東方怪異譚ーLegend of vampireー 作:根無草
誰かが誰かの味方をする時、それは等しく誰かと誰かが敵対する事を意味する。
誰かが笑っている裏では誰かが泣いているし、
誰かが救われた時には、きっと誰かは絶望している…
詰まる所、全ての良いも悪いも表裏一体なのだと僕は考えるのだ。
つまりあのオープンテラスのような所で優雅に紅茶を飲んでいるスカーレット姉妹&忍野忍が現状をとても楽しそうに眺めている裏では
僕という吸血鬼男子高校生が絶望しているように…
「わかったわね美鈴?弾幕による攻撃はいっさい禁止、素手による攻撃のみの純粋なバトルよ?あ、勿論殺しちゃダメ、降参かノックアウトが勝敗の規定ね」
「は、はぁ…でもお嬢様、本当に良いんですか?暦様は人間なはずでは?」
「良いのよ。それに暦は里の人間とは違うわ、ねえ忍お姉様?」
「勿論じゃ、仮にも伝説の吸血鬼である儂の眷属じゃぞ?なんなら殺すつもりでいってもかまわんわい」
「そういう事よ、わかったなら下手な手加減なんてしないで全力でぶつかることね。もしかしたら貴方が負けるかもしれないわよ?」
「うーん…わかりました!では暦様、この紅美鈴、本気で挑ませて頂きます!」
…どうしてこうなったのか少しばかり説明をさせていただきたい。
そもそもの発端はレミリアの思い付きだった。
以下回想
「ねぇ暦、少し余興をしてみない?」
吸血鬼パンチによる気絶から目を覚ました僕に対し、貫禄たっぷりな凄惨な笑みを浮かべたレミリアが出した提案はこうだった。
【弾幕無しの勝負をすること】
【勝てば褒美を与える】
【負けてもお咎めは無し】
【阿良々木暦の拒否権は無し】
「ちょっと待てレミリア!なんで突然そうなっちゃうんだよ!?」
僕の理解力では到底追い付けないような提案に苦笑いもできなかった。
勿論これまでに異能バトルを経験してこなかった訳ではないが、残念ながら惨敗の歴史を順調に歩み続けている僕なのだ。
勝負なんてしたいはずがない。
「あら暦?まさか怖気付いたの?貴方がそんな事じゃ忍お姉様が悲しむわよ?」
「それとこれとは話が別だ!だいたい誰と勝負しろって言うんだよ!?」
「そうねぇ…まあ私でも良いんだけどそれだと余興にならないから…美鈴に相手をしてもらいましょ!」
さすがに純粋な吸血鬼であるレミリアとの勝負なんて冗談ではない。
うっかり殺されるくらいの事はありそうだ…
にしても美鈴さんと勝負って…
「いや、さすがに美鈴さんも嫌がるだろ?それに僕が戦うメリットも理由も全くないじゃないか」
「美鈴は問題ないわ、私の命令なら嫌でも戦うだろうし。それに勝てば褒美を与えるって言ったじゃない」
勝てば褒美って言っても僕が幻想郷で何を貰った所で結局は意味がない。
いずれ帰ってしまうのであれば幻想郷の物を僕の世界に持ち出す訳にはいかないだろうし、それはつまり金銀財宝は無価値と同じなのだ。
「あのな…褒美って言っても僕には意味のないものなんだぞ?持って帰れないんだから金銭で僕は動かないからな」
「なら持って帰る必要のない褒美にしましょう。咲夜、景品は貴方よ、いいわね?」
なんの迷いもなく自分のメイドを売り飛ばした鬼畜な幼女だった。
まさか矛先が自分に向くとは思っていなかったのだろう。
デレ顔でレミリアをブラッシングしてた咲夜さんが固まった。
「お、お、お嬢様!?私が景品とはどういうーーー」
「わかったわね暦?貴方が勝てば幻想郷にいる間、咲夜を好きなようにして良いわ。それでどう?」
…全く舐められたものだ。
仮にも戦場ヶ原という容姿端麗な彼女がいる僕だ、いや、それでなくても女性を景品にされたくらいで簡単に踊らされると思われてるあたりが既に遺憾の極みである。
「男には逃げられない勝負がある…それは今だ!」
人類史上、最低のクズの姿がそこにはあった。
というか僕だった。
これまでに無いくらい軽蔑の目で僕を睨む咲夜さんだったけど、生憎僕は気にもならなかった。
そして、こうなってしまっては自分が何を言っても無駄だという事を悟っていると言わんばかりに次の瞬間には咲夜さんが真っ白になっていた。
「それにしてもレミリア、お前はいったい何が目的なんだよ?」
「たいした事じゃないわ、私は面白い事がしたいだけよ。」
「いやー、よい風呂じゃった。ん?これは何の騒ぎじゃ?」
丁度良いタイミングで忍が風呂から戻ってきたので、レミリアから事の成り行きが説明される。
ちなみに僕を気絶させた事については触れる気は無いらしい。
「と、いう訳なの忍お姉様。もちろん忍お姉様も賛成よね?」
楽しそうに説明するレミリアに対し、終始無言で話を聞いていた忍。
あれ?この感じだと忍から断ってくれるんじゃないか?と、思わせるくらい真剣な顔だった。
…が、やっぱり忍は忍なのだったーーー
「なるほど、それは面白い!それに儂達もタダで寝泊まりさせてもらっている訳にもいかんしのう!良しお前様、ここは一宿一飯の恩じゃと思って戦ってこい!精々しらけさせぬようにの!」
こいつにこの手の余興を止めろというのが土台無理な話なのだ。
一瞬でも期待した僕がバカだったよ本当。
でも…景品の話だってあるのだ!
それは争いを好まない僕がこの戦いを受ける大きな理由であり最大の目的!
忍に言われなくても戦う決心はできていた。
それに相手はあの美鈴さんだ、昼間話した感じだと優しい感じの人だったし吸血鬼ほど危ない存在ではなさそうだ。
「でも余興とはいえ女の人を殴ったりするのは気が進まないな…」
それは僕に残ったわずかな良心が出させた独り言だった。
そして、そんな僕の小さな独り言に対するレミリアの返答が大きな問題だったのだ。
「あら、そんな気を使ってて良いのかしら?美鈴は拳法の達人なのよ、この幻想郷において弾幕ではなく単純な肉弾戦なら屈指の使い手で間違いないわ。舐めてかかると怪我じゃすまないわよ?」
先に言えよこのバカ吸血鬼。
回想終わり
涙が溢れないように空を見上げる…
あと僅かで満月になるくらいの月を見上げて自分の浅はかさを死ぬ程後悔するのだった。
「なあ皆、やっぱり辞めにしたりは…」
「ならんぞお前様」
「そうよ、覚悟を決めなさい」
「あはは、暦お兄様頑張って!」
僕の意に反して満場一致。
この場において僕と咲夜さんには逃げ場は無いらしい…
レミリアによって縛りあげられた景品の咲夜さんが僕に負けろという目線を送ってくる。
そんな目で見なくても貴方はほぼ百パーセント安全ですよ…
「では、参ります!」
目の前の美鈴さんが構えた。
それは格闘技なんてまるで素人の僕が見ても美しい構えで、ただの構えを見ただけで達人という言葉に納得できてしまう代物だ。
少しばかりギャグパートのつもりでいた僕も真剣な気持ちにならざるを得ない。
それ程の空気、威圧感を覚える。
「昼間とは別人じゃねえか…やっぱ断ればよかったぜ…」
対峙するだけでヒリヒリと肌が痛むような緊張感…
バトルマニアの少年誌主人公なんかが大好物っぽいシチュエーションだ。
「はっ!」
掛け声と共に美鈴さんが地を蹴ったーーー
そして次の瞬間には僕の懐まで距離を詰めている、信じられないスピードだ。
「ぜいっ!」
慌ててその場を飛び退いた僕の鼻先に美鈴さんの後ろ回し蹴りがかするーーー
そして後を追うように蹴りで発生した風が僕の髪を撫でた…
おいおいマジかよ…こんなもんくらったら首から上が無くなるんじゃないのか!?
「い、今のをかわすんですね…」
走馬灯でも見そうな気分の僕だったが、美鈴さんもまさか避けられるとは思わなかったようで驚愕の表情を浮かべていた。
「いや、本当たまたまです!偶然です!今ので終わってて不思議じゃなかったですよ!?」
変な勘違いをされて余計に本気になられたらたまったもんじゃない!
ここはもう諦めてさっさと気絶なりなんなりして終わらせたいのが僕の本音だ。
「ふふ、そうやって油断させる作戦ですか?その手には乗りませんよ!」
変な勘違いをして余計に本気になったようだ。
この余興とやらが終わるまで僕は何回死ぬんだろうか…
「あああぁぁぁぁあぁぁああ!!」
けたたましい程の怒声と共に駆け出した美鈴さん、どうやら本気も本気…殺すつもりでくらいの本気っぷりだ。
「ああっクソ!」
逃げられないのだからしょうがない、咄嗟に両腕を上げて迎撃態勢に入る。
「はっ!やっ!せい!りゃっ!!」
先程とは打って変ってコンパクトにまとめた暴風雨のような激しい連打、対する僕は避けるか防ぐに全神経を集中させて対応する。
しかしその一撃一撃が重いーーー
妖怪と人間という種族差も手伝ってか、そもそもの地力が桁違いなのだ。
それでもレイニーデビルと戦った時に比べれば、まだ防御が有効なのがせめてもの救いだろう。
「こらお前様、逃げてばかりおらんで少しは反撃せんか!」
外野から忍の野次が飛ぶーー
「勝手な事ばっかり言ってんじゃねえよ!どこにそんな隙があるんだよ!?」
この人に体力の限界はないのだろうか?
そう思う程の猛攻はとどまるところを知らず、なんなら勢いを増す一方だ。
「ふむ…あの拳法娘、なかなか強いのう。これなら儂がやれば良かったわい」
「そうね、あれでもこの紅魔館の門番を務めているのだから当然と言えば当然よ」
「暦お兄様負けちゃうのかしら…」
年末の格闘技イベントでも見てるかのような会話だ。
どんな争いも当事者でなければ…傍観者ならばそんなものだろう。
側で見ている咲夜さんですら心なしか余裕の表情だし…
必死でガードしながらそんな外野の様子を見ていて、さすがの僕も腹が立ってきた。
「はいやぁぁぁあああ!」
その時、美鈴さんが右足を高々と振り上げた。
ここから来る攻撃はおそらくカカト落としーーー
これだけモーションが大きければ避けられなくもない…でも!
「ちくしょう!一発だけ貰ってやらああああ!」
もっとも、その一撃で僕が負ける事も充分に有り得たんだけど、些か一方的にやられ過ぎて一矢報いたい気持ちが強まったのだ。
『肉を切らせて骨を断つ』
全くの格闘技素人ができる唯一の戦法なんてこんなものだろう。
鈍い音と鎖骨が砕ける感覚と共に美鈴さんの右足が振り下ろされたーーー
肩から先の胴体を真っ二つにされたかのような衝撃に一瞬意識が飛びかかるが踏みとどまる。
いや、踏みとどまらなければ楽になれたかもしれないけど普段より高まった吸血鬼性が僕をギリギリ踏ん張らせた。
「いってぇえええ!!けど…取ったぞぉおおおお!」
僕の左肩にめり込む美鈴さんの右足を闇雲に掴んだ。
直前まで拳を握りしめていたクセにやっぱり殴れないあたり、僕はどこまでいってもヘタレなんだろう…
かわりにその掴んだ足を背負い投げのように巻き込んで力一杯ぶん投げる!
さすがにその瞬間まで手加減するような余裕は僕には無かったようで、吸血鬼の力で投げられた美鈴さんは目測十五メートルはふっ飛んだーーー
「かかっ、なんじゃ。やればできるではないかお前様」
「暦お兄様かっこいい!」
外野から歓声が上がる。
目をやれば驚いたような顔をしているレミリアと、この世の終わりみたいな顔をした咲夜さんの顔が見えた。
「いや、これで終わってくれればありがたいんだけどな…」
左肩の激痛に耐えながらふっ飛んだ美鈴さんの方を見る。
土埃に紛れて姿は見えないけど、とりあえずはダウンしてくれてるようだ。
「あれ?僕…勝ったのか?」
てっきり元気に立ち上がってくるもんだと思っていたのにその様子もないので内心拍子抜けのような感覚だった。
左肩はもう回復しきっていて迎撃の構えをとっていた僕はポカーンとしていた。
できれば拍子抜けのままでいたかったけどーーー
突如、土埃が消し飛んだ。
それは美鈴さんの震脚による風圧の仕業だ。
「暦様…どうやら貴方を侮っていたようです。手加減はしていたつもりですが殺す気がない攻撃では貴方を倒せそうにはありませんね…」
僕を睨む美鈴さんの眼は、さっきまでの爽やかさが宿る眼ではなかった。
人を襲う怪異の眼とでも言うのだろうか…
睨むだけで他者を萎縮させるような殺気を帯びたその眼に僕は動けなくなっていた。
再びゆっくりと構える美鈴さんーーー
この時、僕はある決意をする。
「いざ!」
大地を叩き割るような脚力で突進をかけた美鈴さんに僕は瞬間的に対応したーーー
「参りました!!!!」
土下座である。
仮にもレイニーデビルには腹を貫かれたって降参しなかった僕だけど、今回は話が違う。
こんな馬鹿げた理由で戦って死ぬなんて冗談じゃない、僕は本当は弱くて臆病なんだから。
「はいっ?」
急ブレーキをかけた美鈴さんがキョトンとした顔で僕を見下ろしていた。
「いや、降参です!さっきのが僕の精一杯!勝てる気がしないですもん。これ以上やったら本当殺されちゃいそうだしギブアップです!」
呆気に取られた美鈴さんと外野の面々。
一瞬、空気が固まったかのように見えたが
「ぷっ…はは、あはははは!」
美鈴さんが大声で笑いだしてその沈黙は終わりを告げた。
「はは、暦様…本当に面白い方ですね!妹様が気に入るはずですよ、本気でやっていたらわからなかったでしょうに」
「ったく…どこまでヘタレなんじゃお前様!こんな大衆の前で土下座なんぞしおって情け無い!」
「まあまあ忍お姉様。面白かったし良いじゃない。」
「あはは!暦お兄様ー!次はフランとも遊んでねぇ!」
ったく…人の気も知らないで言いたい放題な連中だよ。
兎に角、これでやっと命の危機から逃げることができた。
後どれだけあるかもわからない寿命がだいぶ縮んだ気がするぞ…
その場にしゃがみこんで生きてる喜びを噛み締めていると事の首謀者であるレミリアと忍が寄ってきた。
「惜しかったわね暦」
「惜しいことあるか!危うく死にかけたわ!」
「そうじゃなくて、美鈴が暦を殺すつもりの攻撃を仕掛けたら美鈴のルール違反で止めるつもりだったのよ。そうしたら暦の勝ちになっていたはずなのに惜しい事をしたわね?」
「え、マジで!?ちくしょう!あと少しの所でメイドさんは僕の物だったのか!!」
「ふふ、でも暦が本気で最後まで戦っていたらどうなっていたのかしらね?まぁ、私にはわかっているんだけど…」
「あ?何を言ってんだレミリア?」
わかっているってのは僕が確実に死ぬって意味なんだろうけど。
それほどの実力差がある相手ならさっさと止めてくれたら良いのに…
「おいお前様よ、メイドさんは僕の物だったとは何の事じゃ?」
ヤバい…
そういえば忍には景品の話をしてなかった…
「それはね忍お姉様…かくかくしかじか…」
「ほう…随分と素直に戦うと思ったらそうゆう事か…」
みるみるうちに表情が変わっていく忍さんーーー
さっきの美鈴さんより怖い!!
「ち、違うんだ忍!僕の話を聞け!」
「問答無用!吸血鬼ぃー…」
これで何度目になるかわからない吸血鬼パンチが繰り出される瞬間…
僕が今度こそ死んだと思ったその瞬間だった。
あたり一面をまるで昼間かと思うような光が包んだ。
それはまるで天国の入り口かと思うような真っ白な光でーーー
地獄の入り口を示す光だった。
今回は完全に作者の自己満で作った話です!
美鈴の肉弾戦は是非やってみたかったw
さて次回なんですが少しだけ更新遅れるかもしれません…
イラストレーターなんてやってるもので今作のイメージ画なんかを暇潰しがてら描いていたらおもいのほか本気になってしまいまして…気が向けばアップするかも…?
ではでは、興味とお時間のある方は引き続きよろしくお願いします!