ミレニアムサイエンススクールの
しかし部員であるモモイはこの状況を脱するべく、何やら秘策を用意しているとの事。
なのでひとまずは彼女の指示に従おうという話になったのだが……。
「……率直に言いますね?あなた方は馬鹿なんですか?」
先に顛末を述べると、リンからキツく説教を食らう事になった。
日も落ちた時間帯に、
「……もう一度、詳しく話を聞かせてもらっても良いですか?色々と理解し難い内容でしたし……。」
ショウマもセリカも、モモイもミドリもユズも、わざわざ台座を使って適当に
「……彼女の事もありますからね。」
外した先で捉えた影。
ソファに座って一行の様子を見つめているのは、人の姿をした少女。
地面にまで届く程の長い黒髪を持ち、暫定的な処置で普段ショウマが着ているパーカーやズボンを身に付けているその少女は、ショウマ達がとある場所で発見した
では、最初から話を窺いますね?
まずあなた方3人が所属している部活が廃部を言い渡されて、それを撤回させるべく一計を講じる事になったと。
は、はい……それでモモイが考えたのが……。
そう!廃墟に行って、G.Bibleを手に入れようって!
廃墟……あのエリアはD.U.の管轄となっていますが、ミレニアムの自治区とも隣接していますから、向かう事自体は確かに容易でしょう……ですがあのエリアは現在連邦生徒会によって立ち入り禁止の区域となっています。その事はご存知だったので?
うん!知ってた!
お姉ちゃん……!!
……因みに先生方は止めようとは思わなかったのですか?
えっと、ごめん……そもそも立ち入り禁止だなんて知らなくて……。
そりゃ後から話を聞いて止めようとは思ったわよ……でもこう、頭ごなしに否定するのも忍びなかったっていうか……。
すみません、まさかここまでの事態になるとは想像もしていなかったので……。
……まあ良いです、過ぎた事は戻せませんから。それで、実際にあのエリアへと赴いて……。
「ちょっとお姉ちゃん!?!?どうしてこんな事になった訳!?!?」
「知らないよ!?!?気付いたらこうなってた!!」
「そもそもここって確か連邦生徒会が立ち入り禁止にしてた場所じゃなかった!?!?」
「そうだよよく知ってるじゃん!!」
「なら何で私達だけで行こうって話になった訳!?!?」
「それは言ったじゃん!!ここにG.Bibleが有るからだって!!」
「そうじゃなくて!!他に人呼ぼうとか思わなかったの!?!?」
「だって怒られるじゃん!!止められるじゃん!!そもそも私達みたいな底辺オタクの言う事なんて誰も聞かないって!!」
「やめてよお姉ちゃん!!悲しくなるから!!」
「ま、待って2人共……置いてかないでぇ……!!」
「あの3人、逃げ足だけは速いわね……!」
「アロナちゃん!どこか隠れられそうな場所を探して!」
『探さなくても辺り一面いくらでもって言えそうですけどね!分かりました!』
いや~まさかあんな壊れたロボットの集団に追われる事になるなんてね~、びっくりだよ。
本当、先生とセリカが居なかったらどうなってたか……。
凄かったよねー先生、変身ってやつ!めっちゃ強かったし……ねえ先生、今度ゲーム作る時主人公のモデルになってくれたりしない?
それ以上は話が脱線しますから、後にして下さい。それで、そもそも目的としていたG.Bibleとは一体何なのですか?わざわざ立ち入り禁止の区域に無断で侵入して、ロボットの集団に狙われてというリスクを侵してまで手に入れる価値の有るものなのですか?
ああそっか、それも説明しないとか……G.Bibleは昔キヴォトスに居た伝説的なゲームクリエイターが作ったものなの。それがどんな大きさとか形をしてるものなのかは全然分かんないんだけど、1つだけ分かってる事が有ってね。
G.Bibleの中には、最高のゲームを作る方法が入ってる……噂ではそう語られているんです。
見れば最高のゲームが作れるようになる、ゲームクリエイターにとってはまさに聖書のような存在……それが、G.Bibleなんです。
成る程……それで?その大きさも形も分からないような物を一体どうやって見つけるつもりだったのですか?あの区域は街1つ分程の広さは有る筈ですが……。
……それはほら、探索=ダンジョン攻略みたいなもんだし?歩いてれば何かしらイベントみたいなものが起きて……。
……無策で敢行したと。
い、いやでも結局イベント自体は起きたから!もーまんたいって事で!
イベント、ですか……それはロボットの集団に襲われた他に、あの事を言っているのですよね?
はい、私が捉えた信号の事です。
「とうっ!滑り込みスライディング!」
「いったい!?お姉ちゃん……!!」
「ごめんごめん!!わざとじゃない!!」
「セリカちゃん、どう?」
「……大丈夫、何とか撒けたみたい。」
「良かった……それでアロナちゃん、さっきこの建物に入る前に何か驚いてたっていうか、戸惑ってたみたいな感じがあった気がしたけど……何かあったの?」
『先生……実は、この建物の中から何らかの信号が発せられているんです。』
「信号?」
『はい。微弱ではあるのですが、確かに。』
「でもここって連邦生徒会の人達が立ち入り禁止にしてる場所ですよね?それなのに信号が送られてくるって……?」
「え、それ大丈夫なの?実は何かの罠でした~とかない?」
「で、でもこのまま外に出て、またあのロボット達に追い掛けられるのは……。」
「そうね。それにもし他に誰か居るんだとしたら、それはそれで問題なんだし、調べる必要が有りそうよね。」
その建物の第一印象はどうでしたか?
外側は他の建物と同じ様に崩れてましたけど、中に入ったらそんな事は無くて……意外と綺麗めで驚きました。
私はその時から何となく何かの工場に見えなくもないなー、とは思ったね。よく分かんないけど色んな機械が置いてあったし。
「行き止まり?」
「扉は有るけど……まあ、普通開く訳無いわよね。」
『一応信号はこの奥から発せられているのですが……。』
成る程……それで建物の中を進んでいき、奥部にある扉の前まで辿り着いたと。
うん。でも結局開きそうに無かったし、だからって無理矢理開ける訳にもいかないだろうから、一旦別の道を探そうって話になったんだ。でも……。
〈生命体の反応を確認、対象の身元を特定します。〉
「うわ何!?アロナ急に変な声出さないでよ!?」
『わ、私じゃありません!今のは……!?』
突然建物全体に音声が流れた……建物の機能が回復して動き始めたという事ですか。
いえ、リンさんが言う程の規模では無かったと思います。帰り道で他に稼働していた設備は有りませんでしたから……恐らくあのガイダンス機能だけが起動したのでしょう。
〈才羽 モモイ、資格が有りません。〉
「え、えっ!?何で私の事知ってるの!?」
〈才羽 ミドリ、資格が有りません。〉
「私の事も……一体……!?」
〈花岡 ユズ、資格が有りません。〉
「ど、どうしよう……こういう時ゲームだと、えっと……!?」
〈黒見 セリカ、資格が有りません。〉
「私も駄目か……ってか、資格って何よ?」
結局あの資格って何の事だったんだろうね?
さあ……分かってるのは、あの音声は私達の名前を知ってた事。それと……。
〈井上 ショウマ/ショウマ・ストマック、資格を確認しました。〉
「えっ……!?」
「ショウマさん……!?」
「どういう事!?先生いつの間にこの建物と仲良しになったの!?」
「そ、それよりショウマ・ストマックって……!?」
〈続いて、所有物の確認を行います……シッテムの箱の存在を確認しました。データの開示を承認、入室を許可します。〉
『データの開示……って、えぇ!?』
「ちょっと!2人してずるい!」
ショウマさんには資格が有ったって事……あの様子だとアロナもなのかしら?
どうなんでしょう……何とも言えませんね。
とにかくそれで扉が開いて、下に続く階段があったんだ。
「階段……降りるのね。」
「えっと……どうするの?」
「行って……みます?」
『……行きましょう、私が案内します。』
「アロナちゃん……そういえばさっきまた何か慌てたような感じだったけど……何かあったの?」
『……実はさっきのアナウンスの後、シッテムの箱のデータの一部がアンロックされたんです。』
「そうなの?」
『はい、それがこの建物の
生産工場……具体的に何を作る工場なのかは分からないのですか?
そうですね……解除されたのはあの建物の名称と見取り図、そして階段を降りた先に在った……。
「何だか広い場所に出たわね……。」
「……えっ、何あれ!?でっか!?」
「凄い……何だかゲームに出てくる宇宙船みたい……!」
『……そうですね、船という見方は間違えていないのかもしれません。』
「アロナちゃん……?」
ウトナピシュティムの本船……ですか。
はい。こちらも名称と内部のマップのみですが、データの解錠が為されました。そしてこれらのデータがシッテムの箱の中に有ったという事は……。
連邦生徒会長は、それらの存在を知っていた……。
……あの場所って、どうして立ち入り禁止になったの?
あのロボット達も、何か関係が有ったりするとか……?
分かりません……元々あそこは連邦生徒会長の指示の下に厳重な警備が為されていた場所だったんです。ですがその会長が失踪されてしまわれたものですから、やむなくあの一帯そのものを封鎖する事にしたのです……会長が居ない中で継続して警備に人を充てる余裕も、エリア内部の調査を行う余裕も、今の連邦生徒会にはありませんから。
連邦生徒会長の指示で警備されてた……それってやっぱり……。
あの工場とかサカバンパスピスの船とかと関係有るって事!?
ウトナピシュティム、ね。まあその辺りは今詮索しても仕方が無いでしょ?肝心のその人が居ないんだし……話を進めましょう?
そうですね。それで皆さんは船の中へと入って……発見し、連れて帰って来たという訳ですね?
「ここは……?」
「うわすごっ!?ほんとに宇宙船の
「た、確かにそう見えるけど……ほ、本当に……!?」
『待って下さい!反応……後ろです!ちょうど真後ろ!』
「えっ、後ろ?……って、ちょっと待って!?あそこに居るの……!?」
あのソファに座っている、彼女を。
「それでは、簡単に事情聴取を行いましょう。既に先生方も廃墟に居た時に軽く実施されたようですが、念の為。」
「……。」
廃墟での経緯をあらかた聞き終えたリンが、謎の少女の向かいへと座る。
当然少女から視線を向けられる事になるが、リンはそれにあまり良い心地を覚えなかった。
少女が向けてくる虚とした眼差しが、人と接しているという感覚を与えてこなかったからだ。
「ではまず、あなたの名前をお聞かせ頂けますか?」
「……。」
「あなたは何故、あの場所に居たのですか?」
「……。」
「……何でも良いです、何か言葉を発して貰えませんか?」
「……。」
「……少し質問の仕方を変えましょうか。私の言語を理解出来ているのなら、首を縦に振ってください。」
「……。」
対話を試みようとしても、彼女は何の言葉も発しようとしない。
質問の仕方を変えてみるも結果は変わらず、応答という意思を見せない……ただ黙って色の無い視線を向けてくるだけ。
まるで人形相手に一方的に話をしているような、或いは人の姿をした未知の存在と接しているような……どちらにせよ、ますます心地が悪いとリンは思わざるを得なかった。
「では、筆談を試みましょう。あなたの名前を書いてみてください。名前が書けないようであれば、何でも良いので文字を書いてみてください。」
「……。」
そして筆談を試みようとしたが、これも成立はしなかった。
しかしこれまでと違って何の反応も無かった訳では無い……少女はそれまでリンを捉えていた視線を、差し出された紙とペンに向けたのだ。
相変わらず無に近い表情であるが。どことなく小首を傾げているように見える様子からは、紙とペンという存在そのものに対する疑念のようなものを感じる。
『やはりあの場所で試した時と同じですね……記憶喪失、及び知能退行の可能性が高そうです。』
「或いはそもそも、そういった知識そのものが無いという可能性も有り得ますね。」
リンはショウマ達から聞いた話を再度思い返す。
ウトナピシュティムの本船と呼ばれたものの内部にて、この少女を発見したその後の事を。
「女の子……?」
「え?誰?どこのどなた?」
「っていうかこの子、服着てなっ……!?」
「ショウマさん見ちゃ駄目!!回れ右!!」
「え?う、うん……?」
2層の造りとなっている室内、その上層に在る席。
仮にこの部屋をモモイが言ったように艦橋と定めるならば、まるで艦長席であるかのようなそこに身を預けている謎の少女。
そんな彼女の一糸纏わぬ姿に乙女の恥じらいが刺激され、一旦異性の目を逸らさせた後にセリカとモモイ、そしてミドリとユズは少女へと近付く。
「それで、えっと……生きてるのかな、この子……?」
「どれどれ……返事が無い、ただの屍のようだ。」
「不謹慎な事言わないの。取り敢えず服着せないと……。」
「あ、じゃあ俺の上着使う?これなら体すっぽり収まるんじゃないかな?」
「そうね、それじゃあ借りるわよ。それでこう被せて……良いわよショウマさん、こっち向いても。」
「うん、分かった。それにしても、この子は一体……?」
『バイタルを確認してみましたが、いずれも正常値ですね。恐らく昏睡状態であるものかと。』
「えっと……この子の事は、さっき開示されたっていうデータには載ってないのかな……?」
『待ってください、少し調べてみますね。』
各々が各々の反応を示し、多少なりとも場が騒がしくなったが、目の前の少女は目覚める気配が無い。
試しにモモイが軽く肩を揺すってみるが、少女の瞼は開く様子を見せない。
「……あれ?何か書いてある。」
と、肩に触れたが故にモモイは気付いた。
少女の上腕部に、何かの記号が記されているのを。
「何て読むんだろう……アル、イズ?それとも普通にエーエルアイエス?」
「分かった、アリスだ!」
「それなら区切ってる所がおかしいでしょ?それにこれ、よく見たらISじゃなくて1Sじゃない?」
「じゃあ、AL-1Sって事になるのかな……?」
『……そうですね、AL-1Sが正しい表記のようです。』
「アロナちゃん、何か分かったの?」
『はい、このウトナピシュティムの本船のデータを調べてみたのですが、その中にこんなものが。』
アロナが掲示してきたのは、搬入記録と題されているデータ。
彼女曰く、この記録は何らかの理由で殆どのデータが破損してしまっているらしく、その中で唯一無事だったのが、記録の最後に記載されていた搬入物の項目名……それが、AL-1Sだったのだ。
「って事は、この子はどこか別の場所から運ばれてきたって事なの?」
「それに搬入って……。」
本来人の肌上には有り得ない記号の刻み。
それはまるで、何かの型式番号や製造番号のように見える。
加えて先のデータには搬入物として記載されていて……。
「この子は一体……。」
誰も答えを出せないまま、室内には不気味な沈黙が流れる。
そんな中で少女は変わらず静かに眠り続けている……しかし彼女の整った寝顔からは、まるで今にも目を覚ましそうな不思議な気配がある。
そう思ったからだろうか……ピクリ、と少女の指先が僅かに揺れたかと思えば、やがて閉ざされていた少女の瞼がゆっくりと開かれたのだ。
「ん?え……!?」
「目を、覚ました……!?」
少女の淡い水色の瞳が、焦点の定まらないまま天井を映し、それからゆっくりと周囲へ向けられる。
体を起こそうとする様子も無く、何かを語る様子も無く、ただ静かに視線だけを巡らせる少女の姿に、一同は思わず息を呑む。
「えっと……こんにちは。初めまして、俺はショウマって言うんだ。君の名前は?」
刺激しないよう穏やかな声色で語り掛けるショウマ。
その言葉を受け、少女はゆっくりと彼の方へ顔を向ける。
少女の瞳は確かにショウマを捉えて……だがそれだけだった。
僅かに開いている唇からも、言葉が紡がれる様子は無い。
「……返事が無い、ただの屍……。」
「だから不謹慎な事言わない。それよりショウマさん、もしかしてこの子……。」
「うん、喋る事が出来ないのかも……。」
自然と、そんな可能性が浮かんでくる。
すると同様の考えに至ったのか、シッテムの箱のモニターに映るアロナが一歩前へ出るように身を乗り出す。
『私が代わります。初めまして、シッテムの箱のAIのアロナと言います。私の言葉や名前がお分かりでしたら、首を縦に振ってください。』
以降のやり取りについては、後にリンが行った時と変わらぬ結果であった為に省略をする。
ともあれ少女に明確な敵意が無い事は確かだったので、リンからの助力を得る為にも
「それで……どうしよっか。」
「彼女を生徒として扱うか、それとも一般市民として扱うかである程度対処の仕方は変わってきますが、何れにしても一度連邦生徒会で身柄を引き受ける事には変わりありませんね。」
見た目は明らかに
キヴォトスの生徒であれば誰もが備えているヘイロー……少女が目覚めてから今に至るまでその存在が確認出来ないという事実が、それまでの事の異質さと相まって判断を慎重にさせる。
故にそういった経緯を経た上でのリンの結論に、誰も異論は唱えなかった。
「彼女の精密検査も行わなくてはなりませんから……ひとまず今日は、
「うん、分かったよ。」
『セリカさん達も今から帰ると遅いでしょうから、今夜は
「そうね、そうさせて貰うわ。」
「あ、ありがとうございます……。」
「やったお泊まりだ!何かお泊まりって聞くと妙にテンション上がんない?」
「うーん、分かるような分からないような……。」
いつの間にか深刻になっていた空気が、モモイの無邪気な一言で次第に和らぐ。
そしてそれまでの空気を作っていた要因たる少女は、移り変わる場の様相を変わらず虚とした眼差しで見つめるのみであった。
「よし、じゃあちゃちゃっと作っちゃいますか。」
「ごめんねセリカちゃん、晩御飯作って貰っちゃって。」
「良いわよ別に、これぐらい訳無いわ。それじゃあ
「お腹空いたー……セリカー、40秒で支度してー。」
「出来る訳無いでしょ。どうしてもって言うならショウマさんからお菓子貰って、それで我慢して。」
リンとの話し合いを終えると、時刻は18時30分を少し回ってしまっていた。
つまりは一般的な夕餉の時間帯という事で、またある程度の食材とカレーの素が取り置いてあった事から、折角だからとセリカが腕を振るうと名乗り出たのだ。
外食や
「はーい……という訳で先生、お菓子貰っても良い?」
「良いよ。ちょっと待ってて、持ってくるから。」
「食べ過ぎてご飯食べられないなんて事にならないでよね?」
「すみません先生……いただきます。」
作り方にもよるが、カレーの調理時間は大体1時間弱……という事で、腹の虫が喚き立てて仕方がないモモイは早速ショウマへおねだりをし、用意されたお菓子へ手を付け始める。
ミドリも遠慮が無い姉に対して苦言を呈しながらも同じ様に腹鼓が鳴り止まないからと、ユズも合わせてその手は自然とお菓子をつまんでいた。
「……何かめっちゃ見てくるんだけど。」
「もしかして、食べたいのかな?」
と、口の中に拡がる様々な味を堪能していた姉妹はふと、向かいに座る少女の視線がこちらに向いている事に気付く。
より正確に言えば、3人が持っているお菓子に……その眼差しはそれまで虚然としていたのがまるで嘘のように興味津々という色で溢れていた。
「はい、どうぞ。」
その色に期待を込めて、ショウマが手頃なグミを渡す。
それを掌で受け取った少女は暫く色々な角度からグミを見つめ、次に指でつまんでまた観察を始め……そして最後にはゆっくりとグミを口の中へと入れたのだ。
「え、ほんとに食べたよ……。」
「食べるっていうのは分かるのかな……?」
一噛み、二噛み、しっかりと。
時間を掛けて行われたそれに続くように、やがて少女の喉が小さく上下する。
そしてその瞬間、それまで無であった少女の表情がまるで感嘆とした様子となり、ショウマが持つ袋の中から次々とグミを取り出して口の中へ放り始めた。
「うわ、めっちゃ食べるじゃん。」
「え、まさかグミが好きだったりした……とかじゃないよね?」
時間の掛かっていた初回から一転して、流れるように食する少女。
遂にはショウマの手から袋を奪い取るまでの執着をも見せ始めた。
「どういう事だろう……?」
『食欲は生物の三大欲求の1つですから、本能的に理解したのかもしれませんが……もしかしたら時間が経って冷静な思考力が甦ったのかもしれません。後でもう一度お話を聞いてみましょうか。』
誰もが少女の変貌振りに驚きを隠せない中、本人だけは気にした様子を見せない。
やがて全てのグミを食べきった少女はその場で袋を手放すや、おもむろに視線を机の上に置いてあるポテトチップスの袋へ移す。
「えっ!?待ってそれ私のポテチだから駄目……って力強っ!?」
その視線から察したモモイが袋を取って渡すまいと腕の中に抱えるも、少女は身を乗り出してまで袋を掴み、そして凄まじい力で袋を取り上げようと引く。
「ああ、溢れちゃった……って駄目だよ拾い食いなんてしちゃ!汚いから!」
「こっち!こっちにいっぱい有るから!」
力に耐えられずに裂かれた袋……そこから床に溢れたポテトチップスを、少女は何の躊躇いも無く拾って食べ始める。
慌てて止めたショウマの回収したポテトチップスさえ付け狙おうとする姿を見かねてミドリが咄嗟の声を上げるも、少女の意思はさらなる混迷を生んだ。
「うわ力強っ!?」
「わあああ!?ちょっと待って!!だから床に落ちてるの食べちゃ駄目!!開けてあげるからちょっと待って!!」
「ひ、ひぇえ……!」
「ちょっと何?さっきから騒がしい……って何よこれ!?どういう状況!?」
机の上の、まだ封が切られていない菓子袋……それを手に取り、無造作に力を込める少女。
当然袋は破裂して中身が四散し、少女は床に落ちたそれらをまた拾っては口の中へ入れようとする。
これまで彼女は自分達が手を施さなければ歩かなかったり座らなかったりと、自らの思考で行動する事をせずにされるがままであった。
しかし今目の前に居る彼女はユズが怯える程の、まるで別人とも言うべき貪欲さを見せている……そこに先程アロナが語った冷静さというものは一切感じられない。
お菓子が好きだから、という理由では説明出来ない程の行動は、言うなれば……。
『まるで、掛けられていたリミッターが外れたような……。』
アロナが呟いた表現が当て嵌まる、そのあまりに歪な在り方に、一同は少女という存在の不可解さを改めて思い知らされるのだった。
「お邪魔しまーす!……って、やっぱシャワーだけか。お風呂入りたかったんだけどなぁ……。」
「シャワー浴びれるだけ良いでしょ、贅沢言わないの。」
あの後少女はセリカが作った料理に対しても同様の反応を見せ、また過程も同じ様な道を辿ってしまった為、オフィスは溢れたお菓子やらカレーやらで汚れてしまった。
なのでひとまずショウマが皿洗いや掃除を行っている間にセリカとゲーム開発部の3人は少女を連れて
あわよくばお菓子を食べて食に対する意識を引き出せたように、何か日常的なものに触れさせる事で新たな変化を引き出せるのでは、と……そんな算段も含めて。
「よし、これで……多分熱くは無いとは思うけど……お湯、掛けるわよ。」
室内に入ったモモイが期待から外れたと残念そうに呟くのをピシャリと切って、セリカは少女をシャワーの前へと立たせる。
そして慎重にシャワーの温度を確かめてから、少女の体へと少しずつ湯を掛けていく。
少女は一瞬驚いたのか僅かに目を見開いたものの、特に嫌がる素振りは見せず、そのままシャワーに打たれる。
「頭洗うから、目閉じて。分かる?目、閉じる。」
「……。」
「お、目閉じた。」
「もっとぎゅーってして、じゃないと水とかシャンプーが目の中に入っちゃうから。」
「ぎゅーじゃ分かんなくない?えっと、もっと強く目瞑れる?」
「……?」
「あー駄目だ、分かってないやこれ。」
「目で見れないと分からないのかな……どうしよう、シャンプーハットとか有ったりしないかな……。」
試行錯誤をしながら少女の体を洗っていく4人。
幸い少女が大人しくしてくれているのでそこまでの苦労はせず、洗体そのものは問題無く進める事が出来た。
故に4人は少女の体についてよく観察をする事もでき、そこから分かる自分達との違いに疑問を抱く事になる。
「それにしても、長い髪だね……手入れも大変になりそう……。」
「ちゃんと毛先の方まで洗わないとね……ずっと地面擦ってたから痛んじゃう。」
「もし明日時間に余裕が有れば、美容院とか行って髪少し切って貰いたいね。」
まずは何と言っても髪……少女の髪は毛先が余裕で地面に付く程に遥か長い。
あの廃墟の中にどれだけの間居たのかは分からないが、ここまで伸びているというのは相応の歳月の重なりを連想させる。
しかし意外にも髪質は、そんな時間の経過というものを全く感じさせない程に非常に良いものであった。
手で梳いてもざらつきや引っ掛かりなどまるで感じない……髪の毛1つに至るまで全く荒れていない、とても清らかな状態。
欠かさずの手入れをしていなければ保てないであろうその髪質は、普通に考えればここまでの毛量と、少女が廃墟の中で眠っていたという事実と矛盾する。
誰かが世話をしていた?それとも少女が眠っていたという事実に何か見落としが有るのか?
例えばずっと眠っていたという仮定が間違いで、実は時折起きては髪の手入れをして……髪の手入れだけしてまた眠る?そんな事が有るのだろうか?
そもそも髪の手入れなんて概念がこの少女に有るのだろうか?今もされるがままに髪を弄ばれ、逆に多少の興味を持ったのかシャンプーの泡を手持無沙汰的に弄んでいるような、この少女が?
それとも、或いは、この状態で維持されるように造られているのだとしたら……。
「……ごめん、今から凄いデリケートな話しして良い?」
「デリケートな話?」
「うん……その……何て言うか……最初の頃から思ってたけど、やっぱり……無い、わよね……この子……。」
「無い?……ああ、
「馬鹿、本当にデリケートの無い事言ってんじゃ無いわよ。そうじゃなくて、ほら……こう……人として有るべきものが無いというか……さ、先っちょの所とか……あそこ、とか……。」
「へえ~セリカって先っちょって表現するんだ、か~わい……って痛い痛い痛い痛い!?!?足!!足もげる!!」
その考えを裏付ける、少女の体の異変……それは人体に於ける
セリカは恥ずかしさからぼかして言ったが、要は乳首や陰部といったものが少女には存在していないのである。
本来そこにあるべき部分は、どちらもなだらかな肌色となっていて……廃墟で初めて彼女の裸体を見た時は
特に陰部に関しては無いと色々困るであろう……先程だってあんなに沢山のお菓子や
まさか摂取したものが余す事無く分解されるとでもいうのだろうか?
そんな考えが浮かんで、しかし一蹴出来ないのは、彼女の上腕部に刻まれているAL-1Sの記号。
いくら洗っても落ちないそれが、荒唐無稽な数々の空論を1つの結論へ結び付かせる。
「
ウトナピシュティムの本船……あれを実在するSF的要素と仮定するならば、同じように存在していてもおかしくないと隙間で語っていた3人の意見を、セリカは時が経つ事に否定出来なくなっていた。
「それじゃ、皆お休み。その子の事よろしくね。」
「うん、お休みショウマさん。」
「お休みなさい……。」
「お休みなさい、先生。」
「お休みー!」
それからセリカ達も洗体を済ませてシャワー室を後にし、各々風呂上がりのケアがてら一度オフィスに立ち寄った後に就寝するという流れとなった。
因みにオフィスにてもう一度少女に対して質疑応答を試みたが、残念ながら少女からの反応はまた得られずの結果となった。
何かを問い掛けても首を傾げるばかりで……しかしその首を傾げるばかりという行動そのものが、初期の頃より確かに感情に溢れているとして、今は十分と考えよう。
「さて、じゃあ寝ましょうか。」
「うん、この子も寝かせてあげないとだからね。」
時刻は21時を示そうとしている所。
仮眠室に着いた一行は適当に自らが横になるベッドに当たりを付けながら、少女にも同様に寝てもらうよう促し始める。
ベッドに寝かせて、目を閉じさせて……だが少女は今一理解出来ていないのか、直ぐに目を開いてセリカ達の事を見つめ始めてしまう。
さてこれはどうやって寝かしつけるべきか……思案に暮れていたセリカであったが、それよりも一旦と視線を先程からやけに静かなモモイへ向けた。
「……で?あんたはさっきから何をしてる訳?」
「え?見て分かんない?ゲームだよ、ゲーム。」
「ゲーム?あんたこんな所にまで来てゲームするつもり?もう結構良い時間だってのに……。」
「分かってないな~……この、あとは寝るだけ~ってタイミングでやるゲームが最高なんだよ。」
筋金入りと言うべきか……何の悪びれる様子も無くゲーム機を操作するモモイ。
その右隣ではミドリが呆れたような顔をして、ユズは少女の様子を気にしながら、しかしながら2人共視線はモモイの操るゲームの画面をちらちらと覗き込んでいる。
「ん?……え、まさか……。」
「ほうほう、ゲームに興味を持つとはお目が高いですなぁお嬢さん♪」
「どんなキャラやってんのお姉ちゃん……。」
そんな風に皆が注目するものだから、当然少女も気を引かれてしまうもので。
少女はベッドに寝かせていた体を起こし、モモイの左隣に立ってじっと画面を見つめ始める。
「そうだ!折角だしこの子にゲームやらせてみよっか!」
「え?何でそんな発想になった訳?」
「まあまあ、物は試しってやつで。もしかしらさっきみたいに何かおっきな反応してくれるかもしれないじゃん?」
また突拍子もない提案であるが、言われてみれば成る程、理屈自体は分からなくもない。
今の少女の様子は、先にお菓子や料理に対して反応していた時と同じだ……時間帯的にはあまり首を縦に振りたくはないが、彼女の事が知れる一遇のチャンスではある。
「という訳でぇ……てってれー!テイルズ・サガ・クロニクル
「テイルズ・サガ・クロニクルって……確かあんた達が作った……。」
「そう!」
「あのネットで散々の言われ様をされたっていう出来の……。」
「ひぅ……。」
「あー!ユズの事泣かしたー!いっけないんだー!」
「えっ!?ご、ごめん!そんなつもりじゃ……!」
という訳で、少女にゲーム体験をさせる流れになった。
早速モモイが操作してゲームが立ち上がる、そんな中で渋々と成り行きを見守る事となったセリカはふと気になった事を彼女へ聞いてみる。
「で、実際何でやらせるのがそれなの?ゲームなら他にも色々……。」
「まあ折角だし、やるなら最初に自分達が作ったゲームやらせてみたいって思わない?ほら、他のゲームやってからだと、その……ね?」
仔細は語らず、敢えて察して貰おうとするモモイ。
どうやらネットで酷評を受けた件については彼女も自らの汚点としてしっかりと自覚をしているようだが、逆にあのモモイが……まだ出会って1日と経っていないが、あのモモイがここまで尻込まるような態度をしなければならない程でもあるとして、セリカの中では一抹の不安が過る。
「それに
「語彙力たっぷり……?」
「ミドリ女史、何か言いたい事でもあるのかね?」
「ア、イエ、ナニモ……。」
さらにはツッコミを返されたミドリの乾いた返事に、セリカの中で過ぎていた不安が途端に蓄積物として心の中に募っていく。
「それに……おっとこれは言わないでおこう。それはこの子の反応を見てからだ。」
おまけにモモイの中では何らかの思惑が企まれてもいるらしい。
繰り返すようだがまだ出会って1日と経っていないながらも絶対に碌でも無いと分かってしまい、セリカの中で募っていた不安がいよいよ表に出始めようとしていた。
そんな彼女の内心など露知らずのモモイは、起動が完了したゲーム機を少女へと持たせる。
「よし、じゃあ始めからでスタート!」
─コスモス世紀2354年、人類は劫火の炎に包まれた……。
「……?」
「な、何よこの仰々しいプロローグ……王道ファンタジーRPGって言ってなかった?これどれかっていうとSF系の始まり方じゃない?」
遂に始まった、テイルズ・サガ・クロニクルという
宇宙文明やら世紀末的展開やら、発売から直ぐに今年のクソゲーオブザイヤー大賞候補とさえ評された事実に違わないような、そんな王道ファンタジーRPGというジャンルに全くそぐわない演出の数々が画面に表示されていく。
─チュートリアルを開始します。
まずはBボタンを押して、目の前の武器を装備して下さい。
「よし、じゃあボタンを押してみよっか。因みにBボタンっていうのはこれね?」
そんなこんなでプロローグが終わり、唐突に始まるチュートリアル。
恐らくこのゲームの主人公なのだろうが、まだ操作キャラの名前すら分からないor入力していないじゃないかとツッコミたくなる気持ちを抑えながら、セリカは少女が促されるままにボタンを押す様を見守る。
(ドカーーーーン!!)
「「!?」」
「……は?」
「……???」
「はーっはっはっはっは!引っ掛かったね2人共!そこはBボタンじゃなくてAボタンを押すのが正解なのさぁ!」
少女がボタンを押した瞬間、何の前触れも無くキャラが爆発し、そのままゲームオーバーを迎える。
そのあまりに唐突な展開に呆然とするセリカと少女に、モモイが隣で嘲るように笑う。
「いや何で……?」
「え?だって予想出来る展開程つまらないものは無いじゃない?」
「……成る程、このゲームがクソゲーって言われる所以が分かったわ。」
「評価が早い!?」
「でも改めて見ても、この部分はちょっと酷いと思う……ほら、この子も何が起きたか理解出来てないし。」
「ちょっとどころじゃないでしょ、ちょっとじゃ……。」
思わず何かのバグや設計ミスを疑ったが、これが正規の仕様で、かつ浅はかとしかないその理由を聞いて、セリカは彼女達の……とりわけモモイに対する信頼を少し失ったような感覚になった。
─エンカウントが発生しました!
野生のプニプニが現れた!
「お、いよいよ戦闘だね。じゃあAボタンを押して!今度は嘘じゃないから!」
「本当よね……?えっと……スキル、秘剣つばめ返し……効果は敵に対して連続で2回攻撃を行う……ああ、良さそうじゃない。」
ひとまず己の感情は置いておいて、やり直した少女のゲームプレイを改めて横で見守るセリカ。
今しがた食らった理不尽な洗礼も無事に回避し、画面の中のキャラクターが装備を持った所で、RPGの華の1つである戦闘が開始された。
─ッダーン!
プニプニの攻撃が命中、あなたは即死しました。
「!?!?!?」
「はぁ!?」
プニプニ:どれだけ剣術を鍛えた所で、我が銃の前では無力……ふっ。
「……?????」
「ざっけんなこの……ッ!!」
「うぎゃあああ!?叩くな叩くなぁ!?」
戦闘は秒で終わった。
またしても食らわされた理不尽な仕様に少女が思わず天を仰いで放心している中で、キレたセリカの平手がモモイを襲う。
「何なのよこれ!?何でこんないかにもスライムしてるやつがいきなり銃とかぶっぱなしてくる訳!?」
「そりゃあさっきも言った通り予想出来る展開程つまらないものは無いし~、それに銃ぶっぱなすなんてキヴォトスじゃ当たり前の事じゃん?」
「現実と一緒にすんなっ!!しかも即死って何!?それなら銃弾喰らっても平気なようにしなさいよ!?」
「いやだって、そういう世界観だし……。」
「ざっっっけ……!!」
「蹴るな蹴るなぁ!!暴力反対ぃ!!」
何でこんなゲームにOKサインが出てしまったのだろうか?出してしまったのだろうか?
ユズ曰く、モモイが楽しそうだったから。
ミドリに至っては聞いても答えず、「やっぱりプニプニが銃口に息吹き掛けるのって変だよね……格好付け過ぎっていうか……。」と自分の世界に入り込んでしまう始末。
成る程、必然だったという訳だ……ゲームの出来も、世間からの評価も、廃部の危機も。
ふ ざ け る な 。
「あーもうっ!やめやめ!こんなゲームやってたらこっちの気が狂うわよ!明日も有るんだし、ゲームおしまい!もう寝る!」
「えぇ~~~!?これからが面白い所なのに~~~!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたセリカが強引に流れを断ち切ろうとする。
当然ながらモモイから猛烈な抗議が飛んでくるが、それでも構わずセリカは少女にゲーム機を置くよう促そうとした。
「……。」
が、少女はセリカの思惑に反するように天を仰ぎ見ていた視線を画面に戻してゲームを再開する。
そしてゲームオーバーになった画面が消え、再び戦闘画面へと戻ったゲームの中で少女が動かしたキャラクターの動きに、皆揃って驚きを隠せなかった。
「え、凄い……距離を置きながら戦ってる……。」
「教えてもないのに……?」
ユズが言ったように、少女は教えていない他のボタンを使ってコマンドを選択し、教えていない遠距離技や防御技を駆使して戦っている。
最序盤の敵相手に何でこんな複雑な戦法を取らされなければならないのかと、普通なら匙を投げるなりプレイングミスをしそうなものを、少女はあまりに的確に手を進めていき、やがて……。
「凄い!倒した!」
「おぉ~やるじゃん!こんな早く最適な戦い方を見つけるなんて、ゲーマーとしての才能有るよ!」
「もしかして、このままクリアまで行けるかな……私達でサポートすれば……!」
見事
その手腕にゲーム開発部の3人は一斉に歓喜し、わいわいとした歓声を上げる。
「いやあんた達……寝ないと……。」
その空気にもう寝るなんて概念は一文字も無く、後には蚊帳の外とされたセリカの姿だけがあったのだった……。
「……よし、こんな所かな。」
『お疲れ様です、先生。』
今日はゲーム開発部と関わった以外にも外回りの仕事をこなしていたのだが、だからといってその間内勤の仕事が振り込まれないなんて事は無い。
今はまだこの身1つで何とかなっているが、ここから先
欲を掻いても仕方が無いのだが、出来る事ならもう1人か2人同じ様な立場の人間が居て欲しいものだ。
『すみません先生、お眠りになる前に1つお伝えしなければならない事が。』
何にしても今日はここまで。
明日もある事だし、今日はもう寝るとしよう……ショウマがそう席を立とうとすると、アロナからその前にと制止の声が掛かった。
はて突然何であろうと耳を傾けるも、彼の耳はアロナが声を発する前に別の物音を捉える。
「はぁ……。」
「あれ、セリカちゃん?どうしたの?」
「駄目、あいつら全然寝ないの。ずっとゲームばっかしてて……ショウマさ~ん、ソファで良いからここで寝させて~……。」
扉を開けて入ってきたのはセリカ……その様子と台詞からして追い出されたとまでは言わないが、恐らく熱狂しているであろう空間に耐えきれずに出ていかざるを得なかったのだろう。
困った子達である……これは寝る前に注意しにいかなければ、か。
「ソファで寝ると風邪引いちゃうよ?下に
「へ?ショウマさんのベッド……いやいやいや、それこそそっちはショウマさんが使ってよ!第一私がベッド使ったらショウマさんはどこで寝るのよ!」
「俺はそれこそソファとかその辺りで寝転んで……。」
「何で自分は大丈夫判定なのよ!?駄目!そんなの私が許さない!」
『お2人がどう寝るかはそちらで話し合って決めて貰うとして、ソファは下のプライベートルームにある物の方が広くて寝やすいと思いますので、地下には行った方が良いと思いますよ?』
取り敢えずセリカを地下のプライベートルームまで案内して、それから仮眠室を目指すショウマ。
その道中で、先程アロナが言いそびれていた事を聞いてみる事に。
「それで、さっき伝えたかったって言ってたのは何?」
『ああ、そうでした。それで、実は……。』
言うに、当時は状況的に口を挟む余裕が無く、また言えば余計な混乱を招くであろうとして発言を控えていたのだそう。
そんな前置きから語られた内容は、確かにそう言う通り決して無視出来ないようなものであった。
「アロナちゃんが掴んでた信号は、あの子を連れていった後も反応してた……?」
「AL-1S……廃墟に居た謎の存在……。」
一方
廃墟……連邦生徒会長の指示によって警備が為されていた、彼女しか立ち入る事が許されていなかった場所から発見されたかの存在は、モモイが言っていたように確実に彼女と深い関わりが有る筈だ。
あの場所も、かの存在も、詳しく調べなくてはならないだろう……だが彼女の捜索に加えて、未だ猫の手も借りたい程の行政体制だ、これ以上の他事をこなしている暇は無い。
かといってどれかをおざなりにするという選択肢も有り得なく、リンは増えた厄介事に思わず頭を抱えてしまう。
「?……はい。」
その時、部屋の扉をノックする音が。
こんな時間に人が訪ねてくるなど考えにくいと一瞬己の耳を疑ったが、同じ音が再度響いた事でそれが確かであると認め、リンは訝しみながらも扉を開ける。
「これは……?」
そして扉を開けた先に居たものに、今度は己の目を疑った。
そこに居たのは人ではなく機械……見た目を簡単に説明するとすれば、宙に浮かぶ一昔前のロボット掃除機というようなそれを前にどう反応すれば良いのか分からずリンが固まっていると、その機械から何と人の声がしてきた。
〈夜分に失礼するわ、七神 リン行政官……いえ、今は連邦生徒会長代理と呼ぶべきかしら?〉
「あなたは……。」
機械から発せられた声の主、その正体は……。
─それにしてもこの子、文章読むスピード早くない……?何か、テキストが出た瞬間にはもう読み終えてるみたいな……。
─それに理解力も有る……今の敵を倒すにはNPCとの会話がヒントになってるからよく見て覚えてないといけないし、新しい技とかコマンドもちゃんと場面に合わせて使いこなせてるし……。
─これ本当にユズが言ってたみたいに日付変わる前にクリア出来るんじゃない!?トゥルーエンドも含めて!
少女は眠っていた。
それは本来目覚める事を知らぬ筈の眠りであった。
何故眠っていたのか、何故その眠りが本来目覚める事を知らぬ筈であったのか、少女自身は何も知らない。
─おーい、そろそろ本当に寝ないと駄目だよー?
─げ、先生来た……ちょっと待って今すっごい良い所だから!
─駄目ですよ、寝ようとしていた人の邪魔をしてまでゲームは続けるものじゃありません。
─寝ようとしてた……あ、そういえばセリカが居ない。
─気を使わせちゃったかな……残念だけど、今日はここまでだね。
だが少女は目覚めた。
目覚める事を知らぬ眠りから解き放たれ、この世界へ降り立った。
何故目覚めたのか、目覚めた事に何の意味が有るのか、少女自身何も分からなかった。
「……。」
だから少女は求めた。
何も知らぬ、何も分からぬ己を、己足らしめんとするものを。
それが本能から来る行動なのか、或いは仕組まれている動作なのか、己では理解出来ずとも。
「すぅ……。」
「んん……。」
「むにゃむにゃ……。」
明かりも消え、3人の寝息のみが聞こえる室内で、少女はおもむろに寝かせていた体を起こし、ベッドから出て寝ているモモイの隣に立つ。
「……。」
そして枕元に置いてあるゲーム機を手にしてベッドへ戻り、縁に腰掛けてゲームを起動する。
再び画面に表示される冒険の物語……それが今、少女が無意識にも願っている、己を己とするものであると信じて。
「ゲーム……再開……。」
「うぅん……。」
仮眠室に差し込む朝日が、薄いカーテン越しに柔らかな光となって室内を照らす。
その光に促されて目を覚ましたミドリは見慣れぬ部屋の景色に一瞬ドキリとしたが、ここが
「お姉ちゃん、朝……。」
「↑↑↓↓←→←→AB……。」
「コマンド入力しないで……ユズちゃんも……。」
「↓↘→+P……→↓↘+P……↓↙←+K……。」
「こっちもかぁ……。」
セミナーによるゲーム開発部廃部の危機を越える為、昨日はこの2人に先生とセリカを交えて廃墟を探索し、そこで不思議な施設を発見して、それから……。
「……漸く目を覚ましたようだな。」
「え?」
そうだ、出会ったのだ。
目の前のベッドの縁に腰掛ける、電源の付いていない……或いは電池の残量が無くなったゲーム機を傍らに置く、この少女と。
「無事に目が覚めたようで何よりだ、君は運が良いな。」
昨日は一言も発さなかった口から、あまりに流暢な言葉を連ねる、この少女と。
「しゃ……。」
「喋ったあああああ!?!?」