人生は考える恋である   作:たかゆき14歳

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シーン40:虹の根もとに潜む約束事

 

 十一月に入り、キャンパスを吹き抜ける風はその冷たさを日に日に増していた。分厚い雲の隙間から時折顔を出す太陽の光も夏のような力強さはなく、どこか弱々しい。僕とエリは、午後の講義が終わった後の空き時間、中庭にあるベンチに並んで座っていた。

 

「……さすがに、もう肌寒くなってきたね」

 

 僕は、自動販売機で買ったばかりの温かいミルクティーの缶を両手で包み込みながら白い息を吐いた。その熱が冷えた指先にじんと伝わってくるのが心地よい。

 

「はい。でも、わたしはこの、空気が澄んで少しだけ寂しいくらいに静かになる季節、とても好きですよ」

 

 エリは僕と同じように温かいココアの缶を手に、満足そうに目を細めた。彼女の白い頬がほんのりと赤く上気している。

 

 僕たちの目の前には、大学のシンボルツリーでもある一本の大きなイチョウの木が立っていた。その葉は、夏の間は深い緑色をしていたはずなのに、今は燃えるような黄金色にその姿を変え、秋の日差しを浴びてきらきらと輝いている。風が吹くたびに扇の形をした葉が数枚、はらはらと地面に舞い落ちた。

 

「綺麗ですね、あのイチョウ」

 

 エリがうっとりとした声で呟いた。

 

「まるで、クロード・モネが描いた風景画の一部のようです。あの、光そのものを捉えようとするような鮮やかな黄色。見ているだけで心が温かくなる気がします」

 

「……まあ、綺麗だけど」

 

 僕は地面に降り積もった落ち葉の絨毯に目をやりながら、少しだけ現実的な感想を漏らした。

 

「掃除する人は、大変だろうね。毎日、掃いても掃いてもきりがないだろうから」

 

僕のその言葉に、エリはくすくすと、楽しそうに笑った。

 

「ユウ君は本当に夢がないですね。でも、そういう現実的な視点がユウ君らしさなんでしょうね」

 

 彼女はそう言うと、いつものように、僕の何気ない一言から新しい知の冒険の糸口を見つけ出した。

 

「ところで、ユウ君。今、わたしとあなたは同じ『黄色』を見て、美しいとか、掃除が大変そうだとか、それぞれの感想を抱いています。でも、わたしたちが『黄色』と呼んでいるこの感覚は、本当に同じものなんでしょうか? わたしが見ている『黄色』とユウ君が見ている『黄色』は、全く別の色である可能性をあなたは考えたことがありますか?」

 

 始まった。今日の議題は、どうやらこの秋のキャンパスを彩る「色」そのもののようだ。温かいミルクティーの甘さが、これから始まるであろう少しだけ難解な議論に備えて、僕の脳に糖分を補給してくれた。

 

「……クオリアの問題、だね」

 

 僕は以前に聞きかじった知識を口にした。

 

「僕らが『感じる』、主観的な質感のことだろ? 例えば、僕が感じる『赤』の質感がエリが感じる『緑』の質感と同じで、ただ名前だけを入れ替えて覚えているだけだとしても、誰にもその間違いを指摘することはできないという思考実験だ」

 

「はい、その通りです」

 

 エリは、僕がその概念を知っていたことに、少しだけ嬉しそうな表情を見せた。

 

「わたしたちが『色』と呼んでいるものは、突き詰めれば、脳という名のブラックボックスの中で生み出されている、極めて個人的で、他者とは共有不可能な『体験』に過ぎないのかもしれません。でも、それだと話が終わってしまうので」と彼女は悪戯っぽく笑った。「今日はもう少しだけ、科学的に説明可能な範囲でこの色の謎に迫ってみませんか?」

 

 彼女は、手の中にあるココアの缶をまるで教材のように僕に見せた。

 

「この缶が『茶色』に見えるのは一体なぜなんでしょう? 物理学的に言えば、色の正体は一体何なのでしょうか?」

 

 彼女のその問いに、僕は、電子工学の基礎である電磁気学の知識を頭の中から引き出してきた。

 

「色の正体は、物理学的には『光』、もっと正確に言えば『電磁波』の一種だね」

 

 僕は空を見上げ、その光の源である太陽に思いを馳せた。

 

「太陽から放たれる光、いわゆる白色光は、実は様々な波長の光が混ざり合ったものなんだ。ニュートンがプリズムの実験で証明したように、その白色光を分解すると、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫といった虹の七色のスペクトルに分かれる。それぞれの色は固有の『波長』を持っている。波長が長い光は赤っぽく見え、短くなるにつれて紫に近づいていく。そして、人間の目に見えるこの範囲の光を、僕らは『可視光線』と呼んでいる」

 

「ええ。色は光の波長の長さの違い、ということですね」

 

「そういうこと。そして、物体が特定の色に見えるのは、その物体がどの波長の光を『吸収』し、どの波長の光を『反射』するかの違いによるんだ」と僕は続けた。「例えば、目の前のイチョウの葉が黄色く見えるのは、葉に含まれるカロテノイドという色素が、白色光の中から黄色以外の波長の光、つまり青や紫の光を吸収してしまい、残った黄色の波長の光だけを僕らの目に向かって反射しているからだ。このココアの缶が茶色く見えるのも、茶色以外の光を吸収しているから。もし、物体が全ての波長の光を吸収すれば『黒』に見え、全ての光を反射すれば『白』に見える、というわけだね」

 

 僕がそう説明すると、エリは「とても分かりやすいです」と頷いた。

 

「つまり、物自体に『色』が備わっているわけではない、ということですね。色は、光と、物体と、そしてそれを観測するわたしたちの目と脳との相互作用の中で初めて生まれる、一種の『現象』なのだと」

 

「その通りだよ。そして、その『現象』を最終的に処理しているのが、僕らの目の中にある網膜というスクリーンだ」

 

 僕は、自分の目を指さしながらその精巧なメカニズムについて語った。

 

「網膜には『錐体細胞』と呼ばれる、光の色を感知するための三種類のセンサーが並んでいるんだ。それぞれ、赤、緑、青の光(光の三原色)に最もよく反応するようになっていて、この三つのセンサーが入ってきた光のスペクトルに対してそれぞれどれくらい興奮したか、その信号の組み合わせを脳に送る。そして脳がその三つの信号の比率を分析して、『これは黄色だ』とか『これは紫だ』という風に最終的な色の感覚を作り出しているんだよ。テレビやスマートフォンのディスプレイが、赤・緑・青の小さな光の点の組み合わせだけであらゆる色を表現できるのも、これと全く同じ原理だ」

 

 僕の工学的な視点からの説明に、エリは深く納得したようだった。しかし、彼女の探究心は、その物理的、生理学的なメカニズムのさらにその先にある、より人間的で、文化的な謎へとその歩みを進めようとしていた。

 

 

「なるほど。光のスペクトルという物理的な刺激が、三種類の錐体細胞というセンサーを通して脳の中で『色』という知覚に変換される。とても合理的なメカニズムですね」

 

 エリは手の中のココアを一口飲むと、静かに、しかし僕たちの議論を全く新しい次元へと導く鋭い問いを投げかけた。

 

「ですがユウ君。もし、わたしたちが認識している世界がその三つのセンサーを通してしか見ることができないのだとしたら、それはわたしたちが『人間』という種であることによって課せられた一つの『限界』であるとは言えないでしょうか? もしかしたらこの世界は、わたしたちが想像もできないほど、もっと豊かな色彩に満ち溢れているのかもしれません」

 

「……他の動物たちの話、だね」

 

「はい」と彼女は頷いた。「例えば、多くの鳥類や昆虫は、わたしたち人間には見ることのできないもっと波長の短い光、『紫外線』を認識することができます。彼らは、赤・緑・青に加えて、紫外線を感知するための第四の錐体細胞を持っているんです。彼らにとって、わたしたちが単色に見ている花びらも蜜のありかを示す紫外線パターンが浮かび上がって見えているかもしれない。あるいは、蝶の翅の模様も紫外線の下では全く違うメッセージを異性に送っているのかもしれない。彼らは、わたしたちとは全く違う色の文法で世界を『読んで』いるんです」

 

 彼女の言葉を聞きながら、僕は目の前のイチョウの木を改めて見上げた。もし、僕に第四の目があったなら、この黄金色の葉は一体どんな風に見えるのだろうか。僕が見ているこの鮮やかな秋の風景でさえ、世界の色彩のほんの一部を切り取ったものに過ぎないのかもしれない。

 

「逆に多くの哺乳類、例えば犬や猫は錐体細胞が二種類しかなく、人間でいう赤と緑の色の区別がつきにくいと言われています」とエリは続けた。「彼らの見る世界は、わたしたちよりも色彩に乏しいかもしれない。でも、その代わりに彼らは暗闇の中でものを見るのが得意な『桿体細胞』を多く持っている。それぞれの生物は、自らの生存戦略に合わせて光という膨大な情報の中から、必要な部分だけを抜き出して知覚するように進化してきたんです。絶対的な『正しい』色の世界なんてどこにも存在しない。ただ、それぞれの生物にとっての、それぞれの『リアル』な色の世界があるだけなんです」

 

「なるほどな。色の知覚は生物種によって全く違う、相対的なものだということだね」

 

「ええ。そして、その『相対性』は、同じ人間という種の中においてさえ存在するんです」

 

 エリは、僕の目をじっと見つめて言った。

 

「それは『言語』という、もう一つのフィルターを通して現れてきます」

 

「言語……というと?」

 

「これは、サピア=ウォーフの仮説にも通じる話ですが、『わたしたちが話す言語が、わたしたちの世界認識を形作る』という考え方です。色に関しても、非常に興味深い例がたくさんあります。例えば、古代ギリシャの叙事詩『オデュッセイア』の中では、海のことを『ワイン色の海』と表現していて『青』という言葉がほとんど登場しないんです。古代ギリシャ人には青色を認識する能力がなかったわけではないでしょう。でも、彼らの言語の中に、『青』を他の色から明確に区別するための独立した単語がまだ十分に発達していなかった。だから彼らは、わたしたちとは少し違う色の世界を見ていた可能性があるんです」

 

「言葉がないから認識も曖昧になる、ということか。面白いね」

 

「はい。あるいは、日本の古語における『あお』という言葉。これは現代のわたしたちが言う青だけでなく、緑や、時には白や黒に近い色までを含む、非常に広い範囲を指す言葉でした。『青信号』や『青々とした葉』、『青菜』といった言葉にその名残が今でも残っていますよね。わたしたちの祖先は、緑と青をそれほど厳密に区別しない文化の中で生きていたのかもしれない。虹の色を『七色』と数えるのも実は文化圏によって様々で、三色や五色と数える文化も珍しくありません。どの色とどの色の間に境界線を引くかというのは、その文化が持つ、言語的な『分節の仕方』に大きく依存しているんです」

 

 彼女の話を聞きながら、僕は自分が当たり前のように使っている「黄色」という言葉が、実は人類の長い歴史と文化的な約束事の末にようやく僕の口から発せられているのだという事実に改めて思い至った。僕たちは、言葉という名の網の目を通してしか世界を捉えることはできないのだ。

 

「そして、その色は」

 

 エリは空になったココアの缶をそっとゴミ箱に捨てると、話をさらに核心へと近づけていった。

 

「単なる物理現象や言語的な分類に留まらず、わたしたちの『感情』や『文化的な象徴』と、深く、そして複雑に結びついていますよね」

 

「色と感情の結びつき、か。それは、広告やデザインの世界では当たり前のように使われているテクニックだね」

 

 僕は、自分の専門分野にも少しだけ関わりのある領域へと話を繋いだ。

 

「例えば、赤は情熱や興奮、危険といった感情を喚起するから、セール品のPOPや信号の停止表示に使われることが多い。青は逆に冷静さや信頼感を連想させるから、企業のロゴや、銀行のウェブサイトなんかに好んで使われる。僕らが日常的に目にするデザインは、そういった色の持つ心理的な効果を、巧みに計算して作られているんだ」

 

「色彩心理学、ですね」とエリは頷いた。「暖色系の色は交感神経を刺激して気分を高揚させ、寒色系の色は副交感神経を優位にして心を落ち着かせると言われています。飲食店の内装に暖色系が多いのは食欲を増進させる効果を狙ってのことですし、病院の手術室の壁が緑色なのは長時間にわたって血液の赤色を見続ける医師の目の疲労を補色である緑が和らげる効果があるからだとか」

 

「へえ、手術室の壁の色にまでそんな理由があったのか」

 

「ええ。ですが、そういった色の持つイメージや意味というのは、必ずしも人類に共通の普遍的なものではありませんよね」とエリは続けた。「それは、その人が属する文化や社会の歴史の中で後天的に学習されてきた、一種の『記号』としての側面も非常に強いんです」

 

 彼女は、僕が持っていたミルクティーの白い缶を指さした。

 

「例えば『白』という色。西洋文化圏、特にキリスト教の伝統の中では純粋さや清らかさ、神聖さの象徴としてウェディングドレスの色などに使われることが多いです。でも、アジアの一部の文化圏、特に日本や中国では、白は古くから死や喪を連想させる色として死装束の色として用いられてきました。同じ色でも文化的な文脈が違えば、その象徴する意味は正反対にさえなりうるんです」

 

「なるほどなぁ。色の意味は、文化というOSによって全く違う形で解釈されるわけだね」

 

「はい。あるいは『紫』という色。古代ローマでは、特定の巻貝からしか取れない非常に高価な染料だったため、皇帝や最高位の貴族しか身につけることを許されない、権力の象-徴でした。日本でも、聖徳太子が定めた冠位十二階の最高位の色として、高貴さのシンボルとされてきました。それは、紫という色そのものが本質的に高貴だということではなく、その『希少性』という社会的な条件が、その色に特別な価値を与えてきた、ということなんです」

 

 エリの話を聞きながら僕は、自分が普段、何気なく選んでいる服の色について考えていた。黒やグレーといった無彩色を好むのは単に目立ちたくないという性格の表れなのか。それとも、僕が生きるこの現代社会が、そういった色に「クール」で「知的」という記号的な意味を与えているからなのか。僕の個人的な「好み」でさえも、実は、僕が属する文化によって知らず知らずのうちに形作られているのかもしれない。

 

「そして、その色の文化的な意味は芸術の歴史の中で、さらに複雑で豊かな表現を獲得していきました」とエリは、まるで美術館の絵画を鑑賞するかのようにその瞳を少しだけ遠くに向けた。「中世の宗教画では、聖母マリアのマントは高価なラピスラズリから作られた顔料、『ウルトラマリン』の深い青で描かれることがお約束でした。それは彼女の神聖さと、天上の世界への繋がりを象徴していたんです」

 

「絵画における、色の『約束事(コード)』だね」

 

「ええ。しかし近代に近づくにつれて、画家たちはそういった伝統的な約束事から自らを解放し、もっと自由で主観的な色の使い方を模索し始めました。例えばゴッホ。彼は、弟テオへの手紙の中で『僕は、ただ目に見えるものをそのまま描きたいわけじゃない。僕は、自分の激しい感情を表現するために、色彩をもっと恣意的に使うんだ』と書いています。彼が描いた夜のカフェの現実にはありえないほど強烈な黄色と緑の対比は、まさに彼の内面に渦巻く不安や孤独といった感情そのものを色としてキャンバスに叩きつけたものだったんです」

 

「見たままの色ではなく、感じたままの色を描いた、ということか」

 

「はい。そしてその流れは、20世紀のフォーヴィスム(野獣派)のマティスや、抽象絵画のカンディンスキーへと受け継がれていきます。彼らは、色を現実の物体を再現するための手段から完全に解放し、色そのものが持つリズムやハーモニーだけで音楽のような純粋な感情表現を試みた。色は、もはや何かを『指し示す』ための記号ではなく、それ自体が『目的』となった。それは、絵画の歴史における色彩の独立宣言だったのかもしれません」

 

 彼女の言葉は、僕の頭の中に鮮やかな絵の具が飛び散る抽象画を思い起こさせた。物理的な光の波長として始まった僕たちの議論は、いつの間にか、人間の感情と文化の最も深い領域を巡る色彩豊かな旅となっていた。

 僕たちはしばらくの間、言葉もなく目の前のイチョウの木が放つ圧倒的な黄金色をただ見つめていた。ゴッホはこの光景を一体どんな色で描いただろうか。そんなことをぼんやりと考えていた。

 

 

「……なんだか不思議な気分だね」

 

 僕は、空になったミルクティーの缶を握りしめながらぽつりと呟いた。

 

「何がですか?」

 

「いや」と僕は続けた。「僕たちが今こうして『黄色いね』って話している、この瞬間の複雑さを改めて感じたんだ。まず、太陽から放たれた光のスペクトルという物理現象がある。それが、イチョウの葉のクロロフィルが分解され、カロテノイドという化学物質に当たって、特定の波長だけが反射される。その反射された光が僕らの眼球の水晶体を通って、網膜にある三種類の錐体細胞という生物学的なセンサーを刺激する。その電気信号が視神経を通って、脳の後頭葉にある視覚野という情報処理センターに送られて、過去の記憶や言語のデータベースと照合された結果、ようやく『黄色』という一つの『知覚』が生まれる。そして、その知覚に、僕らの文化的な経験や個人的な感情がまとわりついて、『美しい』とか『掃除が大変そうだ』という全く違う『意味』が生まれる……」

 

 僕は一度言葉を切り、エリの顔をまっすぐに見つめた。

 

「たった一つの色を見るというだけの行為の背後に、物理学と化学、生物学、脳科学、言語学、そして文化人類学の全てが奇跡的な偶然で重なり合っている。そう考えると、僕らが『同じ世界を見ている』ということ自体が、ほとんどありえないくらいのとんでもない奇跡なんじゃないかって思えてくるんだ」

 

 僕のその少しだけ詩的な感想に、エリは一瞬、驚いたように目を見開き、そしてすぐに、心の底から嬉しそうな満開の花のような笑顔を見せた。

 

「……ユウ君。それは、わたしが今日、この議論を通して一番言いたかったことです」

 

 彼女は、自分のココアの缶を僕のミルクティーの缶に、こつんと優しくぶつけた。

 

「その通りなんです。わたしたちは皆、自分だけの『色』の世界を生きている。決して他者と完全には共有できない孤独な宇宙の中で。でも」と彼女は続けた。「だからこそ、わたしたちは『言葉』を使って、必死に自分の見ている世界を相手に伝えようとするのかもしれません。『見て、あのイチョウの葉、すごく綺麗だよ』って。その言葉が相手に全く同じ『黄色』の感覚を伝えることはできないかもしれない。でも、その言葉を交わすことで、わたしたちは互いの孤独な宇宙の間に、ささやかで、しかし確かな『橋』を架けることができる。そしてその橋の上で、ほんのひととき同じ奇跡を共有しているのだと信じることができるんです」

 

 彼女の言葉は冷たくなった空気をじんわりと温めるような、不思議な力を持っていた。そうだ。僕たちは、決して同じにはなれない。でも、だからこそ、隣にいる君の存在が、こんなにも暖かく感じられるのだ。

 

「……そろそろ行こうか」

 

 僕は名残惜しさを振り払うように、ベンチから立ち上がった。

 

「あんまりここにいると、身体が冷え切ってしまうよ」

 

「そうですね」

 

 エリも僕に続いて立ち上がった。僕たちは空になった缶をゴミ箱に捨てると、夕暮れの光が差し込むキャンパスをゆっくりと歩き始めた。

 

 黄金色のイチョウの葉が、僕たちの足元に、まるで絨毯のように敷き詰められている。その一枚一枚が、僕の目には、エリの目には、一体どんな色に映っているのだろうか。

 

 その答えを僕が知ることはきっと永遠にないだろう。

 

 でも、それでいい。今はただ僕の隣で、同じ落ち葉の絨毯を踏みしめながら歩く、君のその小さな歩幅と、楽しそうな横顔だけが、僕にとっての、何よりも確かな世界の色彩だった。僕たちの少しだけ知的で、そして限りなく穏やかな秋は、ゆっくりと、しかし確実にその深みを増していくようだった。

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