翌朝。
フィンは『
ギルド長室に通されると、ロイマンは開口一番、眉間に皺を寄せて文句を言い放つ。
「……で、何故本人達を連れてこなかった? 代理人だけとは随分と都合が良いじゃないか」
フィンは肩を竦めるだけで答えない。代わりにラウルが木箱の一つを開けると、ぎっしりと詰まった金銀財宝が姿を現した。
その瞬間、ロイマンの表情が変わった。
目が見開かれ、喉がひくりと鳴る。指先が震え、まるで宝箱に吸い寄せられるように手を伸ばした。
「こ、これは……! 全部換金すれば……五億、いや、それ以上……!」
声が裏返るほどの興奮。フィンはその反応を見て、予想通りだと内心でため息をついた。
(……相変わらずだな、ロイマン。強欲と好奇心が混ざった、あの独特の目は)
必要な書類に署名を済ませ、換金処理の手続きも終わった。フィンは「では、僕達はこれで」と踵を返し、帰ろうとする。
だが――
「ま、待てフィン!」
ロイマンが机を叩いて立ち上がった。興奮と焦りが混ざった声が、ギルド長室に響く。
「お前が代理人として来ているということは、奴等の素性を調べる権限がギルドにあるはずだ! 今すぐ情報を提出しろ!」
覆面狩人の正体が不明なのは以前からの懸念。しかし、提示した金額以上の価値を持つ財宝を簡単に用意できる者達だと分かった以上、ロイマンは見過ごせなかった。
フィンは振り返りもせず、淡々と告げる。
「ロイマン。悪いけど僕は、これ以上の我儘に付き合う気はない」
その声音には【ロキ・ファミリア】団長としての威圧がわずかに滲んでおり、同行していたラウルとアナキティは冷や汗を流す。
それでもロイマンは食い下がる。
「待てと言っている! ギルドとしては、奴等の出自を――」
フィンは歩みを止め、ゆっくりと振り返った。その表情は穏やかだが、瞳の奥には冷たい光が宿っている。
「……ああ、そうだ。最後に一つだけ忠告しておくよ」
ロイマンが息を呑む。
「今後はその欲に走った考えを少し控えた方がいい。文字通りの意味で、身を滅ぼされたくなかったら、ね」
その言葉は皮肉ではなく、純粋な善意からの警告だった。
だがロイマンはそれを理解できず、顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
「余計なお世話だ!」
フィンはその反応に何も言わず、ラウルやアナキティと共にギルド本部を後にした。ロイマンの怒声が背中に届くても、一切振り返ることはない。
(……彼は、いつか本当に何かに噛みついて痛い目を見るだろうね)
そう確信しているフィンは、静かに
☆
フィンが
ギルドでの面倒事を終え、応接室へ向かうと、フリーゼが既に湯気の立つ茶を用意して待っていた。
「フィンさん、お帰りなさい。ギルドとの対応、ありがとうございました」
柔らかな笑みと共に差し出される湯飲み。その仕草だけで、フィンの肩に残っていた疲れが少し抜けていく。
「気にしなくて良いよ。僕としても、無理を言ってくるギルドに言いたい事があったからね」
フィンは苦笑しながら腰を下ろした。
ロイマンの強欲さは相変わらずで、釘を刺したところで引き下がるとは思えない。いずれ泣きつかれても、忠告を無視した彼が悪い。そう言い返す覚悟もできていた。
だが、フリーゼはそんな政治的な駆け引きよりも、ただ素直に感謝を伝える。
「本当に助かりました。お忙しいフィンさんに、面倒な役割を押し付けてしまって」
その言葉に、フィンは自然と笑顔になる。
修理代を支払っても礼の一つすら言わなかったロイマンとは違い、こうして安堵した表情を見せる同胞がいるだけで心が軽くなる。
だが、その穏やかな空気は次の一言で一変した。
「え? 明日にオラリオを出るって……もう行くのかい?」
「ええ。旅を再開しようと思いまして」
フィンの表情が固まる。普段は冷静な彼が、珍しく言葉を失った。
フリーゼは気にした様子もなく、淡々と理由を述べる。
「私は元々、同行している二人の身内に会うためにオラリオへ寄っただけです。それが、
つい先日までオラリオは暗黒期の最高潮だった。けれど今は復興が進み、残党も息を潜めている。襲撃の危険が薄れた今こそ、旅を再開する好機だった。
フィンもその判断が正しいことは理解している。勿論理解しているのだが、彼の胸の奥がざわつく。
(……ついに、この時が来てしまった)
最初は同胞として接していた。
しかし、いつの間にか彼女を嫁に迎えたい女性として見ている自分に気付いていた。
【
フリーゼにとっては、無償で住まわせてもらっている礼のつもりに過ぎない。
しかし、フィンにとっては――
(……僕を支えてくれる、理想的な女性だ)
その想いが、旅立ちの知らせで一気に胸へ押し寄せた。
フィンは気付かれないように息を整え、静かに口を開く。
「急で申し訳ありませんが、もう既に三人で話し合って決めましたので」
「……そうか。君が決めたことなら、僕は止めないよ」
少しばかり声が震えながらもフィンは反対する事はせず、フリーゼ達の旅立ちを見送ろうとするのであった。
☆
翌日。
【ロキ・ファミリア】の
その出発は静かで、しかし少しだけ騒がしかった。
特にアイズだけは、フリーゼが旅立つと知った瞬間、子供のように泣きじゃくりながら腕にしがみついて離れなかった。
「行かないで、フリーゼお姉ちゃん……!」
普段は無口で冷静な少女が、涙でぐしゃぐしゃになりながら駄々を捏ねる姿に、周囲は逆にどう反応していいか分からなくなる。
フリーゼは困ったように微笑み、優しく頭を撫でた。
「またオラリオに来るから。だからもう泣くんじゃない、アイズ」
その言葉でようやく落ち着いたものの、街門を出るまでずっと腕に引っ付かれる羽目になった。
街道へ出たところで、ローゼがにやにやしながらフリーゼの横腹を肘で突いた。
「それにしても、あの団長さん……すっかり貴女に惚れ込んでいたわね。良かったじゃない、フリーゼちゃん。将来の結婚相手が出来て」
「私は彼と結婚する気など微塵も無いのですが」
フリーゼは即答したが、ローゼは全く気にしていない。
見送りの際、フィンは握手をしながら穏やかな笑みで言った。
『君とまた会える日を楽しみにしてるよ』
その言葉にフリーゼは思わずキョトンとしたが、何でもないように返した。
そのやり取りを見ていたロキ、リヴェリア、ガレス、そしてローゼとリヴァルは瞬時に察した。『コイツ、完全に惚れてるな』と。
「勿体無いわねぇ~。ワタシと同じく女に生まれ変わったんだから、女としての生き方を楽しんだ方が良いと思うわよ」
ローゼが楽しげに言うと、フリーゼは少しだけ苦笑した。
「そうかもしれませんね。だけど
フリーゼは前世で兵藤隆誠という人間男性として転生し、さらに
今回の転生で女性になったとはいえ、記憶が残っている以上、女としての人生を自然に受け入れるには時間が必要だった。尤も、セクハラをしてくる相手には容赦なく叩きのめしているが。
「ローゼ、余りフリーゼ様を困らせるな。逆に問うが、お前は簡単に受け入れる事が出来るのか?」
「勿論♪ ガレスのおじ様から求婚されたら即OKなんだから♪」
「……そ、そうか」
ローゼはフリーゼと同じく男性から女性に転生した身だが、男性相手に抵抗感が全くない。そのあっけらかんとした返答に、リヴァルは何も言い返せなくなった。
するとフリーゼが、ふと思い出したように問いかける。
「結婚と言えば、リヴェリアさんはどうなのですか? リヴァルのお姉さんは美人ですから、もう結婚してもおかしくないと思いますが」
「……あ~、それは……」
途端にリヴァルの表情が非常に言い辛そうなものになる。
実のところ、リヴェリアは九十代に突入しても未だ独身。冒険者として忙しいため浮いた話がないのは仕方ないが、弟としては少しばかり不安があった。
(……いい加減、そろそろ相手を見つけた方が良いのでは)
そう思うものの、それを口にした瞬間――
『余計なお世話だ!』
――と折檻される未来が確定しているため、絶対に言えなかった。
あと数年で七十代になる自分と違い、姉は既に九十代。喧嘩別れした父ラーファルも、娘の将来を不安視しているかもしれない。
(どうやら余り言いたくないようだ、な)
リヴァルの様子を見て言いたくなさそうだと察したフリーゼは問うのを止める事にした。
直後、フリーゼは瞬時に思考を切り替えた。オラリオの街影が遠ざかり、周囲に監視の気配が一切ないことを確認すると、彼女の瞳がわずかに鋭さを帯びる。
旅人としての柔らかな表情から一変し、その変化をローゼとリヴァルは敏感に察した。
「お二人とも、すいませんが旅を再開する前に、一旦私の故郷へ戻りましょう」
唐突な提案に、ローゼが片眉を上げる。
「あら、どうして?」
「故郷にいる助平爺にどうしても訊きたい事がありまして、ね」
「あのゼウス神にですか?」
リヴァルの声には呆れと警戒が半分ずつ混じっていた。フリーゼが言う助平爺――それは彼女が可愛がっている弟分『ベル・クラネル』の祖父、ゼウスである。
ローゼも、あの老人が神であることを知っている。神であるにも関わらず、平気な顔でセクハラを仕掛けてくる厄介者であることも。
何度折檻されても懲りない老神。フリーゼが彼に会いに行こうと言い出した理由は、アルフィアとベルの関係を問い質す他、彼の眷族であったザルドの死を報告するためでもあった。
その目的を理解したのか、ローゼは肩をすくめて笑う。
「了解したわ。それじゃ、さっさと済ませましょう。あのお爺ちゃん、放っておくとまた誰かにちょっかい出しそうだし」
「フリーゼ様がそう仰るのであれば、私は従うまでです」
リヴァルは真面目な声音で頷いた。彼の表情には、ゼウスという存在への複雑な感情――尊敬と警戒が入り混じっている。
「そう言ってくれて助かります。では、行きますよ!」
フリーゼは地面へ手をかざし、魔力を流し込む。瞬く間に地面に魔法陣が展開し、淡い光が三人の足元を包み込んでいく。
空気が震え、光が弾ける。
次の瞬間――先程までそこにいた三人の姿は、跡形もなく消えていた。
急な里帰りとなったフリーゼだが、それが終われば再び旅は続く。オラリオを離れた今、彼女の旅路は新たな局面へと進み始めていた。
飛ばし飛ばしの内容となってしまいましたが、これで完結となります。
フリーゼ達がファミリア結成の話をやるのは次回作となります。
今まで読んで頂きありがとうございました。
感想お待ちしています。