人生は考える恋である   作:たかゆき14歳

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シーン27:沈黙と饒舌のあいだ

 

 帰国した翌日の午後。エリのマンションの広々としたベランダには、洗い終えたばかりの洗濯物が夏の終わりの気怠い風にはためいていた。

 二週間分のアメリカ旅行の荷物を解き、大量の洗濯物を仕分けし、洗濯機を三回も回したのはもちろん僕の仕事だ。

 

「……あのぅ、ユウ君。本当に、何から何までありがとうございます」

 

 リビングのソファの上、エリが申し訳なさそうに小さな声で言った。彼女の目の前には僕が淹れたアールグレイの琥珀色をした紅茶が湯気を立てている。家事に関しては全く役に立てない彼女は、こういう時いつもシュンと萎縮してしまう。

 

「気にしないでよ。君に任せたら洗濯物が何かの現代アートみたいになりそうだからね。これも共同体の平和を維持するための、合理的な役割分担だよ」

 

 僕が苦笑しながらそう言うと、彼女は少しだけほっとしたような顔をした。僕は彼女の向かいに座り、自分の分の紅茶に口をつけた。時差ぼけのせいか、まだ頭が少しふわふわしている。

 

「……それにしても、不思議な感覚だね」

 

 僕はぼんやりと呟いた。

 

「アメリカにいる間、ずっと穣星さんや他の人たちと英語で話してただろう? だからまだ、頭の中がうまく日本語モードに切り替わらない感じがするんだ。『Yes』とか『No』とかがつい口から出そうになる」

 

「分かります」

 

 エリがこくりと頷いた。

 

「思考のOSがまだ英語のままなんですよね。わたしも数学の論文を読む時は英語で思考するので時々そうなります。日本語に翻訳しようとすると、かえって微妙なニュアンスが失われてしまうことがあるんです」

 

「ニュアンス、ね」

 

 その言葉が僕の中で何かを引っ掛けた。

 

「そういえば、アメリカで色々な人と話していて思ったんだ。僕らは違う言語を話していても、なんとなくコミュニケーションが取れていたよなって。僕の拙い英語でも、相手は僕の言いたいことを一生懸命理解しようとしてくれた。それは一体なぜなんだろう。僕らは本当に『言葉』だけで意思疎通をしているんだろうか?」

 

 僕のとりとめもない疑問。それがいつものように僕たちの新しい知的遊戯の始まりの合図になった。

 

 エリはティーカップをソーサーに静かに置くと、その背筋をわずかに伸ばした。その目はもはや申し訳なさそうに俯いてはいない。いつもの世界の真理を探求しようとする輝きに満ちていた。

 

「それは、ユウ君。近代言語学の父と呼ばれるフェルディナン・ド・ソシュールが生涯をかけて問い続けた根源的な問いそのものですよ」

 

「ソシュール……聞いたことあるな。大学の一般教養の授業で」

 

 僕が曖昧な記憶を辿るように言うと、エリは待っていましたとばかりに話を続けた。

 

「はい。ソシュールは、それまでの言語学が個々の単語の意味や歴史的な変化を追いかけることばかりに終始していることに疑問を呈しました。彼はもっと普遍的な言語そのものの『仕組み(構造)』を解き明かそうとしたんです。そして、彼はある画期的な発見をしました。それは『言葉』というものの本質的な『恣意性(しいせい)』です」

 

「恣意性?」

 

「ええ。例えば日本語で『犬』と呼ばれるあの四足の動物。それがなぜ『イヌ』という音で呼ばれなければならないのか。そこに必然的な理由は何もありません。英語では『dog』ですしフランス語では『chien』です。(シニフィアン)それが指し示す意味(シニフィエ)との結びつきは全くの偶然。それぞれの言語社会が勝手にそう決めた、というだけの約束事でしかないんです」

 

 彼女はテーブルの上のシュガーポットを指さした。

 

「あれが『砂糖』という名前であることに絶対的な根拠はない。わたし達が明日からあれを『塩』と呼ぼうと合意すれば、わたし達の言語世界の中ではあれは『塩』になる。言葉とは、それくらい不確かで頼りないものなんです」

 

「なるほどなぁ。言われてみれば当たり前のことのようだけど……」

 

「でも、ユウ君。ここからが重要なところです」

 

 エリは身を乗り出すようにして言った。

 

「個々の言葉には絶対的な意味がないとしたら、では一体どこから意味は生まれてくるのか。ソシュールはこう考えました。『言葉の意味は他の言葉との差異の関係性の中からしか生まれない』と。『犬』という言葉の意味が明確になるのは、それが『猫』でもなく『鳥』でもなく『人間』でもないという、他の言葉との差異のネットワークの中に置かれているからなんです。わたしたちは単語を一つ一つ覚えているのではない。言語という巨大な差異のシステム全体を無意識のうちに学んでいるんです」

 

 僕は彼女の話を聞きながら、頭の中で巨大な網の目を思い浮かべていた。一つ一つの結び目が言葉。そしてその結び目自体には意味がなく他の結び目との繋がりや距離の中にしかその役割は存在しない。

 

「だとしたら、僕らがアメリカで色々な人とコミュニケーションが取れたというのも少し説明がつくかもしれないな」

 

 僕は自分の考えを口にした。

 

「僕の使う個々の英単語は拙くて間違っていたかもしれない。でも身振りや手振り、表情、そして何よりも会話の文脈、つまり『こういう状況でこういう話をしている』という大きな関係性のシステム。そういう言葉以外の非言語的な情報が、僕の言葉の意味のズレを補ってくれていたのかもしれない」

 

「その通りです!」

 

 エリは嬉しそうに手を叩いた。

 

「コミュニケーションは決して言語だけで行われているわけではありません。むしろメラビアンの法則によれば、人が相手に与える影響の実に93%は表情や声のトーンといった非言語的な要素で決まるとさえ言われています。言葉そのものの意味(言語情報)が占める割合はわずか7%に過ぎない。わたし達は言葉という不確かな海の上で、非言語情報という浮き輪や救命ボートを必死に使いながらなんとか意思の疎通を図っているんです」

 

「93%が非言語情報か。驚異的な数字だなぁ」

 

 僕は自分のコミュニケーションの仕方を改めて振り返ってみた。確かにエリと話している時、僕は彼女の言葉そのものよりもその声のトーンや目の輝き、些細な仕草から彼女の本当の気持ちを読み取ろうとしているかもしれない。

 

「でも、エリ。その考え方をさらに押し進めていくと少し厄介な問題が見えてこないかな?」

 

 僕は彼女の理論にあえて別の視点をぶつけてみた。

 

「もし言葉の意味がその言語システムの中の差異だけで決まるのだとしたら、僕らは自分が使っているその言語システムという『牢獄』から一歩も外に出ることはできないんじゃないか? つまり、僕らが世界をどう認識するかは、僕らがどんな言語を使っているかによって完全に決定されてしまうということになる」

 

「……『サピア=ウォーフの仮説』ですね」

 

 エリは僕の指摘の意図を即座に正確に理解した。

 

「『言語が思考を規定する』、という言語的相対性の考え方。例えば、虹の色を何色に見るか。日本人は七色だと考えますが、ある文化圏では三色や二色でしか認識しないと言われています。それは、彼らの言語にそれ以上の色を区別する言葉が存在しないからです。彼らは、世界をわたしたちとは全く違う形で分節化して認識している。その人にとっての『現実』は、、その人が使う言語によって作り上げられている。その仮説はそう主張します」

 

「だとしたら、本当の意味での異文化理解なんて不可能だということにならないかな? 僕らは結局、自分の言語という色眼鏡を通してしか世界を見ることはできないんだから」

 

 僕が少しだけ悲観的な口調で言うと、エリは静かに首を振った。

 

「いいえ。わたしはそうは思いません」

 

 彼女は強い意志の光を目に宿して言った。

 

「その仮説には多くの批判もあります。人間は言葉にない概念でも認識することはできる、と。それに何よりもわたし達にはその『言語の牢獄』を乗り越えるための強力な武器がある」

 

「武器?」

 

「はい。『翻訳』という営みです」

 

 彼女はテーブルの上に置かれていた一冊の海外の数学の専門書を指さした。

 

「この本に書かれている難解な数式や概念。それを日本語という全く違う差異のシステムを持つ言語へと置き換えていく。その過程で、わたし達は二つの言語システムの共通点や相違点を意識せざるを得ません。そして、その差異をどうやって埋めていくか必死に知恵を絞る。その苦闘のプロセスの中にこそ相手の世界を本当に理解しようとする誠実な試みがあるんです。翻訳とは単なる単語の置き換え作業ではない。それは異質な世界観の間に橋を架けようとする、知的な、そして倫理的な実践なんですよ」

 

 彼女の言葉はまるで詩のように僕の心に響いた。僕がアメリカで拙い英語で必死にコミュニケーションを取ろうとしていたあの行為も、また一つのささやかな「翻訳」作業だったのかもしれない。僕の世界と相手の世界の間に小さなしかし確かな橋を架けようとする試み。

 

「翻訳という倫理的な実践か。なるほどな」

 

 僕はエリの言葉をゆっくりと自分の中に落とし込んでいた。言葉が僕らを隔てる壁であると同時に、その壁を乗り越えようとする架け橋にもなりうるということか。

 

「そして、その『翻訳』という概念をさらに拡張していくと、コミュニケーションのもっと奥深い本質が見えてきます」

 

 エリはまるで最後の謎を解き明かすかのようにその思考をさらに先へと進めた。

 

「オーストリアの哲学者ウィトゲンシュタインは後期にこう考えました。『言葉の意味はその使われ方(使用)の中にしかない』と。彼はこれを『言語ゲーム』という言葉で説明しました」

 

「言語ゲーム?」

 

「はい。例えば『水』という言葉。化学の実験室で使われる時と、砂漠で遭難している時に使われる時とではその意味合いは全く違ってきますよね。あるいは『王様』という言葉はチェスの盤上で使われる時と、歴史の授業で使われる時とでは全くルールが違う。言葉の意味は辞書の中に固定されているわけではない。それがどんな『ゲーム』のどんな『場面』でどんな『ルール』に基づいて使われているかによってその都度決定される。そして、わたし達はその無数に存在する様々な言語ゲームのルールを、日々の生活の中で知らず知らずのうちに習得しているんです」

 

 その考え方はソシュールの静的な構造主義とは全く違う、ダイナミックな言語観だった。言葉は生き物のように、常に状況の中でその意味を変化させている。

 

「だとすれば、ユウ君」

 

 エリは僕に問いかけるように言った。

 

「本当のコミュニケーション能力とは、単語や文法をたくさん知っていることではないのかもしれません。それは、今この場所で相手と自分が一体どんな『言語ゲーム』をプレイしているのか。その目には見えない場の『ルール』や『文脈』を的確に読み取る能力のことなんです。そして時にはそのゲームのルール自体を相手と一緒に新しく作り変えていく能力。それこそが本当にコミュニケーションが上手いということなんだと思います」

 

 彼女の言葉を聞いて、僕はアメリカで会った多くの人々の顔を思い浮かべていた。彼らが僕の話を熱心に聞いてくれたのは、僕が彼らの『言語ゲーム』のルールを尊重しようとしていることを感じ取ってくれたからなのかもしれない。

 僕は彼らの土俵に上がり、彼らのルールに従ってプレイしようとしていた。だから彼らもまた僕という不慣れなプレイヤーを温かく迎え入れてくれたのだ。

 

「そして、ユウ君はその天才的なプレイヤーなんですよ」

 

 エリは確信に満ちた声で言った。

 

「ユウ君はいつも、無意識のうちに相手が今どんなゲームをプレイしたがっているのかを瞬時に見抜いている。そして、相手が最も心地よくプレイできるような絶妙なパスを出し続ける。お母様やお父様が様々な人にあなたを会わせたがったのもきっとそのためです。あなたと話していると、誰もが自分が世界で一番面白いゲームをプレイしているという気分になれるんですから」

 

「……買い被りすぎだよ」

 

 エリのあまりにもまっすぐな賞賛に、僕は照れくささを通り越して少しだけ狼狽えてしまった。僕がそんな高度な計算をしているわけがない。ただ相手の話を聞いて相槌を打っているだけだ。

 

「いいえ。買い被ってなどいません」

 

 エリは静かにしかしきっぱりと言った。

 

「それはユウ君が生まれつき持っている才能です。そして、その才能はわたしと一緒にいる時に最も発揮される」

 

「え?」

 

「わたしはいつも、言葉という不確かな道具を使って、頭の中にある抽象的で複雑な数式のような世界をなんとかあなたに伝えようと必死になっています。それは極めて難易度の高い『言語ゲーム』です。でも、ユウ君はいつも、そのわたしの拙い言葉のその奥にある本当に伝えたいこと……その『意味』の本質を驚くほど正確に受け取ってくれる。わたしの最高の理解者でいてくれる。だから、わたしは安心して思考のどんな遠い場所へも旅をすることができるんです」

 

 彼女はそう言って僕の目をじっと見つめた。その澄んだ瞳の中に僕は吸い込まれてしまいそうになった。僕が彼女の最高の理解者? そんな大それたことを僕はできているのだろうか。

 

「……それは」

 

 僕は言葉を探した。

 

「それは僕が君のプレイするその『言語ゲーム』が世界で一番面白くてエキサイティングだと知っているからだよ。だから少しでも長くそのゲームを隣で見ていたいと思うだけだ」

 

 僕がようやくそう答えると、エリは一瞬その大きな目をさらに大きく見開いて、そして次の瞬間花が綻ぶように柔らかく微笑んだ。その笑顔は僕が今までに見たどんな景色よりも僕の心を強く揺さぶった。

 

「……ありがとうございます、ユウ君」

 

 彼女はそう小さな声で言うと、少しだけ俯いて自分のティーカップに視線を落とした。その耳がほんのりと赤く染まっているのを僕は見逃さなかった。

 

 リビングには心地よい沈黙が流れた。言葉にしなくても伝わる何か。言葉にしてしまってはきっとこぼれ落ちてしまう何か。僕たちの間には今確かにそんな温かくて少しだけくすぐったい空気が満ちていた。

 

 言葉は不確かで頼りない。でもだからこそ僕たちはその不確かな言葉を使って必死に相手を理解しようとする。その往復運動の中に関係は築かれていく。

 

 ベランダでは僕が干した洗濯物が夏の終わりの風を受けて楽しそうに踊っている。僕たちの長くて短い夏休みがもうすぐ終わる。そして、また新しい日常という名の言語ゲームが始まっていく。

 でも、きっと大丈夫だ。この最高のプレイヤーが隣にいてくれる限り。僕はそんな確信に似た予感を胸に抱きながら、冷めてしまった紅茶を静かに飲み干した。

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