東方怪異譚ーLegend of vampireー   作:根無草

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第31話ー三途の川ー

誰しも一度や二度は死後の世界というものについて考えた事があるのではないだろうか?

 

 

諸説ある死後の世界についての意見ではあるが、一般的には死ねば体から魂が抜けて天へと昇り、三途の川を渡ってあの世へと行く。

 

そこには天国と地獄という二つの世界が存在し、生前の行いーーー言うなれば善行、非行の度合いでその行き先が異なる。

 

 

 

童話で言えば蜘蛛の糸の話なんかにも登場する、割と有名な話だ。

 

 

 

細部に至るまでの説明を始めればこんな僕でももう少しあれこれの薀蓄を語れるところではあるのだけれど、簡潔にまとめればおよそこんなところが一般的な認識だろうと思う。

 

 

そして、それはあくまでも体験談ではないのが一般論なのだ。

 

 

あれやこれやの怪異譚の中で、一般的だなんていう言葉では括りきれない体験をしてきた僕ですら、死後の世界なんてものは見たことがない。

 

 

そしてこの先も見る事はないだろうと思う。

 

 

厳密に言うなら、吸血鬼を宿した僕の寿命があとどれくらいなのかわからないけど、その寿命が尽きて僕という生命が死ぬまでは見るはずも見る予定もない世界が死後の世界なのだ。

 

 

そして今、僕と萃香さんはとんでもない場所にいるーーー

 

 

 

 

「なんだい、珍しい魂が来たと思えば萃香だったか。鬼でも死ぬんだねぇ」

 

 

 

なんと言うべきか…大鎌を携えた赤髪の和服美人が目の前にいるんだけど、問題はその存在とこの場所だ。

 

 

ここに来るまでの間に、萃香さんから次の目的地の説明をされている所ですでにぶっ飛んだ話だったのだけど、いざ目の前にそれが現れれば改めて動揺する。

 

 

「残念だけど死んでないよ、あんたこそ珍しく職場にいるなんてどうしたんだい?てっきり何処かでサボってるとばかり思ってたよ」

 

 

 

「何を言ってんだい、あたいくらい真面目に仕事する奴はいなよ?それこそ模範社員てやつさ」

 

 

 

「ははっ!その戯言だけで一杯飲めそうだよ」

 

 

鬼である萃香さんを前にしても物怖じしないその態度、そして豪快快活な振る舞いーーー

 

 

「あの、萃香さん…この人がさっき話していた…?」

 

 

「ん?あぁそうそう、こいつがここの案内人にして船頭の小野塚小町。種族はーーー」

 

 

 

死神だよ

 

 

 

僕が萃香さんから受けた説明はざっくりしていて

 

 

これから行く目的地は三途の川である事。

 

 

その川は飛んで渡る事はできない事。

 

 

そこには三途の川を渡る為の船があり、船頭の者がいる事。

 

 

 

そしてその者はーーー死神である事。

 

 

 

 

「じゃあこの人が死神…」

 

 

僕がイメージする死神とは陳腐で幼稚ではあるけど、やっぱり黒のマントに身を包んでいて、僅かに覗くその顔は白骨の頭蓋骨で、魂を狩る鎌を持ち、決して話が通じない不吉の象徴。

 

それこそが、そんなイメージこそが死神のそれだと思っていた。

 

 

 

「全然違うじゃねえか…鎌しかあってなかったよ…」

 

 

こんな美人系死神が世の中に横行したら、自ら魂を差し出す男性が増えるんじゃないのか!?

 

 

 

「ん?なんだい萃香、今日は珍しくも男連れじゃないか。確かに花畑と川のせせらぎは雰囲気あるけどデートに三途の川はナンセンスだろ?」

 

 

僕の姿を見て萃香さんの同行者だという事を察したのか、全くもって方向音痴な事を言ってる死神の小野塚小町さんだった。

 

 

確かに美しい景色ではあるけれどデートに三途の川はナンセンスどころの騒ぎじゃない。

 

 

 

もしも戦場ヶ原をそんなデートに誘えばあいつの手によって僕の一人旅になるだろう。

 

 

 

「何をバカな事を言ってんだい?こいつは最近やって来た外来人だよ、ちょいと縁あって幻想郷を案内してるのさ。ところで四季はいるかい?」

 

 

 

 

「案内ってあんた、ここはそういう場所じゃないのはわかってるだろ?確かに四季様は出勤してるけど会いに行ってどうするのさ!?」

 

 

急に動揺しはじめる小野塚さん。

 

確かに生きてる者が進んで三途の川を渡りたいなんて言えば死神じゃなくても驚くだろう。

 

 

「別に悪さをするつもりはないよ、ただ四季に折り入ってお願いがあってさ。安心しな、幽々子の紹介できてるとでも言えば問題ないよ」

 

 

「っつってもねぇ…」

 

 

ここでチラりと僕を見る小野塚さん、死神に見つめられるなんて大丈夫なのか!?

 

 

「…お前さん、外来人だよな?っていうか、人間だよな?」

 

 

つくづく幻想郷の人は洞察力が鋭いと言わざるおえない。

 

おそらくは、この小野塚さんも僕の特殊な体質を見抜いたのだろう。

 

 

 

「なぁ、萃香。この外来人はいったい何者なのさ?」

 

 

「何者って言われてもねぇ?なんだってそんな事を聞くんだい?」

 

 

萃香さんは半分冗談のつもりでの返答だったのだろう。

 

 

こういう場面で相手のリアクションを見るのが好きな人だという事はさすがにもうわかってきていた。

 

 

ただ、その何気ない質問が僕の心を大きく揺さぶった。

 

 

 

「なんでって言われてもねぇ…見える寿命があまりにも人間じゃないからーーーって、危ない危ない!これは守秘義務だった!」

 

 

守秘義務なんて言葉を口にした上で話を進めるならば、ギリギリセーフのように言っている小野塚さんの発言はギリギリアウトだろう。

 

 

いや、はっきりとアウトだ。

 

 

そしてその内容をスルー出来る程には僕の人格も優秀じゃなかった。

 

 

 

「あの、小野塚さん!僕の寿命が見えるんですか!?」

 

 

咄嗟すぎて思わず語気が強まる。

 

それは吸血鬼を宿しながらも人間として生きていくという決意を持っている僕にとって大きな問題の一つだから。

 

 

 

「いや、その…まいったねぇ。ちょいと助けとくれよ萃香」

 

 

「普段から真面目に働いてないからそういうボロが出るんだよ、まったく…」

 

 

恐らくは本当に口にしてはいけない事なのだろう、小野塚さんは目に見えて動揺している。

 

 

そして萃香さんは心底呆れている様子だった。

 

 

「あんたもあんただよ、確かに死神には生きてる奴の寿命が見えてる。でもそれがなんだってんだい?あんたはいつ終わるかわかってる人生を生きて満足なのか?」

 

 

この手のやりとりは鬼である萃香さんが最も嫌う話なのだろう。

 

 

なよなよとした軟弱気質な話なんて聞きたくも話したくもないという感じが有り有りと伝わってくる。

 

 

「それにねぇ、確か死神に見えてる寿命ってのは無事に天寿を全うした場合の寿命だった筈だよ。あんたが何らかの事故や病気で明日くたばったりしたらそれは死神に見えてる寿命じゃない。それでも寿命が気になるってんならーーー」

 

 

ゴキっと拳をならした萃香さんはとっても良い笑顔で言い放つ。

 

 

 

「今すぐその寿命を終わらせてやろうか?ちょうどこっから先は三途の川だしねぇ」

 

 

 

「結構です!もう聞きません!」

 

 

あやうく土下座しかける程の威圧ーーー鬼気迫るとはまさにこの事だ。

 

 

 

「それに僕の寿命が後どれくらいかが気になってる訳じゃないんです。いや、気にならない訳でもないんですけど…」

 

 

 

そう、僕が気になったのは余命ではない。

 

 

「じゃあなんだってそこまで食い付いてきたのさ?」

 

 

 

自分の失言だったとはいえそこはどうしても気になるのか、小野塚さんから問われる。

 

 

「いえ、僕はちょっとしたことから普通の人間とは違った体質になってて…それでも人として生きていこうとしているんですけど、実際に存在が中途半端ですらね。本当のところはどうなのか気になったんです、本心を言えば寿命なんて怖くて聞けませんよ」

 

 

「ふーん…なんだか良くわからないけどお前さんが変わった奴だってのはわかったよ。で、四季様に用があるってのは何の事だい萃香?」

 

 

 

断片的に聞いただけでは理解できない話だとは思うけど、持ち前のサバサバした性格も手伝ってか僕の事情について深く干渉するつもりはない様子の小野塚は再び萃香さんに向き直った。

 

 

 

「ちょっと地獄に会いたい奴がいるから面会に来たのさ、もっとも地獄に用があるのは私じゃなくてこいつの方だけどね」

 

 

「あちゃー…もう驚く気にもならないよ。そんな事で四季様に会っても無駄足を踏むだけだと思うよ?なんなら無駄に長い説教がオマケでついてくる」

 

 

 

「あんた自分の上司の説教を無駄に長いって…まぁ良いのさ、やりもしないで諦めるのは鬼の性分じゃないんだ。それに四季がこいつを見たら気が変わるかもしれないよ?」

 

 

 

「いや、でも…」

 

 

 

「まぁ後の事は良いからさっさと向こう岸に渡しとくれよ。じゃないとあんたが守秘義務とやらを反故にした事を天狗あたりに言い回るよ?」

 

 

 

「ちょっと勘弁しとくれよ!?そんな事をされたらあたいが裁かれちまうよ!ったく…じゃあ渡すだけだからね?さっさと乗りな」

 

 

 

そう言うと小野塚さんは川辺に停泊させていた木製の小舟に乗り込んだ。

 

 

「そういやぁ自己紹介がまだだったね。あたいは小野塚小町、この三途の川の船頭にして死神さ。あんたは?」

 

 

確かに自己紹介がまだだった。

 

しかしこんな活発な死神もいるんだな…できれば死神には仕事熱心ではあってもらいたくないものだけど。

 

 

 

「僕は阿良々木暦です、えっと…よろしくお願いします」

 

 

「畏まらなくても良いよ、それより三途の川はこの船じゃなきゃ渡れないから落ちないように気を付けな。萃香もいいかい?」

 

 

「あぁ、いつでも良いよ」

 

 

「じゃあ行くよ!」

 

 

こうして僕達は小舟に乗り、三途の川を渡るという摩訶不思議なクルージングに出航した。

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして場所は博麗神社の境内。

 

 

 

「…何か用?コソコソしてないで出て来なさい」

 

 

何もない空に向かってあからさまに不機嫌な声を放つのは博麗霊夢、その目は一点を見据えていた。

 

 

 

「あら?良くわかったわね、流石は博麗の巫女ですわ」

 

 

声が先か、姿が先か。

 

確かに何も無かったその場所に一筋の切れ目が走ったかと思うと、その切れ目は左右に広がり一つのスキマを作り出した。

 

 

 

「あんたみたいな力の持ち主が気配も抑えず近付いてきたら寝てても気付くわよ…で、なんなの紫?」

 

 

そう、その異次元の入り口のようなスキマから出てきた人物は八雲紫。

 

 

幻想郷の創立者の一人にして結界の管理人である大妖怪。

 

 

 

「寝てても気付くねぇ。なら…今、誰かしらがこの幻想郷に入ったのは気付いたかしら?」

 

 

八雲紫は口元を扇子で隠しながらも鋭い目付きで霊夢に問う。

 

 

「はぁ…やっぱりね。博麗大結界に干渉された感覚があったからもしかしたらとは思ってたけど…それでここまで来たの?」

 

 

「ええ…どうやら新たに幻想入りした者がいるようですわね。それに…」

 

 

「それに、何よ?」

 

 

 

霊夢は基本的に異変が起きるまでは何者にも何事にも干渉しない。

 

 

それは面倒事を嫌う霊夢の性格の表れでもあり、自身の実力ならば異変発生後からでの解決でも充分だという自信でもある。

 

 

 

故に幻想入りがあったというだけでまだ異変も起きてない現状に、わざわざ大妖怪である八雲紫が現れたのが解せないのだった。

 

 

 

「この外来人は二重結界を強行突破したと思われるわ」

 

 

「強行突破って、嘘でしょ!?」

 

 

ここに至っての霊夢の動揺は当然といえば当然。

 

物理的な拒絶性を持つ結界ではないにしろ、その仕組みは複雑であり物理結界よりも突破は困難を極めるのが幻想郷の結界である。

 

 

まず結界に近付くことすら難しく、普通ならばそこに結界がある事すら気付けない代物なのだ。

 

 

それを強行突破したとなればその外来人は意図的に幻想郷にやってきた事になる、その上、大妖怪にして賢者とまで呼ばれる八雲紫の結界と何代も続く博麗の巫女達が守ってきた博麗大結界を突破できるだけの実力者ーーー

 

 

これを聞いて動揺しない程、霊夢はまだ博麗の巫女として出来上がってはいない。

 

 

そしてそれは八雲紫ですら同じく心を激しく揺さぶられる出来事なのだった。

 

 

「兎に角、私は引き続き幻想入りした外来人について調べるわ。霊夢は今回の吸血鬼異変との関連についてお願いします。それとーーー」

 

 

 

八雲紫はあくまでも冷静を装って続けた。

 

 

 

「そこで聞き耳を立てている貴方も滅多な事はしない方が身の為ですわよ?」

 

 

 

それだけ告げると八雲紫はスキマの中へと戻っていき、残された空間にはまるで何もなかったかのような普通の景色だけが残っていた。

 

 

 

「やれやれ、お見通しか…にしても僕は別段なにかを企んでる訳でもないんだけどなあ。全く、疑われもんだよ。本当に元気な人だ、何か良い事でもあったのかな?」

 

 

神社の物陰から現れたのは、現在、この博麗神社に居候している外来人の忍野メメ。

 

 

「あんたが来てからバタバタしてるってのに何であんたがそんなに呑気なのよ!」

 

 

ここのところ慌ただしかった事もあり語気も強まる霊夢、しかし他ならぬこの忍野メメに対してはそんな事をしたところで暖簾に押し腕ーーー

 

 

全く意味を成さない。

 

 

 

「はっはー、まるで僕に関係があるような口振りだけどね霊夢さん、残念ながら僕は無関係さ。今だって早く帰りたい一心だっていうのに僕が幻想郷で何かする訳もないだろ?」

 

 

 

「本当に掴めない奴ね…まるで紫と話してるみたいだわ。ま、何かしたらその場で退治するだけだから良いけどね」

 

 

 

「怖い事を言う巫女さんもいたもんだよ本当に。ま、安心してくれ、僕は帰れる時が来たらおとなしくここから去るからさ。その時は改めてお礼でもさせてもらうよ」

 

 

「ふん…いつになるかもわからない話をしてんじゃないわよ。さて、私もちょっとは捜査しなきゃね。後のことは頼んだわよ?」

 

 

行き先も帰りの予定も告げずに霊夢は空へと飛び立つ。

 

忍野メメはただその後ろ姿を見送りながら手を振るだけだった。

 

 

 

「やれやれ…来るにしても相変わらずやり方が元気すぎだよ、本当。何か良い事でもあったのかなーーー」

 

 

 

誰にも聞かれないその独り言を呟くと、忍野メメはノソノソと神社の中へと消えていった。

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