東方怪異譚ーLegend of vampireー   作:根無草

43 / 60
第40話ー大相撲幻想場所ー

相撲

 

 

今となっては世界的にも広く認知されている日本を代表するスポーツにして、言わずと知れた国技である。

 

 

 

とは言ったものの正式な部分では国技とは言えないという衝撃的な事実をご存知だろうか?

 

 

 

事の詳細は僕の羽川いわく、国技とは国際的に言えば国の定めた法律のもとに正式に登録されたスポーツを指すものであり、日本において相撲は正式に法律で定められた国技ではないため、国技とは呼べないらしい。

 

 

 

羽川を勝手に所有するなというご意見ならば受付を行っていないので悪しからず。

 

 

 

と、話がお呼びでない脇道へと逸れた所でそろそろ目の前の現実というものに目を向けよう。

 

 

 

 

「良し!土俵はこんなもんで良いだろ」

 

 

 

足を引きずって描いた歪な円の真ん中に佇むのは一角の鬼、星熊勇儀さん。

 

 

 

それは土俵と呼ぶにはおよそお粗末な、小学生が昼休みに遊ぶ為に作ったかのような土俵だった。

 

 

 

 

「じゃ、早速始めるけどルールの確認はいいよな?」

 

 

 

「さすがにこんなざっくりした相撲でルールの確認もいりませんよ…というか、本当に相撲とるんだ…」

 

 

 

満面の笑みを浮かべた星熊さんと、気だるそうな萃香さん。

 

 

 

各々のモチベーションはどうあれ、舞台は整ってしまった。

 

 

いや、そこに僕のモチベーションが加味される気配は微塵もなかったのだけれど。

 

 

 

あれ?僕の人権って一体いつ、どこで、誰になら発揮されるんだ?

 

 

 

と、そんな自分に対するマイナスな思考もこのあたりにするとして、ここまできてしまっては、僕がどれだけ言い訳を並べても暖簾に押し腕だろう。

 

 

馬の耳に念仏どころか、鬼の耳に泣き言である。

 

 

 

 

「じゃあ二人とも土俵入りしとくれよ、さっさと始めようじゃないか」

 

 

 

「あいよー」

 

 

 

 

萃香さんもその辺に落ちていた木の枝を片手にすっかり行司気分だ。

 

 

いくら気だるかろうが、僕の行った犯罪的なセクハラにご立腹だろうが、やはり目の前の出来事を全力で楽しむというのは鬼の性分なのだろうか。

 

 

 

しかし、事はそんなに簡単ではない。

 

 

 

 

いくら鬼が相手で勝ち目がないとはいえ、最初から負けに走った戦い方をすれば、鬼の逆鱗に触れかねない。

 

 

 

「手ぇ抜いてんじゃねえよ!」である。

 

 

かと言って、今の僕が全力を出せばそれなりの力を発揮できるだろうけれど、それでは星熊さんに必要以上の本気を出された挙句、吸血鬼の回復力でも間に合わないような深刻なダメージを負いかねない。

 

 

 

 

前門の虎、後門の狼とはまさにこの事だ。

 

 

 

 

今の僕に求められているのは、星熊さんを満足させる程度には全力で、尚且つ感づかれない程度に力を抜くという作業。

 

 

 

鬼の力がどれ程のものか、それは想像するに容易く、さらに想像を絶する怪力なのだろう。

 

 

ならば僕が出すべき力はおよそ七割といったところだろうか?

 

 

 

「よし、じゃあ両者見合って!」

 

 

 

僕は今にも逃げ出しそうな表情で

 

 

 

星熊さんは不敵な笑顔で

 

 

 

落書きの土俵の中央、腰を落として睨み合う。

 

 

 

 

「はっけーい…のこった!」

 

 

 

軽く土俵に手をついて、地を蹴り飛び出したのは僕だった。

 

 

力にしておよそ七割。いや、確実に七割!

 

 

それでも僕と同じ年頃の男子高校生で言えば、およそ十人以上の馬力はあるはずだ。

 

 

そんな僕が距離にして一メートル程先に立つ星熊さんの懐に飛び込んだのは一瞬の出来事。

 

 

 

問題はそこからだったーーー

 

 

 

「おいおい、まさかこれが全力かい?」

 

 

 

星熊さんの腰にタックルのようにしがみついた僕の背中に、そんな言葉がふってくる。

 

 

 

 

現状、僕から見えるのは星熊さんの足元のみ。

 

 

 

ただ、どう見たって星熊さんは最初に立っていた場所から微動だにしていなかった。

 

 

 

ある程度の加減をしたとはいえ、吸血鬼の力でぶつかられてピクリともしないって…この人は脚の裏から根でもはってるのか!?

 

 

 

「あんた伝説の吸血鬼の眷属なんだろ?遠慮しないで全力でかかっておいでよ」

 

 

 

そう言うと星熊さんは僕のベルトを掴み、まるで手荷物でも運ぶように元の位置へと僕を運搬した。

 

 

 

正直なところ、想像以上なんてもんじゃない。

 

 

否、想像もつかないような巨大な力の塊にぶち当たったような感覚。

 

 

 

体感的に言えば、今の吸血鬼性が上がってる僕をして、全力のぶちかましが星熊さんを一歩でも後退させたならば、それはもう奇跡とでも呼ぶべきだろう。

 

 

 

何でできてるんだよこの人?

 

 

 

 

 

「ほら、仕切り直しだ。あんたが手加減してるのもお見通しだよ?もしもまだそんなつまらない事を続けるなら手加減できないくらいの対応するからね?」

 

 

 

 

ほとんど死刑宣告だよ。

 

 

 

いや、確かに先のぶつかりを思い返せば、手加減なんていらないだろう。

 

 

 

むしろ、こんな相手を前に手加減をしようと思っていた事が、既におこがましい…

 

 

結果的にどうなるかは未知数だけれど、ここはいくら遊びの相撲だとはいえ、今の僕が持てる全力でとりくもう。

 

 

 

なんたって死にたくないし…

 

 

 

「ったく、時間はそんなに無いんだから次で決めるんだよ?じゃ、仕切り直してーーー」

 

 

 

一つため息をついた萃香さんが再び二人の間に立つ。

 

 

 

 

「はっけよい…のこった!」

 

 

 

 

瞬間

 

 

僕の踏み脚で地面が抉れとんだ。

 

 

さすがに春休みに直江津高校のグラウンドで見せたような規格外の脚力ではないにしろ、吸血鬼性の上がってる今だからこそできる爆発的なスタートダッシュ。

 

 

 

相撲のフォームとはかけ離れているだろうけども、クラウチングスタートよろしくの勢いのまま、星熊さんを一気に土俵外に押し出すつもりで飛び込んだ。

 

 

 

そしてーーー

 

 

 

肉体がぶつかり合ったとは思えない程の轟音が響く。

 

 

 

 

「うっはぁ!なんだよ、やればできるじゃないか!」

 

 

 

「って、これだけ全力でもこんなもんかよ!」

 

 

 

確かに今度は星熊さんを動かす事ができた。

 

 

が、しかしーーー

 

 

 

その身体は土俵際一歩手前で止まっている。

 

 

僕としては遥か後ろに生えている樹木まで走り抜けるくらいのつもりで当たったのに…

 

 

 

しかも星熊さん、物凄く楽しそうに笑ってる。

 

 

要するにそれだけ余裕がありますよという事なのだろう。

 

 

 

 

「よっしゃ!これで相撲らしくなってきたし私も頑張るか!」

 

 

 

「ちょっ、あんまり頑張らないで下さい!?」

 

 

 

猛烈に嫌な予感がする。

 

 

この後、本当に僕は生きてるのか?

 

 

 

 

「どっせぇいっ!!!」

 

 

 

星熊さんが叫ぶと、まるで戦車と押し合いでもしてるんじゃないかと思うの程の圧力がかかる。

 

 

 

 

「うわわわわ!マジかよ!」

 

 

 

これでも全力で踏ん張っているのに止まりやしねえ!

 

 

さっきまでは僕が土俵際に追い詰めていた筈なのに、あっという間に僕の背中が土俵際へと近付いていく。

 

 

 

 

 

「っがあああああああ!!!」

 

 

 

星熊さんの腰元にしがみつく体制のまま、良いように押し戻される中、必死で今よりも低く腰を落とす。

 

 

 

脹脛(ふくらはぎ)が裂けるんじゃないかという程に踏ん張りを効かせ、歯が砕ける程にくいしばる。

 

 

 

押し戻されるスピードが遅くなり、やっとの思いで星熊さんの進撃を食い止めた時には、僕の踵は既に土俵スレスレのところだった。

 

 

 

 

「なんだ、意外と根性あるじゃないか!やっぱ伝説なんて言われるならこうでなくちゃ!」

 

 

 

「くっ…伝説は僕じゃねえよ!」

 

 

 

巻き込み事故も良いところだ。

 

 

ともあれ、負けても良いはずのこんな不毛な戦いなのに、始まってみればどこか負けたくないと思っている自分がいるのだから不思議である。

 

 

 

 

僕にもこんないっぱしの男の子みたいな部分があったのかと思うと、我ながら照れ臭い気分だ。

 

 

 

 

「なんて悠長な事を考えてる場合じゃないんだって!」

 

 

 

 

そう、負けたくないと思ってるのならば、この状況はあまりにも絶体絶命。

 

 

 

なんせ後、数センチも押し込まれれば押し出しで場外負けなのだから。

 

 

 

 

「ほら?頑張りなよ、後一歩で場外だよ?」

 

 

 

言葉の割に暴力的なまでの圧力をかけてくる星熊さん、確かに僕の足腰も既に限界に近い。

 

 

 

「ち…くしょ…」

 

 

 

負けが頭をよぎる。

 

 

 

まあ、これはひとつの遊びな訳で、取り分け勝ち負けに拘るような真剣勝負という訳でもない。

 

 

 

言うならば負けても構わない筈だ。

 

 

 

 

徐々に力が抜けていくような感覚の中、諦めに傾いたせいで変に冷静になった頭がひとつの出来事を思い出した。

 

 

 

 

 

以下回想

 

 

 

 

「兄ちゃん、兄ちゃん!あっそぼーぜー!」

 

 

 

「だー!うるせえよこの愚妹が!お前は僕が絶賛試験勉強中なのを見て何とも思わないのか!?少しは兄の為に自制する心は無いのか!?」

 

 

 

 

「大丈夫だって兄ちゃん!あたしの兄ちゃんが試験勉強なんかに負ける筈がねえ!」

 

 

 

「大丈夫な根拠が全く見えねえよ!試験に負けるならまだしも僕は試験勉強にすら勝てない恐れがあるのか!?」

 

 

 

そもそも、いつから試験勉強は勝ち負けを有する決闘になったんだ?

 

 

このご時世、勝ち組負け組の表現は物議をかもすというのに。

 

 

 

 

「だからさー、あたしと遊ぼうぜ兄ちゃん!今日は月火ちゃんも茶道部の集まりでいないんだよ、可愛い妹が暇で死んでも良いのか?」

 

 

 

「残念だけどな火憐ちゃん、あいにく僕の妹は揃いも揃って大も小も可愛くないし、特にお前に至っては暇だからなんて優しい理由で死んでしまうほど華奢でか弱い乙女には出来てねえんだよ」

 

 

 

こいつを殺すなら軍用兵器くらいは用意しなきゃ相対できないだろうと割と本気で思ってしまう。

 

 

 

 

「だからそういう心無い言葉であたしにまた自殺願望が芽生えたらどうすんだよ兄ちゃん!」

 

 

 

「僕に対する殺意が芽生えるより遥かにマシだ!わかったからさっさと出ていけ!僕の受験の邪魔をするなら火憐ちゃんとはいえ容赦はしないぞ!」

 

 

 

「容赦しないだって?ふっ…あたしもとうとう兄を超える時が来ちまったようだぜ…兄ちゃん!」

 

 

 

「ほう、大きく出たな火憐ちゃん。その言葉…すぐに後悔させてやるぜええええ!!!」

 

 

 

「かかってこいや兄ちゃぁぁぁぁぁあああん!!!」

 

 

 

こうして結局は火憐ちゃんのペースに巻き込まれていつもの取っ組み合いへと発展したのだけれど…

 

 

 

確かその直後に大事が起きたのだ。

 

 

 

そう、それは僕が火憐にタックルをかまして部屋から叩き出そうとした時だーーーー

 

 

 

 

「残念だったな火憐ちゃん!お前はこのまま強制退場だ!!!」

 

 

 

勢いも体制も申し分ない、いかに単純なら殴り合いで最強を誇るこのでっかい方の妹であっても、部屋から出た段階で僕が勝手に勝名乗りを上げればそれで決着だ!

 

 

なんせこいつは馬鹿だから!

 

 

が、しかしーーー

 

 

 

「甘いぜ兄ちゃん!」

 

 

 

部屋のドアも目前、あわや決着というタイミングで火憐ちゃんがとった行動、それはーーー

 

 

 

「なっ!?うわああああああ!!!」

 

 

 

まさかの脱力だった。

 

 

 

僕の突進に逆らうかのように踏ん張っていた筈の火憐ちゃんが突然その力を抜いたのだ。

 

 

 

それも完全に。

 

 

 

当然、何の前振りもなく力の行き場を失った僕の身体は前のめりに火憐ちゃんを押し倒すかのようにぶっ倒れそうになる。

 

 

 

さらに

 

 

 

 

「うおっしゃあああああ!!!」

 

 

 

 

火憐ちゃんは僕の懐で半回転、今にして思えば僕の勢いを利用した芸術的にまで完璧な背負い投げだった。

 

 

 

当初の目論見はなんと逆転、結果的に部屋のドアから叩き出されたのは他でもない僕だったのである。

 

 

 

「ふっふっふ、柔よく剛を制すは武術の基本だ!まだまだ功夫(クンフー)が足りないぜ兄ちゃん!」

 

 

 

 

「お、お前の道場でいったい何を習ってるんだよ…」

 

 

 

基本スペックは馬鹿の塊であるはずの火憐ちゃんは、戦闘に関してだけは天才なのだった。

 

 

 

 

回想終わり

 

 

 

 

 

感謝するぜ馬鹿ででっかい方の愛しい妹よ!

 

 

無事に帰れたら愛情込めて歯磨きしてやるからな!

 

 

 

 

「柔よく剛を制ええええええす!!!」

 

 

 

どこぞのバスケットマンのゴール下かのように僕は叫んだ。

 

 

 

そして今にも僕を押し出そうと頑張っちゃってる星熊さん相手にーーー

 

 

 

 

力いっぱい全力で脱力した。

 

 

 

 

「はぁああっ!?」

 

 

 

目論見は当たり。

 

 

 

なまじ鬼であるが故にその力は絶大。

 

 

逆説的に言えばそれだけ相手に脱力された時の反動も大きい筈だ。

 

 

「この勝負…僕の勝ちだああああああ!!!」

 

 

 

火憐ちゃんのように綺麗にとはいかない。

 

 

 

武術の心得も無ければ、あいつのような天賦の才もない。

 

 

 

あるのは吸血鬼体質と、ほんの少しの負けん気だけだ!

 

 

 

身体を無理やり反転させる

 

 

 

腕を伸ばし、我武者羅に星熊さんを掴む

 

 

 

後は勢いをそのままに投げるだけ!

 

 

 

 

「うおおおおお……お?」

 

 

 

 

足腰に再び力を込めて投げに入るその瞬間、僕の眼がその姿を捉えた。

 

 

 

 

「えっ…と…萃香さん?」

 

 

 

 

そう、身体を反転させたその先に、この相撲において行司であったはずの鬼、伊吹萃香さんの姿があったのだ。

 

 

 

いや、それだけならば問題はない。

 

 

 

問題は…

 

 

 

 

「あの萃香さん…なぜそのような殺意に満ちた眼で僕を見ていらっしゃるのでしょうか…?」

 

 

 

その顔、それが問題だった。

 

 

烈火の如き憤怒、比喩で言うならばそれはまさしく赤鬼、視線だけで人を殺せそうな表情である。

 

 

 

 

「あんた…一度ならず二度までも…」

 

 

 

「に、二度?」

 

 

 

「その手はなんだい?」

 

 

 

冷や汗とは滝のように吹き出るものだという事を僕は初めて知った。

 

 

 

恐る恐る、油の切れた機械のようにゆっくりと振り向く。

 

 

 

そこにはーーー

 

 

 

 

「確かに、二度…ですね…」

 

 

 

そこには今まさに投げられようとしている星熊さん、そしてその襟をガッシリと掴む僕の左手とーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬鹿のひとつ覚えのように星熊さんの角を握り締める僕の右手があった。

 

 

 

 

「えっと…」

「教える前ならいざ知らず…私はちゃんと教えたよな?鬼の角の意味を…?」

 

 

 

未だ角を掴まれたまま、耳まで真っ赤な星熊さん。

 

 

 

鬼の鬼らしさをどこまでも醸し出している萃香さん。

 

 

 

 

えっと…前門の虎、後門の狼…だっけ?

 

 

 

「この馬鹿野朗が…」

 

 

「そこに」

 

 

 

「「なおれりやがれええええ!!!」」

 

 

 

 

そんな怒号と共に僕の右頬と左頬、同時に鬼の拳がめり込んだのを最後に僕は再び意識を手放した。




どうも根無草です!


いやあ…誰だよ、スムーズな更新ができそうだとか言った責任感皆無のおバカさんは(。-_-。)

言い訳させてもらうとですね、サービス業に準じておりまして夏休みシーズンは繁忙期なのです…鬼のような激務で忙殺されてました…


こんな小説でも読んでくださっている方がいるのならば、散々またせてしまい、申し訳ありません!!!


できる事なら寛大な心で楽しんで貰えたらと願うばかりです…

ではでは、興味とお時間のある方は引き続きよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。