「喋ったあああああ!?!?」
「ひぅう!?!?な、何!?!?」
「おはよーございますぅ!?!?何!?!?ミドリ!?!?ミドリなの今の!?!?」
「ちょっと何今の!?どうしたのあんた達!?」
「大丈夫皆!?」
廃墟で保護した謎の少女……昨日に於いてはまるで言葉を発しなかった、そんな彼女からの突然の発声。
それがあまりに衝撃的であったとして、思わず絶叫するミドリ。
その声に反応して隣のベッドで寝ていたモモイやユズも半ばパニックになりながら飛び起き、少し遅れてショウマとセリカも悲鳴を聞き付けて仮眠室へ駆け込んできた。
「こ、こ、こ、この、この子が、しゃべっ……!!」
「んー?何?この子?ああ、おはよー。どしたの?」
一体何があったというのか?
ベッドの上で腰を抜かし、呂律の回らないミドリが指差している対象である少女を見てみれば、彼女は一度全員の顔ぶれを一瞥し、再び問題となる行動を取った。
「ふむ、パーティーメンバーが揃ったようだな。良い事です……これで新たな冒険に旅立てるぞ。」
「……。」
「喋ったあああああ!?!?」
「だからそう言ったじゃん!!」
「う、嘘でしょ!?何で急に……!?」
今度はモモイが絶叫した。
確かに少女の口から紡がれた言葉……昨日は単語の1つも声に出さなかった程だというのに、何故急に喋るように……喋れるようになったのか?
その答えを、セリカの動揺から察した少女が手に持つ物を掲げる事で示す。
「この魔導の書が我を導いたのだ、実に素晴らしい書物でございました。」
「魔導の書……?」
「え、それってもしかしてそのゲーム機の事言ってる?……うわ、電池の残量0%じゃん!?」
「もしかして、あの後ずっと1人でやってたの!?」
「肯定しましょう。世界を救うのが勇者の使命……その使命を受けた我に、冒険を中断するという選択肢は無い。」
どうやら昨夜ショウマとアロナに皆が寝かしつけられた後、少女は1人こっそりと起きてゲームを続けていたらしい。
そうして一晩掛けてゲームを遊び続け、その中で得た知識と言葉を自身のものとして身に付けたようだ。
「しゃ、喋れるようになったのは凄い良い事だと思うけど……。」
「何ていうか、随分ちぐはぐで芝居掛かった口調ね……。」
『恐らくゲームからのみ情報を得たのでしょうから、知識に偏りが生まれてしまっているのかと……。』
だからなのか、少女の喋り方は何だか非現実的な、古風な言い回しで。
そしてそれをおかしなものだと認識をせず、少女はベッドから降りて何故か明後日の方向を指差す。
「さあ、パーティーメンバーも揃ったのです。いつまでも宿屋に留まっている場合ではない……勇者達よ!直ぐに装備を手に取り、我と共に冒険の旅へ……!」
が、その瞬間、ぐぎゅるるる……という音が少女のお腹から鳴り響いた。
それが何を意味するかは、敢えて詳しく語るまでも無い。
「……その前にご飯食べよっか。」
勇者の冒険は、腹が減っていては始まらない。
「……っ!パンパカパーン!HPが回復した!」
「ぱんぱかぱーん……?」
「た、多分TSCでアイテム取った時とかに鳴る
朝食として用意されたものを食し、ぱっと笑顔を浮かべる少女。
その際に飛び出した謎の掛け声に、一同は何とも言えない表情を浮かべる。
知識を得た教材が教材故に、どうやら少女の中では現実とゲームの区別が曖昧な状態になっているようだ。
「ふう……HPが全回復しました。これで冒険に出掛けられ……。」
「あ、その前にちょっと待って。」
ならばちゃんと、現実の知識も身に付けさせなければ……ショウマは朝食を食べ終えて早々に席を立とうとする少女を引き止め、両手を顔の前で合わせる。
「食事が終わったら、ごちそうさまでしたって言うんだよ。」
「……ごちそうさまでした。」
レトロゲームに於いて、わざわざ食事シーンを細かに描写する作品は少ない。
ましてや食前食後のこうした挨拶など以ての外……少女はゲームで得た知識に無い行動に首を傾げ、やがて我慢がならなかったのかショウマへ質問攻めをする。
「村人Aよ、これは先程のいただきますと同じアクションに思えます。何か違いが有るのでしょうか?このアクションにはどのような効果が有るのか?」
「えっと、1個ずつ説明するからちょっと待ってね……。」
しかしそこでのショウマの扱い、まさかのモブである。
一応先生をやっている者としてはもう少しマシな扱いにして欲しいとショウマ以上に周りが思っていると、オフィスの扉が開いて来客の存在を告げてきた。
「失礼します……全員揃ってらっしゃいますね。」
「あ、リンちゃんおはよう。」
やってきたのはリン……昨日に続いて少女の様子を窺いに来たのだろう。
するとリンの存在に気付いた少女がショウマへ向けていた意識を彼女へと移し、急に険しい表情を浮かべながら彼女向けて指を差す。
「む……そなたは高位審問官!我らに裁きを下しに来たのか!?我らに一体何の罪が有ると言うのか!?」
「……。」
「えっと……色々あって、喋れるようになりました……。」
「そうですか……昨日とはまるで別人ですね。」
「うん、朝からずっとこんな感じで……。」
開口一番そんな言葉をぶつけられたリンは思わず言葉に詰まってしまう。
昨日までまともに声を発する事すら出来なかった少女が、今では言葉遣いこそ怪しいながらも流暢に喋っている。
それ自体は喜ばしい変化なのだが……果たしてこれは彼女なりの戯れなのか、それとも昨日のやり取りが彼女にとって何か嫌われるような要素を含んでいたという示唆なのか。
「会話が出来るようになったのであれば好都合です、またお話を窺うとしましょう。すみませんが、私の質問に答えて頂いても……。」
何にせよと、多少戸惑いを露にしたものの流石と言うべきか、リンは1つ小さな息を吐くと直ぐにいつもの調子を取り戻す。
そして改めて少女の正面へ腰を下ろし、そう言い掛けた時だった。
「ん?どうしたの、急にキョロキョロしだして……?」
「……たべるコマンドを選択したいです。」
「たべるコマンド?」
「たべるコマンド……セーブをする前に選択した……もういちど……。」
「セーブをする前……?」
険しくしていた表情を途端に戻し、何かを探し始める少女。
しきりに周囲を見回す、そんな彼女の口から零れた幾つかのワードは、彼女の行動の意図を表す重大なヒント。
だがそのヒントが今ひとつ要領を得ないとして、皆首を傾げるばかり。
『……もしかして、昨日食べたお菓子やカレーを食べたいのでしょうか?』
やがてふとシッテムの箱から響いたアロナの声に、皆成る程と納得する。
TSCには昨日という単語は使われていなかった……だから今の少女の中にも当然その単語が存在せず、他に過去の出来事を表す上手い言葉も見つからず、それでもその概念をどうにか表現しようとして出たのが、ゲームをやっていく内に覚えたセーブという言葉なのだとしたら。
そこから眠る前=セーブをする前と解釈すれば、話として筋が通るのでは?
「カレーは昨日食べたので無くなっちゃったからもう無いけど、お菓子なら……はい、どうぞ。」
ショウマが差し出したのは、朝食後に個人的に食べるつもりで用意していたグミ。
するとそれまでの推測が正解であると示すかのように、少女の目が見るからに輝きだした。
「パンパカパーン!……を手に入れた!」
「お、合ってたっぽい!」
「因みにそれはグミっていう名前だからね。」
「グミ……パンパカパーン!グミを手に入れた!」
名前も効果音も律儀に復唱してから食べ出す……そんな少女の様子を見て、リンは何とも言えない表情を浮かべていた。
先程喜ばしい変化と謳った手前であるが、少女のそれが少々歪な進化を遂げた結果という事実を、彼女も何となく察したのだろう。
「……では食べながらでも構いません、質問に答えて頂けますか?」
「パンパカパーン!MPが回復した!」
「お菓子ってMP回復するアイテムなんだ……。」
「しかもそれ毎回言うのね……。」
ショウマから渡されたグミを1粒、また1粒と口の中へ放りながら、満足げに頷いている少女。
果たして話を聞いているのかいないのか……ともかく会話が出来るようになったこの機会を逃したくないと、リンは強引にでも目的を成そうとして質問を投げ掛ける。
「ではまず、あなたのお名前をお聞かせ願えますか?」
「名前……?」
そんなリンからの問い掛けに、少女の手がピタリと止まる。
彼女は口元にグミを頬張ったまま暫く考え込んだ様子を見せたが、やがて思い至ったとばかりにまたぱっと笑顔を浮かべた。
「我は勇者!世界を救う者だ!」
「……。」
「えっと、そうじゃなくて……勇者っていうのはその、
「ほら、TSCの中でも敵にプニプニとか名前があったでしょ?それと同じ。そうだなぁ……プレイヤーネームって言えば分かるかな?」
「プレイヤーネーム……プレイヤーネームはあです!」
「それは私があのゲームを進めるのに適当に付けたやつだなぁ……たとえば私は才羽 モモイって名前で、こっちがミドリで、こっちがユズみたいに。そんな風に現実での名前を聞いてるの。」
モモイが自分、ミドリ、ユズと順番に指を差して説明する。
少女はそれを追うように視線を動かしていくものの、やはりというか、どこか要領を得ない表情を浮かべていた。
「?……我は、勇者で……プレイヤーネームは……あ、で……?」
「……やっぱり分からないのかな?」
少女はゲームを始める為に設定した仮初めの名前やゲーム内で主人公が呼ばれる呼称を、そのまま自分の名前と認識している。
名前という知識や概念は知っていても、それを自分自身へ結び付けられない……それが何故かと考えれば、答えは自ずと見えてくる。
「では、AL-1Sという言葉に聞き覚えは?ウトナピシュティムの本船や生産工場という言葉は?」
「???……それは復活の呪文か?」
そして続けられたリンの矢継ぎ早な質問への回答で、各々の中で沸き上がっていた予感は確実なものとなった。
『……これはもう確定でしょうね。』
「現状自身や周辺に纏わる記憶は無し、と……分かりました。」
沈黙を破ったアロナの声……リンもまた、それに同意して小さく頷く。
AL-1S、ウトナピシュティムの本船、生産工場……何れも少女があの廃墟にいた理由を解き明かす為の重要な手掛かりであるが、それらに対して彼女は何の反応も示さなかった。
特にリンとしては、あわよくば連邦生徒会長の行方にも近付けるやもと期待を寄せていたのだが……。
「では、手短に用件を済ませてしまいましょう。彼女の処遇についてなのですが……。」
仕方無く空気を、そして己の心情を切り替えるように、リンがそれまでの流れを断ち切って話題を変える。
少女本人について分からない事は多い……だからこそ彼女の今後をどうするのかは早急に決める必要がある。
そしてその方針については、既にリンの方で話が進められていたらしい。
「彼女はいち学生としてその身分を扱い、ミレニアムサイエンススクールの1年生として入学を行う運びとなりました。」
「えっ!?うちの生徒に!?」
「どうして……!?」
その方針を聞いて、モモイとミドリが驚きの声を上げる。
確かに少女を発見したのはミレニアム生である自分達であるが、まさかその縁なのか同じ学校の生徒になるとは。
しかし、本当にそれだけが理由なのだろうか?
身元も分からぬ、そもそも人かどうかさえ怪しく、謎を多く秘めた存在なのだから、昨日言っていた通り連邦生徒会で引き取るないし他の学校学園でという選択肢が有った筈の中で、何故ミレニアムが選ばれたのか?
その理由は、他ならぬミレニアムそのものと言える存在が、それを望んだからであった。
「昨夜、あなた方の学校の生徒会長から相談を受けまして。」
「うちの生徒会長……リオ会長が?」
「誰だっけ?」
「入学式の時に見たでしょ、黒いスーツ着て壇上に上がってた人。」
「あ~……ごめん寝てたから覚えてないや。」
「お姉ちゃん……。」
ミレニアムサイエンススクールの生徒会長、
「既に必要な手続きはあらかた済まされているそうですが……その事で、会長からあなた方に頼みたい事が有ると。」
「か、会長から……!?」
そしてそんな彼女がまるで面識の無い筈の自分達に頼みたい事が有るという事で、先程は声を抑えていたユズも堪らず声を漏らして驚きを露にする。
少女がこの先生きていく為の環境まで既に手を回している程に周到な彼女が、果たして自分達に何を求めるというのか……リンは一度少女へ視線を向け、それからゲーム開発部の面々へ視線を戻し、その答えを掲示する。
「当面の彼女の世話と、彼女の名前を決めて欲しいと。」
「……という訳で、ようこそいらっしゃいました!ミレニアムサイエンススクール……そして我らがゲーム開発部の部室へ!」
「……ここはどのような場所でありますでしょうか?武器屋か?それとも防具屋か?」
「え?うーん……宿屋?」
「我はHPもMPもMAXです!セーブをする必要は無い!」
「ああ分かった分かった!違う違う!えっと……あれだ、酒場とか集会所とか、そういう拠点みたいなもの!」
「さかば……?しゅーかいじょ……?きょてん……?」
「そういえばTSCにそういった施設無かったね……。」
リンを通じてリオからの言伝を承り、自らの学び舎へ少女を招いたゲーム開発部とセリカ。
部室までの道程はセリカももう覚え、また校内の様子も既に見慣れたと言える程であるが、少女にとってはどれも初めて見るものばかり。
廊下を歩いている間も通り過ぎる生徒達や電子機器、壁に設置されているディスプレイ等を見ては忙しなく視線を動かしていた。
食べ物やゲーム程では無いが興味を示している……そんな少女の様子に、セリカはもし運命のボタンが掛け違っていたらなんていう己の内心を押し殺す。
昨夜モモイが言い掛けていたのは、ゲームを体験させてより強い関心を持たせる事により、少女を自分達の部活へ引き入れようとしていた旨であろう……あと1人部員が居れば、ゲーム開発部の名を正式な部活動として声に出す事が出来るだろうから。
しかし人が居ないのはアビドスも同じ……だから彼女の身元をミレニアムが預かると伝えられた時、正直に言えばがっかりしたものだが、アビドスは砂以外何も無い場所だ……もし本当に引き取っていたら、きっと少女に退屈な思いをさせてしまった事だろう。
「それで、ここの会長から言われたのが、この子の当面のお世話と名前決め……取り敢えず、この子の名前をどうするかよね。」
「名前?そんなのアリスで良いじゃん。」
「それお姉ちゃんがAL-1Sを読み間違えたやつでしょ、そんな適当で良いの?」
「じゃあ他に何か良いの有る?」
「それをこれから考えようって話でしょうが。」
そんな事を胸の内にしまい込みながら部室へと腰を落ち着けた所で、早速始まったのは少女への命名会議。
とは言っても、その候補は今の所1つだけ……モモイが読み間違いから口にしたそれだけだった。
しかし折角の名前なのだ、出来る限り本人が気に入るものにした方が良いだろう。
「アリス……?」
そんな考えから皆でこれから頭を捻ろうとしていると、聞こえたその言葉に少女が反応する。
「アリス……アリス!」
ただの思い付きでしかない仮初めの名を、少女は何度も復唱する。
そしてその度に少女の表情がだんだんと明るいものになっていき……。
「パンパカパーン!我はアリスの称号を手に入れた!」
「……あれ、もしかして気に入っちゃった?」
「良いじゃん良いじゃん!じゃあ今日から君の名前はアリスだ!これから名前を聞かれた時はアリスですって答える事!」
「はい、アリスです!」
「い、良いのかなぁ……?」
遂には自ら名乗りを上げてしまう程に。
何故かは分からないが、どうやらアリスという名が少女の中でぴったりと嵌まったようだ。
という訳で少女の名前はアリスという事になったのだが、本題はここからである。
「じゃあまあ、名前はそれで良いとして……名字も付けないといけないわよね。」
「みょーじ……?」
「えっと、名前の前に付くもう1つの名前……的な?」
「???」
「ほら、私やお姉ちゃんでいう才羽とか、ユズでいう花岡とか……まあ必要なものなんだよ。」
「こっちはちゃんと考えないとだね……。」
「え、才羽じゃ駄目?」
「それは最終手段ね。折角なんだし、出来れば誰とも被らないようなものの方が良い気がする。」
「うーん……じゃあ廃墟 アリスとか?」
「何でそうなるのよ……確かに誰とも被らないでしょうけど……。」
「分かった分かった、じゃああれだ……あの、オトナピクセルみたいな……何だっけ?」
「ウトナピシュティムって言いたい?」
「そう!ウトナピシュティム アリス!どう?」
「馬鹿。」
「一蹴された!?」
当然ながら、名前だけでは色々と不都合が生じるもの……戸籍や学生証などの手続きにも必要になる以上、名字まで含めて彼女の新しい名前を決めなければならない。
だがこちらは名前以上に難航した……何しろ名前と違って現状候補が1つとして無いのだから。
「中々思い付かないね……。」
「……仕方無い。名前が決まっただけ良しとして、今は身の回りの事を何とかしましょ。」
「身の回りの事?」
「いっぱい有るでしょ?服とか武器とか住まいとか、あと言葉遣いも直さなくちゃ。」
「えー、言葉遣いは今のままでも良くない?」
「あのねぇ……こんな個性的過ぎる喋り方、あんまりにも変過ぎるわよ。私達の間だけで完結する話でも無いんだから、もうちょっとまともな喋り方を学ばせるべきよ。」
結局長期戦になる予感しかしないという事で、名字を決めるのは後回しに。
今はそれ以外にも問題が山積みなのだから、崩せる所から崩していく他無い。
「んー、まあ服に関しては私達のお下がりでも良さそうだけどね。武器の調達も一応当ては有るし。」
「住まいも寮が使えるよう会長が手配してるって言ってたから……やっぱり今一番問題なのは言葉遣い?」
「でもどうやって学ばせたら……。」
一応幾らか目処が立っている部分はあるらしいものの、一番の高い壁である言葉の洗練に関してはどうしたものかと頭を悩ます事に。
一瞬またゲームをやらせればという考えが過ったが、そのゲームによってここまでの偏った知識ともなってしまったのだ、同じ轍は迂闊に踏めない。
となれば実際の子育てよろしく知育教材に手を付けるべきなのかと考えていると、モモイが1人おもむろにTVの前に胡座をかいて座りだした。
「よいしょっと。」
「何してんのよ。」
「見りゃ分かるでしょ、ゲーム機立ち上げてるの。」
「何で?」
「だってアリスが喋るようになったのはゲームをやったからでしょ?じゃあどうやって学ばせるかなんて決まってるようなもんじゃん?」
「あんたねぇ……そのゲームで得た知識の所為であの妙ちくりんな話し方になっちゃってるんでしょうが。」
「いやいやいや、あれはTSCしかやってなかったからだよ!他にも色んなゲームをやらせればきっと良くなるって!という訳でアリス、まずは英雄神話にファイナルファンタジア、それとアイズ・エターナルを……!」
流石はモモイと言うべきか……彼女は他の3人と違ってアリスがゲームによって知識を得た事をこれ以上無い程に合理的な手段であると判断したようだ。
偏った知識も他に様々なゲームを体験させれば修正出来るだろうと、楽観的に。
「待ってよお姉ちゃん、アリスちゃんはゲーム初心者なんだからゼルナの伝説・夢見るアイランドから始めるのが良いって!」
「いや、TSCを自力でクリア出来たんだから、次にやるべきはロマンシング物語だよ。あ、でも第3弾だけは個人的にちょっと、やらなくても良いかも……。」
「いやあんた達ねぇ……。」
ここで問題なのは、ゲームの事となるとミドリとユズもノリが良くなってしまう事だ。
基本的には常識的な感性を持っている2人であるが、いちゲーマーとしてそれぞれ譲れないものがあるらしく、話の方向が良くも悪くも一気に変わってしまう。
「?……ゲームの話ですか?」
「そうそう!ゲームの話!」
「っ!アリス、ゲームをやりたいです!」
「ほらアリスだってやる気満々じゃん!」
「だからそういう問題じゃないのよ!本当にあんた達はゲームの事になると……!」
終いにはアリスもゲームと聞いて乗り気になってしまい、完全に話の流れがそっちの方向に決まってしまった。
未だ口論を続ける3人に、ゲームの始まりを今か今かと待ち望むアリス……彼女達の姿に、セリカは堪らず愚痴を零す。
「も~、こんな事に付き合わされる為に
ショウマは急用が出来たとの事で、今この場に居ない。
その理由がまさか彼女達の奔放さが嫌になったからなのではなどと、彼に限って万に1つも無いとは分かっていながら、現在面倒を掛けられている絶賛の身として、セリカはつい零れる愚痴に歯止めが効かなくなっていった……。
セリカがゲーム開発部や
『そこの瓦礫の山を曲がって下さい!そうしたら見えてくる筈です!』
「分かった!」
連邦生徒会によって封鎖区域に指定されている、或いはアリスを発見した場所である、あの廃墟に居たのだ。
目的は昨夜アロナから聞いた信号の再確認……それに加えて他に何か目ぼしいものがないかの再調査だ。
つまりは当然、あの壊れたロボットの集団に追われる訳で……
「ふう……。」
『大丈夫ですか、先生?』
「うん、大丈夫。それでアロナちゃん、反応は?」
『はい、やはりまだ信号は発せられたままですね。』
集団を撒き、実際に少女と邂逅した工場内へ逃げ込むショウマ。
変身を解除すると、中々の倦怠感が体を襲う……やはり受けたダメージそのものはかなり有ったようだ。
立ち入り禁止のエリアに再び足を踏み入れるなど、リンに知られたらとんでもない説教をされるだろうし、セリカ辺りは実質1人だから危険だろうと下手をすれば付いてくる可能性さえ有ったが故に、やはり誰にも言わずに黙ってここへ来て正解だっただろう。
少女の世話を半ば押し付ける形ともなってしまったが……彼女ならば上手くやってもくれる事だろう。
「……もしかして、これ?」
『そうですね、この機械からです。』
工場内を進み、ウトナピシュティムの本船と呼ばれる建造物の中へ入り、やがて少女が座していた場所まで辿り着いたショウマ。
そうして改めて見てみると、少女がその身を預けていた座席の前に在る、まるでコンソールのような機械の存在が目に留まる。
「えっと……どうしよう……?」
『無線接続が出来ないか試してみますね。』
どうやらアロナが捉えた信号は、この機械から発せられているようだ。
ならばこの機械が、何を目的として信号を発しているのか……アロナが機械との接続を試みようとした、その時。
〈音声を認識、資格を確認しました。ようこそ、ショウマ・ストマック様。〉
「えっ……!?」
『先生……!?』
唐突にコンソールへ淡い光が灯り、同時に機械から音声が流れ始める。
その予想だにしなかった反応を前に、ショウマとアロナが同時に声を上げる。
まただ、また自分の名前を認識した……こちらとしてはまるで知らない存在だというのに、一体この施設は何なのだろうか?
そんな2人の困惑を余所に、機械は淡々と次の音声を発する。
〈非常用電源に接続されています、速やかなデータの転送を推奨致します。〉
「非常用電源……?」
『この荒廃具合ですからね、まともな電力が流れているとは思えません……恐らく画面に表示されているこの数字が、残りの電力なのでしょう。しかし一体何のデータの転送を……?』
アロナが言うように、機械の大部分を占めるディスプレイに表示されている数字が300からどんどん減っていっている……この調子だと、あと3分も持たないだろう。
〈転送予定データ、ファイル名:G.Bibleです。〉
『じ、G.Bible!?』
「それって確かモモイちゃん達が探してた……!?」
そして機械が転送を推奨してきているデータの名前を聞いた瞬間、ショウマの脳裏にゲーム開発部の少女達の姿が浮かぶ。
彼女達が長らく追い求めていた、最高のゲームを作るための聖典……それがまさか、こんな所にあったとは。
そして同時に、もしこのまま何もせずに電源が切れたらどうなるのか……。
『せ、先生!』
「えっと……アロナちゃん出来る!?」
『はい!接続方法は……!』
〈コンソール下部、有線ケーブル接続による転送を推奨致します。〉
『有線ケーブル……先生、そのケーブルを端末に!』
恐らくデータは消滅、そうでなくても一度電力が落ちてしまえば復旧作業を行わなくてはならない都合上、データを再び手にするには莫大な時間を擁する事であろう。
彼女達の為にも、それは避けなければならない事態だ……ショウマとアロナは急いで機械の指示に従いデータの転送の準備に移る。
〈データの転送、開始致します。〉
『データの受け入れ開始……って何ですかこのデータ量!?うわわわわわ!?ちょ、ちょっと待っ……!?』
「大丈夫アロナちゃん!?」
そうしてデータの転送作業を開始したものの、ケーブルを接続した瞬間アロナの声がそれまでのものから明らかな悲鳴へと変わった。
大丈夫なのだろうかと心配が募るも、その疑問に対する回答を得られる前に……。
〈非常用電源停止まで、3、2、1……。〉
プツリ、と。
ディスプレイから光が消え、鳴っていた僅かな稼働音さえ無くなり、それ以降機械はうんともすんとも言わなくなってしまった。
代わりに聞こえてくるのは、シッテムの箱からのアロナの声。
『はぁ……はぁ……。』
「アロナちゃん、大丈夫……!?」
『はい、何とか……。』
荒く息を切らしているアロナ。
AIの彼女に呼吸など実際には必要無い筈なのだが、それだけ今のデータのやり取りが尋常ではない負荷だったという事だろう。
『危なかったです……あれ以上データを流し込まれていたら、ソフトウェアに甚大な被害を受ける所でした……。』
「って事は……。」
『すみません、進捗率が70%を切った所でデータのやり取りをカットしました……なので送られてきた全てのデータを受信出来た訳ではありません。』
「そっか……それで、どんなデータが送られてきたの?」
『それがですね……物凄い数のロックが掛けられてまして……中身が全然見れません。』
シッテムの箱、そしてアロナ本人の詳細なスペックは聞いた所で分からない事だらけだと明白なので敢えて聞いていなかったが、これまでにキヴォトスの行政に必要不可欠なサンクトゥムタワーの権限を取り戻したり、他にも様々な業務をマルチにこなす事が出来る所から、とても優秀である事は素人目に見ても分かる。
そんな彼女やシッテムの箱を疲弊させ、満足のいかない結果を出すしかなかった程のデータ、G.Bible……一体これが何なのか、どうしてこんな場所に存在していたのか。
そして何故、この施設はショウマの名前を知っていたのか……。
「……取り敢えず、皆の所に行こう。」
疑問は何1つとして解決せず、むしろ謎だけがさらに増えてしまったような気さえするが……ひとまず今はG.Bibleを手にした事実を伝えに、少女達の下へ向かう事にしよう。
そうして後ろ髪を引かれる思いが有りながらも、廃墟を後にしてミレニアムへ向かったショウマ。
学園に着いて、ゲーム開発部までの道を行き、そして扉を開けると……。
「お邪魔しまー……。」
「な・に・し・て・ん・の・よ・あ・ん・た・はぁぁぁぁぁ!!」
「ぎぃやあああああ!?!?梅干しの刑は駄目だってぇぇぇぇぇ!?!?」
「……す?」
途端に聞こえるセリカの怒号とモモイの悲鳴。
見ればそこにはセリカの手によってこめかみをぐりぐりと押し潰されているモモイの姿が在って。
何故こんな事になっているのかは分からないが……恐らくモモイが何かをやらかしたのだろうという事はショウマとて容易に察する事が出来た。
「あ、先生。」
「お疲れ様です……。」
「あ、うん。お疲れ様……って、セリカちゃんストップ!モモイちゃんが可哀想だよ!」
取り敢えず両者を引き剥がす所から始めよう……何があったか聞くのはそれからだ。
ショウマは自身の来訪に気付いたミドリとユズの呆れたような語感の挨拶を受けながら、セリカとモモイの間に割って入って仲裁を計る。
「え~んユウカだ!第2のユウカが居る~!」
「だってこいつが……!こいつが勝手に……!」
『な、何があったんですか一体?ゲームで負けたりでもしたんですか?』
ショウマの手によって解放されたモモイが、どこかわざとらしい嗚咽を上げながらセリカを指差す。
対してセリカは本当に気を憤していると分かる様子で、同じ様にモモイの事を指差している。
本当に一体何があったというのか……アロナも気になって話に加わる中、一部始終を見ていたミドリが苦笑いを浮かべながらその訳を説明してくれた。
「実はアリスちゃんの言葉の勉強の為にゲームをやってたんですけど、先生が来るって聞いたお姉ちゃんが突然閃いたって言って部屋を飛び出して……。」
─たっだいまー!はいアリス、これ学生証ね。
─学生証……?
─そう!アリスがこの学園の生徒だって事を証明する物!やっぱ話が通ってたみたいですいすい終わったよ!
─え、待って!?学生証作ったって事は名字決めたって事!?
─だっていくら考えても埒が明かなかったじゃん?だからもう才羽でもいっかな~って思ったんだけど、どうせならっていうセリカの意思を尊重して、ちゃんと調べてミレニアムには居ない名字にしたから!さあアリス、その学生証に書かれているのが、君の本当の名前だ!
─アリスの、本当の名前……!
「
『せ、先生の名字使っちゃったんですか……。』
「そっくりそのままって訳じゃ無いから!ノ入れたから、ノ!」
「ま、まあ良いんじゃないかな……うん、俺は気にしないよ。」
「ちょっとショウマさん甘やかしちゃ駄目よ……ほんっと、ユウカさんが苦労してるっていうのがよく分かるわ……。」
それまで貰った学生証に目を輝かせていた少女、アリスがゲーム開発部の3人に促されてショウマ達へ挨拶をする。
そして聞いてみれば成る程、真面目なセリカがここまでの怒りを露にする訳だ。
まあモモイが言っている事も分からなくは無いし、何よりストマックの姓を使われなかっただけでもここは良しとしよう。
『それにしてもアリスさん、随分言葉遣いが流暢になりましたね。』
「ゲームやってたらここまで成長したのよ……あ、それで2人共、今までどこで何やってたの?」
「実はさっきまであの廃墟に居たんだ、もうちょっとあそこを詳しく調べてみたくって。」
「はぁ!?1人であそこ行ってたの!?私にこいつら押し付けて!?」
「ご、ごめん……それで、モモイちゃん達が探してたG.Bibleっていうのを見つけたから、伝えておこうと思って。」
「えっ!?G.Bible見つけたの!?」
少女達の軌跡を理解した所で、今度はショウマ達の番。
事情を伝えればやはりセリカが食って掛かってきたが、それ以上にゲーム開発部の少女達が反応を示す。
「それでそれで!?G.Bibleは!?どこにあるの!?」
『落ち着いて下さい、G.Bibleはシッテムの箱にデータとして記録されていますから。ただ、これがかなり厄介な代物でして……今掛けられているロックの解除を試みている最中ですから、少し時間を下さい。』
さっきまでわざとらしい嗚咽を上げていたモモイが、セリカにこいつらと言われて地味にショックを受けていたミドリとユズが、それまでの様子を打って変わらせてショウマに詰め寄る。
そしてアロナからの返答を受けて皆残念そうに肩を竦めるが、ここでモモイがやがて何かを思い付いたらしく、ぽんと手を叩いた。
「じゃあG.Bibleはアロナ待ちだとして、アリスの名字も決まって言葉もだいぶ覚えてきた事だし……ここらでちょっと出掛けようか!」
「出掛けるって、どこに?」
セリカの問いに、モモイは「忘れちゃったの?」とほくそ笑む。
この世の中でただ生活をするだけならば、戸籍や名前、住まい等が有れば良い。
しかしここはキヴォトス、常にどこかしらで鉛弾が飛び交う場所……ならば当然、必要な物が有る。
「言ってたじゃん、武器だよ武器。アリスの為の銃を手に入れないと。」
「成る程、新しい仲間に武器をプレゼントか……そういう事であれば、
ミレニアムの施設の1つ……広さにして一般的な体育館程の大きさの空間に、あちらこちらと機械の部品が積まれているここは、エンジニア部と呼ばれる部活動の部室兼作業場だ。
学園の特性上ミレニアムには様々な
学園内外問わず製作されたハードウェアが広く普及している……そんな高い影響力を部活動の名の下にした立役者こそ、今ショウマ達一行の前に立っている
「
「やった!ありがとうウタハ先輩!」
エンジニア部は機械の類いであれば何だって着手する……当然そこには銃火器類も含まれており、ならば試作品なり訳有り品なり使われていない物が部室には眠っているのではないかというのがモモイの考えであったが、結果は彼女の予想通り。
それも普遍的な見た目をしている物から、一見して使い方が分からないような奇抜な形状をしている物まで、多種多様な銃器の数々を何の見返りを求めずに譲ってくれるというのだ。
いずれも試作品という事で半ば放置していると言っていたが、どれも状態良く手入れが施されており、部長として座しているウタハの腕と気の良さが、この短いやり取りの中でもよく分かる。
「へぇ~、新しくミレニアムに通う子かぁ……あ、私はヒビキ、君と同じ1年生だよ。良かったら私が何か良いもの見繕ってあげる。例えば……これとか。」
「へえ、拳銃?」
「うん。多分だけど、あんまり戦闘の経験が無さそうな感じだから、扱いやすい物の方が良いかなって。」
そして無論ではあるが、決してウタハ1人だけがエンジニア部の名を維持して回している訳ではない……同部には他にも優秀な技術者達が大勢在部している。
その中の1人が、モモイとウタハの横に居たアリスに興味を示した
1年生ながら工学に関して天才的な才能を持っており、過日に於いて百鬼夜行連合学院の自治区で開かれた百夜ノ春ノ桜花祭で使用されたホログラム花火も、実は彼女が製作した物なのだとか。
「戦闘経験が無い……それは違います!アリスはこれまでに魔王軍との46回に渡る戦闘を行い、3桁を越えるダンジョンを制覇して、合計27回世界と人類を救ってきました!経験値はそれなりに豊富です!」
「……えっと、それは……凄いね。」
『喋り方そのものはまともになりましたけど、知識はもっとゲームの方面に偏っちゃってますね……。』
そんなヒビキはアリスの反論に若干の苦笑いを浮かべている。
彼女の事情を知らなければ無理も無い反応だ……何せ知っていたとしても、この反論にはある意味驚かされるものが有るのだから。
「でも結局銃器に関しては使い慣れてないだろうし、やっぱり勧められてる通り拳銃が良いと思うわ。特にこれなんてプラスチック製でしょ?これなら軽いし反動も少なくて扱いやすい。」
「お、よく分かってるね。」
「一応ハンドガンは専門外なんだけど、やたら副兵装で勧めてきた先輩が居てね。」
「良いね、その先輩。それにその拳銃には今までの物には無い画期的な機能も付いてるからね、ほんとにおすすめ。」
「画期的な機能?」
「うん、Bluetooth機能だよ。」
「……え、Bluetooth?」
「うん、Bluetoothを通じて音楽鑑賞やファイルの転送が可能で、他にもICタッチ機能やNFC機能も搭載してるから、コンビニでのタッチ決済や交通機関も利用可能だよ。」
「いや何で拳銃にそこまでの機能入れたのよ!?そんなのスマホで十分じゃない!?」
「いや、スマホと拳銃を一緒に出来たらスマートで合理的じゃない?あとロマンが有る。」
「ろ、ロマンうんぬんは置いといて、確かにスマートではあるかもしれないけど……これでタッチ決済で~なんてやったら強盗と間違われるわよ!?」
「……あ、それは確かにそうかも。」
「何でその考えがすっぽ抜けてるのよ!?」
しかし蓋を開けてみれば、ヒビキもヒビキで中々の感性を持っている事が判明。
隣で話を聞いているウタハも澄ました顔をして動じておらず、これが
同時にこれを軽く受け流せる辺り、ウタハもウタハでまさか……という疑心がセリカの中で募る羽目にも。
「あれ、アリスちゃんは……?」
「……あ、あそこに。」
そんな喧騒を行っていると、話の中心人物であったアリスがいつの間にか側から居なくなっている事に気付く。
皆で辺りを見回して探してみると、彼女は室内の端の方の作業台の前に居て、その上に乗っている何かを見ていた。
「これは……?」
それは全長にしてアリスとほぼ同じ位の、非常に大きな機械の塊。
他に置いてある開発物とは一線を画す無骨なデザインと先端の黒いノズルのようなパーツからは、何かの機体のエンジン部のような印象を受けるが、一体これは……?
「ふっふっふ……それに興味を示すとは、お客さん実にお目が高いですねぇ?」
「……あなたは?」
「おっと、申し遅れました。私はエンジニア部のマイスターが1人、コトリです!説明が必要ならいつでもどこでもご提供致しますよ?」
「説明……成る程!つまりチュートリアルの人ですね!では早速、アリスにチュートリアルをお願いします!」
「え?ちゅ、チュートリアル……?」
と、そんなアリスの背後に忍び寄る生徒の影。
現れたのは、エンジニア部の期待の新星が1人、
ヒビキと同じく1年生の彼女は抱えている知識量が専攻の機械工学に留まらず多岐かつ膨大であり、またそれを解説する事にも長けている少女だ。
そんな彼女はアリスの独特な称し方をどう受け止めれば良いものかと一瞬戸惑ったものの、説明を求められているのならばと気を落ち着け、そして掛けている眼鏡をくいっと押し上げると、その機械の概要と名を高らかに告げた。
「ま、まあ良いでしょう。こちらの代物についての説明を要求されているという事ですよね?ではお答えしましょう!こちらはエンジニア部の上半期の予算、その内の約70%近くを掛けて作られた、エンジニア部の野心作……宇宙戦艦搭載用レールガン!その名も、光の剣:スーパーノヴァです!」
「ッ……!!」
その名称を耳にした瞬間、アリスの瞳が大きく見開かれ、逆にエンジニア部以外の他の者達は今の説明の中に色々引っ掛かるものがあるとして目を細める。
「宇宙戦艦……?」
「はい!エンジニア部は今年から新たに宇宙戦艦の開発を目標としていましてですね、このレールガンはその最初の1歩目という訳です!大気圏外での戦闘を目的とした実弾兵器……これはミレニアム史上明らかに類を見ない初の試みです!」
「おお凄い!宇宙戦艦の製造だなんて、こっちもこっちでワクワクする話じゃん!」
「流石モモイ!話が分かりますね!」
「確かに凄いね……無茶苦茶な話に聞こえなくもないけど、これが作れてるって事は上手く行ってるって事だもんね。」
「流石ミドリ!痛い所を突いてきますね!」
「え?」
宇宙戦艦と聞いてショウマ達の脳裏に浮かぶ、
そもそもあれが本当に名前の通り船なのかは分からないが、もしかしたらあれと同じ様なものを作ろうとしているとは……。
エンジニア部の活動の壮大さに驚かされたが、ミドリの何気ない一言がどうにもクリーンヒットしてしまったらしく、それまで嬉々としていたコトリの様子が次第に落ち込んだものへと変わっていく。
「いつもの事ながら我々技術者の足を引っ張るのは世の想像力や情熱の欠除等ではなく、予算なんです……このレールガンを作るのに上半期の予算の70%も掛かったのに、宇宙戦艦そのものを作るとなれば、果たして幾らの予算が必要になる事やら……。」
「いやそんなの作る前から分かる事でしょ!?何でここまで作っちゃったのよ!?しかも予算の70%も使っただなんて……この先部活動としての身動きが取れなくなっちゃうじゃない!?」
しかし話を聞いてみれば、セリカが上げた荒言と同じ感想を誰もが抱く。
部活動の年間予算という限られた資金、その予算の上半期分約70%をたった1つの試作品へと投入。
その目的は、実現の目処が全く立っていない宇宙戦艦製造の為の第一歩という。
明らかにお金と情熱の注ぎ方を間違えている……が、そんなセリカの至極真っ当な指摘に対し、返ってきたのは実に落ち着いた声だった。
「それは愚問というやつだよ、セリカさん。」
それまで黙って話を聞いていたウタハが、静かに口を開く。
そして彼女は一度レールガンへと視線を向け、またセリカへと視線を戻すと、不適な笑みを携えて言い放ったのだ。
「……ビーム砲は、ロマンだろう?」
「馬鹿なの!?さっきのBluetooth搭載した拳銃といい、何でそんな馬鹿みたいな発想しかない訳!?」
「それは……その方がロマンに溢れてるから。」
「この感覚が分からないとは、何とももったいない話ですね~……これが学校間の格差というものですか。」
「馬鹿だ!!頭良いのに馬鹿の集団が居る!!」
セリカの悲痛な叫び声が、この広い作業場に盛大に響き渡る。
だがウタハはそれを受けても平然と腕を組んで満足げな表情を浮かべているし、ヒビキは言われる程の問題は無いであろうと言いたげに先程の拳銃を眺め、コトリはレールガンについて更なる説明をしたそうにしていたりと、当の彼女達は誰1人として気にした様子が無い。
余談だが、エンジニア部は確かにミレニアムの中でも指折りの功績を上げている部活動であるが、同じ位にやらかしの多い部活でもある。
とまぁ、そんな風にエンジニア部の破天荒さを体感していると、やがてアリスの様子がおかしい事に皆気付く。
「……。」
「アリスちゃん?どうかしたの?」
「何か、気の所為か凄い目を輝かせてる気が……?」
実はレールガンの説明を聞き始めた頃からその眼差しを輝かせていたアリス。
そして数秒後、彼女は満面の笑みを携えながら振り返り、一同へ告げたのだ。
「……これ、欲しいです。」
「「『え?』」」
「光の剣……これは勇者の為の武器です!アリス、これが欲しいです!」
予想外の発言に、ショウマ達は思わず顔を見合わせる。
一方でエンジニア部の3人は自分達の作った兵器をそこまで気に入ってもらえた事が嬉しいのか、皆少し照れ臭そうにしていたものの、その表情は感情と裏腹に浮かれたものでは無かった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど……残念だがそれは無理な相談だね。」
「えっ、駄目なの!?どうして!?」
「簡単に言うと、個人が扱う火器としては重すぎるんだ。」
「何と基本重量だけで140kg以上!さらにここから光学照準器とバッテリーを足した上で砲撃を行うと、瞬間的な反動は優に200kgを超えます!」
「……えっと、つまりどれぐらい?」
『一般的なカスタマイズが施されたアサルトライフルが大体5kg程ですから、重さで言えば30倍近いですね。身近な物で例えますと、街を走っている大型のバイク1台分ですね。反動に関しましても条件によりますが、アサルトライフルのそれが概ね4~6kg程……なので場合によっては50倍近い計算になります。』
対物ライフルを2発同時に撃った衝撃が全身を襲う感じでしょうか?と、コトリに負けない程のアロナの説明であるが、説明されればされるほど現実的ではない数字が並んでいって正直訳が分からなくなる。
「……因みにショウマさんこれ持てたりする?」
「えっ?ど、どうだろう……ちょっと試してみる?」
「試してみるって……だ、駄目駄目!!そんな事したら体壊しちゃ……!!」
ならばどれ程のものか、直接確かめてみれば良い。
エンジニア部の奇天烈な思考に充てられて少し感覚がおかしくなったか、セリカがそんな提案をしてくる。
だが実際、目の前にあるこの巨大兵器がどれ程の重さなのか、少し確かめてみたいという好奇心が湧いてしまったのも事実。
ショウマはヒビキの制止を受け流してレールガンへ近付くと、適当な場所を掴んで……。
「よっ……いしょ……!!」
「「「えええええ!?!?」」」
持ち上げる。
少しではあるが机の上に置かれていた巨体が、ショウマの手によって持ち上がる。
「……だぁ!!はぁ……はぁ……駄目だ、ちょっとしか持ち上がんないや……。」
「いや何でちょっとだけでも持ち上げられるの!?!?」
「説明を求めます!!私達でさえこれ運ぶのにいつも重機使ってるんですよ!?!?」
「先生、君人間かい!?ちょっと詳しく調べさせて貰っても……!!」
「うわ先生凄っ!?今のユズにも見て貰いたかった~!!」
「い、今のユズちゃんが見たらびっくりし過ぎて倒れちゃうんじゃない……!?」
ヒビキ、コトリ、ウタハ、モモイ、ミドリ……5人が驚愕の下にそれぞれの反応を見せる。
だが今のショウマはその5人の反応に構える余裕が無かった……それ程までにレールガンが重かったのだ。
グラニュートの血を引いているが故に平時でも腕力には少し自信が有ったのだが、それでも少ししか持ち上がらなかった。
変身すれば或いは振り回す位は出来るかもしれないが、銃火器として使うとなると言ってた通り厳しいものがあるだろう。
やはりこれは人の身で扱える物じゃない、そう誰もが言葉にしないながらも結論を付けた……しかしその時。
「……。」
「……アリスちゃん?」
先程までショウマ達のやり取りを見ていたアリスが、再びレールガンへ視線を向けている。
その眼差しに、ショウマ達は既視感を覚える。
そうだ……今の彼女のそれは、食べ物やゲームを前に興味を示した時と同じ眼差しである。
そしてそれは言い換えれば、興味を示したものを絶対に自らのステータスにしようとする彼女の強い意志の表れでもある。
「えっ、まさか……!?」
おもむろにレールガンへ近付いたアリスを見てヒビキがまたも声を漏らすも、時既に遅し。
アリスはレールガンの前に立つと、先のショウマと同じ様に適当な所を掴み、そして……。
「……この剣を抜く者、此の地の覇者になるであろう!」
ゲームの中の文言を口にしながら、レールガンを持ち上げた。
「「『えええええ!?!?!?』」」
流石に今度はショウマやセリカ、アロナも含めて驚くしかない。
何せショウマでさえ少ししか浮かせられなかったそれを、彼女は天に向かって高々と掲げているのだから。
「パンパカパーン!アリスは光の剣を手に入れた!」
「いやいやいや!?!?何で2人してそんな簡単に持ち上げられるの!?!?」
「せ、説明を……!?説明を……!?」
「君も君で人間なのかい!?ちょっと詳しく調べさせて貰って……!!」
「い、いや嘘でしょ……!?」
『まさか140kgを超える重量の物体をあんな軽々と扱うだなんて……!?』
「アリスちゃん、本当に凄いね……。」
「ちょっと待って私がびっくりし過ぎて腰抜けた……誰か起こして……。」
「これ本当にユズちゃん居なくて正解だったかも……。」
アリスは嬉しそうにレールガンを抱え、その場でくるりと1回転する。
その姿はとても重さ140kg超の兵器を持っているようには見えないが、実際にそれを造り上げた者達、実際にそれを持ち上げた者、そして持ち上げた者の力を知る者達と、皆それぞれの見解で以てそれの重量が確かな事を理解しており、故に目の前の光景を極めて異常なものと捉えるしかない。
「それで、これはどのように使えば良いのですか?このボタンを押せば良いのですか?」
「……え、待ってそれは……!!」
しかし問題なのはここからだった。
アリスはレールガンを手にした喜びから何の躊躇も無く適当なボタンに触れてしまう。
その瞬間、黒いノズルのような部分……どうやら銃口だったらしい……から一瞬視界を白く染める程の閃光が瞬き……。
「わあ……わああ……!」
「あああああっ!?!?わ、私達の部室の天井があああ!?!?」
ドォン!!……と。
轟音に次いで凄まじい衝撃の後、天井の一部が大きく吹き飛んだ。
どうやら今のボタンが弾頭発射のボタンであったらしい……幸いにも人的な被害は無かったものの、エンジニア部の部室には突然新たな天窓が誕生してしまった。
「凄いです!アリス、この武器を装備したいです!」
「ええ……!?い、いやですが、その……予算とか諸々の事情が有りますから、出来れば他のでお願いしたく……!」
そしてアリスはこれを受けてますますレールガンを気に入った模様。
しかしこのレールガンは先にも言ったがエンジニア部の上半期の予算70%を注ぎ込んで造り上げた力作……エンジニア部の為にも渡す訳にはいかないとして、コトリがおずおずと頭を下げる。
「……いや、構わないさ。是非持っていってくれ。」
だがそんなコトリの懸念を、ウタハはあっさりと一蹴した。
「部長、良いの?」
「ああ、どのみち今は彼女にしか扱えないだろうからね。ヒビキ、彼女が持ちやすいよう取っ手と肩紐を付けてあげてくれ。」
「分かった……まあ前向きに考えるなら実戦データを取れるようになったって事だろうし、それならありがたいか。」
一般的な銃火器とは到底呼べない重量を誇り、人の身で持ち運ぶ事は基本的に不可能。
そして発射時の反動に至ってはそれこそ人間が抱えて撃つような前提を組んでいないが故に、基本的にという枕詞を外して不可能と言わざるを得ない。
だがそれが今、思いもよらない形で扱われようとしている。
ならば技術者として、これほど興味深い事はない。
「いや~何か凄い武器貰っちゃったね、アリス!」
「はい!ありがとうございます、ウタハ先輩!」
「なに、礼には及ばないさ。あのまま埃を被ってしまうのは製作者として心苦しいものが有るからね。」
ひとまずヒビキの作業が終わったら稼働テストをしてみよう。
以前セミナーから処分要請を受けてしまったドローンとロボットが有るから、それを使って……と先の事を思案するウタハ。
しかしそんな思案を中断させる大声が部屋の入口から聞こえてくる。
「ちょっとあなた達!!さっきのは何!?これどういう事なの!?」
見ればそこには噂をすればといった所か、天井に空いた大穴と室内の人等を交互に見て明らかな怒りの漫符を浮かべているユウカ。
それとこれ以上見知らぬ人と顔を合わせるのは気が滅入ってしまうからと部室に残ると言っていた筈のユズも、申し訳無さそうにユウカの隣に居る。
「……あ、セリカが来た。」
「いや私ここに居るから。」
「間違えた、セリカが来た。」
「直ってないから。」
騒ぎを聞き付けたにしても来るのが早すぎないか、あと何故ユズもそこに居るのか。
分からぬ事が多いが、少なくともユウカの様子からして、これから地獄のような時間が訪れる事が確定した事実に、モモイは堪らずボケる事で現実逃避するしか平静を保つ術が無かった……。