『篝火は太陽を導く夢を見るか?』~制御不能の太陽に振り回されたトレーナーが救いを求めたのはかつて皇帝に牙を剥いたウマ娘でした~ 作:rairaibou(風)
あの有馬記念から、三か月ほどが過ぎた、春。
トレセン学園の練習コースは、新しい才能の、息吹に満ちていた。
トレーナーは、新しく担当することになった、一人の後輩ウマ娘の走りを見守っている。まだ、どこか、自信なさげな、気弱な少女。ヤマノ。
彼は、もう、ストップウォッチの数字だけを、睨みつけてはいない。
かつてのカガリのように、時折、彼女の隣を走り、その息遣いや、表情から、彼女の「気持ち」を、必死に、読み取ろうとしていた。
ヘリオスとの、あの、破天荒で、しかし、最高に輝いていた日々。
その日々が、彼を、本当の意味での、トレーナーへと、成長させてくれていた。
「トレぴー! 差し入れ、持ってきてやったぜ!」
聞き慣れた、太陽のような声が、響き渡る。
振り返ると、そこには、制服姿のダイタクヘリオスが、タッパーに入った、いつもの漬物を、笑顔で差し出していた。
彼女は、もう、トゥインクル・シリーズを走ることはない。
だが、その輝きは、少しも、変わっていなかった。
ヤマノが、伝説の大先輩であるヘリオスを前に、緊張で、固まってしまう。
しかし、彼女は、意を決したように、ヘリオスに、打ち明けた。
「私……ヘリオスさんのような、みんなをアゲる走り方が、したいんです…!」
その、切実な悩みに、ヘリオスは、太陽のような笑顔で応える。
彼女は、ヤマノの頭を、優しく、くしゃくしゃと、撫でた。
「ウチはウチ、ヤマノはヤマノっしょ!」
その言葉は、かつて、自分が、カガリに、導かれた言葉。
「キミだけのテンション、見つけな!」
その光景を、トレーナーは、目を細めて、見つめている。
確かに、一つの時代は、終わった。
だが、その魂は、こうして、次の世代へと、受け継がれていく。
トレーナーは、その、温かい光景に、ただ、静かに、微笑んでいた。
☆
同じ頃。
トレセン学園の、トレーニングコースから少し離れた、静かな学術エリア。
医学書を数冊胸に抱え、私服姿のキビノカガリが研究棟から出てきた。その足取りは、かつてないほど、軽く、そして、力強い。
「カガリ君」
彼女が、並木道を歩いていると、一本の木の下に、同じく、私服姿のシンボリルドルフが、静かに、立っていた。
彼女は、カガリを待っていたのだ。
春の、穏やかな日差しが降り注ぐ、ベンチに、二人のウマ娘が、並んで、座っている。
「…勉強は、順調か、カガリ君」
ルドルフが、穏やかに、口を開いた。
「ええ。ですが、覚えることが、多すぎます」
カガリは、少しだけ、困ったように、笑った。
それは、ルドルフが、初めて見る、彼女の、ごく、自然な笑顔だった。
ルドルフは、一度、目を伏せる。
そして、長年、ずっと、言えなかった言葉を、ようやく、口にした。
「…有馬記念前の、君の言葉。嬉しかった」
彼女は、カガリの瞳を、まっすぐに、見つめる。
「君が、私のライバルで、本当に、良かった」
その、あまりにも、素直な言葉。
カガリは、一瞬だけ、驚いたように、目を見開いた。
そして、すぐに、これまでで、一番、優しく、そして、美しい笑顔で、答えた。
そして、彼女もまた、自らの胸の内を、静かに、明かし始める。
「…最近、脚の調子が、ずいぶんと、良いんです。医学的なアプローチで、リハビリを続けた、おかげか…」
彼女は、意を決して、ルドルフの目を、まっすぐに見つめ返した。
「シンボリルドルフ生徒会長。…いえ」
彼女は、一度、言葉を切った。
「ルドルフ。もし、私が、もう一度、走りたいと、願ったなら…。ドリームトロフィーリーグに、私の居場所は、あるだろうか」
その、あまりにも、切実で、そして、希望に満ちた、問い。
ルドルフは、一瞬だけ、息を呑んだ。
そして、込み上げてくる熱いものを、こらえきれずに、そっと、目頭を押さえた。
彼女は、涙声で、しかし、心の底からの、歓喜の声で、答えた。
「…もちろんだ。私達は、ずっと、君の帰りを、待っていた」
その言葉に、カガリは、これまでで、一番、優しく、そして、美しい笑顔で、頷いた。
「…ええ。ありがとうございます」
そして、彼女は、続ける。
その声は、どこまでも、晴れやかだった。
「久しぶりに、あの人にも、連絡をしてみようと、思います」
ルドルフは、その「あの人」が、誰を指すのかを、すぐに、理解した。
彼女もまた、最高の笑顔で、頷き返す。
二人の間に、もう、皇帝も、ライバルも、いない。
ただ、二人の、ウマ娘がいるだけ。
穏やかな日差しの中、静かに、しかし、確かに、新しい夢が、始まった。
以上で本作品は完結となります。お付き合いいただきありがとうございました。
ウマ娘の発表後様々なウマのエピソードに触れ、その中でも印象的なウマをモデルに書かせていただきました