ……既に彼女が避難しそうな場所には当たりを付けていて、捕縛する為の部隊も送り込んでいるのだが、その行方は依然として掴めていない。
特に図書館は最も可能性が高い場所として早期に人員を向かわせたのだが……まだ捜索をしている最中なのか、未だに連絡の1つも無い。
だがまあ、いくらレッドウィンターの領地が広いとはいえ、所詮は頑固な石頭のちんちくりん……今にも捕まる筈であろう。
「さて……。」
紅茶を飲み干し、席を立つ。
本当ならまだまだ自堕落に耽りたい所ではあるが、そうも言っていられない。
そうして外へ出て、事務局前の正門へ赴けば、マリナは現場の状況に呆れたと溜め息を吐く。
「奴等め、まだ諦めていないのか……。」
レッドウィンターにとっての心臓部を守るべく、高くそびえる正門……その向こう側から絶えること無く聞こえる声。
ミノリ率いる工務部が、イワン・クパーラの準備に於ける労働環境の改善だかなんだかを求めて抗議しに来ているのだ。
「(全く……何が十分な休息時間と追加の手当てだ!私なんていつチェリノ会長に呼ばれるか分からないものだから実質24時間体制だったんだぞ!?それなのに保安委員会として当然の義務だからって、どれだけ働いた所で追加の給料なんて一切無し!……っていうかそもそも給料ってなんだ!?学生で、しかもアルバイトでもないのに何で給料が貰えると思っているんだ!?)」
本当なら直ぐにでも迎え撃って取り押さえたい所であるが、迂闊に門を開けて中に入られでもしたら面倒だ……保身の為にも、ここは無視を決め込むが最善手。
しかしその為にチェリノの捜索にこれ以上の人員を割く事も出来なくなってしまう……事務局から他の施設や自治区内へ出るには、この門を通るしかないのだから。
「(極め付けにはプリンの支給を2個にしろだと!?そも私がプリンの1個も満足に食えないような日々がどれだけあったと思って……!!)」
過去の苦境につい想いを馳せてしまい、思わず表情が歪んでしまうマリナ。
一方門を隔てた先に居るミノリも、別の理由で同じ様に表情を苦々しくしていた。
「むう……どうしたものか、これは……。」
こうして事務局の正門前まで迫れたのは良いものの、その正門が文字通り壁となって立ち塞がった。
それがどれ程の脅威かと説明するなら、部員等が持っているロケットランチャーを幾ら撃ち込んでもびくともしない程である。
そして正門も外周も非常に高さがあり、よじ登るのも現実的でない……そもそも壁上から保安委員会が狙いを定めている為、やろうとすれば蜂の巣にされるのがオチだ。
まさに難攻不落……アビドス砂漠の時のように、このままただ野次を飛ばすだけで終わってしまうのかと内心頭を抱えた、その時だった。
「ミノリちゃん!」
「大丈夫ですか?」
「先生!同士ノノミも……!」
背後に集まっている、工務部の同士達……その中から一際響く声。
続いて聞こえた柔らかな声と共に抗議の輪が自然と左右へ開き、中央をショウマとノノミが歩いて来る。
そしてその後ろには、チェリノとトモエの姿も。
「見ての通りだ、正面の門が強固で突破出来ていない……前まではあんな感じじゃなかったんだが……。」
「あれは度重なる暴動で損耗していた所を、チェリノちゃんが折角だからと豪華で堅牢な造りに変えたのものですね。」
余計な事をしてくれたなと、正直思ってしまった。
これでは次にデモを起こす時も一策講じなければならないではないかと、少なからず普段の自分達の行いが原因である事を棚に上げながら、ミノリはそれまで立っていた先頭を彼等彼女等に譲る。
「その通りだ!この門は重戦車砲の一撃でもない限りは突破する事は出来ない!諦める事だ!」
「マリナ!!お前……!!」
「まさか会長……いや、元会長自らこちらに来るとは思っていませんでした。ですが残念ながら、いつものようにお迎えのココアは用意していませんよ!」
それと同じタイミングで頭上から注がれる声。
見ればマリナが正門の上に立ってこちらを見下ろしていた……今この場に於いて、自分が一番偉い存在なのだと見せ付けるように。
「マリナさん、どうして謀反なんて起こしたのですか?あなた程の人が、一体どんな理由で?」
「えっ?そ、それは……。」
だがそれも所詮はただの虚勢……トモエの問い掛けに、尊大であったマリナの態度が大きく揺らぐ。
まさか、あなた程の人がと言われるとは思っていなかった……これで謀反を起こした理由が些細なミスを引き金とした日々の憂さ晴らしと知られたら、ますます許されない事だろう。
「……こ、このレッドウィンターの為だと言っておこう!何せ私は多くの者達から慕われているからな!」
自分で自分の首を絞めている……その事実を薄らと認識してしまい、彼女は咄嗟にそれらしい理由を取り繕う。
それは意外にもチェリノの心に刺さる言葉であったらしく、その眼差しが僅かに揺らいだのを見てふふんと鼻を鳴らし、マリナは崩れた調子を取り戻す。
「だからって、好き放題して良い訳じゃありませんけどね!」
その取り戻した調子が、全く別の方向から直ぐに崩されるとは、まるで思っていなかったが。
「モミジちゃん……?」
先にショウマ達が割って作った工務部の生徒達による道……そこを新たに進んでくる集団。
それはモミジを筆頭とした、知識解放戦線の生徒達であった。
「やっぱりこうなってましたね……なら私達も、打倒マリナさんの為に協力します!」
「それは嬉しい限りですが……一体何故?」
知識解放戦線は、所属している生徒数ならレッドウィンターでも3本の指に入る程の部活……彼女達が戦線に加わってくれるなら、たとえ保安委員会全員が相手になろうとも十分に戦える事だろう。
しかしながら、何故彼女達はこちらへ協力しようとしてくれているのか?
言っては何だが、彼女達がチェリノの復権に手を貸す理由は無いと言っていい……同人雑誌等の取り扱いを始めとした、他の学区とは明らかに異なる図書委員としての活動を巡って、両者はよく対立をしていたからだ。
「私達も別にチェリノ会長が事務局から追い出されたりするのは特別気にしてません……ですがその所為で図書館や私達の活動に被害が出るなら、無視する事は出来ません!」
それを事実であると認め、しかし今の彼女達はそれを割り切って考えていた。
ここに来るまでにも各地で保安委員会がチェリノの事を捕らえようとして、様々な人達に迷惑を掛けているのを見てきた。
だからこの活動は、この場に居る者達だけでなくレッドウィンター全体の総意でもあると、そう割り切って。
「ッ……だ、だとしても!この門を破らない限り、お前達の手は私には届かないぞ!」
どの結びも利害の一致でしかないが、それでも今眼下に居る集団の中心に居るのはチェリノ。
たとえ慕われているかと言われて首を傾げざるを得なかろうが、そのカリスマ性は確かであって……さらなる危機感を覚えたマリナは必死に吼える。
「そういう事だから、潔く投降するのだな!私はチェリノ元会長のような鬼ではない……工務部の連中も知識解放戦線も、今直ぐチェリノ会長の身を差し出せば、これまでの事は不問にしてやる!さあ元会長、大人しく私の前に跪くのだ!」
そうだ、結局の所この門を越えられなければ意味が無い……つまりこの場を押さえている限り、自分の勝利は揺るがない。
そう判断したマリナは傲慢にも胸を張り、大きく腕を広げて見せた。
「マリナの奴め……だったら望み通りこの門を戦車の力でこじ開けてやろう!トモエ、戦車を調達するぞ!」
「いえ、それは無理です。」
「何故だ!?」
「戦車等の戦闘車両は全てこの門の向こう側に格納されていますから……他に車両が出入り出来るようなポイントもありません。」
「戦車の格納庫が全部向こう側だと?」
「何でそんな融通の効かない設計になってるんですか!?」
正門を破られなければ、というマリナの思惑はチェリノ達も理解しており、なればと対抗手段を講じようとすれば、トモエからそれは不可能だと印を押されてしまう。
そしてその理由が何故かとミノリとモミジが問えば……。
「それはチェリノちゃんが、正門から戦車が並んで出動する方が格好良いからってこの前配置の変更を……。」
……やっぱりこのまま突き出して政権交代させた方が良いのでは?
そんな考えが周りの生徒達にも伝染し、チェリノの事をじとりとした目線で見る。
チェリノもこれは流石にやらかしたとして口ごもるしかなく……このままでは折角のチャンスが本当に周りの生徒達に突き出されてふいになりかねない。
どうすれば、そう誰もが思った時だった。
「……チェリノちゃん、あの門って壊しても大丈夫なんだよね?」
「うん?まあそのつもりだからな……って……!?」
まさかと視線を向ければ、ショウマは肩に乗っていたゴチゾウ2体を手に乗せ、チェリノへと見せる。
「この子達がいけそうだって。」
ショウマの掌に乗っていたのは、先の図書館での戦いの時にも見たポッピングミゴチゾウと、キッキングミゴチゾウであった。
「変身!」
【ポッピングミ! ジューシー!!】
「マリナちゃん、一応聞いておくね!どうする?ここで門を開けて降参するか、それともこのまま門を壊されてお仕置きされるか!」
「も、門を壊す!?馬鹿を言え!!重戦車砲でもなければこの門は開かないと言っただろう!!そんな安い挑発には乗るものか!!」
見せたが早く、ショウマはポッピングミゴチゾウを使って変身。
仮面ライダーという未知の力を目の当たりにして驚きを隠せないマリナであったが、如何な力とて1人でこの門を突破出来る訳がないと高を括り、彼女はショウマの申し出を断る。
「分かった!チェリノちゃんもそれで良い?」
「うむ!派手にやってやれ、カムラッド!」
これで双方の意思は確認した。
ショウマはガヴの中のゴチゾウをポッピングミゴチゾウから、キッキングミゴチゾウへ交換する。
【
キッキングミゴチゾウの力は、これまでに二度披露した。
カイザーの理事との戦いに、先の図書館での戦い……どちらもたったの一蹴で戦況をショウマの優勢へと変えてきた力を持つ。
しかしこのゴチゾウの力の本領は、まだ発揮されていない。
【
ガヴドルを回してからデリカッションを押し込み、姿勢を低く落として態勢を整えた後に、ショウマは正門目掛けて駆け出す。
1歩踏み込みごとに右足のレンジキッキングにエネルギーが溜まり、やがて正門が目前まで迫ると、ショウマは軽く跳躍して前方へ宙返り……。
レンジキッキングをぶつける。
その衝撃は重戦車砲でなければと言わしめる程の正門を大きく揺るがし、門上に居たマリナ等保安委員会を慌てふためかせる程であったが、肝心の門そのものは破られていない。
やはり人の身力でこの門を突破する事は不可能……抱く感情は違えど、誰もが一律してそう思っていた。
だがそれは早計という話……何故なら今の衝撃は、単にレンジキッキングという物体が接触した事によって起こされたものであるから。
レンジキッキング内に込められたエネルギーは、まだ何の仕事もしていない。
「ふっ!!」
次の瞬間、レンジキッキングから追加のエネルギーが送り込まれる。
ショウマが大きくその場から飛び退ける程のグミの弾性を利用して一気に流し込まれたそれは先程以上の凄まじい衝撃を生み、脅威の強度を誇る筈の正門をまるでそうとは思えない程に軽く吹き飛ばした。
「な、何ぃぃぃぃぃ!?!?」
「おお!見事だカムラッド!さあ門は開かれた!全員突撃ぃー!!」
本当にたった1人の力で突破した事実に目が飛び出んばかりに驚くマリナ。
それは明確に起死回生の一手……その事実を認めた後の、革命返しの動きは速かった。
「ちょ、ちょっ……危な……!?」
「大丈夫ですか、ショウマさん?」
「う、うん、大丈夫……それで……。」
─捕まえたぞマリナ!さあ覚悟する事だ!
─わあああ!?や、やめっ……申し訳ありません!!申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁあ!!
『あっちは、まあ……大丈夫なんじゃないですかね?』
「私達はゆっくり向かいましょうか☆」
「……そうだね。」
こうして、イワン・クパーラの視察から突如として発生したクーデターという事態は終わりを迎えた。
しかしまさか、これがレッドウィンターの日常の一幕であるとは思いもよらず……まだそれを知らぬショウマは正門へ殺到する生徒達の荒波に危うく呑まれかけた事でノノミの介抱を受けながらも、天高く胴上げされているマリナを目印にゆっくりと歩を進めるのであった……。
〈えぇ……そんな事になってたんですか?〉
「うん……ごめんねシズコちゃん、連絡してくれてたのに全然出れなくて。」
〈いやまぁ、先生方が無事ならそれで良いんですけど……。〉
それから少しして、無事に事務局を取り返した一行。
その中でショウマがそれまでおざなりにしてしまっていたシズコへ連絡を取れば、彼女は画面の向こうで心配半分呆れ半分といった表情を浮かべる。
〈それにしても、レッドウィンター連邦学園……ウミカが言ってたのって本当の事だったのね……。〉
「ウミカ……?」
〈はい。
シズコ曰く、そのウミカという少女は委員会の中心メンバーとして普段からフィーナも含めてよく行動を共にしているらしい。
そして彼女は委員会屈指のお祭り好きであるらしく、研究の為によく他校へ視察に向かったりもするそう。
桜花祭の時に姿が見えなかったのも、ちょうどゲヘナ学園の血まみれ祭りなる祭事の調査に行っていたからなのだそうだ。
〈前にもレッドウィンターの、それこそ確かイワン・クパーラについて調べてた気がしたなって思い出しまして……でもまさかそんな革命やらクーデターやらが日常茶飯事だなんて流石に……。〉
「いや、それよりも血まみれ祭りって……!?」
〈ああ、本当に血まみれになる訳じゃないみたいですよ?何でも大量のトマトをぶつけ合うお祭りらしくて……。〉
結局その辺りは今度ウミカの事を紹介するのと合わせてという形でお預けにされて、
それだけの騒ぎが起きたならば、
「さてマリナよ……結局の所、お前はどうしてクーデターなんて引き起こしたんだ?」
「それは……チェリノ会長の石像を壊してしまって……。」
「石像?何の石像だ?」
「新館の廊下にある石像です……。」
正門で相対した時も結局分からなかった、彼女の蜂起の理由……それが石像を壊したからという、一聞してもよく分からない理由であるとしてショウマやノノミが頭上に
「(おいトモエ、そんな石像なんてあったか……!?)」
「(恐らく先月の新館増築を記念して、会長の肖像画を象って造った石像の事かと。)」
『また把握されてない……。』
マリナが言うに、どうやら不注意でその石像にぶつかってしまってちょうど髭の部分が壊れてしまったそうだ。
それをきっとチェリノは許さないだろうと極度に思い詰めた結果、いっそ自棄になってしまえば……というのが事に至った真相なのだそう。
「……しかしなんだ、お前はそんな理由で今回のクーデターを起こしたのか。」
「え?そんな理由……?」
故意ではなかったとはいえ、チェリノが誇る権威を失墜させてしまった……そう嘆くマリナ。
しかしチェリノは、そんな彼女の不安をまるで意に介さなかった。
「マリナ、おいらが請け負っている役職を言ってみろ。」
「それは……環境美化部部長に書記長、運動部代表に清掃部部長、風紀委員長に給食部部長、そして生徒会長……。」
「そうだ。おいらはこのレッドウィンターで沢山の役職を、そしてその長を務めている。それが出来る程においらは有能だからな……だがその中で、どうして保安委員長の名が無いと思う?」
「え……?」
「それはお前の方が保安委員長に向いていると、おいらが直々に認めているからだ。」
「っ……!」
「おいらがどれだけ偉大で優秀な存在だとしても、保安委員長までやってたら流石に身が持たん……学園全体の秩序を保つのは、それだけ大変な事だからな。」
だがマリナ……彼女はこれまで文句の1つも言わずにその激務をやってくれていた。
自身の忠実な臣下として、いつも側に付き従ってくれていた。
「お前が居たから、おいらはこの椅子に座れたんだ……そんなお前の功績に比べたら、石像の髭が割れるくらい些細な問題だ。」
予想だにしなかった、チェリノからの全幅の信頼を寄せた言葉に、マリナの目が大きく見開かれる。
保安委員長として任命されたあの日の事は、今でも忘れていない……何故、という疑問の感情でいっぱいであったから。
自分はそこまで出来た人間じゃない……視野が狭く、至らない所ばかりな自分に、何故保安委員会の長などという使命が与えられたのか。
それでも信じられていたから……詳しき理由こそ語られなかったが、己の中の何かがチェリノからの信頼に足り得ていて、だからこその采配だったのだ。
その事実を今になって理解したマリナの胸に、どうしようもない後悔が込み上げてくる。
勝手に思い込み、勝手に怯え、勝手に絶望してしまった。
そしてその果てに革命などという愚かな選択を取り、寄せられていた期待を裏切ってしまった。
チェリノだけでなく、トモエや他の保安委員会の生徒達……或いはレッドウィンターそのものの期待を。
唇を強く噛み締めるマリナの瞳から、一筋の雫が零れ落ちる……他の保安委員会の生徒達も感動から泣き始め、室内には暫く少女達の啜り泣く音が響いた。
「だが、それでも反乱を起こした事は事実。それに関しては適切な処罰を下さなければならない……カムラッド、こればかりは止めるなよ?」
やがて涙声が止んだのを見計らって、チェリノがレッドウィンター全体の長らしい毅然とした態度を取る。
今回の騒動は言ってしまえば、悪い事をしてしまって怒られるのが嫌だから別の悪さで誤魔化そうとした、そんな子供染みたとしか言えないもの……チェリノとしてはここでしっかりと灸を据えておきたいようだ。
それ自体は必要な躾として止めるつもりは無いが、やはり流石に度が過ぎているようなら介入せざるを得ない。
予め釘を刺されてしまったものの、マリナ達は既に心から反省しているようなのだから。
「はっ!どんな罰だろうと、私達は謹んで承ります!」
「良い心掛けだ。お前達に対する処罰の内容は、既に決めてある。」
処分を受ける覚悟はとうに出来ていると、神妙な面持ちで背筋を伸ばすマリナ達。
ショウマ達も次に発せられる言葉に注目して固唾を呑む中、チェリノは胸を張り大きく息を吸い込んだ後、マリナ達へ課する刑罰の内容を高らかに声として放った。
普段は威張ってばかりに見える彼女も、共に学園を支えてきた仲間の努力はちゃんと見ている。
だからこそ、マリナもトモエも、そして多くの生徒達が今なお彼女の下で働き続けているのだろう。
そう考えると、この騒動もまたレッドウィンターらしい、不器用なすれ違いが招いた一件だったのかもしれない。
「お前達は今日からイワン・クパーラ開催までの1ヶ月の間……学園全体のトイレ掃除の刑に処する!!」
「『……え?』」
一瞬聞き間違いかと思った……レッドウィンターの会長による粛清は死よりも恐ろしいものばかり、噂ではそう聞いていたのに。
「本来ならここに全棟窓拭きの刑も加える所だが、これまでのお前の活躍に免じて、それは取り止めにしてやる……自分達の行いを反省しながら、一丸となって取り組め!」
「はい!!このマリナ……そして保安委員会一同、改めてチェリノ会長に忠誠を誓います!!」
だが至って真面目な表情で腕を組みながら話を続けるチェリノと、深々と頭を下げるマリナや保安委員会の生徒達の姿から分かる……聞き間違いなどではなく、また特別に特別な温情を重ねた結果によるものでもなく、これが普段から下されている粛清の内容なのだと。
『あの、すみませんチェリノさん、ちょっと確認したいんですけど……まさか、今のが処罰の内容ですか?』
「む?そうだが……何だ?何か不満でもあるのか?」
『いえ、不満というより、もっとこう……処罰って言うから、市中引き摺り回しの刑とかするのかな~と……。』
「シチュー引き摺り回し……?シチューは食べるものだろう、そんな事してどうするんだ?」
念の為アロナが確認をすると、聞き間違いなのかそれとも端からそんな考えなど頭に無いのか、噛み合わない会話が続いてしまって。
シッテムの箱の画面の中で、珍しくアロナが本当に何も言えない状態になってしまっている。
「……もしかして、粛清の内容っていつもこんな感じなの?」
「そうだな。他にも15時のおやつ抜きの刑とか、1週間のグラウンド清掃の刑とかが有るな。」
「でも噂だと死よりも恐ろしいって……。」
「ただの誇張表現です。多分反乱を起こそうという気そのものを落とそうと目論んで、そういう噂を流したんでしょうね。」
念を押して隣に居たミノリに話を聞いてみれば、彼女はチェリノやマリナ達が繰り広げている寸劇を白い目で見ながら答える。
さらにはモミジも同じ様な眼差しをしており、それによってショウマは漸くチェリノがこれまでトップで居られた理由……或いはレッドウィンター連邦学園の真実を掴む事が出来た。
「ほら、心配無かったでしょう?」
「……そうだね。」
ノノミが浮かべる微笑みとは逆に、肩の力が抜けたショウマは若干渇いたような声と笑みを漏らす。
レッドウィンター連邦学園……それは革命やら
そして来る、6月20日。
イワン・クパーラ開催の日。
「うへぇ~……寒い、寒いよぉ……ノノミちゃ~ん、首元あっためてぇ~……。」
「あら?ホシノ先輩、マフラー持ってませんでしたか?確か水色の……。」
「それがさ~、家中探しても全然見つからなくて……売ったり捨てたりした覚えは無いんだけどねぇ……。」
「アヤネちゃん大丈夫?何か朝からずっと様子が変だけど……もしかしてアヤネちゃんも寒いの?」
「いや、そういう訳じゃなくて……良いのかなぁって。私だけこんなお祭りに参加して遊んだりなんかして……やっぱり今からでも帰ってもう1回ぐらい模擬テストやった方が……。」
「いや今からトリニティに行くのはちょっと無理があるでしょ……まあ大丈夫なんじゃない?アヤネちゃんも教えられる事は全部教えたんでしょ?じゃあその4人の事、信じるしかないでしょ。ほら、お土産買ってお祝いしてあげるんでしょ?」
「セリカちゃん……うん、そうだね。」
チェリノ達の厚意によりノノミ以外の知り合いも是非連れて来て欲しいと促された事で、ホシノ、セリカ、アヤネも呼んでレッドウィンターまでやって来たショウマ。
周囲は相変わらず雪が積もって寒々としているが、久し振りに全員揃ったアビドスの少女達と共に居られるという事で、彼の心は周りの環境に負けない程に温かくなっている。
そして彼の心に温もりを与えているのは、何もアビドスの少女達だけではない。
「先生ー!」
「シズコちゃん!フィーナちゃんも!」
「お頭ァ!再びお目に掛かる事が出来てこのフィーナ、光栄の極みデス!」
『フィーナさん、今日も元気ですねぇ。それで、そちらにいらっしゃるのが……。』
「はい、里浜 ウミカです。先生方の事は社長やフィーナから話を聞いてます。これからよろしくお願いしますね?」
「社長?」
「
お祭り運営委員会の少女達……シズコにフィーナ、そして新たにウミカを交えて合流を果たし、レッドウィンター連邦学園の校門まで赴けば、そこにはあの少々我が儘な、けれども確かな為政者でもある小さな影と、その右腕の姿が。
「待っていたぞ、カムラッド達よ!」
「ようこそお越しくださいました、皆様方。遠方より遥々とご足労頂いて、本当に感謝致します。」
「チェリノちゃん、トモエちゃん、こっちこそありがとう。皆を誘っても良いって言ってくれて……それにこうしてお出迎えもしてくれて。」
「なに、当然の事だ。カムラッド達には世話になったからな……それにこのイワン・クパーラを、レッドウィンターの偉大さを広めるのにも、人数は多い方が良いからな!」
そう言って、高笑いを浮かべるチェリノ。
同時に腕を組んでふんぞり返って……こちらもまた、相変わらずの様子である。
だがそうやって見知った姿を事務局を離れて振る舞えるというのは、それだけ今日という日が平和であるという事。
他より一層個性的なレッドウィンターの生徒達も、今日ばかりは大人しくているようだ。
「うぇへ、うぇへへへ……。」
「あれから懲りないねぇ、先生の観察。」
「ひゃあ!?し、シグレちゃん!脅かさないでよ!」
「ごめんごめん……っていうか、そんな望遠鏡使って遠くから見るより、直接近くまで行って見た方が良いんじゃないの?」
「分かってないなぁ~。私が見たいのはあくまでありのままの姿……私がそこに居たら自然体の先生の姿を見る事が出来ないでしょ?……あ、先生って左の顎先にホクロ有るんだぁ……!」
「はいはい分かりました、ノドカ様の言う通りね。それじゃあ私は特製のカンポットでも渡しに行こうかな……前に渡して喜ばれたノドカ手作りのメドヴィクも一緒にね。」
「えっ!?ずるい!私も……いや、やっぱりそのまま行ってきて!渡された時の先生がどんな表情をするのか気になっちゃった……うぇへへへへへ……!」
無論、彼女達が本当に大人しくしている筈がない。
知り合った生徒達も、まだ見ぬそうでない生徒達も、今回の祭典を楽しむべくその成りを潜めているだけ。
「へぇ~、あれがモミジが言ってた
そんな彼女達との出会いと、紡がれるであろう物語は、後の話として語らずとしておこう。
今はこの
「え?君を使えって?」
ふと、肩先にハーモニケゴチゾウが登ってきた事に気付くショウマ。
どうやら己の力を使って何かを成し遂げたいようだが……?
【おやつ!
「「「わあああ!?」」」
促されるままにハーモニケゴチゾウをガヴの中に入れ、力を解放する。
するとガヴから切り分けられた巨大な
「わあ☆凄いおっきなケーキですね~!」
「な、何!?まさか皆で食べろって!?」
全員が見上げなければならない程に高く、幅も校門を埋め尽くしかねない程に有り、またそれに比例するかのようにハニーケーキとしての甘い香りが嗅がずとも鼻腔へと漂ってくるそれ。
ノノミにフィーナ、ウミカははしゃぎ、セリカにシズコ、チェリノは明らかな動揺を、そしてホシノとアヤネ、トモエは目に見える程ではないものの困惑していたりと、それぞれがそれぞれの反応を示していると、現れたそのメドヴィクがおもむろに、また独りでに動き出した。
「ん?……おお!これは我が学園の校歌じゃないか!」
「素晴らしい演奏ですね……!」
縦に伸びたり、横に伸びたり、その度に流れる旋律。
そう、これがハーモニケゴチゾウの能力……蜂蜜のスポンジとクリームの層をさながらアコーディオンに見立てて、こうした音のハーモニーを奏でるのだ。
どうやら今回は無事に開催されたイワン・クパーラを讃える為に、ハーモニケゴチゾウが機転を利かせてくれたようだ。
「さあカムラッド達よ!我がレッドウィンターの祭典、存分に楽しむと良い!」
この地で生まれ、この地を表すゴチゾウの粋な計らいを元に大きな期待を胸に膨らませながら、揃って1歩を踏み出したのだった。