東方怪異譚ーLegend of vampireー 作:根無草
この空はどこまでも続いていて、それはきっと僕の知る人のもとへと変わらずに流れている。
この幻想郷がどんなに隔離されていてもそれはきっと変わらないし、どんなに時が経っても不変だろう。
…だなんて、そんなセンチメンタルな事を一人でとぼとぼと歩きながら空を見上げて思うんだけどもーーー
帰って僕を待っているのは愛しい彼女じゃなくて個性豊かな人外の方々という現実は避けられないのだった。
「せめて咲夜さんがもう少し優しかったらなあ…」
紅魔館に住んでる者の中で唯一の人間である十六夜咲夜さんは、いかなる時でも冷静で、面倒見はとても良いのだけどそれはあくまでも仕事としてというか…
どこか機械のような部分があるんだよなあ。
昔の戦場ヶ原を見ているような気持ちになる僕なのだった。
そんな事を思いながら日も落ち始めた幻想郷を歩いていると昼間、妖精に絡まれたあの湖が見えてきた。
「おっ、あの子は確か…チルノだっけ」
朝と変わらない場所で相変わらずふらふらと宙に浮いていた水色の子を発見した。
「おーい!今帰りなんだけどここ通っても良いかー?」
やっぱり通行許可が必要だとは思えないけど突然襲われる事もなさそうだし声をかけるのも問題ないだろ。
結構な声で呼んだからさすがに向うも気付いたようだ。
「げっ!昼間の吸血鬼!?あ、あ、あたいの用がなんだ!?」
「あたいに何の用だって言いたかったんだよな!?」
同じ噛みキャラにしてもあのツインテールとはだいぶタイプが違うな…
それにしてもキョドりすぎだろ。
「お前チルノだっけ?いや、勝手に通ったらまずいかと思ってさ」
「あ、ああ…ここはあたいの縄張りだからな、あたいの許可無しに勝手なマネは許さないのさ!」
「そっか、日夜平和の為にご苦労様です。で、僕は通っても良いのか?」
「ん?何を言ってるんだ?ここ通らなきゃ紅魔館には行けないぞ?」
無茶苦茶な事を言う妖精さんだった。
じゃあ通行禁止とか言うなよな…
ともあれ通行許可はおりたとみて良いのだろう。
あと…それと…
「少し思ってたんだけどさチルノ、お前ちょっとバカだろ」
「なにぃ!?お前自分が吸血鬼だからってあたいがビビると思うなよ!…ん?そういえばお前、なんであたいの名前知ってるんだ?」
「言っとくけど僕は半分は人間で半分吸血鬼なんだ、レミリア達みたいな完璧な吸血鬼じゃねえんだよ。あと僕には阿良々木暦って名前があるんだ。それに昼間話した時に一緒にいた子がチルノの名前呼んでたろ?」
「じゃあ暦で良いな。一緒にいたのは大ちゃんていうんだ、あ、食べちゃダメだぞ!?」
おそらくだけどこの妖精さんには言葉が通じないんだろうな…
「食べねえよ!僕は基本的には人間なんだから!」
「なんだ、暦は人間なのか?じゃあ弱いのか?」
「ああ、もうなんでも良いよ…色々とあらゆる全てを諦めた…で、今は何をやってるんだ?」
まさか一日中ここで飛び回ってるという事もないだろう。
それに今はその大ちゃんという子も見当たらない。
「今は見回りだよ」
「ん?見回り?縄張りを守るってやつか?」
「まあ、それもあるんだけど…なんかいつもと違うんだよ。湖がザワついてるんだ。おかげで大ちゃんも先に帰っちゃうし暇でしょうがないよ」
「はは、やっぱり僕には妖精さんの言うことは良くわかんねえや。ま、風邪引く前に帰れよ」
「なんだ、やっぱり暦はバカなんだな。暦も早く帰れよ、夜になったら吸血鬼に食べられちゃうぞ」
「だから食べられねえってのこのバカ…」
タイプは全然違うけど、どことなく八九寺に似てるな…
おっと、あまり深く思い出すと泣きそうになるから駄目だ駄目だ!
まあ、こいつとは長い付き合いにはならなくても仲良くなれそうだな。
こうして手をふって僕は湖を後にした。
ここを過ぎれば紅魔館はあっという間だ、というかさっきまでは霧のせいで見えなかったがもうすぐそこに紅魔館は見えている。
案の定、久しぶりに八九寺の事を思い出していたら玄関に着いていた。
「ただいまー…」
この時、僕は迂闊だっとしか言いようがない。
チルノと話している間にすっかり日も落ちていた事もそうだが、何より僕が帰ってきてあいつが何のアクションも起こさない筈がないのだ。
かと言ってこの世の誰が想像できるだろうか?
自宅とは言えなくてもお世話になってる家の玄関を開けた瞬間、土手っ腹に猪が突っ込んでくるなんて。
失礼、訂正しよう。
突っ込んできたのは猪じゃなくてーーー
「こぉぉぉよぉぉぉみぃぃぃぃぃお兄様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぃぎゃああああああああああ!」
本当、冗談抜きでチルノがいた辺りまで吹っ飛んだかと思った。
当たり前だ、猪くらいなら今の僕でも止められる。
けどこいつは猪よりも可愛いけど猪ほど可愛くはないのだ。
「フ、フラン…吸血鬼の脚力で飛び付いたら普通の人間は死んじゃうって事を次からは覚えておこうな…」
「あはは!暦お兄様は何をしても面白いねぇ」
どうしても僕の妹になる奴はとんでもない性質をもってるみたいだ。
「ったく、ほら家の中に戻るぞフラン」
土埃を払いながら立ち上がると、その頃にはダメージは回復していた…
吸血鬼体質に感謝だな。
「うん!あ、暦お兄様はお腹空いてない?」
玄関開けて二秒でお兄様をぶっ飛ばしたフランはすこぶる上機嫌だった。
やっぱりお兄様は変わらないんだな…
「そうだなあ…朝から何も食べてないし空いたっていえば空いたかな?フランはまだ食べてないのか?」
「うん!今咲夜が夕飯の支度してるから後で皆んなで食べましょ。お姉様も忍様ももう起きて待ってるわ」
どうやらあの吸血鬼コンビもお目覚めのようだ。
ひとつ気になるのはこのフランを含めてここの吸血鬼達の食事って何を食べてるんだろうか…
いや、これは考えない方が良いな。
「「ただいま!」」
こうして二度目のただいまをしてやっと帰宅した。
「お熱いことじゃのうお前様、もう新しい幼女に唾をつけたのか?」
「帰って早々、他に言う事はないのか忍?」
リビングと呼ばれる紅魔館の住人が揃うであろう部屋には既に忍とレミリアが座っていた。
「話はフランから聞いたわ、この子に気に入られるだなんて暦はよっぽど変わってるのね」
忍と一緒に笑うレミリア、今のは少し悪口に聞こえないでもないけど楽しそうだし触れずにおくか…
「はは、嫌われるよりは良いさ。それよりレミリア、昨日はちゃんと眠れたか?忍が迷惑かけたりしてないか?」
「忍お姉様が迷惑だなんてとんでもない、とてもゆっくり休めたわ。でも忍お姉様が棺桶はいらないなんて言うからビックリしたけど…」
隣の忍は引きつった笑いを浮かべていた。
そりゃ僕も忍も常日頃から棺桶で寝てる存在の方がビックリである。
これは生まれつき吸血鬼だった者と元は人間だった吸血鬼の差なのだろうか?
それともお国柄なのか?
できれば当分棺桶のお世話にはなりたくないな…
「で、お前様よ、何処ぞに出掛けておったようじゃが何処に行っておったのじゃ?」
「ん?ああ、忍野の所に話を聞きにな。まあ大した情報はなかったよ。
もう少し時間がかかるみたいだ」
「ふむ…まあそう急がんでも良いじゃろ。レミリア達も折角歓迎してくれとる事じゃし休む事も大切じゃ」
お前はただ居心地が良いだけだろ…
「そうよ!暦お兄様はここに住んでくれても良いくらいだわ」
「あらフラン、よっぽど暦がお気に入りなのね。心配しなくてもしばらくは一緒だから安心なさい」
現在進行形で出席日数がピンチな僕としてはそうゆっくりしていられないんだけど…
今そんな事を言ったらこの僕にしがみついたままの上機嫌な妹がとんでもなく暴れそうだから黙っておこう。
「まあ勉強はパチュリーさんの図書館でさせてもらえば良いか…」
「あら暦、魔法でも覚えたいの?パチェの図書館に暦が読むような本があるとは思えないけど?」
どんな図書館だそれは!?
そもそも図書館とは勉強するところじゃないのか?
勉強に役立たない本しかないって図書館じゃないだろ。
いや、羽川あたりが訪れたら小躍りして喜ぶかもしれないけど…
「皆様、ご夕食の準備ができましたのでお席にお着きください」
談笑していると咲夜さんからのお呼びがかかった。
吸血鬼の食事と想像していたからもっと凄いものを想像していたけど意外にも普通のスープのような物が並べられている。
と、言っても僕の分の食事とは内容が違っていたので何を材料としているのかはやっぱり謎なんだけど…
いや、そこは聞くまい。
これは暗黙の了解が大人のマナーだ…
「うー…飲みにくいー!」
上手く飲めずに口から零してしまうレミリア、その口元を拭いてあげる咲夜さん。
側から見ているとまるで姉と妹のようだ。
これで主人はレミリアと言っても誰も信じないだろう。
それにしても咲夜さんがやけにデレた顔をしてるように見えるのは僕の気のせいだろうか?
「いやー、それにしても美味しい!朝御飯の時も思ったんですけど咲夜さんは料理がお上手なんですね」
いや、これが本当にお世話抜きで美味いのだ。
何回か神原のお婆ちゃんにご馳走になっているけど、互角と言っても良いくらいに美味しい。
神原のお婆ちゃんがおふくろの味なら、咲夜さんはプロの味と言った感じだ。
「ありがとうございます、私の特技はナイフですからね。料理の腕とナイフの扱いは比例するのよ」
シレッと恐ろしい事を言った気がしたけど…
これは恐らく包丁の腕前って事だろう。
海外では包丁の事をナイフって呼ぶ場合もあるしな。
「あ、そうだ忍。ご飯が終わったら大丈夫か?」
「わかっておる、お前様こそ平気なのか?」
今日はまだフラン以外で肉体的ダメージは負っていないし、誰かに襲われる事もなかったけど幻想郷にいる以上は力を上げておかなければならない。
だいぶ時間も経ったし吸血はしておきたいのだ。
それは忍もわかっているようでほとんどアイコンタクトだけで済んだ。
「さて、それでは食事も終わりましたしお嬢様と妹様はお風呂に向かいましょうか」
咲夜さんが食器を片付け終えて入浴を口にした途端、スカーレット姉妹の顔が固まった。
「さ、咲夜…お風呂はまだ良いんじゃないかしら?」
「そ、そうよ咲夜。私もお姉様もお風呂はまだ早いわ」
どうしたんだ?
明らかに何かを怖がってるように見えるけど…
隣を見ると忍が必死で笑いをこらえていた。
「なあ忍、なんであの二人はあんなに縮こまってるんだ?」
普通に聞いたら悪い気がしたので小声で忍に問いかける。
「いや、昔から変わっておらんのう。此奴らは純粋な吸血鬼じゃからな、水が嫌いなんじゃよ。この様子じゃとあのメイドの風呂での仕事ぶりはよほど献身的だと見える」
「ふうん…吸血鬼も大変なんだな」
襟を掴まれて暴れながら浴室の方へと引きづられて行く二人は今にも泣きそうだった。
まあ見ていて微笑ましいんだけどちょっと可哀想な気もするかな…
「では鬼の居ぬ間に洗濯…もとい吸血しておくかの」
「いや、お前も鬼だからな…っていうか忍は風呂に行かなくても良いのか?」
「儂は騒がしい湯浴みは好かん、どうせならゆっくり浸かりたいしのう。今レミリア達と風呂に入ったら巻き添えを食いそうじゃ」
「そりゃごもっともだ」
こうして断末魔の聞こえる風呂場とは反対の僕の部屋に移動した。
「にしても不思議な感覚じゃな、力は戻っておるのに存在は復活せんというのは」
吸血を終えた忍の言葉だった。
それは同時に僕の吸血鬼性も上がっている事を意味するのだろうけど生憎僕の方も実感はない。
平均的に全てのバロメーターが上がるからパワーアップしている感覚がないのだ。
「まあ、あくまでも危険に対応するための対策だからな。吸血鬼性が下がらないのは今はありがたいよ」
とは言っても、このまま吸血鬼性を上げ続けたら昼間は外出できなくなるんだろうけど…
「しかしこれでかなりの力は戻っておるはずじゃぞ?それこそ春休みの時に近いくらいの身体能力はあるはずじゃ、後で試してみたらどうじゃお前様よ?」
「うーん…実感もないのに試せって言われてもなあ。それに自分から怪異と戦いに行くのは嫌だし」
「何も怪異と戦わんでもよかろう?少し待てばレミリアの妹御が風呂から出てくる事じゃし、昨晩のように遊んでもらっては如何かの?」
「生涯のパートナーを簡単に売り飛ばすんじゃねえよ!フランの相手をするならその辺の怪異と異能バトルする方が安全だ!」
いくらなんでも強すぎるし僕が知る怪異とは違いすぎる。
またもあんな弾幕ごっこに付き合わされたら次こそ死ぬかもしれない。
「それに弾幕ってものが僕には良くわからないんだよ。あれってどうやって出すんだ?っていうか忍にはできるのか?」
「まあ全盛期の頃であればやってできんこともないがのう、今は無理じゃよ。ほれ、いつぞやあの廃棄で天井を破壊した事があったじゃろ?あれは眼力じゃが原理は似たような物じゃ。ま、お前様にはできやせんよ」
眼力でコンクリートをぶっ壊すお前も充分怖いけどな…
それにしても吸血鬼とは改めてとんでもない種族なんだなあと実感する。
「暦お兄様ぁ!咲夜が虐めるー!」
そうこうしてる間に全身びしょ濡れのフランが裸で部屋に飛び込んできた。
「フ、フラン!?せめて服を着てーーーー」
「吸血鬼ぃー」
フランが乱入するのとほぼ同時に忍は腕を振りかぶっていた
「ちょ!待て忍ーーー」
「パーンチ!!!!」
殴られた…
と、ゆうか意識を刈り取られた…
僕は絶対悪くないはずなのに。
「いつつ…あ、あれ?咲夜さん?それにレミリアとフラン?」
目覚めると僕の部屋に三人が座っていた。
僕が寝かされていたベッドにはフランが、目の前のソファには咲夜さんに抱かられる形でレミリアが。
咲夜さんにブラッシングされているレミリアはすこぶるご機嫌なようだ。
それにしても咲夜さん、レミリアの事が好きすぎやしないか?
「お目覚めですか?災難だったわね」
「まだ頭が揺れてる気がします…って、忍!あの野郎!」
意識と一緒にぶっ飛んだ記憶が戻ってきた!
ほとんど冤罪で必殺に近い一撃をもらったんだった…
でも部屋の中を見渡しても忍の姿がないーーー
「あれ?咲夜さん、忍はどこに行ったんですか?」
「ああ、忍様なら今は入浴中よ。もう出てくる頃だと思うけど」
仮にも眷属兼ご主人をぶっ飛ばして気絶させた挙句、自分は風呂に入っているという忍さん…
僕の一生のパートナーは本当に大丈夫なのだろうか。
いや、大丈夫じゃないのは僕の命か!
「暦お兄様大丈夫だった!?私のせいでごめんなさい…」
すごく心配そうにしながらも、その倍くらいはしょげてる様子のフランが僕の顔を覗き込んできた。
この様子だと、あの後レミリアか咲夜さんにこっぴどく怒られたのかな?
「はは、大丈夫だよ。僕も半分は吸血鬼だからな、もうすっかり回復したさ。さっきは忍も僕もビックリしただけだよ」
「忍様ったら突然殴ったりするから私も驚いたわ。どうしちゃったのかしら…」
「はは…どうしちゃったんだろうな…」
ここまで羞恥心が無いと逆に指摘もできないな…
さっきから咲夜さんの視線が痛いけど気付かないふりをしとこう。
「でも忍お姉様の攻撃をくらって無事だなんて暦も強いのね」
とても感心している風なのはレミリアだった。
「いやいや!強くなんてないさ、それに忍だって殺す気で殴ったわけじゃないだろうし。僕からすれば弾幕を自由自在に扱う皆の方がよっぽど強いと思うぜ」
言いながらも忍は殺すつもりで殴っていたと思ってしまう自分が悲しかった。
に、してもやっぱりここには規格外な強さを誇る存在が多すぎる。
元を正せば強くてカッコいい主人公のような人物に憧れてここまで来たのに、実際は自分の弱さを再認識させられているような気分だ。
「でも弾幕無しの勝負ならこの幻想郷でもいい線いくんじゃないかしら?」
「えっ…?」
何故だろう、レミリアの顔が一瞬だけ吸血鬼特有の凄惨な笑みに歪んだ気がした…
悪巧みをしている時の忍みたいに見えたぞ…!?
そしてこの後僕は幻想郷に来て以来、もっとも恐怖する事になるのだった…