人生は考える恋である   作:たかゆき14歳

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シーン31:銀幕の向こうの百年戦争

 

 長く、そして濃密だった夏休みが、その最後の週を迎えていた。僕の部屋の窓から見える空は、もうすっかり秋の色を帯び始めている。

 過ぎ去っていく季節への名残惜しさを振り払うかのように、僕たちはエリの発案による「夏季休暇ファイナル・映画ウィーク」を盛大に開催していた。

 

 会場は、もちろんエリの部屋のリビングだ。壁一面を占める巨大なモニターと、どんな重低音も完璧に再生するサウンドシステム。もはや個人の部屋というよりは、小規模なシアタールームと呼ぶ方がふさわしい。

 僕たちはこの一週間、SF、サスペンス、ミュージカル、そして今日はクラシックなモノクロ映画と、古今東西あらゆるジャンルの傑作を、ソファに沈み込むようにして見続けていた。

 

 ローテーブルの上には、僕が先ほどキッチンで作ったばかりの自家製ポップコーンが、二つの大きなボウルに山盛りになっている。一つは醤油とバターの香ばしい香りが食欲をそそる和風味。もう一つは、フライパンで砂糖を煮詰めて作った、本格的なキャラメル味だ。

 

「……ん、美味しいです」

 

 エリはキャラメル味のポップコーンを一つまみ、小さな口に放り込むと、幸せそうに目を細めた。カリカリ、という軽快な咀嚼音が、ちょうど見終えたモノクロ映画のエンドロールの静かな音楽に重なる。

 

「まさか、ユウ君が乾燥トウモロコシの豆からポップコーンを作ってくれるなんて、思いもしませんでした。わたしはてっきりコンビニで買ってくるか、電子レンジで作る袋のやつを想像していたのですが」

 

「まあ、こっちの方が安くて美味しいからね。それに、フライパンの中で豆が弾けるのを見てるの、結構楽しかったでしょ?」

 

「はい。まるで小さな爆発が連続しているようで、物理学的に非常に興味深い現象でした。そして何より、ユウ君がわたしのわがままのために腕を振るってくれたという事実が、このポップコーンの味を何よりも特別なものにしています」

 

 彼女はそう言って、僕の顔をじっと見つめて悪戯っぽく微笑んだ。こういうストレートな言葉を、彼女は時々、何のてらいもなく口にする。僕は胸に暖かいものを感じながら、醤油バター味のポップコーンを一つ口に放り込んだ。

 

「……さて、と」

 

 エンドロールが終わり、画面が配信サービスのメニューに戻ると、エリはソファの上で体育座りのように膝を抱え、僕に向き直った。その目は、映画の物語の余韻と、これから始まる新しい知的冒険への期待感で、きらきらと輝いている。

 

「ユウ君。今、わたし達が見ていた1940年代の白黒映画。そして昨日見た最新のCGを駆使したSF大作。どちらも同じ『映画』という名前で呼ばれていますが、その表現方法はまるで違います。そもそも、この『映画』という、光と影が織りなす芸術は、一体どのようにして生まれ、これほどまでに多様な進化を遂げてきたのでしょうか?」

 

 始まった。夏季休暇最後の議題は、どうやら僕たちがこの一週間、ずっとその世界に浸り続けてきた「映画」そのもののようだ。

 

「映画の歴史、か。それは、人間の『動きを捉えたい、再現したい』っていう根源的な欲望の歴史そのものだね」

 

 僕はポップコーンのボウルを膝の上に抱えながら、僕の専門分野である工学的な視点から話を切り出した。

 

「全ては、人間の目の『残像効果』という錯覚から始まったんだ。少しずつ違う絵を高速で連続して見せると、それがまるで動いているように見える。19世紀には、その原理を応用した『フェナキストスコープ』や『ゾートロープ』といった、円盤や筒を回転させて、スリットから中の絵を覗くと動いて見える、という視覚玩具がたくさん発明された。映画の最も原始的な祖先だよ」

 

「なるほど。アニメーションの原型ですね」

 

「ああ。でも、それらはあくまで手描きの絵だった。本物の『現実』を切り取って動かすためには、もう一つの決定的な発明が必要だった。それが『写真』だ。1820年代にフランスのニエプスが最初の写真撮影に成功し、その後ダゲールやタルボットといった人々が技術を改良していった。そしてついに、止まっている一瞬を、光を使って記録できるようになったんだ」

 

 僕がそう言うと、エリは深く頷いた。

 

「静止した時間を記録する技術。それが次のステップ、つまり『時間を動かす』ための前提条件になったわけですね」

 

「その通り。そして、そのブレークスルーのきっかけとなったのが、一つの有名な『賭け』だったと言われている」と僕は続けた。「1878年、イギリス生まれの写真家エドワード・マイブリッジが、ある大富豪から奇妙な依頼を受けた。それは、『ギャロップで走る馬の脚は、4本全てが地面から離れる瞬間があるのか?』という長年の論争に決着をつける、というものだった」

 

「馬の脚、ですか?」

 

「そう。肉眼では速すぎて捉えられないその一瞬を証明するために、マイブリッジは競馬場のコースに沿って等間隔に12台のカメラを設置し、馬が走ることで糸が切れてシャッターが作動するというingenious(独創的)な仕掛けを考案した。そして撮影された連続写真を見事に繋ぎ合わせ、馬の脚が4本とも宙に浮く、決定的な瞬間を捉えることに成功したんだ。それは、写真が初めて『見えない時間』を可視化した瞬間であり、静止画の連続が『動き』そのものを再現できることを証明した、歴史的な出来事だった」

 

 僕は、その当時の事を想像して少し興奮していた。僕たちエンジニアにとって、こういうシンプルなアイデアと工夫で、それまで不可能だったことを可能にする瞬間ほど、胸が躍るものはない。

 

 僕の技術的な解説を聞き終えたエリは、ポップコーンを一つ口に運びながら、その思考をさらに先へと進めていく。

 

「技術的なブレークスルーが、新しい表現の扉を開いたわけですね。ですがユウ君、その『動く写真』が、単なる科学的な記録から、私たちが今知っている『映画』という芸術へと変わるためには、もう一つ、決定的な跳躍が必要だったはずです」

 

 彼女はそう言うと、大型モニターに視線を移した。

 

「それが、フランスのリュミエール兄弟が発明した『シネマトグラフ』の登場でした。撮影と映写の機能を兼ね備えた、世界初の実用的な映画のシステムです。1895年12月28日、彼らはパリのグラン・カフェの地下で、世界で初めて有料の映画上映会を開きました。『工場の出口』や『赤ちゃんの昼食』といった、日常のありふれた風景を撮影した、わずか1分にも満たない短いフィルムばかりでしたが、そこに映し出された『動く現実』は、観客に衝撃を与えたと言われています」

 

「ああ、聞いたことがあるよ。特に有名なのが『ラ・シオタ駅への列車の到着』だろ?」

 

「ご名答です」とエリは微笑んだ。「画面の奥から蒸気機関車がこちらに向かってどんどん近づいてくる。ただそれだけの映像ですが、それを見た観客は、列車が本当にスクリーンから飛び出して自分たちに衝突すると思い込み、悲鳴を上げて逃げ惑った、という有名な逸話が残されています。もちろん、これは後世に少し脚色された伝説だという説もありますが、それでも、このエピソードは非常に重要なことを示唆していると、わたしは思うんです」

 

「というと?」

 

「それは、映像が持つ『現実を侵食する力』です」と彼女は静かに、しかし力強く言った。「観客は、それがスクリーンに映った単なる光と影の戯れだと頭では分かっていながらも、その圧倒的なリアリティの前に、思わず身体が反応してしまった。それは、単に『動く絵』を見て驚いたというレベルの話ではありません。映像が、観客の感情や身体感覚を直接的に揺さぶり、虚構と現実の境界線を曖昧にしてしまう『体験』としてのメディアの誕生の瞬間だったんです。リュミエール兄弟は、ただ現実を記録する機械を発明しただけではない。彼らは、人々の心を別の世界へと送り込む『魔法の絨毯』を発明してしまったのかもしれません」

 

 彼女の言葉を聞きながら、僕は醤油バター味のポップコーンをつまんだ。香ばしい風味が口の中に広がる。技術的な発明が、人々の認識や感情のあり方まで変えてしまう。

 僕が設計している電子回路も、巡り巡って誰かの世界の見え方を少しだけ変えているのかもしれない。そう思うと、自分のやっている仕事も、リュミエール兄弟のささやかな発明と、どこかで繋がっているような気がした。

 

「魔法の絨毯、か。エリらしいロマンチックな表現だね」

 

 僕は彼女の言葉を受けながら、時代をさらに先へと進めた。

 

「でも、その魔法の絨毯が本当に空を飛ぶためには、ただ現実を映すだけでは足りなかったはずだ。そこに『物語』というエンジンを搭載する必要があった。そして、そのエンジンを発明したのが、もう一人のフランスの偉大な魔法使い、ジョルジュ・メリエスだよ」

 

「奇術師であり、映画監督だった人物ですね」

 

 エリの目が輝いた。彼女もこの初期の映画史における偉大な創造者の名前を、もちろん知っていた。

 

「そう。メリエスは、リュミエール兄弟のシネマトグラフを見て、これは現実を記録するためだけの道具じゃない、自分の奇術のような『ありえないこと』を実現するための魔法の杖だと直感したんだ。彼は世界で最初の撮影スタジオを建設し、トリック撮影の技術を次々と編み出した。例えば、撮影を一度止めてカメラの前の人や物を入れ替えてから撮影を再開する『止め回し』という技法。これを使えば、人を一瞬で消したり、別のものに変身させたりできる。あるいは、二つの映像を重ね合わせる『多重露光』。これを使えば、幽霊を登場させることも可能だ。彼は、映画が持つ非現実的な表現の可能性を、誰よりも早く見抜いていたんだね」

 

 僕は、昔、大学の講義で見たメリエスの代表作を思い出していた。

 

「特に有名なのが、1902年に作られた『月世界旅行』だ。ロケットに乗った天文学者たちが月に行って、そこに住む奇妙な宇宙人と遭遇するという、世界初のSF映画とも言われている作品だ。巨大な大砲でロケットを月に撃ち込むという荒唐無稽な発想、手描きの書き割りで表現された月の世界のファンタジックな美しさ。そこには、現実を忠実に再現しようとするリュミエールとは全く逆の、現実にはない世界をゼロから創造しようとする、フィクションとしての映画の喜びが満ち溢れていた。リュミエールが『記録』の父なら、メリエスは『物語』の父。この二人の天才の存在が、その後の映画の運命を決定づけたんだ」

 

 僕がそう熱っぽく語ると、エリは深く頷きながら、キャラメルポップコーンを一つ、ゆっくりと口に運んだ。

 

「記録と物語。ドキュメンタリーとフィクション。映画というメディアが、その誕生の瞬間から、全く逆方向を向いた二つのベクトルを内包していたというのは、非常に興味深いですね。そして、その二つのベクトルを螺旋状に組み合わせ、映画をより複雑で、より強力な『言語』へと進化させたのが、アメリカのD・W・グリフィスでした」

 

 彼女は、映画史における次なる巨人の名前を挙げた。

 

「グリフィス以前の映画は、まだ演劇の影響を強く引きずっていました。カメラは舞台の客席に固定されたままで、役者たちはまるで舞台の上で演技するように、全身を映したロングショットで撮影されることがほとんどでした。でも、グリフィスはそれに飽き足らなかった。彼は、カメラをもっと自由に動かし、物語を語るための独自の『文法』を確立しようとしたんです」

 

「映画文法の父、と呼ばれている人だね」

 

「ええ。例えば、俳優の表情を大写しにする『クローズアップ』。それまでは『俳優の全身を映さないのは失礼だ』とさえ言われていたのに、彼は登場人物の細やかな感情を観客に直接伝えるために、この手法を大胆に用いました。あるいは、違う場所で同時に起きている出来事を交互に見せる『クロスカッティング』。これによって、観客はハラハラドキドキするサスペンスを体験できるようになった。彼は、ショットの大きさを変えたり、ショットとショットを繋ぐ順番を工夫したりすることで、観客の視線を誘導し、感情をコントロールできることを発見したんです。映画はもはや、ただの『見世物』ではなく、監督の意図によって意味が構築される、一つの独立した『言語』になった。その革命的な功績は、計り知れないほど大きい」

 

 しかし、とエリは少しだけ表情を曇らせた。

 

「その一方で、グリフィスは、その強力な映画言語を使って、1915年に『國民の創生』という作品を作ってしまいました。南北戦争後のアメリカ南部を舞台に、白人至上主義団体のクー・クラックス・クラン(KKK)を英雄的に描いた、人種差別的な内容の映画です。この映画は興行的に大成功を収めましたが、同時に激しい抗議運動を巻き起こし、現実世界でKKKの活動を再燃させてしまうという、恐ろしい影響力さえ持ってしまった。映画という新しい言語が、人々を熱狂させ、社会を動かすほどの、危険な『力』を持つことを証明してしまった、映画史の光と影を象徴するような作品です」

 

 彼女の言葉に、僕は黙って頷いた。どんな強力な技術や言語も、それを使う人間次第で、人々を豊かにすることも、深く傷つけることもできる。それは、僕が学んでいる電子工学や、AIの技術にも全く同じことが言えるだろう。

 

「そして、その『力』にいち早く気づき、国家のプロパガンダとして最大限に利用したのが、当時のソビエト連邦でした」と、エリの物語はロシアの凍てつく大地へと飛ぶ。

 

「ロシア革命後のソ連で、若き映画監督たちが『モンタージュ理論』と呼ばれる、全く新しい映画の考え方を生み出しました。特に有名なのが、セルゲイ・エイゼンシュテインです。彼は、『意味を持たないショットとショットを繋ぎ合わせることで、そこにはなかった全く新しい意味や感情が生まれる』と考えたんです。例えば、『無表情な男の顔』のショットの次に、『スープ皿』のショットを繋ぐと、観客は『男は空腹なのだ』と感じる。『赤ん坊の遺体』のショットを繋げば『男は悲しんでいる』と感じる。そして『セクシーな女性』のショットを繋げば『男は欲望を抱いている』と感じる。男の表情は全く同じなのに、繋ぎ合わされる映像によって、観客の心の中に生まれる意味が全く変わってしまうんです」

 

「クレショフ効果、だね。心理学の実験みたいで面白いよね」

 

「はい。エイゼンシュテインは、このモンタージュの力を駆使して、革命の偉大さを民衆に知らしめるための、壮大なプロパガンダ映画を次々と制作しました。特に『戦艦ポチョムキン』は、その最高傑作と言われています。特に、オデッサの階段で、蜂起した民衆が、皇帝の軍隊に無慈悲に虐殺されるシーン。乳母車が階段を転げ落ちていくあの有名なショットは、個々の映像の衝突によって、観客の心に革命への怒りと悲しみを直接的に叩き込む、まさにモンタージュの教科書のような名場面です。映画は、観客を理屈で説得するのではなく、感情に直接訴えかけることで、イデオロギーさえも植え付けることができる。ソ連の映画監督たちは、その恐るべき可能性を世界に示してしまったんです」

 

 僕たちは、ポップコーンを食べる手も忘れ、しばし沈黙した。映画というメディアが、その誕生からわずか30年ほどの間に、どれほど急進的な進化を遂げ、そしてどれほど危険な力を手にしてしまったのか。その歴史の重みが、この静かな部屋の空気を少しだけ緊張させていた。

 

 その少し重くなった空気を振り払うように、僕はわざと明るい声を出した。

 

「でも、映画の歴史はそんな難しい話ばかりじゃない。忘れてはいけないのが、もう一つの偉大な魔法の登場だよ」

 

「魔法、ですか?」

 

「ああ。『音』という魔法だ」

 

 僕はそう言って、テレビのリモコンを手に取った。

 

「1920年代まで、映画はご存じの通り『サイレント映画』だった。映像だけで物語を語り、セリフは字幕で補う。劇場では楽団の生演奏や、活動弁士と呼ばれるナレーターが、映像に合わせて雰囲気を盛り上げていた。でも、映像と音を完全に同期させる技術の開発は、多くの発明家たちの夢だったんだ。そして1927年、その夢がついに実現する。ワーナー・ブラザース社が製作した『ジャズ・シンガー』という映画で、主演のアル・ジョルスンが、劇中で歌い、そしてこう喋ったんだ。『待って、待って、まだ何も聞いてないよ!(Wait a minute, wait a minute, you ain't heard nothin' yet!)』とね」

 

「世界で最初のトーキー映画ですね」

 

「そういうこと。それは、映画史における、声の産声だった。観客は、スクリーンの中の俳優が、本当に『喋っている』ことに熱狂した。この成功をきっかけに、映画界はあっという間にサイレントからトーキーへと雪崩を打って移行していったんだ。チャップリンのような、パントマイムの身体表現を極めた俳優たちは、その変化に抵抗したけど、時代の大きな流れを止めることはできなかった。映画は、視覚だけの芸術から、視覚と聴覚が融合した、よりリアルで、より豊かな表現力を持つメディアへと進化したんだ」

 

「音の登場は、映画の作り方そのものを根本から変えてしまったでしょうね」とエリが続けた。「それまではカメラのすぐ隣で監督がメガホンで怒鳴りながら指示を出せたのに、トーキーでは俳優のセリフを録音するために、撮影中は物音一つ立てられない静寂が必要になった。重くて巨大な防音装置にカメラを閉じ込めなければならなかったり、マイクの置き場所に俳優の動きが制限されたり、初期の現場は大変な混乱だったそうです。でも、その混乱の中から、映画音楽や効果音といった、音を使った新しい演出方法が次々と生まれていった。ミュージカルというジャンルが花開いたのも、この時代です。フレッド・アステアの華麗なタップダンスのステップ音そのものが、最高の音楽になったんですから」

 

 彼女の言葉を聞きながら、僕は先ほどまで見ていたモノクロ映画の、少しだけくぐもった、しかし温かみのある俳優たちの声を思い出していた。技術の進歩は、いつだって現場に混乱と新しい創造をもたらす。それは、僕が身を置く工学の世界でも全く同じことだ。

 

「そして、その白黒の世界に、次なる魔法がかけられることになる」と僕は物語を未来へと進めた。「『色彩』という、最も鮮やかな魔法だ」

 

「テクニカラーの登場ですね」

 

「ご名答。実は、映画に色をつけようという試みは、サイレント時代からあったんだ。フィルムの一コマ一コマに、手作業で色を塗るという、気の遠くなるような職人技でね。でも、それをより自然で、商業的に見合う形にしたのが、三原色のフィルムを重ねて撮影・上映する『テクニカラー』という技術だった。1935年の『虚栄の市』が世界初の長編テクニカラー作品で、特にその技術の素晴らしさを世界に知らしめたのが、1939年の『風と共に去りぬ』や『オズの魔法使』といった作品たちだ」

 

 僕はソファに深くもたれかかり、その色彩の革命がもたらした衝撃を想像した。

 

「特に『オズの魔法使』の演出は、象徴的だったよ。主人公のドロシーが住むカンザスの農場は、わざとセピア色のモノクロ映像で描かれている。それが、竜巻に巻き込まれて魔法の国オズに飛ばされた瞬間、扉を開けると、そこには鮮やかな色彩に満ちた世界が広がっているんだ。モノクロからカラーへと切り替わるあの瞬間の驚きと感動は、当時の観客にとって、まさに魔法そのものだったはずだ。映画は、現実をモノクロで模倣する時代を終え、現実よりももっと鮮やかで、夢のような世界を創造できることを証明したんだ」

 

 エリは、僕の熱のこもった説明に、静かに耳を傾けていた。そして、僕が飲み物を取るために一度言葉を切ると、その思考のバトンを滑らかに受け取った。

 

「技術の革新が、表現の幅を押し広げていった。そして、その新しい表現方法を使って、世界中の監督たちが、それぞれの国の歴史や文化を背景にした、独自の映画の黄金時代を築き上げていきました。第二次世界大戦後のイタリアでは、プロの俳優ではなく素人を起用し、実際の街角でロケーション撮影を行う『ネオレアリズモ』という手法が生まれ、戦争がもたらした社会の貧困や矛盾を生々しく描き出しました。フランスでは、若い監督たちが、それまでの伝統的な映画文法を破壊するような、斬新で自由な表現を試みる『ヌーヴェルヴァーグ』という運動が起こりました。手持ちカメラによるドキュメンタリーのような躍動感あふれる映像や、物語の時間を大胆にジャンプさせる編集。彼らは、映画は個人の思想や感情を表現するための、ペンやカメラと同じくらい自由な道具なのだと主張したんです」

 

 彼女はそこで一度言葉を切り、僕の顔をまっすぐに見た。

 

「そして、もちろん、わたしたちの国、日本も例外ではありませんでした。黒澤明、小津安二郎、溝口健二といった巨匠たちが、時代劇や現代劇といったジャンルの中で、世界中の映画監督に影響を与えるほどの、独創的で深い人間洞察に満ちた作品を次々と生み出していった。特に黒澤監督の『七人の侍』は、後にハリウッドで『荒野の七人』としてリメイクされ、多くのエンターテイメント作品の物語構造の原型になったと言われています。映画は、もはや欧米だけのものではなく、世界中の文化がそれぞれの声で物語を語り始める、グローバルなメディアへと成長を遂げたんです」

 

 僕たちは、ポップコーンを食べるのも忘れて、映画という名の時空を超えた旅に没頭していた。パリのカフェの地下室から始まったささやかな見世物は、わずか半世紀ほどの間に、色と音をまとい、独自の言語を確立し、世界中の文化を映し出す鏡へと、驚くべき速度で進化を遂げていた。その目まぐるしい歴史の変遷は、まるで生命の進化の過程を早送りで見ているかのようだった。

 

 

「そして、そのグローバル化の流れは、1970年代以降のアメリカで、全く新しいステージへと突入することになるんだ」

 

 僕は、ポップコーンのボウルをローテーブルに戻し、物語を現代へと引き寄せた。

 

「ベトナム戦争の泥沼化や公民権運動といった社会の混乱を背景に、ハリウッドにも大きな地殻変動が起きた。『アメリカン・ニューシネマ』と呼ばれる、それまでのハッピーエンドな映画とは全く違う、反体制的で、暗い結末を持つような作品が次々と作られたんだ。『俺たちに明日はない』や『イージー・ライダー』といった映画の主人公たちは、社会に馴染めないアウトローで、最後には無残な死を遂げる。それは、アメリカン・ドリームという神話が崩壊していく時代の、やるせなさや虚無感を色濃く反映していたんだ」

 

「希望の物語から、幻滅の物語へ。時代の空気が、作る映画の色合いを大きく変えてしまったのですね」

 

 エリが静かに相槌を打つ。

 

「ああ。でも、そのカウンターカルチャーの時代も長くは続かなかった。1975年と1977年。立て続けに公開された二本の映画が、ハリウッドの全てを、そして世界のエンターテイメントのあり方を、永遠に変えてしまったんだ」

 

 僕は人差し指を二本立ててみせた。

 

「スティーヴン・スピルバーグの『ジョーズ』と、ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』だ。この二つの作品は、いわゆる『ブロックバスター』という概念を生み出した。つまり、莫大な製作費と宣伝費を投じ、夏休みやクリスマスといった特定の時期に、全国の映画館で一斉に公開し、記録的な興行収入を稼ぎ出すという、超大作ビジネスモデルだ。難解な社会派映画に疲れていた観客は、このシンプルで、圧倒的に面白くて、視覚的にも驚きに満ちたエンターテイメントに熱狂した。この大成功以降、ハリウッドは、世界中の観客に分かりやすく、かつ誰も見たことのないようなスペクタクルを提供する、巨大な『夢の工場』へと再びその舵を切ることになったんだ」

 

「特殊効果(SFX)の黄金時代の幕開けですね」

 

 エリの目が、まるで子供のように輝いた。彼女は、SF映画が何よりも好きなのだ。

 

「その通り。特にルーカスが『スター・ウォーズ』のために設立したILM(インダストリアル・ライト&マジック)という会社は、その後の映画の視覚表現をリードし続けた。ミニチュア撮影、モーション・コントロール・カメラ、そしてコンピュータ・グラフィックス(CG)。彼らは、それまで誰も想像さえしなかったような映像を、次々とスクリーンに現出させていった。そして、その流れが決定的な到達点を迎えたのが、1993年。スピルバーグが監督した『ジュラシック・パーク』だ。この映画で初めて、リアルなCGで描かれた恐竜が、生身の俳優と同じ画面の中を自由に動き回った。もはや、カメラの前で『実際に起きたこと』を撮影するという、映画の根本的な原則さえもが覆された瞬間だった。映画は、物理的な制約から完全に解放され、監督が頭の中で思い描いたあらゆる光景を、無限に創造できるようになったんだ」

 

 僕たちは、リビングの巨大なモニターを改めて見つめた。今、この画面に映し出されている配信サービスのメニュー画面も、その気になれば次の瞬間、僕たちの目の前に実物大のティラノサウルスを出現させることだってできるのだ。

 

「そして、ユウ君」

 

 エリは、僕の工学的な視点からの解説を引き継ぎ、その物語をさらに未来へと接続した。

 

「そのデジタル技術の波は、映画の『作り方』だけでなく、『届け方』と『見方』さえも、根底から変えてしまいました。フィルムで撮影し、フィルムで上映するという百年以上続いた映画の常識は、デジタル撮影とデジタル上映へと急速に置き換わっていった。そして、インターネットの高速化と大容量化が、映画館という物理的な場所から映画を解放し始めたんです」

 

 彼女は、僕たちが今まさに手にしているリモコンを指さした。

 

「DVDやブルーレイといったパッケージメディアの時代を経て、今や主流は、わたし達がこの一週間ずっと使っているような、ストリーミングによる配信サービスです。新作も旧作も、世界中のあらゆる映画が、月々の定額料金を支払うだけで、いつでも、どこでも、好きなだけ見ることができる。映画はもはや、決まった時間に映画館へ足を運んで鑑賞する『イベント』ではなく、音楽を聴いたり、本を読んだりするのと同じように、個人の生活に寄り添う、より日常的な『コンテンツ』へとその姿を変えた。それは、映画の大衆化における、最終的な革命と言えるかもしれません」

 

「確かに、便利になったよね。でも」と僕は少しだけ寂しさを込めて付け加えた。「でも、そのせいで失われてしまったものもあるような気がするんだ」

 

「というと?」

 

「映画館という、あの特別な空間の持つ魔力だよ。知らない人たちと、同じ暗闇の中で、同じスクリーンを見つめて、一緒に笑ったり、泣いたり、息をのんだりする、あの一回性のかけがえのない体験。家のモニターで一人で見るのとは、全く違う種類の感動が、そこにはあったはずなんだ。便利さと引き換えに、僕らは映画が持っていたある種の『祝祭性』を、少しずつ手放してしまっているのかもしれない」

 

 僕の感傷的な言葉に、エリは静かに、しかし力強く首を振った。

 

「いいえ。わたしはそうは思いません」

 

 彼女は僕の目をまっすぐに見つめて言った。

 

「テクノロジーがどんなに進化しても、映画の本質は決して変わらないと、わたしは信じています。リュミエール兄弟がパリのカフェで初めて上映会を開いたあの日から、ずっと変わらない本質です」

 

「本質?」

 

「はい」と彼女は、確信に満ちた声で言った。

 

「それは、『誰かと一緒に、一つの光を見つめ、そこに映し出される物語を共有したい』という、人間の根源的な願いです。その光が、フィルムの映写機から放たれるものであろうと、このモニターの液晶ディスプレイから放たれるものであろうと、その本質は同じです。わたしは、この一週間、ユウ君と一緒に、この場所でたくさんの映画を見て、たくさんのお話をしました。それは、わたしにとって、どんな最新のシネコンで見るよりも、ずっと豊かで、祝祭的な体験でしたよ」

 

 彼女の、あまりにもストレートで、温かい言葉。僕は一瞬、言葉に詰まってしまった。このリビングは、確かに映画館ではない。でも、僕とエリという、たった二人の観客のためだけの、世界で一番贅沢なシアターだったのかもしれない。

 

「……そうだね」

 

 僕は照れくささを隠すように、空になったポップコーンのボウルを手に取った。

 

「僕も、最高の映画ウィークだったと思うよ。ありがとう、エリ」

 

 僕がそう言うと、彼女は夏の終わりのひまわりのように、ぱっと明るく微笑んだ。

 

 長く続いた僕たちの夏休みが、もうすぐ終わろうとしている。リュミエール兄弟が最初の映画を上映してから、百年と少し。光と影の芸術は、これからもきっと、僕たちの想像もつかないような形で、その姿を変え続けていくだろう。

 

 でも、きっと大丈夫だ。どんな未来が来たとしても、僕たちはこうして、隣に並んで、同じ光を見つめ、そこに映し出される新しい物語について、いつまでも語り合っていくのだ。そんな確信にも似た予感を胸に、僕は最後のポップコーンを、名残惜しむように、ゆっくりと口に運んだ。

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