東方怪異譚ーLegend of vampireー   作:根無草

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外伝ー誰も知らない物語・下ー

あの春休み、足掛け二週間という長いようで短くもある時間を僕はなんとか乗り越えた。

 

 

それは地獄のような現実で、夢のような地獄だったーーー

 

 

しかし、突き詰めてみればそれだって比喩にすぎず、そこは、その舞台は、地獄でもなければ天国でもなく僕達が生きる現実だった。

 

 

しかし、今この時、僕と八九寺が置かれた状況とは地獄のような地獄…掛け値なしの地獄なのだ。

 

 

そしてその地獄は恐らく間も無く地獄絵面になるのだろうーーーー

 

 

 

 

 

 

「あれは…あの方はもしかして…?」

 

 

僕の傍で石積みをしていた八九寺もすでに立ち上がって目の前の吸血鬼に身構えている。

 

 

それも無理からぬ事だ、なんせその正体が何であれ少なくとも目に映る部分を掻い摘んで言えば、あの伝説の吸血鬼ーーーー

 

 

 

キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードそのものなのだから。

 

 

 

でも偽物はどこまでいっても偽物。

 

 

 

これは地獄の鬼の姿であって本物ではない事はわかりきっている。

 

 

わかりつくしている。

 

 

 

しかしその上で恐ろしいのはその存在感、いやプレッシャーと言うべきだろうか?

 

 

かつて、春休み、またパラレルワールドで経験した、対面するだけで心臓を鷲掴みにされるかのような圧倒的で暴力的なその佇まいだけは本物と比べても遜色ないそれだ。

 

 

 

たとえ全盛期の忍を知らない八九寺といえども、石積みの手を止めざるを得ないだろう。

 

 

「そうか…そういえば八九寺は見た事はないんだよな。あれは…あの姿はお前も知ってる忍の全盛期の姿だよ」

 

 

 

「やはりそうですか…これは納得せざるを得ませんね。共にロリコンビとして胸襟を開いて語り合った仲ですがこうなってみると驚異の対象でしかありません」

 

 

 

「お前と忍はいつからそんなグループを結成したんだ…」

 

 

 

「斧乃木さんも入れたらロリシスターズですよ?千石さんと阿良々木さんの妹さん二名を入れたらローリング娘。の結成です」

 

 

 

「僕にとっては恐怖の対象でしかねえよ!ほとんどテロ組織じゃねえか!」

 

 

需要は途轍もなくありそうだから尚怖い。

 

 

しかしそれはそれ。

 

 

八九寺のおかげで随分と緊張で固まった身体もほぐれた。

 

 

しかし、それこそが腑に落ちない。

 

 

 

これ程の相手を目の前にして、何故に八九寺はこうも余裕を持っていられるんだ?

 

 

 

「さて…最後の掛け合いとしては不完全燃焼が否めませんが贅沢は言ってられません。良いですか阿良々木さんーーーー」

 

 

 

 

ここから逃げて下さい

 

 

 

 

 

そこには、そんな言葉を口にして満面の笑みを向ける八九寺がいた。

 

 

 

「逃げろって…何を言ってるんだよ八九寺!?」

 

 

状況はおよそ最悪と言って良いだろう。

 

 

仮に現れたのが障り猫やレイニーデビルだったならば話はもう少し前向きに捉えられたかもしれない。

 

 

 

しかし、現実はそう甘くないのが通例で…僕の頭が作り出したとはいえ、相手はあの伝説の吸血鬼なのだ。

 

 

逃げ出したい気持ちが皆無かと問われれば嘘になる。

 

 

でもーーーー

 

 

 

「逃げる訳あるか!そもそも僕がこんな状況で一人で逃げる勇気がないことはお前が一番知ってるだろう!?」

 

 

そう、逃げる筈が無い。

 

 

春休み前の僕ならあるいはそういう選択もあったかもしれない。

 

 

でも、僕の人間強度はあの春休みを境に地に落ちたのだ。

 

 

友達を見捨てて逃げるなんて事は今の阿良々木暦にとって選択肢ですらない。

 

 

それを八九寺は良く知っているはずだ、なんせあの『くらやみ』からも共に逃げ、八九寺の最後の時ですら我儘放題にしがみついた仲なのだから。

 

 

 

「冷静になって下さい阿良々木さん!」

 

 

声を張り上げたのは他でもない八九寺だった。

 

 

「あれが立ち向かってどうにかなるような相手じゃない事は小学生のわたしにでもわかります!それにーーー」

 

 

 

まるで口に出して言うのが苦しいかのように一瞬の迷いを見せながら、既に語気の弱くなった八九寺は続けた。

 

 

 

「あの忍さんは…いえ、あの鬼は、わたし達に危害を加える為に現れた訳ではありません。逃げる阿良々木さんをわざわざ追いかけてまで襲ったりはしないでしょう。阿良々木さんがおとなしく引き下がればーーー」

 

 

 

 

石を崩して去るはずですから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石を崩して去るって…それは思い出を壊されるって事だろーーーー

 

 

口に出すのが辛いに…決まってるだろそんな事は!

 

 

「冷静になるのはお前だよ八九寺」

 

 

 

「え?」

 

 

 

ジャリ…

 

 

 

背後からあの鬼がこちらに近付いてくる気配がする。

 

 

恐らくは八九寺と交わす言葉はこれが最後かもしれないーーー

 

 

だからこそ伝えよう。

 

 

 

僕の最愛にして最高の誇るべき友人に。

 

 

 

「お前を苦しませてる時点で、悲しませてる時点で、泣かせてる時点で…それは僕が危害を加えられたのも同じだ!ここが何処で相手が誰だろうと、僕はお前を見捨てたりはしない!わかったら石積みをさっさと終わらせてこい!」

 

 

 

 

大好きだったお母さんの為にもーーー

 

 

 

 

それだけ言って僕は鬼の方へと振り向いた。

 

 

これ以上八九寺を見ていると八九寺を連れて逃げてしまいそうだから。

 

 

そう、結局のところ僕は弱いのだ。

 

 

こんな状況でさえ、八九寺と二人ならば地獄に永住しても構わないと思ってしまっている…

 

 

一人では逃げ出せなくても、二人ならば逃げ出したいと思ってしまっているのだ。

 

 

でも、それは駄目だ。

 

 

 

最後の別れの時、他でもない八九寺に僕は言われんだから。

 

 

 

別れが辛すぎて僕が一緒に一生迷ってやると言った時にーーー

 

 

 

残された人達はどうするんですか、と。

 

 

 

だから、逃げる事すらできない弱い僕はせめて戦おう。

 

 

 

運命に逃げる事なく戦ってきた八九寺のために。

 

 

 

 

「止まれ!突然で悪いけどもう二度とお前に八九寺の石は崩させない」

 

 

 

良く見知ったはずの顔をしているが、全く異質な何かだとしか思えない目の前の鬼に言い放つ。

 

 

 

 

 

「…かかっ、やめておけよ我が従僕」

 

 

 

 

驚いた。

 

 

単純に従僕と呼ばれた事に対しても勿論そうだけど、それより何より、普通に会話ができそうな事に驚いた。

 

 

 

これならば意外と戦ってなんとかするまでもなく会話で何とかできるかもしれない。

 

 

 

 

「やめろ、僕はお前に従僕呼ばわりされる筋合いはない」

 

 

 

「何を言うておるんじゃこの従僕は、この儂の姿を作り出して呼び出したのは他でもないうぬ自身じゃろ?それともこの姿の儂はうぬを従僕とは呼んでおらんかったかの?」

 

 

 

「僕が作り出したって…それじゃあまるでお前自身が本家本元みたいじゃないか」

 

 

 

「如何にも。今の儂はうぬの記憶に存在する限りで最も強く、恐ろしく、強大な、あの熱血にして鉄血にして冷血の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードそのものじゃ」

 

 

 

 

僕の知っている限りの中で、最強にして最凶だった忍は間違いなく春休みのあの時を指す。

 

 

それを踏まえてあのキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードだと名乗りを上げた目の前の鬼に対して僕は何も言えないでいた。

 

 

 

本来ならば生涯のパートナーを勝手に語る不届き者に対して物申すべきシーンなのだろうけども、文字通り息をのんでしまっていた。

 

 

 

何故ならば僕は、僕こそは、誰よりも間近でその驚異を目撃している。

 

 

 

もし仮に目の前の鬼があの時の忍そのものだとしたならばーーー

 

 

 

 

 

絶望なんて言葉では生温いくらいに絶望だ。

 

 

 

「かかっ、なんじゃわかっておるではないか我が従僕よ。絶句が何よりの返答じゃ、儂の力が理解できぬほどに阿保ではないようで安心したわ。ならば話は早いーーーそこを退け」

 

 

 

喉が乾く

 

 

呼吸も整わない

 

 

自分の身体がまるで言う事を聞かない

 

 

 

僕のM格好いいでっかい方の妹ならばこれをしてベストコンディションと言い切るのだろうけども、生憎な事に僕は阿良々木暦だ。

 

 

 

それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

 

退けと言う一種の最後通告ともとれる発言を受けてメンタルはガタガタだ。

 

 

 

それでも退けない…僕の後ろには、八九寺がいるのだから。

 

 

 

「僕が…僕が退いたらお前は何をするつもりなんだよ?」

 

 

強がりと言うならこれ以上に滑稽な強がりもないだろう。

 

 

明らかに自分よりも格上にして絶対強者、それを目の前にそれでも強がるのは只の悪足掻きだ。

 

 

 

「無論、言うまでもなく石を崩す。これは儂であって儂ではない、詰まる所の鬼の務めじゃ」

 

 

 

「なら、僕はここを退く訳にはいかないな」

 

 

 

自分でも驚く程に即答だった。

 

 

「僕は、僕達は人間なんだ、今のお前をなんて呼ぶべきかはわからないけど…お前に人の思い出の尊さなんてわからないだろ」

 

 

 

生涯にわたり、もう二度と忍をあの名前で呼ばないと誓っている僕としては目の前の鬼の呼び名に困るところだ。

 

 

そして、およそこの手の話が通じないであろう事が最も困難な事実なのだれど…

 

 

 

「そうか、ならばこれ以上の討論も必要あるまい。うぬがそのつもりであれば儂は力尽くでそこを通るまでじゃ。間違ってもいつかのような手心を加えてもらえるなどと思うなよ?そこの迷子っ子ならいざ知らず、今のうぬは只の邪魔者、不法侵入者なんじゃからな」

 

 

 

「わかってるよそんな事は。元からそのつもりだ、お前こそ僕をなめるなよ…これでも僕は本家本元、誇り高き吸血鬼の眷属なんだから」

 

 

 

自分の人間性を否定するような事を肯定的に言うのは相手がこいつだからだろう。

 

 

勿論、八九寺のためにも退けないし負けられない。

 

 

それと同時に僕と一生を共に生きると誓ったあいつの為にもーーー忍の為にもこいつにだけは負ける訳にはいかないとゆう想いが湧き出てくる。

 

 

 

「それに…」

 

 

 

さあ、手足に力を込めろ

 

 

 

「幼女と少女の為に戦うなんて…」

 

 

 

戦いの幕開けだ!

 

 

 

「誇り以外の何物でもないだろうがああああああああああああ!!!」

 

 

 

僕は跳んだ。

 

 

あらん限りの力を、吸血鬼の力を込めて、目の前の鬼目掛けて。

 

 

 

その勢いのまま拳を振り上げる、こんなものが効果的になるかは全く期待できないけど、いつでも泥臭く戦ってきた僕らしい一撃だ。

 

 

 

そしてその拳はーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の鬼の頭部を爆散させた。

 

 

 

「え!?」

 

 

 

恐らく誰よりも驚いたのは僕自身だろう。

 

 

いくら助走までつけた全力の拳といえども、こうも容易く鬼の頭を砕くなんて可能なのか?

 

 

確かにここ数日は限界を超えたような吸血を繰り返していたし、吸血鬼性も際限なく上がってはいるだろうけど、これはまるでーーーーー

 

 

 

 

「終わりか?」

 

 

思考は瞬間で現実に引き戻される。

 

 

見れば鬼の頭はまるで何も無かったかのように再生されていて、顔は不敵に、不気味に、凄惨に笑っていた。

 

 

 

そりゃそうだ…

 

 

 

僕の記憶にあるあの頃のあいつなら、ダメージなんて一瞬で回復するだろう。

 

 

 

「ほら、耐えろよ我が従僕」

 

 

 

そんな言葉と共に鬼の拳が僕の腹に突き刺さる。

 

 

言葉を額面どおりに突き刺さった。

 

 

 

いつか、あの廃墟の一室でレイニーデビルにそうされたように、僕の腹部を鬼の拳が貫通したのだ。

 

 

 

激痛と共に口の中いっぱいに血の味が広がる。

 

 

視界がぼやけて平衡感覚を失いながらその場に膝をついてしまう。

 

 

 

これに勝とうとしているのか僕は…とんだ無鉄砲だな…

 

 

 

しかしここで再びの違和感。

 

 

 

ついさっき、三秒程前には確かに感じていた腹部の激痛が今は…無い。

 

 

 

人は命に関わるような苦痛に晒された時に、それを無意識に知覚できないように遮断する事があるらしい。

 

 

つまりは僕の身体が命に関わる怪我を負って苦痛を遮断したのか?

 

 

 

そんな事を思って自分の腹に目をやる。

 

 

 

 

「傷が…ない?」

 

 

 

そこには八つに割れた腹筋(自分で言うのも些か滑稽)が見えるだけで、腹を貫かれたのは何かの間違いかのような綺麗なものだった。

 

 

 

いや、正確には無事なのは身体であって…服には傷の痕跡が残っている。

 

 

 

そして僕はこの感覚を知っている…覚えている

 

 

 

 

ここで僕の頭は一つの仮説に辿り着く。

 

 

 

それは四季映姫さんが言っていた言葉とここが地獄であるという事実。

 

 

 

 

貴方の罪は命の在り方を変えた事

 

 

 

 

それは即ち、人間から吸血鬼へと成った事を指す。

 

 

そしてここが地獄である以上、今の僕はもしかして白か黒で分けた時の…黒の部分なんじゃないのか?

 

 

 

要するに、地獄にいる僕とは即ち吸血鬼の僕ーーー

 

 

 

完全なる吸血鬼だったあの頃の黒い僕こそが今の阿良々木暦ではないのか?

 

 

 

だとすれば説明もつく。

 

 

いかに吸血鬼性を上げたところで腹に空いた風穴が一瞬で塞がるなんてありえない。

 

 

こんな真似が可能なのは純粋な吸血鬼だけなのだから。

 

 

 

「かかっ、儂もじゃがうぬも大概じゃの我が従僕よ。流石は儂の眷属だけあるわい」

 

 

 

そうだ、今は死闘の真っ只中。

 

こんな考察に没頭している場合じゃない。

 

 

 

「だから僕はお前の眷属になった覚えはねえよ」

 

 

既にダメージも消え去った身体を起こし再び鬼の前に立つ。

 

 

 

 

「その辺の説明はもう不毛じゃの。では一つ、うぬがわかっておらんようじゃから儂から教えてやりたい事がある」

 

 

 

「あ?なんだよ?」

 

 

 

てっきりここからは春休みの再現、互いの身体を壊し合う地獄が始まるとばかり思っていたのだから鬼の突然の語りに拍子抜けのような感覚を覚える。

 

 

 

「まあ聞け、うぬはうぬがそこに立ちはだかる事の意味を真に理解しておるのか?」

 

 

 

「意味?意味って…そりゃ八九寺が早く転生できるように…」

 

 

 

「そこじゃ、その一点に置いて儂とうぬは共通の目的を持っておるという事じゃ」

 

 

 

ーーー何を言ったのだこの鬼は。

 

 

今の物言いはまるで鬼自身も八九寺の転生の為に石崩しを行っているようだったけど何かの間違いだろうか?

 

 

 

「間違いではない、儂はそこの迷子っ子の転生の為に石を崩しておる。断じて駆逐する為ではない」

 

 

 

「何を言ってるんだお前は?なら何で八九寺の邪魔をする!八九寺が石を積んで生まれ変わるならお前が崩した分だけそれは先送りになるだろうが!」

 

 

 

「視点をずらして考えよ我が従僕、確かに儂が石崩しをせんかったらそこの迷子っ子は通常よりも早く転生できるであろうな。じゃが、その結果どうなると思う?」

 

 

 

「…そりゃ次の人生を神様なり仏様なりに貰って生まれ変わるんじゃないのか?」

 

 

 

「阿呆か、事はそんな簡単なものではない。ここの石は記憶じゃ、それを積んでは崩す事で忘れさせる、つまりはリセットをかける」

 

 

 

 

「それはもう八九寺から聞いたよ、だからそれがなんだよ」

 

 

 

 

「つまり、儂が石崩しをせんとーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()のじゃ

 

 

 

 

「引き継ぐって…それじゃ」

 

 

 

「如何にも、人間の中にも稀におるじゃろ?前世の記憶を持つと言う人間が。つまりはそういう事じゃ、新たな人生を手に入れたにも関わらず前世の記憶も混合しておる、それをうぬらは新たな人生と呼べるのか?」

 

 

 

これに即答できる人間が果たしているだろうか?

 

 

勿論、理屈では道徳的には人道的には、前世の記憶なんて引き継がない方が良いとゆうのは理解できる。

 

 

 

僕がしている事が明らかにルール違反だという事もわかる。

 

 

 

だとして、どうするのだ?

 

 

 

この場を退いて『どうぞ八九寺の思い出をぶっ壊して下さい』と言うのが正解なのか?

 

 

 

良くも悪くも八九寺の生きた証を文字通り道端の石ころのように蹂躙させるべきなのか?

 

 

 

「それでもうぬがそれを良しとするならば好きなだけ邪魔するがよい、あわよくば儂を打倒できたとしても待ってるのは幸福とは限らんがの。その迷子っ子に関して言えば不幸とも言えなくない、その迷子っ子は怪異の存在を知っておる、怪異に成っておる、つまりは来世においても怪異にひかれる。あの不愉快なアロハ小僧からも言われておろう?怪異を知れば怪異にひかれる、その迷子っ子は来世に産まれた瞬間から怪異と隣り合わせじゃ」

 

 

 

そう言うと再び構える鬼は不敵に笑う。

 

 

対して僕はと言えば、当初の意気込みも何処へやら。

 

 

目的と感情の矛盾に整理すら付けられず、戦う事が間違いかとすら思うくらいに当惑している。

 

 

 

これは、この行いは…果たして本当に八九寺のためなのか?

 

 

 

やはり、理由を八九寺に求めているだけで実際は僕の独りよがり、我儘の産物ではないのか?

 

 

 

 

しかし鬼はそんな僕を待ってはくれない。

 

 

今にも襲いかからんと身体を前傾姿勢に構え、この瞬間にも飛び出そうとしている。

 

 

 

 

 

「待って下さい」

 

 

 

身動きひとつできないでいた僕の目の前に少女が立ち塞がる。

 

 

 

その後姿は僕が見慣れたあの姿で、街で散々探し回ったツインテールの大きなリュックを背負った八九寺の後姿だった。

 

 

 

「もうやめてください、これ以上は何の意味も持たない只の殺し合いです…それは見たくありません…」

 

 

 

「八九寺…」

 

 

 

「どうやら誤解もあったようですしね、鬼のする事の意味もわかりました。それだけでも阿良々木さんには感謝します、でも、だからと言って阿良々木さんが命を投げ出すような姿は見たくありません」

 

 

 

 

「これは立派な小娘もおったものじゃな、見習えよ我が従僕。うぬよりよっぽど聞き分けておるではないか」

 

 

 

 

確かに鬼の言う通りだ。

 

 

八九寺は僕よりも遥かに聞き分けている、己の運命も鬼の使命も僕の危険も、聞き分けて、見分けて、分け隔てなく考えている。

 

 

 

いわばこの場に置いて一番の唯っ子は僕だろう。

 

 

しかし、理解と納得は類似語にして対義語だ。

 

 

八九寺の思い出を、そのトラウマの象徴とも言えるトラックが轢き殺し続ける事を看過できずにいる僕もどうしようもないくらい事実だ。

 

 

 

「なら…それが必要で回避できない現実だとするならば…なんであの姿なんだ!?わざわざトラックの姿なんかでやるような事なのか!?それじゃ八九寺が余りにも救われないだろ!」

 

 

 

自分でも気付かないうちに叫んでいた。

 

 

それは八つ当たりにも近い…何もできない僕自身の弱さを他人の所為に挿げ替えるかのような叫び。

 

 

 

しかし、そんな僕の気持ちを知ってか知らずか鬼は当たり前の様に、極めて冷静で平坦な声で答えた。

 

 

 

 

「仕方あるまい、そうせねば中には抵抗する者もおるからな。いかに子供と言えども窮鼠猫を噛む事だってある、万が一にでも記憶を来世に持ち越さないが為の処置が儂ら鬼の姿の正体じゃ」

 

 

 

「つまり、抵抗の意思を持たせない為の…石を持たせる為の姿がそれだって事なのか?」

 

 

 

「言うまでもなく、そうじゃ。本人に抵抗の意思がなければ儂等もこんな姿を晒す必要はない」

 

 

 

強制力とは少し違う、言うならば脅迫力とでも言うべきか。

 

 

確かに八九寺が迫りくるトラックに立ちはだかりそれを阻止するなんて無理だろう。

 

 

そんな行動に出るには余りにもあの経験は恐怖体験すぎる。

 

 

伝説の吸血鬼の前に立つ事はできても迫り来るトラックの前には絶対に立てない。

 

 

 

でも…それってあくまでも八九寺に抵抗の意思がある事を前提にしてないか?

 

 

そもそも八九寺はそんな意思を示してはいない。

 

 

どちらかと言えば肯定的だ。

 

 

 

両親を心配させないためにも未練を残さず転生する、と…そう言ってたじゃないか。

 

 

 

ならーーーー

 

 

 

「おい、抵抗の意思がなければお前はもうトラックの姿で現れたりはしないのか?」

 

 

「そうじゃな、明確にその意思を否定するならば好き好んで乱雑な事をしようとは思わん。鬼とは言えども儂は神の使いのような存在じゃからな、できる限りは譲歩できよう。ただ限度を知らぬ弱体化はできんよ、見ればわかるように儂の強さは形取った者の姿で決まる。トラックならトラックの強さ、吸血鬼なら吸血鬼の強さになる。子供でも勝てるような者の姿にはなれん」

 

 

 

それだけで充分だった。

 

 

突き詰めた話、トラックが轢き殺していくことが悪いわけで、鬼の目的が悪い訳ではない。

 

 

その姿を変える事が可能ならば八九寺が知っている中でも納得がいく形で石積みに励めるならば是非も無い。

 

 

 

鬼自身が、それを容認している以上、後は八九寺の意思ひとつだ。

 

 

 

「僕が聞くようなことではないんだろうけど八九寺、お前にはそんな相手に心当たりはないのか?気持ち良く…とまではいかないまでも、せめて納得のいく形で、お前に余計なトラウマを与えないような適切な相手は」

 

 

 

これも酷と言えば酷な質問だ。

 

 

それに事態が変わった訳でもない、八九寺は変わらずに石積みを続けるだろうし、鬼は変わらずに石崩しを続ける…

 

 

視点が変わるだけで内容は同じだ。

 

 

 

それでも、たったそれだけの事でも八九寺には救われて欲しいのだ。

 

 

 

僕の勝手な我儘として。

 

 

 

「心当たり…ですか」

 

 

胸の前で腕を組んだ八九寺は、目を固く閉じて考える。

 

 

小学五年生の少女がとる姿勢としては些か子供っぽくはあるけれども本人は真剣そのものだ。

 

 

 

そして、暫くの間考えた八九寺はひとつの答えを出した。

 

 

 

 

「わたしの望む鬼の姿はーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして鬼は去っていった。

 

 

 

残された僕と八九寺は、一時石積みを休憩して他愛ない雑談に興じている。

 

 

 

 

「しっかし意外といえば意外だったなあ、いや、適材適所と言えばそうなんだけど八九寺の口からあいつの名前が出るとは思わなかったぜ…まあ、あいつなら八九寺とも上手くやってくれるとは思うけどな」

 

 

 

「わたしも迷いはしましたけどね、最初は阿良々木さんの姿を希望しようかとも考えましたが、こんな人気(ひとけ)のない場所で阿良々木さんと二人きりにされる事を思えば新たなトラウマになりかねないのでやめました」

 

 

 

 

「一ミリも信頼されてねえな、僕」

 

 

 

「現に今もこうして二人でいる事に貞操の危機を感じています」

 

 

 

「阿良々木さんはそんな鬼畜じゃねえよ!」

 

 

ついさっきまで命のやり取りを繰り広げていたとは思えないその会話は、なかなかどうして心地よく、やっぱり誰と話すよりも楽しいものだと実感させるものだ。

 

 

 

「ときに阿修羅木さん」

 

 

 

「待て八九寺、話の流れから僕が鬼畜かのような扱いを受けてはいるものの、さすがの僕も阿修羅と呼ばれるまでに進化は遂げていない、僕の名前は阿良々木だ」

 

 

 

「失礼、噛みました」

 

 

 

「違う、わざとだ…」

 

 

 

「書きました?」

 

 

 

「投稿速度の低下については触れないで!これには海より深い理由があるんだ!!」

 

 

 

いや、投稿速度ってなんだという話なんだけど…

 

 

失礼、メタでした。

 

 

 

 

「いえ、真剣な話ですが…阿良々木さんに言っておかなければならない事があります」

 

 

 

「あん?なんだよ、改まって。僕への愛の告白なら言わなくてもわかってるから大丈夫だぞ?」

 

 

 

「違いますよ、馬鹿なんですか?好きか嫌いかで言えば嫌いです」

 

 

 

「えらく辛辣だな!」

 

 

 

ここで八九寺は僕の前に立ち、まるで気をつけの姿勢をとるかのように姿勢を正す

 

 

 

「この度はありがとうございました。でも、わたしはもう大丈夫です…阿良々木さんはもっとご自分の為に生きて下さい」

 

 

 

深々と頭を下げて八九寺は言った。

 

 

 

自分の為に生きろとーーー

 

 

「せっかくのチャンスを棒に振って、こんな所までわたしを助けに来るなんて…正気の沙汰とは思えませんよまったく。まあ、阿良々木さんらしいと言えばらしいんですが…でもですね阿良々木さん、わたしは自分が助かる為に阿良々木さんを犠牲にするような事は望んでません」

 

 

 

「八九寺…」

 

 

 

心なしか八九寺の声が震えてるように聞こえた。

 

 

頭を下げているから見えないけど。

 

 

 

「わたしは充分阿良々木さんに救われました。あの母の日から数えてどれだけの思い出をいただいたか数え切れない程です。だからもう充分ですよ…わたしや他の皆さんにそうしてきたように、これからは自分自身に優しくして下さい。でなければ安心して転生もできません」

 

 

 

やっと顔を上げた八九寺は、目元を濡らしながらも太陽のような笑顔だった。

 

 

 

吸血鬼の僕としては、身体を焼かれるくらいの晴れやかな眩しい笑顔ーーー

 

 

「そうだな…お前が安心して生まれ変れないって言うなら仕方ない、もう少し自分って奴を考えて生きてみるよ」

 

 

 

本当は、殆どの人が当たり前にしているはずの事をできない自分。

 

 

それどころか目の前の事に気を取られすぎて自分の事を疎かにする有様。

 

 

それは散在いろんな人から忠告されて来た事で、それでも改められない僕の性分でもあった。

 

 

 

だからきっとこれからも変わらないだろう。

 

 

 

それが阿良々木暦なのだから。

 

 

 

それでも、八九寺には僕の手はもう必要ない筈だ。

 

 

こいつはきっと前を向いて歩いていく、そして次こそは幸せな人生を歩むだろう。

 

 

 

もう僕が八九寺にできる事も、するべき心配もーーー無い。

 

 

 

「では、そろそろお別れですね」

 

 

「そうだな、お別れだ」

 

 

 

 

誰が合図した訳でもなくお互いに別れの時が来たことを理解した。

 

 

その言葉を口にした瞬間、僕の身体は暖かい光に包まれる。

 

 

 

「なあ八九寺」

 

 

「なんですか、阿良々木さん?」

 

 

 

もう少し、僕に時間を下さい。

 

 

 

あの日言えなかった言葉…

 

 

 

罪滅ぼしではないけれど、僕に残る後悔を払拭する、あの日に言うべきだった言葉を告げる時間をーーー

 

 

 

 

「…さようなら八九寺、お前に出会えて僕は幸せだった」

 

 

 

「さようなら、大好きですよ阿良々木さん」

 

 

 

あの日、八九寺が僕の目の前から姿を消した時と同じように、涙で濡れた頬を気にもせず微笑む八九寺…

 

 

 

僕はお前と再会できて救われたよ、と心の中で呟いた。

 

 

 

薄れゆく意識の中で願うのはここからいずれは転生してゆく八九寺の幸せばかりだ。

 

 

 

頼んだぜーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

羽川ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして誰も知らない物語は幕を閉じる。

 

 

誰も救われず、何も変わらないまま、それでも前を向いて歩みを止めない閉幕は、実に阿良々木暦らしく締まりのない閉幕だ。

 

 

 

しかし、この暦の行動こそが後々、地獄に落ちた彼を救う事になろうとはこの時は『誰も知らない物語』だーーーー




これにて外伝は終わりです、殆ど道草のような感覚で書き始めた外伝でしたがいかがでしたか?

作者的には…全く納得いってません!笑
書きたい事の半分も表現できていない感が今でもビシバシきてます…


それでも何とか収めようと削れるだけ削り、矛盾などがないよう勤めましたが、荒削りが否めないのも事実で読んでくださっている人の中には不満やご指摘を抱く方も多いかと思います。

もし何かしらのご意見がございましたら、気兼ね無くコメント下さい。

さて、次回からは再び幻想郷へと話の舞台が戻ります!

幻想入りした専門家や、鬼と共に幻想巡りをする暦、様々な物語が交差していくような運びにするつもりですので


興味と時間のある方は引き続きよろしくお願いします!
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