東方怪異譚ーLegend of vampireー 作:根無草
目覚まし時計と呼ばれる僕がこの世で最も嫌悪する文明の利器を除外して述べるならば、我が家における僕の目覚まし時計こと阿良々木火憐と阿良々木月火の活躍を無くして自律的に目覚めるのもいつ振りだろうか?
などと言えば、はたして僕が自分の意思で床についたかのような誤解を招きかねないので断っておきたい。
僕は自律的に起きただけであり、決して自律的に眠りについた訳ではない。
自覚的にも自律的にも睡眠欲に負けたつもりはない。
「おっ、お目覚めかい?良い夢は見れた?」
ノイズがかかったかのように覚醒しきっていない頭を持ち上げて、声のした方を見ればそこには頭に立派な角を携えた少女の姿が。
「ま、言うほどの時間は寝てないけどねぇ。時間にして十分かそこら、夢を見る暇も無かったかい?」
「おはようございます萃香さん。夢…というか記憶が全くないんですけど」
眠りと言えば眠りなので、萃香さんの言うところの十分かそこら前の記憶を辿ってみる。
確か僕はこの場所で閻魔である四季映姫さんのありがたい(長い)説教の元、魂のバランスを本来あるべき形に戻すために…
気絶させられたんだった。
うん…全然寝てないじゃん、僕。
「記憶がないのは当然です」
萃香さんとは違う女性の声に目を向ければ、そこには悔悟の棒で口元を隠した四季映姫さんの姿。
「記憶がないのが当然…って事は僕は今まで何をしていたんですか?」
いや、寝ていたと言われればそれまでなんだけど、それはただ睡眠をとっていた訳ではない筈で、一見して寝ていただけのように見えて僕は何かをしていた筈なのだ。
それこそ僕の今後を大きく左右する重大な何かを。
「さあ…貴方が何処で何をしていたのかは私にもわかりかねます。まして、それを私が知り得たとしても貴方にお教えする事はできませんが」
これも守秘義務というやつなのか?
それにしても自分が自分の知らないと所で何をしていたのか不明というのは些か不気味というか…単純に気持ち悪い。
もっとも、この四季映姫という人物を前にその物議は意味を成さないのだろうけど。
小野塚さんとは違い、この人は仕事というものに対しての線引きがしっかりしている。
どれだけ言及した所で答えは期待できないだろう。
しかし、それでも僕には気になる事があった。
この際、事の過程にはとやかく言うまい。
しかし重要なのはその過程ではなく結果、僕は知らない間に何かをして、その末に僕という不安定な魂はあるべき形を取る事ができたのか?
という一点については質問を投げかけずにはいられない。
「安心して下さい、貴方の魂はあるべきバランスをとってますよ」
そこに関しては特に隠し立てする必要もないのか、殆ど即答する四季映姫さん。
「って事は僕の魂は今は白なんですか?黒なんですか?」
「残念ですが、貴方の今後を考えてそれもお話はできません。余生のある者に死後、どうなるかを話してしまえばその後の生き方を左右しかねませんからね」
これもごもっとも。
特に僕のような弱くて、甘えが過ぎている人間は確かに聞くべきではない。
もし仮に、『貴方は白です』と言われれば、自分に甘い僕の事だ。
ならば余生はある程度堕落しても天国へ行けるのだから大丈夫だ、などと、阿保の極致のような考え方をしてしまいかねない。
逆に言えば、『貴方は黒です』なんて言われてしまえば、弱い僕の事だ。
どうせ地獄に堕ちるのに、今更何を頑張れというのだ、などと言い出しかねない。
とんだジレンマではあるけれど、結局のところ、己の在り方なんていうものは、己自身で決めるべきで、他人から答えを貰うべきではないのだ。
「ま、僕の在り方が定まった事は白であれ黒であれ僥倖です。ありがとうございます、四季映姫さん。それに萃香さんも」
「例には及びません、これも閻魔の仕事の一環ですから。これに懲りたら貴方も今後の生き方を改めて善行を積み、余生も含め、日々、より良い人生を歩んで下さい。生きるという事において自己を改めるという事はーーー」
「いやー!!良かった!!!うん、あんたも感謝するんだよ!さすがは四季だ!よっ、閻魔様!!」
恒例(?)の長い説法が始まるやいなや、萃香さんが必要以上の大声を張り上げてそれを遮る。
「…ま、一件落着した事ですし良しとしましょうか」
若干どころか、ありありと不服そうな様子の四季映姫さんだが、話し込むのも野暮としたのか、これにて話は纏まりをみせた。
「ところで貴方方はこの後はどうするおつもりですか?既に白玉楼と永遠亭には行ったのでしょう?」
僕が寝ている間に萃香さんから聞いたのか、はたまた先程の浄玻璃の鏡を通して観たのか、僕と萃香さんが幻想郷観光ツアーの最中である事は既に知っている様子の四季映姫さん。
それに対して僕は答えを持たないので、四季映姫さんと同じく萃香さんに目線を向ける。
「んー…元からノープランだからねぇ。特に決めてはいないんだけど、それなら次はあそこにしようか!」
行き当たりばったりすぎるだろ萃香さん…
ともあれ、彼女の中では次の目的地も決まったようなので後はここを去るのみだ。
「最後に少し良いですか?」
萃香さんに次の目的地の事を聞こうとした矢先、四季映姫さんから声がかかる。
これは萃香さんでは無く、僕個人に対してのものだった。
「あ、はい。時間は大丈夫ですけど…どうかしました?」
「二日後の戦い、それは吸血鬼の歴史、誇りをかけた戦いのはずです。貴方はその身の半分を吸血鬼と化していますが、根本的には人間です。なのに何故、わざわざ命の危険を犯してまで戦うのです?種族の問題ならば貴方には関与しない選択肢もあったのでは?」
…まあ、誰に聞いても僕がおかしいだろうし、この手の質問もこれまでにされなかった訳ではない。
ましてや、逃げ出したところで恐らく誰も責めやしないだろう。
でもーーー
「僕には難しい説明はできません、でも…僕の大切な人が困っていたら僕はきっと相手が吸血鬼だろうが蟹だろうが猫だろうがーー同じようになんとかしようとするでしょう。やっぱりーーーー」
友達が辛いと、僕も辛いですから
人間強度は地に落ちた。
救えなかった事もあった。
負けっぱなしのこれまでだった。
それでも、そこで動けない僕は僕じゃないと思う。
傍観者は楽だけど、それだけでは話は…物語は始まらないのだから。
「そうですか…確かに何事も決めるのは自分自身、貴方が悔いの無い人生を生きていく事を祈ります」
「そんな格好いいものでもないんですけどね、僕の場合…でも、ありがとうございました。何があったのなは全く覚えてはいないけど、感謝します」
僕は果たして救われたのかどうかの実感すらない。
それでも、こんなちっぽけな僕の為に閻魔様までもが協力してくれたのだ。
これで礼の心を持たなければそれこそ神罰がくだりかねない。
「いえ、それではお気を付けて。萃香もよろしく頼んだわよ」
「任せときな、私が一緒にいて滅多な事はありゃしないよ」
画して僕の地獄入りは幕を閉じた。
肝心要の地獄の記憶はまるで無いけれど、ここで得たものは余りにも大きい気がする。
「健闘を祈ります、誰よりも優しく…黒き人…」
一人の閻魔が呟いた、去りゆく僕と萃香さんの背中に向けてのその独り言は誰の耳にも届く事なく黄泉の風の中に消えて行った。
【幻想郷、墓場にて】
「だから、そこを退くか、もしくはあなたの主人を紹介してくれないかと言っているんだけど」
「ここは通さないぞぉー!」
どれだけ続いたかもわからない異形にして同類の少女二人の会話。
かたや死体人形にして式神の少女、人間に憑いた九十九神の怪異、その名を斧乃木余接。
そしてそれに対する少女は、死体人形にしてキョンシー、極東の怪異代表格、その名を宮古芳香。
同じ死体人形にしてこの二人はハッキリと違う点が多々存在する。
まずその思考回路。
式神である斧乃木余接は独自の思考回路を持つ。
人間であった頃の記憶は既になく、変わりとなる人格が、彼女を作った者の手によって新たに入れられている。
そこには生前とは別の、怪異として確立した人格があるのだ。
対して宮古芳香、彼女には思考回路とゆうものがおよそ存在しない。
厳密には存在するが、あまりにも短絡的すぎて思考と呼ぶにはあまりにもお粗末。
どころか、人格も何もかもが生前からの延長である為に、死に続けている彼女の脳は腐敗している。
故に彼女には思考というものが不可能な行為といって過言ではない。
そして、同じ式神としての性能も違ってくる。
式神とは主に主人である人間の命令で動き、その命令を遂行する為だけに動くもの。
その意味で、基本的で根本的な部分というのは両者に共通している。
違うのはその内容。
斧乃木余接は怪異として独立した人格や思考を形成しているため、主人の命令に対して効率的、思慮的、効果的に行動する。
脳を媒体にしていない分、記憶や計算も主人の式を通して蓄積していく。
対して宮古芳香には記憶の蓄積はしない。
これにしても厳密に言えば違うのだろうが、記憶や情報の細かな処理が追いつかないので結局は目の前の出来事が全てになってしまう。
勿論、そこに思考や計算など存在するはずもなく、ただ単純に単調に額の札に従って目の前の任務を遂行するだけ。
その場を守れと命令されたならば、その為に何が必要かなどは考察せずに、未来永劫、ただその場を守り続ける。
そしてそんな両者の話し合いが、話し合いになるはずもなく
それでも任務を遂行する為の存在である二人が退くはずもなく、衝突するのは必然だった。
「わかったよ、あなたに何を言っても無駄だという事がね。それならあなたの主人に出てきてもらうまでだ」
無感情な無表情で余接が告げると、静かにその右手を前に出した。
まるで『犯人はお前だ』と決め台詞を叫ぶ名探偵よろしく、その右手の人差し指は真っ直ぐに目の前の宮古芳香に向けられている。
「
余接が呟いた瞬間、その小さな人差し指は爆発的に巨大化し、まるで魚雷か何かのような勢いで宮古芳香を襲った。
スピード、タイミング、パワー、どれをとっても申し分ない強力な一撃。
普通の人間が食らったなら跡形も残らなそうな勢いのその一撃は、凄まじい轟音と共に大量の砂埃を巻き上げて宮古芳香の姿を消し去った。
筈だった。
「…やれやれ、そういう所の性能は一端に
砂埃が晴れていき、その中に佇むのは、死後硬直のまま真っ直ぐ前に伸びた両腕で斧乃木余接の一撃を受け止めた宮古芳香の姿だった。
一説によれば、人体というものは本来持っている力の三十パーセントの力しか出せないようになっているらしい。
それは強すぎる力に人体が耐えられない為に、わざと無意識に力を制御するようになっているためだ。
しかし死体人形である宮古芳香にはそんなリミッターは無い。
人間が本来持ちうる百パーセントの力を常に発揮しているのだ。
さらにそれは式によって強化されている。
人の身体でありながら、鬼のような怪力を誇ると言えばわかりやすいだろうか?
「ぅおーーー!やったなぁー!!」
それは一つのスイッチだったのかもしれない。
そもそも宮古芳香はその場を守る為だけにそこに存在している。
もし仮に斧乃木余接が諦めてその場を去っていたならば、宮古芳香は自ら戦闘態勢に入る事は無かっただろう。
しかし斧乃木余接は攻撃してしまった。
それは等しく宮古芳香の任務遂行の条件を満たした事になる。
そして次の瞬間、単純がゆえに宮古芳香は行動に出ていた。
「うぉー!『毒爪・ポイズンレイズ』!」
既に
と、いうのも硬直したままの腕を振りかざし宮古芳香が自分目掛けて飛びかかってきたからである。
本来ならば、硬直している腕から繰り出される攻撃など、常人であれば避けるまでもない。
しかしそこは怪異でありながら専門家でもある斧乃木余接。
迫り来る攻撃に対し、迎撃ではなく退避の構えを見せたのは流石と言う他ない。
何故ならばーーー
「これは?」
危機一髪の状況下であっても、常に冷静な状況分析に勤める斧乃木余接をして、目の前の光景は理解の範疇を大きく逸脱していた。
それは宮古芳香が振るった爪痕ーーー
その空間から突如として現れた鋭利な形の光弾がそうさせた。
とはいってもそこは斧乃木余接。
例え理解を超える現象が起きようとも冷静沈着に対応していく。
迫り来る光弾をひとつひとつ機敏なフットワークで躱し、結果としてその一つたりとも彼女に被弾する事は無かった。
「お前も弾幕使いなのかー?なら弾幕ごっこだー!!」
相変わらずハイテンションで好戦的な宮古芳香を前にして、それでも斧乃木余は冷静に考察する。
専門家として、何でも知ってるお姉さんに造られた存在として
己の知りうる限りのキョンシーというものについての知識を総動員して考える。
そもそも伝承の上でもキョンシーとは、反魂法に近い方法で蘇った死者であり、その特性はエナジードレイン。
吸血鬼とは意味合いも違ってくるが、他者に噛み付く事によってキョンシーを鼠算式に増殖させる事もできる。
死体人形ではあるが、九十九神とは異なり、魂までも蘇生させる為、人間にできる事以上の事はできない。
そして死後硬直の影響から身体の自由がきかない。
しかし、斧乃木余接の知るキョンシーの情報のどこにも、目の前の宮古芳香は当てはまらなかった。
言うなれば新種のキョンシー。
「駄目。考えたところで理解はできないや。なら仕方ない、不死身の怪異の専門家としてあなたには死ぬまで死に続けてもらうよ」
斧乃木余接は一旦、思考を放棄した。
頭の中では既に相手の正体を突き止めることより、相手を如何に打倒するかの算段を組み立て始めている。
その時ーーー
「死ぬ…?死ぬまで…死ぬ?」
終始ハイテンションだった宮古芳香の様子が一転、その眼から光が消えた。
「死ぬのは…駄目ぇぇぇええええぇぇぇぇえぇぇええぇえええ!!!!」
これより、死体人形と死体人形の存在するはずのない命を奪い合う戦いは激化していくのだった。
外伝も終わり話は再び幻想郷に戻ってまいりました。
ここから暫し暦パートから離れるのかなぁ、と思っておりますσ(^_^;)
興味とお時間のある方は引き続きよろしくお願いします!