保安隊のコンパニオンたちが、ようやく最上階へ突入した。
重い隔壁がこじ開けられ、銀色の制服の女たちが一斉に展示室へなだれ込む。
手には麻痺銃。腰には高電圧警棒。
背後には、まだ動ける剥製ロボットたちが唸りを上げて続いていた。
だが、そこにいたはずの賊はいなかった。
砕けた保管ケース。
破壊されたサーベルタイガー型八号。
床に散った装甲ガラス。
そして、雷嵐に向かって大きく口を開けた、最上階の窓。
それだけだった。
「そんな……」
先頭のコンパニオンが、呆然とつぶやいた。
「誰もいない……?」
すぐに通信機へ手を伸ばす。
「アングル館長。最上階に到着しましたが、賊の姿が見えません」
保安室のモニター前で、アングル館長が目を見開いた。
「なに!?」
「竜水晶は消失。八号は破壊。窓が外側へ破られています」
「外側へ……?」
アングル館長は信じられないという顔で、塔の外部映像へ視線を移した。
モニターには雷雲が渦巻き、塔の外壁を幾筋もの稲妻が這っている。
そんな場所へ人間が出れば、助かるはずがない。
「まさか……」
最上階のコンパニオンが、砕けた窓辺へ近づいた。
暴風が吹き込み、彼女の髪を乱す。
外は真っ白な雷の海だった。
「賊は……塔から飛び降りたものと思われます」
「飛び降りた?」
「はい。状況から見て、飛び降り自殺をしたらしく……」
「飛び降り自殺……!?」
アングル館長の声が裏返った。
「し、しかし……あの男が……?」
彼女の脳裏に、老教授に化けた男の笑みがよぎる。
下品で、ふざけていて、しかし美術品の価値を正確に見抜いた男。
あの余裕。
あの目。
追いつめられて自殺するような男には見えなかった。
「信じられない……」
その時、窓辺のコンパニオンが声を上げた。
「ああっ!」
「どうした!」
「外です! 塔の下方に反応!」
モニターの映像が切り替わる。
雷の合間を、一隻の宇宙船が滑っていた。
白い船体。
亀を思わせるずんぐりとした形。
だが丸みだけではない。装甲板は四角く、船体の輪郭は角ばっていて、まるで巨大な白い箱亀が空を這っているようだった。
地表すれすれを低空飛行し、稲妻を船体表面で受け流しながら、悠々と塔から離れていく。
「タートル号です!」
コンパニオンの声が震えた。
「宇宙海賊コブラの船です!」
保安室が凍りついた。
アングル館長はモニターへ詰め寄った。
「コブラ……!?」
「ダビンチ博士は、コブラの変装だったようです!」
映像が拡大される。
タートル号のコックピット。
そこには、もう老教授の姿はなかった。
赤い服の男が、操縦席の横でこちらを向いている。
片腕には、青く輝く竜水晶。
隣では、ミステイが得意げに舌を出していた。
さらに操縦席には、アーマロイド・レディ。
彼女は無言で機体を傾ける。
白く角ばった船体が、雷光を浴びて一瞬だけ青白く輝いた。
まるで美術館へ別れの挨拶をするかのように。
コブラは竜水晶を高く掲げた。
見せつけるように。
そして、通信回線に割り込む声が響いた。
『館長さん、いい美術館だったぜ』
アングル館長の顔が怒りで歪む。
『ただ、番犬の躾はもう少し優しくした方がいいな。お客が逃げちまう』
「コブラ……!」
『それと、ミザラ像の解説プレートは直しておきな。二〇四三年じゃなくて、二〇四一年だ』
通信が切れた。
タートル号の後部噴射が青白く光る。
白い角ばった船体が雷嵐を切り裂くように加速し、そのまま夜空の上層へ駆け上がっていく。
数秒後、船影は雲の中に消えた。
最上階には、砕けた窓から吹き込む風と、空っぽになった保管台だけが残された。
アングル館長は、扇子を握り潰すほど強く握った。
「……宇宙海賊コブラ」
その声は、雷鳴にかき消されるほど小さかった。
だが、怒りだけは十分に響いていた。
「次に来た時は、展示品として飾ってさしあげますわ」
誰も答えなかった。
ただ、遠くの雷雲の向こうで、タートル号の航跡だけが青く光っていた。