東方怪異譚ーLegend of vampireー 作:根無草
子供の頃、誰しも一度は夢に見て憧れた事があるのではないだろうか?
空を自由に飛び回り、あらゆる非常理を実現し、常に自由な非存在…
魔法使いに。
その性別や種族なんかの違いあれど僕だってその憧れを抱いていた子供の一人だった。
しかし時は流れて僕も今では高校三年生…現場を現実として理解している。
吸血鬼を始めとする数々の異能、怪異と出会っては対峙してきた僕だって、所詮は知る者しか知らないし、知っている事が全てだった…
そんな僕が今、直面している現実…
人が箒に跨って空中浮遊をしているという揺るぎない事実ーーー
「…なあ忍、この事態をどう見る?」
「どう見るも何も…これはそういう事じゃろ…」
「確認の為に聞いておくけど…そういう事とは?」
「じゃからあの娘は魔女っ子で、大蜘蛛はあの魔女っ子が一掃したとーーー」
「ですよねえええええええええええ!!!」
僕という人間が決壊した。
魔女⁉︎魔法使い⁉︎
そんなメルヘンなものが実在する現実を受け止めろと?
いやいやいやいや!!無理無理無理無理!!
そもそも女性の専門家は知っているし一度は敵対した事すらある…
でも…それでもあの人は人間だった。
じゃあ今、僕達の頭上で浮遊している霧雨魔理沙と名乗るこの少女は…
怪しくて異なるこの少女はーーー
「おいおい…魔女はないだろ?私は普通の魔法使いだけど普通の人間だぜ?」
混乱している僕の目の前に少女は降り立った。
見た目は確かに魔法使いよりも魔女のそれに近く、黒と白で統一された服に身を包み、絵本に登場する魔女のような大きい帽子を被っている。
そこから伸びる金髪が余計に全身の黒を際立たせていた。
エプロンのような前掛けはよくわからないけど…
それに、どうやら箒は普通の箒のようでテレビで見かける魔女っ子アイテムのように喋ったり用を済ませて消えたりとかはしないようだーーー
「普通の魔法使いで普通の人間…ってなんですかそれは⁉︎そんな当たり前みたいな言い方をされても普通の人間は箒に跨って空を飛んだりしませんよ!」
語気が強くなってしまったがそれも仕方ない…
人はいつだってありえない現実の前では無力で混乱し見失うものだ。
「んん?まあ、確かにここで魔法が使える奴は私以外にも数人しかいないからなあ…珍しいっちゃ珍しいか?まあ兎も角、私は人間だぜ!さっきお前達を襲った蜘蛛の仲間とかじゃないから安心しろ」
余裕の無い僕を前に余裕の笑みを浮かべる少女だった。
忍に目をやるも何かを考案中のようで腕を組んだままなんのリアクションもない。
「わかりました…いえ、正直あなたの事は全くわかってないんですけど今は置いておきます。さっきは助けてもらってありがとうございました…それにしてもここはいったい何処なんですか⁉︎」
そう、まずはそれだった。
少なくとも僕の薄い知識の中では、突然妖怪変化に襲われて、さらにその場に魔女…いや魔法使いが駆け付けるような場所は現在の日本に存在しないからだ。
低い可能性で候補をあげるとすれば霊峰恐山くらいのものだろう。
でも駆け付けるとしてもそれはイタコであって魔法使いではないと思うけど…
「私の事は魔理沙で良いぜ、魔女っ子よりはマシだ。で、ここは何処かって質問だけど…これはちょっと場所を変えて話そうか。私は難しい説明は苦手なんだ」
そう言って歩き出す彼女…
正直、それに素直にしたがって付いて行くのはどうかと思っていると忍は僕に小声で告げた。
「おいお前様よ、どうやらあれは正真正銘ただの人間じゃ。お前様のように半人半鬼という訳でもなく掛け値なしで純粋な人間じゃよ」
人間…
こう言っては失礼だが、できることの基準が吸血鬼を宿した僕の遥かに上をいっている。
それなのに純血の人間?
それは俄かには信じがたい事実だった。
忍がそこまで断言するなら間違いないのは明白だけど…人間が魔法使いという現実を飲み込むにはまだ時間が足りない。
「おーい、何してんだ?来ないと置いてくぞー?」
少し先で振り返った彼女は肩に箒を担いだまま気さくに呼びかけてきた。
ここに取り残されては何も始まらない。
再び妖怪変化に襲われるだけだろう。
気さくな少女を前にして選択の余地がないのも些か情けなくはあるが、ここは付いて行くしかあるまい。
僕がその一歩を踏み出すと
「儂は影に戻るぞお前様。この先どうしようがお前様の自由じゃが儂は魔女と馴れ合う気にはならん。あれが老婆の姿であれば今度は儂が首をはねていた所じゃ。用が済めば起こすがよい、儂は寝る」
どうやら忍にとって魔法使いも魔女も大差はないらしい。
口振りから察するに過去のどこかで魔女と対立した事でもあったのだろうか、忍はあからさまな敵意を見せたかと思うと僕の影に帰っていった。
忍は過去を語らない。
僕の影に住んでいくらか心を許す間柄になったとはいえ、僕はあまりにも忍野忍を知らないのだ。
知っている事といえば、その昔、彼女も僕と同じく人間だったこと、一人目の眷属の話、バンパイアハンターに追われていた日々、自殺志願者だった事…あげてせいぜいそれくらい。
それ以上を知らないし、今のところ聞くつもりもない。
言いたくないから言わないという理由ならば、無理に聞くのも無粋なだけ、あまりにも迷惑な話だろう。
それにハンターに追い回されていた忍が魔女に狙われていた経験を持っていてもそれは全く不思議じゃない。
忍が気配を消すと、僕はそれ以上深くは考えずに前方の彼女のもとへと駆け寄った。
「すいません、お待たせしました。」
「おう、まあ道は長いし気長に行こうぜ。ん?あの子はどこ行ったんだ?」
「ああ…あれはちょっと特殊というかなんというか…まあ気にしなくても平気ですよ」
「ふーん…ま、ここでは何が起きても不思議じゃないからな!平気なら平気なんだろ!」
突然目の前から幼女が消えたのに全く気にも止めない様子だった。
それを見て僕が思うのは
『やっぱりこの場所はおかしい』
という事だ。
考えてみてほしい、さっきまでそこにいた者が次の瞬間消えているのに全く気にしないのが当たり前…
そんな環境が果たしてありえるだろうか?
こんな森の中で幼女が消えたなら、普通は取り乱したり警察を呼んだりするものだ。
そう、ここは何かが違うし、やはり怪しくて異なっているーーー
「ところで霧雨さん、今向かっているのは何処なんですか?」
一刻も早く事態を整理したい僕は藪から棒な質問をしてしまった。
どんな答えが返ってきてもどうせ理解できない質問をーーー
「ああ、今向かってるのは神社だよ、博麗神社って場所さ。まあ詳しい説明はそこの巫女に聞いてくれ」
神社。
その言葉から想像するに、恐らくここが日本であるという忍の言葉は間違いないなさそうだ。
でも、余りにも突拍子のないあれこれに混乱している今の僕にとって『神社』という言葉は不吉なフレーズに聞こえてしまうのもやむなし。
まあ唯一、救いがあるとすれば巫女の存在だろう。
霧雨さんの言う事が確かならば、今から向かう神社には巫女さんがいるらしい。
詳しい説明という事は、恐らく僕が置かれたこの状況にもなんらかの心当たりがあるはずだ。
「神社ですか…あれ?霧雨さん。それって歩いて行くんですよね?その…さっきみたいに空は飛ばないんですか?」
「ん?おかしな事を言うな?じゃああんたは飛べるのか?」
不思議そうに首を傾げる霧雨さん。
どうやら僕を箒に乗せて飛ぶという発想はないようだ。
あれ?箒の二人乗りって違反なのかな?
今度羽川に聞いてみよう。
「それに良いんだよ、歩いて行けば珍しいキノコが見つかるかもしれないし、また何か出てきたら私がぶっ飛ばす!」
元気ハツラツ霧雨さんだった。
いやはや、頼もしい限りなんだけど好戦的すぎる少女はガハラさんだけで充分間に合っている…
こうして徒歩による散策で神社を目指す事になった僕と霧雨さん。
結果から説明してしまうと、
僕の心配はどうやら杞憂に終わり、妖怪変化に襲われる事もなく森を抜けるのだった。
珍しいキノコを見つけたらしい霧雨さんが終始ご機嫌だったのが道中の出来事といったところだろう。
それが素人目に見てもカラフルすぎて明らかに毒キノコだと思う事には触れずにおいた…
画して無事、森を抜けた僕達は現在神社の境内に立っていた。
神社とゆう言葉の響きから、この世界に来る際に訪れた北白蛇神社を想像していた僕としては呆気にとられてしまった。
博麗神社と呼ばれるその神社はとても綺麗に整備されていて、高台にあるためか見晴らしも良く、さぞかし霊験あらたかな場所なのだろうとわかるものだった。
こんな場所に仕える巫女様だ、それはそれは頼りになる人なのだろう。
「おーい!れーいーむー!!」
ここには来慣れていて、知り合いでもいるのだろうか
霧雨さんは神社に着くなり声を張り上げた。
そしてーーー
「相変わらず五月蝿いわねえ!来るならお賽銭くらい入れてきなさいよ!」
閉ざされた障子を開け放ち、まさかのお賽銭を催促する言葉と共に現れたその人こそーーー
「よう霊夢、相変わらず暇そうだな!仕事持ってきてやったぜ!」
博麗の巫女、博麗霊夢その人だったーーー