継国の娘   作:毎日読書

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ひきこもる無惨様。
…だけど、そのうち外に出なければならなくなる。
だって、太陽を…


永遠の命、それは何のためにあるの?それはね、化け物相手に寿命勝ちするためにあるんだよ

side : 黒死牟

 

 ベン――。

 琵琶の音が鳴り響くと同時に、私は再び無限城へと招かれた。

 この場に、こんな短時間で二度も呼ばれるなど、かつてなかったことだ。

 それは異常であり、何かが決定的に崩れ始めている兆しだった。

 

 無限城の空間は、歪んでいた。柱の影が伸び、天井が脈打つように揺れている。

 空間そのものが、無惨様の感情に引きずられているようだった。

 

 無惨様は、既にそこにいた。だが、いつもの様子ではない。

 その姿は、まるで獣のようだった。

 

 「上弦の弐が、童磨が死んだ。陸も、妓夫太郎たちもやられていた。ああぁあああぁあぁぁぁぁああ」

 

 その叫びは、怒りよりも焦燥に近い。いや、もはや恐怖にすら聞こえた。

 私はその言葉に驚いた。

 

 ――童磨が死んだ。

 あの不遜で、軽薄で、しかし確かに強かった男が。

 戦闘においては冷徹な計算と残酷さを併せ持つ、上弦の弐が。

 奴が死ぬなど、想定外だった。

 

 「私の血をふんだんに分けているのに。なぜだ、なぜ上弦が欠けていく」

 「この役立たずどもがぁぁぁああ!!」

 

 無惨様の咆哮が、無限城の構造を震わせる。床が軋み、壁が波打つ。

 生半可な者ならば、恐怖で消滅してもおかしくないほどの圧。

 

 ベン、ベン――。

 再び、琵琶の音が静寂を裂いた。

 

 現れたのは、上弦の肆・半天狗。そして、上弦の伍・玉壺。

 半天狗は、いつものように怯えた様子で、無惨様の足元に這いつくばる。その姿は、哀れというより、もはや習性のようだった。

 玉壺は、滑るように現れ、奇怪な笑みを浮かべていた。その笑みは、状況を理解していないのか、それとも理解した上で愉しんでいるのか――判別がつかない。

 

 無惨様は、叫び続けた後、ようやく我らの存在に気づいたようだった。

 

 その瞬間、空気が変わった。

 無限城の壁が脈打ち、床が微かに震える。我らの姿に気づいた無惨様は、目を血走らせてこちらを睨みつけた。

 

 その眼差しは、怒りでもなく、威厳でもない。

 ――恐怖。

 

 「黒死牟……貴様、どういうことだ!!」

 

 声が、空間を裂いた。

 

 「……あの男の死後、あの男につながるものは徹底的に消したはずだ。貴様が言った情報をもとにだ!!」

 

 私は、言葉を失った。

 “あの男”――おそらく継国縁壱のことだろう。

 無惨様がここまで取り乱していることからして、嫌な予感が胸を締めつける。

 

 「だが、あの呼吸の使い手が二人も現れた!!」

 

 無惨様の声は、もはや悲鳴に近い。

 

 「耳飾りの方は大したことない。だが――猗窩座を斃した赫刀の娘は、童磨を瞬殺していたぞ!!」

 

 赫刀。娘。童磨を瞬殺。

 私は、理解が追いつかなかった。

 

 童磨が死んだことはわかった。

 けれども、童磨は、上弦の弐。

 その力は、私自身が認めていた。

 そんな奴が瞬殺された。

 

 その事実だけが、私の中で冷たい衝撃となって広がっていく。

 無惨様は、なおも叫び続けている。

 

 「痣を出し、赫刀を使い、日の呼吸で上弦を瞬殺!?これでは、まるであの化け物そのものではないか!!」

 「どうしてくれるんだ、黒死牟!!」

 

 私は――答えられなかった。

 

 全てを消したはずだ。当時の鬼殺隊は壊滅寸前まで追い込まれた。

 徹底的に、日の呼吸を――その系譜を、根絶やしにしたはずだ。

 日の呼吸の伝承など、できるはずもない。

 

 それなのに。

 

 赫刀の娘が現れた。

 痣を出し、赫刀を振るい、童磨を瞬殺するほどの力を持ち――そして、日の呼吸を使う。

 

 あの男の残したものが、今なおこの世に息づいているなど想像できるはずもあるまい。

 

 ……否。

 想像したくなかったのだ。

 

 縁壱の名が脳裏に過ぎるたび、私の中の何かが軋む。あの男の影は、時を越えてなお、私の歩みを縛る。奴が残したもの――耳飾り、赫刀、日の呼吸――それらは、私が届かぬ場所にある。

 

 あの男は、何も望まず、何も誇らず、ただ在った。

 それだけで、私のすべてを凌駕した。

 

 私は、望んだ。

 力を。名を。誉れを。

 それでも届かなかった。

 

 何度刀を振るっても、何度命を削っても、あの男の背は遠かった。

 

 だからこそ、鬼となったというのに!

 

 赫刀の娘が。耳飾りをした者が。

 二人も、あの男の残したものを継いでいる。

 私がいまだに身に着けられないものを。

 

 ふざけるな。

 

 私は、何百年も彷徨った。

 何百年も、縁壱の影を追い、呪い、否定し続けた。

 それでも、届かない。

 

 なのに、どうして人間がその技を身に着けているのだぁぁぁああ!!!

 

 

 私の内心の叫びとは裏腹に、無惨様の怒りは静かに、しかし確実に深まっていく。その怒りは、無限城の構造すら軋ませるほどだった。

 

 半天狗は震え、玉壺は沈黙し、空気が凍りつく。

 私はただ、立ち尽くしていた。

 

 誰も、言葉を発せず、ただ主の怒りが過ぎるのを待つ。

 

 無惨様は、ゆっくりと息を吐いた。その吐息は、まるで瘴気のように空間を濁らせる。

 

 「はぁ……」

 

 その一言に、誰もが身を強張らせた。

 

 「貴様らは……本当に、役に立たないな」

 

 声は低く、冷たい。

 怒鳴るでもなく、罵るでもない。だが、その言葉は、怒声よりも鋭く、深く、上弦たちの心を抉った。

 

 「血を分け与え、力を授け、永劫の命を与えてやったというのに……」

 「その結果が、これか。弐が死に、参が消え、陸も失われていた」

 

 無惨様の視線が、順に上弦たちをなぞる。

 

 「人間ごときに敗れるとは……滑稽だ。恥だ。存在する価値すらない」

 

 無惨様の怒りは、もはや失望を超えて、冷たい諦念に近い。

 

 けれど、そう言い放った無惨様の声は、冷酷であるはずなのに、どこか震えていた。

 “人間ごとき”――その言葉に込められた侮蔑は、もはや虚勢に過ぎない。

 なぜなら、その“人間”こそが、童磨を瞬殺し、猗窩座を斃し、今や無惨様自身を脅かす存在なのだから。

 

 無惨様は、恐れている。

 その者の赫刀を。痣を。呼吸を。

 そして何より――その者が“縁壱に似ている”ことを。

 

 かつて自らを追い詰めた“化け物”の影が、再び現れたのだ。

 

 そんな中、沈黙を破るように玉壺が口を開いた。

 

 「無惨様!!私は違います!」

 「貴方様の望みに近づくための情報を私は掴みました。ほんの今しがた…」

 

 その言葉が終わるよりも早く、玉壺の頭は無惨様の手のひらの上にあった。どうやら、頭部に直接触れることで情報を読み取っているようだった。

 

 本来、無惨様は鬼の思考をすべて読み取ることができる。

 意識の奥底に潜む反逆や疑念すら、触れずとも見抜けるはずだった。

 だが今――その能力は揺らいでいた。

 動揺が深すぎて、直接触れなければ思考を読み取れないほどに。

 

 「今、私は不快の絶頂だ」

 「まだ確定していない情報を、嬉々として伝えようとするな」

 

 玉壺の頭が、無惨様の手から滑り落ちる。

 床に転がるその姿は、滑稽であり、哀れでもあった。

 

 「玉壺。情報が確定したら半天狗と共に……いや、半天狗と黒死牟と共に其処へ向かえ」

 

 無惨様は、静かに背を向ける。

 

 「私は少々行方をくらます」

 

 そう言った無惨様は琵琶の音とともに姿を消した。

 

 ***

 

side : オリ主

 

 童磨の肉体が崩れ落ちた瞬間、戦場に静寂が訪れた。冷気が止み、氷像が砕け、空気がようやく動き出す。

 誰も声を上げなかった。

 

 柱たちは、傷だらけだった。

 悲鳴嶼さんは鉄球を地に置き、静かに合掌していた。しのぶさんは富岡さんに肩を支えられながら、童磨の残骸を見つめていた。不死川さんは、血に濡れた刃を握りしめたまま、沈黙していた。

 

 甲の隊士たちは、互いに肩を貸し合いながら、生存確認をしていた。

 爆弾を投げ続けた手は震え、何人かは膝をついて泣いていた。

 死人は出なかった。けれど、誰もが限界だった。

 

 「……終わったのか?」

 

 誰かがそう呟いた。

 その言葉に、誰もすぐには答えられなかった。

 

 そして、視線が一斉に──赫刀を握る少女へと、つまり僕へと向けられた。

 僕の刀は、まだ赤く染まっていた。爆煙の中に、日の呼吸の軌跡が残っていた。

 

 僕は視線を感じていた。

 でも──全身が痛くて、僕には反応する暇がなかった。脚は引きつり、肩は痺れ、腕はもう上がらない。

 

 痣を出したのは、今世では初めてだった。

 急激に跳ね上がった身体能力に、肉体が追いついていなかった。筋繊維は軋み、関節は悲鳴を上げていた。

 戦いの最中は気づかなかった。

 

 でも今、静けさの中でようやく痛みが押し寄せてくる。

 それは、勝利の代償だった。

 それは、生き延びた証だった。

 

 全身が痛くて、隠の手で蝶屋敷に運ばれた僕であったが、診断は肉離れであった。痣の代償。安静を言い渡された。

 

 しのぶさんからは、お礼を言われた。

 

 「あなたのおかげで、みんな生きて帰れました」

 

 そう言って微笑んでいたけれど──その声には熱がなかった。。

 

 童磨との因縁は、彼女の人生そのものだった。

 姉の仇、毒の研究、柱としての責務──すべてをその戦いに注ぎ込んできた。

 だけど、童磨に毒は効かなかった。

 そして、終わった。生き残ってしまった。

 

 童磨の死を、誰よりも望んでいたのは彼女だった。

 

 だからこそ、彼女の瞳は、何かを見ているようで、何も見ていなかった。

 それは、燃え尽きた炎の残り香。

 戦いの熱が冷めたあとに残る、静かな虚脱。

 

 心を燃やし続けた人間は、目的を果たした瞬間に──立ち方を忘れてしまう。

 しのぶさんは、今、立ち止まっていた。

 でも、きっとまた歩き出す。そう信じている。

 

 僕は、布団の中で天井を見ていた。脚は引きつり、肩は痺れ、腕はまだ動かない。

 でも、心は静かだった。戦場の喧騒も、今は遠い。

 ただ、蝶の羽音だけが、耳に残っていた。

 

 ***

 

 一週間で、肉離れは治った。

 蝶屋敷の人たちには驚かれ、しのぶさんには「この人、本当に人間なのかしら……」みたいな目を向けられた。

 

 まぁ、僕自身も最近──ちょっと人外じみてきたことは自覚している。

 赫刀を握って、痣を出して、童磨を斬った。

 あの瞬間の、透き通る世界に入っていた僕は、確かに“人間”の枠を超えていた気がする。

 

 今もその回復力は常人離れしていた。

 でも、治ったとはいえ、まだ少し違和感が残っている。

 

 痣を出していたときは、今世の肉体を完全に把握することができていた。そのときとの差異だ。鍛錬を重ね、慣れてくれば──痣なしでも透き通る世界に入れるかもしれない。

 そんな可能性に、少しだけワクワクしている僕がいた。

 

 

 ……まぁ、僕のことはいったん置いといて。

 この一週間、ベットの上で安静にしているときにしのぶさんに状況を教えてもらった。

 

 上弦の弐、そして陸の討伐──両者の討伐に成功。

 共に、鬼殺隊に死者はゼロ。

 

 ただ、上弦の弐との戦いでは、柱の方々は軽傷で済んだものの、甲の隊士たちには重傷者が多数出たらしい。

 そして、上弦の陸との戦いでは──音柱の宇随さんが左腕を失う重傷を負い、柱を引退することになった。

 

 炭治郎たちは現在昏睡状態。さすがに無理をしすぎたらしい。

 煉獄さんは怪我もなく、元気に任務へ向かっているとのこと。

 

 上弦との戦いはひとまず終わった。

 でも、代償は確かに残っていた。

 

 僕はもう動き回れるほどには回復していたので、炭治郎たちのお見舞いに向かった。

 善逸はすでに目を覚ましていて、相変わらず口数が多かった。けれど、その喋り方にはどこか安堵が滲んでいた。命があってよかった──そんな空気が、言葉の端々に混じっていた。

 

 でも、炭治郎と伊之助はまだ目を開けていなかった。

 静かな病室の中、二人は深い眠りの中にいた。僕は心配になって、そっと手を握った。

 炭治郎の手も、伊之助の手も、温かかった。

 

 生きている。

 それだけで、胸がいっぱいになった。

 

 ***

 

side : 炭治郎(夢)

 

──夢だった。だけど、妙に鮮明だった。

 

縁側に座る男性が、赤子を抱えていた。

その腕はしっかりと、けれど優しく、赤子の小さな身体を支えていた。

 

庭では、女の子が素振りをしている。

木刀が空を裂く音が、風に混じって耳に届く。

奥の部屋では、女性が静かに眠っていた。どうやら、出産の疲れがまだ抜けきらないらしい。

 

俺──いや、炭吉は湯呑を手に、縁壱の隣に腰を下ろした。

言葉が自然に口をついて出る。

 

「縁壱さん、ひかりと赤子の面倒を見てくださって、ありがとうございます」

 

男性、縁壱は、静かに首を振った。

 

「……気にするな。疲れているのだろう。子供を産んで育てるのは大変なことだ」

 

その声は、風のように穏やかだった。

炭吉は少し笑って、湯呑を傾ける。

縁壱の視線は、庭にいる女の子、ひかりに向けられていた。

その目は、遠くを見ているようで、確かに今を見ていた。

 

──俺は、その光景を見ていた。

自分が誰なのか、どこにいるのか、わからなかった。

どこだここは……?

 

少し違う。けれど、懐かしい。

俺の実家……に似ている。でも、違う。

空気の匂いも、風の音も、ここではしない。

 

誰かの、遠い記憶。

 

俺は困惑しながらも、ふと気づき始めていた。

──もしかして、これは。

 

手紙に書かれていた、縁壱さん。

そして、手紙を書いたひかりさん。

 

これは、俺の先祖の記憶なのか。

縁壱さんと、ひかりさんがいた、あの時代の。

そう思った瞬間、世界がふっと揺れた。

 

光が滲み、声が遠ざかる。

俺は、目を覚ました。

静かな病室。

窓から差し込む朝の光が、まぶしかった。




作者の長期休暇がついに終わった…。
誠に申し訳ないのですが、クリスマス頃まで更新はないかもしれません。
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