キヴォトスに来たおカシな先生   作:ナリカオル

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第4話「クエスト開始」

「……で、あなたが会長が言ってた子ね?会長からメッセージが来た時は何事かと思ったけど……いや何事ではあるんだけど。」

 

 休校日の昼下がり、エンジニア部への説教をそこそこにゲーム開発部の部室へ場所を移し、ユウカは一行に対して面と向かい合う。

 その中で目に付くのは、やはりかの少女……アリス。

 会長であるリオからは記憶喪失の状態で街を彷徨い歩いていた所を保護され、そこでゲーム開発部の3人が接点を持った事から、面識の有る彼女達と同じミレニアムに生徒として入学させるのが合理的であろうという事で連邦生徒会を説得したと聞いたが……。

 

「井ノ上 アリスちゃんね……まずはようこそ、ミレニアムサイエンススクールへ。私はこの学校の生徒会、セミナーの会計担当、早瀬 ユウカよ。」

「はい、知ってます!モモイから悪魔のような人だと聞きました!」

「モ モ イ ?」

「いやちょっとそれは言葉の綾というか何というか……!!」

 

 因みにユウカはそもそもそんなアリスの事を探してゲーム開発部の部室を訪れ、それで部屋の中に居たユズに尋問……ではなく所在を問うた所、エンジニア部の下へ向かったと聞いてそちらへ赴こうとしていた為、あそこまで到着が早かったようだ。

 あの時ユズが隣に居たのも、一度は外へ出るのを拒んだものの何だかんだ心配で付いていったからなのだそう。

 

「アリスちゃんの事情は、会長からのメールであらかた理解してるわ。記憶喪失なんですってね……それで、この子の面倒は当分あなた達が見るって話になってるのよね?正直物凄く心配なんだけど……取り敢えず寮の手配は済ませてあるから、そこは安心して。で、一応聞くんだけど……この子の面倒を見るって事は、この子をゲーム開発部に入部させるつもりなの?」

「お、分かってるじゃん。そしてユウカ、アリスが入部する事でゲーム開発部は部活動結成に必要な初期部員数の4人になる!これで正式に部活動として認定してくれるよね?」

 

 そうこうして話を進めていると、目当ての話題になったという事でモモイが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。

 ユウカはそれに対して直ぐには反応を示さず、モモイにミドリ、ユズと順番に視線を向ける。

 そして最後にアリスへ視線を戻すと、小さく溜息を吐いた。

 

「まあ、そう言うだろうとは思ったわよ……それに対して色々言いたい事は有るけど、まずは本当にこの子がゲーム開発部の部員として相応しいかどうか、私が審査をするわ。」

「えっ、審査!?何それ!?」

「そんなの聞いた事無いけど……!?」

「心配しなくてもそんなに時間は掛からないし、内容も簡単なものよ。それじゃあ始めるわね。」

「え、もう!?ちょっと待ってそういう事ならまだ仕込みが十分に終わってな……!?」

「仕込み?」

「ア、イヤ、ナンデモ……。」

 

 何でも去年までなら部員の加入を申請するだけで終わった話なのだが、今年から部活動の運営規則の変更に伴い、もう少し厳しく確認をする決まりとなったようだ……特にゲーム開発部のような問題児相手には。

 ユウカの連ねる言葉の数々に、ゲーム開発部の3人の顔はみるみると引きつっていく。

 しかし話題の中心になっているアリスはというと……。

 

「さてアリスちゃん、審査の前に……。」

「すみません、その前にアリスはHPとMPを回復したいです!」

「……え?HP?」

 

 恐らく話の流れをあまり理解していないが故であろうが、まるで緊張感の無いマイペース振りであって。

 そんなアリスの突然の申し出に、ユウカは思わず面食らってしまう。

 

「先生、アリスはお菓子が食べたいです!」

「え、お菓子?えっと……キャンディで良い?」

「ありがとうございます!いただきます!」

 

 そしてアリスはショウマが差し出したキャンディを受け取るが早く、嬉しそうに包みを開けて中身を口の中へ放り込み……。

 

「パンパカパーン!アリスのHPとMPが回復した!」

「す、凄い自由な子ね……。」

 

 あまりに奔放なアリスの言動に、ユウカはさらに面食らうと同時に訝しみを覚える。

 記憶喪失という重い事情を抱えている筈なのに、それをまるで意に介していないような朗らかとした様子。

 大物と捉えるべきか、それともただの楽観主義と捉えるか……或いは、そういうキャラを演じさせられているか。

 

「お待たせしました!何でしょう?」

「……えっと、それじゃあアリスちゃん、改めて事前に言っておくわね?アリスちゃんは記憶喪失で、そんな中で一番最初に出会ったのが先生方やこの3人(ゲーム開発部)だから、アリスちゃんにとってこの子達が今一番信用出来る相手だって事は私も分かってるつもりよ。あなたのお世話も一旦この子達に任されてる訳だし……でもだからといって、何も全部が全部この子達に合わせる必要は無いのよ?もしあなたが他にやりたい事があって、無理矢理この3人に付き合わされてるっていうなら、その時は遠慮無く言って頂戴。無理に質問に答えなくても良い……大丈夫、私が守ってあげるから。」

「ちょっと待った!?何で私達がそんな悪役みたいな言い方されてる訳!?」

 

 正直に言って怪しいのだ……経緯そのものに関しては道理に適っているとは言えようが、しかし何故それを会長が把握しているのか?

 先に聞いてみた所、会長とは誰も会っていないらしく……つまり会長はどこかから事の成り行きを監視ないし傍聴をしていたという事になる。

 

「じゃあ始めるわよ。アリスちゃん、あなたは今ゲーム開発部に入部予定っていう話になってるけど、それはこの子達に無理矢理そうさせられてるって訳じゃないのよね?あなたが自分から入部を希望してるって話で良いのよね?」

「完全に私達の事悪役に仕立て上げようとしてるじゃん……。」

 

 先生方が居る手前あまりそういった感情を抱きたくはないのだが、わざわざ会長が全く知らぬ所から首を突っ込んできて、見方によっては何が何でも手元に置いておきたいと見れるような事までして。

 この少女は本当にただ記憶喪失というだけなのか……その部分に嘘が有り、ひた隠さなければならない何かが有る……そう思えてならない。

 

「はい!アリスはゲームが大好きです!だからモモイ達と一緒にゲームがしたいです!」

「……そう、ゲームが大好きなのね。でもそれなら空いてる時間にでもここに来てゲームをすれば良い……わざわざ入部までする必要は無いわ。それにここはあくまでゲーム開発部、ゲームを作る集まりよ。となれば当然あなたにも何かしらの役割が当てられる筈……その事については聞いてるの?」

「役割?……分かりました、役職(ジョブ)の事ですね!アリスの役職(ジョブ)は冒険者です!世界を救う勇者でも、仲間を守るタンクでも、癒しを与えるヒーラーでも、何でも出来ます!」

「え?ぼ、冒険者?」

「あああっ!あ、あれ!あれだよあれ!デバッカー!アリスにはテストプレイヤーとしてデバック作業をやってもらおうって思ってたの!アリス凄いんだよ!?テキスト読むスピードとか滅茶苦茶早いんだから!」

 

 その答えを、この会話の中で少しでも見出だせたら……そのような思いを携えながら問答に挑んでいた中で浮き彫りになった1つの問題。

 

「事前にやらせる仕事が決まっていて、それを伝えていないっていうのはマイナスポイントだけど……まあ良いわ。じゃあ最後に、アリスちゃんはこの部活動を通じて、何を成したいの?」

「何を、成したい……?」

「そう、ただゲームがしたいって理由じゃ駄目。この子達と一緒にゲームを作っていく事で、何を成し遂げたいのか……それを聞かせて。」

 

 彼女に、彼女としての主体性が有るのかどうか。

 これまで会話をしてきて、どうにも彼女の話す内容はゲーム用語をふんだんに使用した、限りなく支離滅裂に近いものであった。

 現状疑心に駆られているユウカにとって、それこそが先に感じたひた隠さなければならない何かに繋がっていそうな気がして……つい問い詰めてしまう。

 

「ど、どうしよう……!?」

「今のアリスちゃんにそこまでの事が言えるのかな……!?」

「お、終わった……。」

 

 ミドリが露骨に顔を引き攣らせ、ユズは心配そうにアリスの顔を見つめ、モモイに至っては既に諦めの境地へと至ったように膝を付いている。

 恐らく部活動の審査の方面で危機感を抱いているのだろうが、今のユウカにとってはどうでも良い。

 ここでアリスが何を語るか……彼女は今、それだけに集中している。

 そしてアリスは暫くの間考え込むように瞼を閉じて、やがて……。

 

「……アリスは、前のアリスが分かりません。」

 

 ぽつりと、そんな言葉を零した。

 先程までの明るく元気な声とは違う……静かな呟きが、室内に渡る。

 

「目覚めた時の事は、覚えています。何も分からなかったです、話す事さえ出来なかったです……アリスなのに、アリスじゃないアリスでした。」

 

 その連なりに、誰も口を挟まなかった。

 ユウカだけじゃない……誰もが驚いて口を挟めなかったのだ。

 まだ少し拙いながらも、彼女が理知的に己の心情を語れるとは思っていなかったから。

 

「でもそんなアリスを、アリスにしてくれたものが有ります。」

「……それは?」

 

 聞き返したユウカに対して、アリスは答える。

 胸を張って、力強く。

 

「食べ物と、ゲームです!」

 

 予想外の答えに、ユウカが目を瞬かせる。

 だがアリスは構わず、これまでに覚えたものを1つ1つ、指折り数えて語っていく。

 

「グミ、チョコ、キャンディ、マシュマロ、ポテトチップス……ご飯にカレー、お味噌汁に牛乳……食べ物はアリスに、美味しいというスキルを与えてくれました。」

 

 それは彼女が目覚めてから初めて覚えた感覚。

 色々な食べ物を食べて、舌鼓を打って……そんな当たり前の事とて、自己を知らぬ彼女にとっては己の空っぽな内側が満たされる新鮮な体験であった。

 

「ゲームも同じです。英雄神話、ファイナルファンタジア、アイズ・エターナル、ゼルナの伝説、ロマンシング物語……そして、テイルズ・サガ・クロニクル……ゲームはアリスに、楽しいというスキルを与えてくれました。」

 

 画面の中で展開される、1つとして同様が無い設定とキャラクターが織り成す数々のストーリー。

 それは彼女にとって内側が満たされるだけでは満足しない、己の外側……世界に対する探求心を同時に与えた。

 

「アリスの事が分からなかったアリスを、アリスにしてくれた……アリスはそれがとっても嬉しいです!アリスはアリスの事をもっとよく知りたいです!だからアリスに食べ物やゲームの事を教えてくれたモモイとミドリとユズと、先生とセリカとアロナと、もっと一緒に美味しい食べ物を食べて、楽しいゲームをやりたいです!」

 

 正直に言えば、それはユウカが出した問いの答えにはなっていない。

 しかしユウカは暫し沈黙してアリスの事を見つめると、やがて僅かに表情を和らげた。

 

「……要は、自分探しの為って事ね。」

「?……はい!多分そうです!」

 

 最後の最後で確信が持てていない辺りが、何とも彼女(アリス)らしい。

 まだほんの短い付き合いながらユウカとてそう思ってしまい、思わず彼女の口元に小さな笑みが浮かぶ。

 

「……ありがとう、分かったわ。簡単な質疑応答だったけど、アリスちゃんの考えは理解出来たわ。」

 

 そう言って、ユウカはまたゲーム開発部の面々を一瞥する。

 モモイ、ミドリ、ユズ……そして、アリス。

 先程も述べた通り、アリスが出した解はこちらがそうだと解釈しなければ全くもって意味を履き違えていると言える位にはズレたものであった。

 だが、熱意は確かに伝わった……彼女を取り巻く事情については結局紐解く事が出来なかったが、少なくとも更なる追及は不要であるかと思わせる位には純粋で善なる存在と見て良い事は分かった。

 だから、これはご褒美だ。

 

「良いでしょう、アリスちゃんをゲーム開発部の部員として認めます。そして規定人数も満たしているので、同じくゲーム開発部を正式な部活動として任命するわ。」

 

 部室内に訪れる、一瞬の静寂。

 しかし次の瞬間、ゲーム開発部の3人……いや、4人から大きな歓声が上がった。

 

「えっ、本当!?」

「やったぁ!!」

「良かった……ありがとう、ユウカ先輩!」

「パンパカパーン!アリスはゲーム開発部のパーティーに加わった!」

 

 モモイがその場で飛び跳ねながら喜びを露にし、ミドリが心底から嬉しそうに笑みを浮かべている。

 ユズも安堵したように胸を撫で下ろし、そしてアリスもまた、もはやお決まりとなった台詞を両手を高々と上げながら宣言する。

 ショウマやセリカ、アロナもそれまで固唾を呑んで事の成り行きを見守っていた為、今はほっとした様子で互いに頷き合いを交わしている。

 そしてユウカは、まるで呆れたように口角を上げながらそれぞれの喜び様を暫く眺めて……。

 

 

 

 

 

「……まあ、それはそれとしてちゃんと成果は上げてもらうけどね。」

 

 それから、非情なる一言を言い放った。

 

 

 

 

 

「わーい……え?」

「ちょ、ちょっと待って!?それって……!?」

「ミレニアムプライスの……話……!?」

「当たり前でしょう?まさか規定人数を満たしたからってそれが免除されると思ってたの?それはそれ、これはこれよ。」

 

 それまでの歓喜に満ち溢れていた姿から一転、モモイ達3人の顔が見る見るうちに青ざめていく。

 ショウマ達も急転した話の流れに顔を見合わせる中、アリスだけはやはり状況を理解出来ていないのか、きょとんとした表情で首を傾げている。

 

「そ、そんなぁ……。」

「酷い!!鬼!!悪魔!!大魔王!!」

「何とでも言いなさい、ミレニアムの部活動は実績による証明が何よりも優先されるんだから……ところでアリスちゃん。」

 

 そしてユウカは用件は済んだとして部室を立ち去ろうとし、しかしその前に未だ訳が分からず固まったままのアリスに向けて一言告げる。

 

「アリスちゃんの言う通り、美味しい食べ物も楽しいゲームも魅力的なもの……でもこの世界にはそういった魅力的なものが他にも沢山有るわ。だから興味が有るなら、色んな部活動を見て回ると良いわよ。もしかしたらそこに、アリスちゃんが本当にやりたい事が有るかもしれないからね。」

 

 勿論セミナーに来てくれたなら、その時は目一杯歓迎するわよ?と……そう言ってユウカは踵を返し、後は一瞥も繰れずに部屋を出ていってしまった。

 

『……すみません、私の所為です。安易に部員の確保さえ出来ればと提案してしまったから……。』

「ううん、アロナは悪くないよ……私達もそう期待してたんだし……。」

 

 シッテムの箱からアロナの申し訳なさそうな声が響く。

 ユウカが部室を出ていった後、残された一同の間に漂う重い空気……先程まで正式な部活動として認められた喜びに皆で沸いていたというのに、今となってはそれはどこへやらだ。 

 

「でもあれは無いでしょ!?あんなの詐欺師の手口じゃん!?もぉ~先生~!!何とかしてよぉ~!!大人でしょ~!?役目でしょ~!?」

「えっと……。」

 

 モモイの癇癪によって話を振られたショウマであるが、彼も今の状況には非常に困惑していた。

 確かにモモイの詐欺師の手口という言い分には同意を示せる……先のユウカのそれは、言い方を悪くすれば希望をちらつかせて絶望に落とす、そんな好ましく思う事が出来ないものだ。

 だがそもちらつかされた希望を勝手にそうだと解釈していたのは自分達の方だ……そう考えれば、ユウカにはさほどの罪は無い。

 何よりユウカの言う事も尤もな話ではあるのだ……与えられたその場所は、決して怠惰のままに過ごして良いとされている場所ではない。

 その点に関してはショウマも正直モモイ達へ向けて疑いの眼差しを向けざるを得ないのだ……正式に部活動として認められ、仮にもし諸々の問題が彼女達の都合の良いように解決して、その先で彼女達は部活動として期待されている成果を上げられるのか、上げる気があるのかと。

 

「モモイ……ミドリ……ユズ……。」

 

 果たしてどう答えるべきか……そう悩んでいると、不意に一同の背後から小さな声が聞こえてくる。

 そこではアリスが途方に暮れた表情を浮かべていた。

 

「アリスは……アリスはどうすれば良いですか……?冒険に出掛ければ良いですか……?悪い魔物を……ユウカを倒せば良いですか……?」

 

 彼女はぎゅっと両手を胸元で握り締め、縋るような視線を向けてきて……。

 

「どうすれば、このクエストをクリア出来ますか……?」

「アリスちゃん……。」

 

 アリスは今、不安という感情を抱いている……それは彼女が目覚めてから今に至るまで、感じた事の無かった感覚。

 嬉しいや楽しいといった、これまでとは真逆の性質たるそれをどう受け止めれば良いか分からず、故の向けてきている視線なのであろう……もしかしたらその過程で、恐怖という感情さえ覚えているかもしれない。

 それでも彼女は折れる事無く、足を止めようとせず、彼女なりに理解し、受け止め、そしてそれら未知なる感覚を与えてくる現状を解決しようとしている。

 その姿に、強さに、皆心を打たれる。

 ならば、自分達がやるべき事は……。

 

「……うん、倒そう……ユウカを。」

「えっ、お姉ちゃん……!?」

「大丈夫、そんな真正面からドンパチやる訳じゃないよ。こうなったらやってやろうって話……ミレニアムプライスで、私達が作ったゲームで賞を取る!」

 

 先程まで泣き言を漏らしていたとは思えないほど、今のモモイの瞳には力が宿っていた。

 ここまでの勇気を出してくれたアリスの想いに応える為にも、結果を出すしかない。

 

「その為にも……アロナ、G.Bibleはどんな感じ?」

『それが……すみません、まだ殆ど……。』

 

 ミレニアムプライスで賞を取る為には、G.Bibleに記されている最高のゲームを作る方法を知るしかない。

 しかしそのG.Bibleに掛けられているロックの解除はアロナでさえ難色を示す程……まさか意気込んで早々打つ手無しか?

 

「よし、じゃあ次の目的地は見えたかな。」

「え?どういう事?」

 

 しかし案ずるなかれ、どうやらモモイには何かしら当てが有るようだ。

 そうして皆の注目を集めた彼女はにまりと口角を上げ、次の目的地を示唆する台詞を口にする。

 

「よく言うじゃん?目には目を、歯には歯を……なら、厄介なプログラムには腕利きのハッカーを、でしょ?」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「お待たせー。いやごめんね、1時間も待たせちゃって。」

「ううん、1時間なんてゲームやってたら直ぐだよ。それで?G.Bibleはどうだった?」

 

 幾多にも並べられているモニターとコンソール。

 広々とした開放的な空間であったエンジニア部の部室と打って変わり、少々狭く閉鎖的な環境たるここは、ヴェリタスと呼ばれる部活動の部室。

 エンジニア部がハードウェアに特化した技術者の集まりならば、ここ(ヴェリタス)はソフトウェア専門の集団だ。

 アロナは確かに高性能なAIであるが、S.C.H.A.L.E(シャーレ)の様々な業務に対応する為、彼女の基本的な思考ルーチンは万能型となっている……あらゆる状況に対応が出来る反面、一芸特化にて物事を解決するとはなりづらいのだ。

 G.Bibleのロックを即座に解除出来ないのも、恐らくそれが原因……ならばその一芸特化が出来る面子に事を任せるのが合理的な話というものだ。

 

「うん、色々と解析してみたよ。それで結果なんだけど……ごめん、あのロックはまだ解除出来てない。」

「ちょっと!?幾ら時間潰すのが訳無いからって一応人待たせてるんだよ!?そりゃ無いでしょ!?」

「しょ、しょうがないじゃん!?アロナも言ってたけど、あれ本当に凄いセキュリティなんだから!」

「複数のセキュリティシステムが互いに干渉しないように組まれてる……総合ソフトを使っていない分容量を多く使うし、システムの改造もしなくちゃだから面倒なんて言葉じゃ足りないくらいの手間が掛かってるけど、その分どこを突こうとしても直ぐに何かしらのセキュリティが反応する……まさに鉄壁の城って感じ。」

「私達ヴェリタスはキヴォトス最強のハッカー集団だと自負していましたが、少しそのプライドに傷が付きましたね……。」

 

 そうして所用が出来たと言って離脱したセリカを除く一行で頼み込んで来てみれば、ヴェリタスの面々は快くそれを承諾してくれた。

 モモイ達と同じ1年生の小塗(こぬり) マキを筆頭に、2年生の小鈎(おまがり) ハレ、そして3年生の音瀬(おとせ) コタマと名だたるメンバーが件のデータに着手し、だがその進捗は意外にも思わしいものではなかった。

 

「あのセキュリティを正面から突破するのは、悔しいですがほぼ不可能でしょう……ですが、方法が無い訳ではありません。セキュリティのファイルそのものを丸ごと移動して取り除いたり、システムの保護対象を別のデータへすり替えさせたりする事が出来れば、或いは……。」

「でもその為には、どうしても必要なツールがあるんだよね。」

 

 そこでヴェリタスの面々が欲しているのが、Optimus Mirror System……通称鏡と呼ばれるシステム。

 話によると、それは暗号化されたシステムに対するハッキング作業に最適化されたツールであるらしく、それさえあれば如何に堅牢な作りとて番外戦術で突破出来るやもしれないとの事だ。

 

「成る程……で、そのツールっていうのはどこにあるの?」

「必要だって言うんだから、ここ(ヴェリタス)には無いんだよね?」

「それがね、セミナーなの……セミナーの差押品保管所。」

「ちょっと前にユウカがここに来てね、不法な用途の機器の所持は禁止だって言って……。」

「他にも色々と持って行かれましたね……私の盗聴器とかも。」

 

 またユウカの仕業かと……ともすれば先回りをされたのかと疑いたくなったが、そもそもヴェリタスは彼女が所属しているセミナーが学園の情報を独占しないよう発足された、謂わば反セミナー活動を行う集団(レジスタンス)のような一面を持っている。

 ハレやコタマ、最近ではマキも含めて部員等の少し外れた論理感からそれなりに問題が起こされる事がある所からも最初から目を付けられており、特にモモイ達の行動を読んだという訳では無い。

 

「そ、そんなに危険なものなんですか……?」

「ううん、そんな事は無いよ。ただ世界に1つしかない、私達の部長が直々に製作したハッキングツールだから、そこが危険だって判断されたんだと思う。」

「ヴェリタスの部長って……ヒマリ先輩の事だよね?」

「ヒマリ先輩……ああ、あの車椅子に乗ってる人?」

「そう、ちょっと体が不自由みたいだから……ってお姉ちゃん、リオ会長の事は覚えてないのに何でヒマリ先輩の事は覚えてるの……?」

 

 そんな集団の手元に、明星(あけぼし) ヒマリというミレニアムの歴史の中で未だ3人しか与えられていない全知の学位を修めたとされ、あらゆる分野で類稀な才能を発揮する彼女が作り上げたシステムが有る……ユウカがどこまで事情を知っているかは分からないが、警戒するのも無理は無い。

 

「とにかく整理すると、私達も鏡を取り戻したい……そしてあなた達にとってもG.Bibleの中身を見る為に鏡が必要……そうでしょ?」

 

 つまり自分達がやるべきは、セミナーから鏡を取り返す事。

 その為の手段は?頭を下げてお願いする?

 そんな事をしたってあのユウカが首を縦に振る訳が無いだろう。

 

「……成る程ね、言いたい事は大体分かったよ。目的が一緒なら、旅は道連れってね。」

「ふふっ、流石モモ、話が早いね。」

「えっ……ちょっと待ってお姉ちゃん、もしかして……ヴェリタスと組んでセミナーを襲撃するつもりじゃ……!?」

 

 ゲームもハッキングも、実は非常に似通っている部分が1つ有る。

 勿論時と場合にもよるが……基本的に物事を進められるのは実力行使だ。

 だからミドリの疑問に、モモイとヴェリタス一同は不敵な笑みを浮かべて答えとした。

 

「いや駄目でしょ!!絶対駄目!!そんな事したらそれこそ廃部にされちゃうって!!」

「じゃあミドリはこのまま何もしないって言うの!?私達やアリスの居場所が失くなっても言い訳!?」

「それはっ……そうとは言わないけど……!!」

 

 普段からモモイの無茶な提案に真っ先に待ったを掛けるミドリ……今回もまた、当然のようにその役目を買って出た。

 セミナーの保管所に侵入し、押収されたツールを奪い返す……どう考えても穏便とは程遠い。

 そんな明らかな問題行為となる方法を取ってしまえば、たとえ成功しようが失敗しようが問答無用で廃部にされるに決まってる。

 実姉の言う事も分かるけれど、今回ばかりはその無茶に付き合ってはいけない、付き合わせてはいけない……そう思っていたのだが。

 

「……やろう、私は賛成。」

「ユズちゃん!?」

 

 小さく、それでもはっきりとした声が響いた。

 普段は控えめなユズが、珍しく自分から皆の前へと立って言葉を投げる。

 そんなユズの脳裏に浮かぶ、過去の記憶……ゲーム開発部がTSCを世に出すよりも前、彼女はそのプロトタイプと言えるゲームを1人で作り、公表した。

 しかしその結果は……。

 

─これがゲーム?これを作った人の頭の中が逆に気になる……。

─それは流石に脳味噌……って言おうと思ったけど、ここまでのをお出しされると本当に入ってるのか怪しいね。

─ゲームの事よく知らない人が作ってない?

─身の程を知った方がいい、これはゲームなんかじゃない。ゲームによく似た、ただのゴミだよ。

 

 4桁以上の低評価と、冷やかしのコメントだけだった。

 初めてのゲーム製作だった……ゲームが大好きで、そこからもっと好きになりたくて。

 好きなゲームの為に、どんな形でも良いから貢献したかった……皆にもゲームの良さを知って貰いたかった。

 色々な感情と想いを込めて、試行錯誤を重ねて、その結果がこれだった。

 自分が作ったもので、沢山の人に不快な思いを抱かせてしまった……大好きなゲームを汚してしまった。

 ユズは泣いた……泣いて泣いて、誰に対してなのかも分からぬ、届きもしない懺悔を繰り返した。

 やがて全てが辛くなって家に引きこもりもして……でも、そんな時。

 

─あれ、おっかしーなー?ここだよね、あのゲーム作った人の家って?

─うん、UZさんの家……マキちゃんがヴェリタスっていう凄い人達に頼んで調べて貰ったっていうから、間違いないとは思うんだけど……。

 

 聞こえてきた、チャイムを鳴らす音と声。

 恐る恐る覗き窓から見てみれば、双子の姉妹だろうか……非常に似通った容姿をしている、同い年くらいの少女達が2人。

 しかしその2人が口にしていたのは、あのゲームを作った人という単語……まさかネットだけに飽き足らず、直接苦言を言いに来たのだろうか?

 

─ご、ごめんなさいごめんなさい……!!もう二度とゲームは作りませんから……だから許して……!!

─ん?今何か聞こえた?えっと、すみませーん!TSCっていうゲームを作った人居ますかー!?私達、UZさんにお礼を言いたくてー!

─……え?

 

 だが桃色の少女……後にモモイと名を知る事になる少女が言った言葉が、ユズの心を揺るがした。

 

─あ、やっぱり誰か居る!もしかしてUZさんですか!?私達TSCをプレイして、それでミドリともすっごい仲良くなって、それでどうしてもお礼言いたいなって……!

─お姉ちゃん色々はしょり過ぎ!それじゃ伝わらないって!えっと……すみません、突然押し掛けて来てしまって……私達UZさんが作ったTSCを遊んで、それが凄くやりがいがあって面白いって思って……だからもしよろしければ、直接お礼を言いたいなって……。

 

 お礼を言いたい?TSCを作った人……自分に対して?

 世間から大バッシングを受けた、あのゲームをやって?

 本当だろうか?そんな事があるだろうか?

 実は好意が有ると装って、ドアを開けた瞬間に態度を豹変させて……なんて、最初は猜疑に見舞われていたユズの心。

 しかし、もしかしたら本当に、という期待の念が上回っていき、やがてユズはドアを開けた……己への後悔と世への恐怖に苛まれていた彼女は、人の温もりに飢えていたのだ。

 

─……えっ、まさかあなたがUZさん!?嘘!?ちっちゃ!?何歳!?もしかして同い年!?

─え、えっと……。

─お姉ちゃん!UZさんが困ってるでしょ!すみません、お姉ちゃんが無遠慮で……。

 

 それからユズは2人の……才羽姉妹の話を聞いた。

 モモイとミドリ……今でこそ誰もが認める仲の良さを誇っている2人であるが、実を言うと2人がここまで仲良くなったのはつい最近の事なのだ。

 外向的なモモイと、内向的なミドリ……真逆の性格をしている2人は度々反りが合わずに意見が衝突し合い、喧嘩ばかりしている日々を送っていた。

 しかし元からゲーム好きであったモモイが手にしたソフト……ユズが作ったTSCのプロトタイプがその日々を変えた。

 そのお世辞にもゲームとしての体を為しているとは言い難いが故のあまりの難解さに何度も癇癪を起こす姉を横目で見てくだらないと……ゲームなんて、自分ならばもっと上手く出来るであろうと蔑んで。

 しかし姉の目を盗み見て実際にやってみれば、碌にゲームをやった事の無いミドリでは到底太刀打ち出来なくて。

 そうしてムキになっていた所を姉に見られて……違うこれはと言い訳しようとしてもお構い無く次々と色々なゲームをやらされて、TSCの攻略も2人でやる事になって。

 そうしていつの間にか、ミドリはゲームが好きになっていた……ゲームを通じて、互いに互いの意見の相違も認められるようになっていった。

 そしてTSCのプロトタイプをクリアした時には、2人は互いの事がすっかり大好きになっていた。

 

─いざ話してみたら、何て事は無かったんだよね……お互い本当は仲良くなりたかったのに、2人して何か意地張っちゃってさ。

─それを叶えてくれたのが、あなたが作ってくれたゲームだったんです……だから、本当にありがとうございます。何と言うか、しがないいちプレイヤーとしてと言いますか、いちファンとしてと言いますか……とにかくTSCの正式版、楽しみにしてますから!

 

 姉妹揃って、笑顔を向けてくれる。

 疑っていた裏なんて微塵も無い、本当に感謝をしているのだと分かる眩い姿。

 人への温もりに飢えていた所に、そんな暖かさを向けられたら……我慢なんて出来なかった。

 

─えぇ!?ちょっとミドリ何泣かしてるのさ!?

─わ、私の所為なのこれ!?えっと……ごめんなさい、もしかして何か気に障る事でも……!?

─ちがっ……違うの……ただ……作って良いのかな……って……!

─えっ……どういう事……?

─だって……あんなに酷い出来だって言われて……でも、2人みたいに良かったって言ってくれる人も居て……だから……ゲーム、作っても良いのかなって……。

─そんなの当たり前じゃん!あんなに歯応え有って面白いのにプロトタイプだけ作って終わりだなんて、そんなの無しだよ!

─私達、本当に続き楽しみにしてるんです!それなのに止めちゃうだなんて勿体無いですよ!

 

 こうして3人は出会い、そして共に居るようになった。

 同い年で、同じ学校の生徒だと分かって、より固い絆で結ばれて……。

 

─もし1人で作るのが大変だっていうなら……!

─私達も手伝いますから!

─っ……!

 

 これが、ゲーム開発部の始まりの物語であった。

 

「ボロボロだし、狭いし、たまに雨漏りだってするような部屋だけど……モモイが言ったように、あそこはもう、皆が一緒に居る為の、大切な場所だから……!」

 

 ゲームを作ったり、遊んだり。

 時にはくだらない事で喧嘩をしたり、笑ったり。

 そうしてあの部屋は彼女達にとって、かけがえのない居場所になっていた。

 その場所を守る為なら……自分達が出来る事を、何もしないまま諦めてしまって良いのか。

 

「ユズちゃん……。」

 

 ユズの決意を聞いて断固としていた意思が揺らぎ、ミドリは逡巡と俯く。

 そんな彼女に次なる声を掛けたのは、アリスだった。

 

「はい、アリス達なら出来ます。これだけのメンバーが揃ったパーティーなら、クエスト達成は簡単です!」

「アリスちゃん……。」

 

 胸を張り、そう伝えるアリス。

 彼女はどこまで、事の重大さを理解出来ているのだろうか……もしかしたら、ちゃんとは理解出来ていないのかもしれない。

 でもその無垢さが、純粋さが、とても真っ直ぐで心強い。

 

「……。」

 

 ミドリは一度目を閉じる。

 2人からの激励を受け、奇しくもユズと同じく過去を思い返したミドリ……自分だって本当は同じだ、あの部屋を失いたくなんてない。

 モモイと、ユズと……今は、これからは、アリスも。

 皆と過ごせる時間を、失いたくなんてない……それなのに失敗した時の事ばかり考えて、最初から否定して諦めようとしていた。

 確かに相手はセミナーだ、簡単な相手ではない。

 失敗するかもしれないし、確実に怒られもするだろう。

 それどころか、本当にゲーム開発部の存続が危うくなるかもしれない。

 それでも、今ここに居る皆で力を合わせるなら……少なくとも、何もせずに手をこまねいているよりはずっと良い。

 そうして漸く、ミドリも決意を固めて顔を上げた。

 

「……分かった。他に方法も無いんだし、こうなったら私もとことんやる!」

「うん、それでこそ我が妹!じゃあ早速作戦会議だ!セミナーから鏡を取り返して、ついでにユウカの事もギッタギタのメッタメタにしてやるぞーっ!」

 

 先程までの緊張が嘘のように、ゲーム開発部らしい空気が戻ってきていた。

 そしてその場に居たヴェリタスの面々もまた、互いに顔を見合わせ頷き合う。

 かくしてゲーム開発部とヴェリタス、2つの部活動による前代未聞の大悪戯(クエスト)が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『……どうやら、方向性が決まったみたいですね。』

 

 少女達がセミナーへの襲撃を視野に入れて話し合いを進めているのを、口を挟まず後方から見守っていたショウマ。

 すると不意に手元の端末からアロナが語り掛けてきた。

 

『ですが先生、少し待って貰っても良いですか?先生にお聞きしなければいけない事が有ります。』

 

 その声音には、いつものような明るさが僅かに欠けている。

 それが何を意味しているのか……ショウマは少女達に聞かれないよう注意しながら耳をそばだてる。

 

『先生は今回の件、どちらに肩入れするおつもりですか?』

 

 どちら、とは……ゲーム開発部側か、セミナー側かという事だろうか。

 ならば当然自分が付くのは……と答えようとしたショウマに、それは軽率な考えだと指摘するようにアロナが話を続ける。

 

『皆さんに安易な提案をしてしまった手前では有りますが、生徒会への襲撃は明らかにやり過ぎです……迂闊に手を貸せば、S.C.H.A.L.E(シャーレ)や先生の信用に傷が付きます。生徒会からの信用が無ければ、今後のミレニアムでの活動に支障が生じる可能性が高いです。』

 

 今のショウマはS.C.H.A.L.Eの責任者であり、先生として全ての生徒達を支援する立場と信念を持っている。

 当然、そこに優劣や不平等があってはならない……だからこそ、今回の件は慎重に考えなければならないのだ。

 思い返せば、アビドスとカイザーグループの対立、百鬼夜行連合学院で開かれた百夜ノ春ノ桜花祭での騒動、そしてレッドウィンター連邦学園に於けるクーデター……何れもショウマは虐げられた者達の側に付いてきた。

 彼女達が掲げ求める自由と平和の信念に、虐げた者達が明確に悪と断定出来る程の大義が有ったから。

 では、今回はどうであろう?

 一見すれば、ゲーム開発部は今までと同じ虐げられた側の存在だ……新たに加わった仲間も含めて、自分達の居場所を守りたいという信念にも共感が持てる。

 しかし、だからといってセミナー側が悪と断定出来るかと言われれば、そうとは言えない。

 セミナー側は全うに仕事をしているだけなのだ……ゲーム開発部が掲げる信念も、元を辿れば自分達の過失によるもの。

 この状況でゲーム開発部側に手を貸せば、ショウマの掲げる信念は守られよう。

 だがその代わり、立場が危うくなる可能性が有る……立場が危うくなれば、そも信念を貫く事さえ出来なくなる可能性も生まれてしまう。

 逆にセミナー側に手を貸せば、立場は守られよう。

 だがその代わり、信念は守れなくなる……信念が守れないのであれば、ショウマとしては立場なんて意味が無いものとなる。

 

『その上で……先生はどうされますか?』

 

 ゲーム開発部か、セミナーか。

 果たしてどちらに寄り添うか……責任という言葉に纏められる状況を前にして、ショウマは安易に答えを出す事は出来なかった……。

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