東方怪異譚ーLegend of vampireー 作:根無草
何もない空間。
そんなものは僕達の日常にどれだけ溢れているだろうか。
溢れていて、溢れかえっていて、ありふれてる。
虚無というか虚空というか…それを何と呼ぶかはさて置き、僕が目撃したのもやはり何もない空間だった。
視線の先には木々が立ち並び、それ以外のものは何も無い。
萃香さんが睨むその一点を、その視線を追って僕も見つめてはいるのだけれど、やはり何も目には入ってこない。
まあ、目に入ってこなかっただけであって、耳には入ってきたのだけれどーーー
「思わぬ横槍が入ったおかげで出ていく機会を見失っていたのよ」
相変わらず、僕達の目の前の空間には何もない。
だが確かにその声は聞こえる。
「何を言ってんのさ、私達が捕まった段階で出てきたら最高の見せ場だったろうに」
「ふふ、鬼の喧嘩に手を出したら私の方が危ないじゃない」
「その鬼の喧嘩を昨日の晩に止めたのはどこのどいつだよ?まあ良いから出ておいでよ、紫」
その瞬間、僕は目撃した。
何も無いはずの空間に、突如として亀裂が走るのを。
そしてその亀裂は大きく裂けてゆき、人が一人通れる程の大きさまで広がった。
その中は距離感なんてものが存在しないかのような異様にして異質な空間が広がっており、数多の目のようなものがギョロギョロとその視線を這わせている。
一重に気持ちが悪い。
何者も寄せ付けず、それでいて全てを飲み込むような不思議で不気味な光景だ。
そしてその空間の中から
「こんにちわ」
一人の女性が現れた。
長く綺麗な金髪。
ゆったりとした印象の服に日傘のような物を携えて、口元を扇子で隠したその人。
「さっきからピリピリと妖気を飛ばしてきてたけど…なんのつもりさ?」
「突然出て行って驚かれても悪いと思っての気遣いだったのだけれど、不要だったかしら?」
「わざわざそんな事しなくてもこいつは充分驚いてるみたいだよ?」
二人の視線が僕を捉える。
恐らく今の僕ときたらそれはそれは間抜けな顔をしている事だろう。
言うならば鳩が豆鉄砲をくらったような顔をーーー
それ程までに僕は驚いていたのだから。
いや、驚いていたというよりはーーー正確には恐怖を覚えていたのだと僕は思う。
それもそうだろう。
この紫と呼ばれていた女性は、何かが不気味で、何もかもが不思議なのだ。
性別こそ女性だとわかるのだけれど、それ以外が曖昧というか…
年上なのか年下なのか、怒っているのか楽しんでいるのか、何を考えているのか何も考えていないのかーーー
何も読めない、掴めない。
荒唐無稽を形にしたような存在と言えば伝わるだろうか。
さっき遭遇した古明地こいしとは違った意味での不認識ーーー
「そんなに身構えなくても大丈夫よ阿良々木暦さん。私は八雲紫、隙間を操る妖怪にして、この幻想郷の結界を管理する者」
この幻想郷を守る結界については忍野から聞いていた。
幻想郷の結界は二つ。
一つは博麗神社の巫女である博麗霊夢さんが先祖代々守ってきた博麗大結界。
そしてもう一つがーーー
「じゃあ貴方が幻想郷の守護者で大妖怪の…」
「あら?私の事も知ってはいるのかしら?光栄だわ」
謙遜している訳でもないのだろうが、相変わらず口元を扇子で隠しながら笑う八雲紫はどこか愉快そうで、それでいて興味もなさそうでーーーただただ得体が知れなかった。
「あ、貴方はさっき僕の名前を呼んでいた…貴方こそ僕を知っているんですか?」
今日会った人達の中でも僕を知ってる人はそれなりにいたのだ、今更目の前の八雲紫さんも僕を知っていたところで別段驚きもしないと言えばそうなのだけど。
ただ、そんな事は問題じゃなかった。
真に問題だったのはーーー
「ええ存じてますわ…私の愛する幻想郷に要らぬ異変を持ち込んだ族の事ですもの」
「なっ…」
雰囲気は勿論、表情ひとつ変えずに僕を見ている八雲紫さん。
相変わらず口元を隠しながら笑ってはいるものの、この人の本心は全く読みきれない…ただ。
はっきりとわかった事は、八雲紫というこの大妖怪は僕をーーー正確には僕と忍を嫌悪している。
譲歩も、理解も、感慨もなく、ただ一心に憎んでいる事がはっきりと伝わってくる。
「おいおい紫、まさかそんな皮肉とも文句ともつかないような話をしに来たのかい?」
おそらく、八雲紫という大妖怪を前にして僕が全く喋れない事を察してだろう、萃香さんが間に入る。
今日一日だけでも、萃香さんのこういう細やかな優しさにどれだけ救われた事だろう。
まあ、単純に考えてみれば、鬼は僕みたいな女々しく口籠るようなタイプが癪に触るだけなのかもしれないけれど。
「いえ、勿論本題は他にあるわよ?それに幾ら不平不満を並べたところで起きてしまった事はしょうがないもの」
「ならさっさとその本題とやらを聞かせなよ。私ですら簡単に見つけられない存在の紫がわざわざ出向いてるんだ、相当な事なんだろ?」
「それもそうね…なら単刀直入に済ませましょう」
そう言うと八雲紫は僕へと向き直った。
いつの間にかその顔からは笑顔が消え、射殺すかのような力がこもった視線を向けている。
そして一言
抑揚の無い声で僕に告げるのだった
「阿良々木暦さん、貴方、今晩中に幻想郷から元の世界へと帰って頂けません?美しく…そして残酷にね」
帰れ、と。
目の前の大妖怪はそう言った。
「ちょ、ちょっと待ってください!どうしてそんな突然に!?」
「そうだよ紫、大体あんたは私の喧嘩を止めに入ってまで吸血鬼の誇りを尊重しようとしたじゃないか!それがどうしたらこんな話の展開になるんだい!?」
いや、冷静に考えてみれば八雲紫さんの言い分も最もではあるのだけれど、あまりに突拍子もない発言に僕と萃香さんは揃って面食らった。
ただ、そんな僕達の意見や態度を他所に、彼女は続けた。
「勿論、貴方達の戦い…吸血鬼の戦いに横槍を入れる事は考えてないわ。それに萃香の喧嘩を止めたのだって吸血鬼の誇りを尊重してであって他意は無い」
「なら何でさ!?」
「あら?戦いが始まれば干渉しないというだけで、戦いにならないのが一番平和だと思わないかしら?何もかもが最初から無かったと同義なら問題も無かった事になると思わない?」
争いが起きなければ犠牲も出ない。
誇りも失わないし、誰も失わない。
一見すればそれは正論のようにも聞こえる。
でも、この人が言っている事はそういう事ではないのだと、僕は理屈や理由の関与しない…本能のような部分で痛感していた。
言うならば、良いも悪いも全てごちゃ混ぜにして、全てを台無しにした後、その後始末を綺麗にしてみせれば問題ないと言われているかのようなーーー
そんな感想を覚えたのだ。
「それが紫の言い分だとすれば、あんたは私の喧嘩を止める必要が無かったじゃないか!私があの三人を消しても同じだった筈だろ!」
「それじゃ無意味ね。萃香が三人組を退治したら、あのプライドの塊のような吸血鬼達は萃香を許さないでしょ?そうなれば吸血鬼と鬼の間に軋轢が生まれる、それは新たな争いを生みかねない。特に貴方達のような幻想郷の重要なパワーバランスを担う者達が険悪になるのは私の幻想郷にとって望ましい事じゃないわ」
「だから…僕を元の世界へと帰そうとしてるんですか?何の争いも生まないように…」
「その通り。私の能力は『境界を操る程度の能力』。あらゆるものの境界線を操る事ができる…例えば貴方の住む世界と、この幻想郷の境界を操って貴方を元の生活へと送り返す事も可能ですわ」
境界線の操作ーーー
それが文字通り『あらゆるものの境界』であるならば、この人にできない事なんて無いに等しいのだろう。
真意のほどは読めないが、この人がその気ならば、僕の前にわざわざ現れてこんな話をしなくとも、僕達に悟られずに僕達を送り返す事もできただろう。
まるで…神隠しのようにーーー
「そうね、貴方が今考えているような実力行使とも取れるやり方もできない訳ではないわ。それこそ神隠しのように…ね」
「なら…どうしてそうしなかったんですか?こうして僕の前に現れた真意はなんですか!?」
これこそ無粋というものだろうか?
そんなものわざわざ問いたださなくても、わかっているではないか。
「選択する権利は貴方にあるからよ、阿良々木暦さん」
「選択する…権利?」
「ええ、私の提案に乗って元の平和で暖かい暮らしに帰るのも、このまま幻想郷に残り、その上で命を懸けて闘うのも自由。仮にその中で死のうとも、そのエゴに吸血鬼でもない紅魔の住人を巻き込もうとも、貴方の好きなようにすれば良いわ」
含みを持たせた言い方をしてはいるが、的は射てる。
失念していた訳ではないけれど、そもそも僕達が負けた場合には、吸血鬼ハンターの三人組を紅魔館ごと異空間へと封印する事をこの戦いの条件として挙げたのは他でもないこの八雲紫なのだ。
本人としては、残酷な最後を示唆するような条件を挙げた変わりにーーー
いわば心優しく譲歩して、帰りの切符まで用意してあげた親切な人の振る舞いとでも思っているのかもしれない。
確かに、僕がここで戦いから逃げ出したならば何も失わず、誰も傷付かず、全て変わらず…何も得ないままに静かな物語の終わりを迎えるだろう。
「納得いかないねぇ…」
明らかな怒気を孕みながら、小さくも大きな鬼が声を漏らす。
「確かに紫の言う通りにすりゃ名目上は丸く収まるのかもしれないね。けどこの人間だけ元の世界へと送り返したって件の三人組はどうするね?残りの紅魔の奴らだけで戦わせるのかい?」
「それなら問題ないわ。私が約束したのは吸血鬼の誇りとやらを懸けた戦いへの不干渉のみ。この外来人と眷属の吸血鬼がいなくなってからの戦いは幻想郷への侵害と変わらない、その時は幻想郷の実力者で迎え撃てば良いわ。なんなら私が直々に出ても良い」
事もなさげに、さも当たり前かのように、底の見えない微笑のまま、八雲紫は答えた。
そして鬼はーーー
「っざけんな!!!!」
烈火の如くキレたのだった。
「なんだいそりゃ!?あんたは血族の誇りをなんだと思ってるのさ!こいつらは自分達に圧倒的不利な条件でも飲み込んで戦いに挑もうとしてる、それを踏み躙るような真似して何様のつもりだ!」
「どうしたのかしら?面白い事にこそ執着する鬼の貴方が珍しい。私は幻想郷の犠牲を最小限に抑える為の提案をしているだけよ?」
「あぁそうだね…でも紫が考えてるのはそれだけだ!幻想郷を想う余りに吸血鬼の誇りを
「踏み躙る?尊重こそすれど踏み躙った覚えはありませんわ。それにひとつの種族が持つ誇りと、幻想郷全体なんてどちらが重要か比べるまでもないじゃない。萃香こそ珍しく人間の肩を持つわね?昔の男とこの人間を重ねてるのかしら」
「紫…いくら友人のあんたとはいえ…それ以上の発言は言葉を選びなよ?話し合いじゃ済まなくなる」
この二人がどれだけ親しい間柄かは存じないが、そうだとしてもこの空気は危ない。
萃香さんの過去にどれだけの出来事があったにせよ、その話は明らかな
決定的な言葉さえあればいつでも一触即発、刀光剣影の雰囲気。
仮に争いが起これば止める手立てなんて僕が持ち得る筈もない。
当然、僕のように脆弱なただの人間がこの雰囲気についていける筈もないのだ…
ただ、例外的に今だけは臆して縮こまる訳でもなく…
内心だけで言うなら、恐らくは萃香さんに並ぶ程に憤怒していたのだけれど。
ああ、だから僕は学習しない奴だと言われるのに…くそっ!
「ちょっと待てよ…待ってください!」
この場において、選択権こそ与えられてはいるが、立場的に一番弱い僕が声を張り上げた事によって、睨み合う二人は僕の方を見る。
「八雲紫さん…謝れるうちに謝っておきます」
「…何をかしら?」
「激怒した貴方に異次元送りにされる前に謝っておくって意味ですよ」
一拍おいて大きく息を吸い込む。
相手を選ばず軽率な行動だと我ながら思うけど許せよ忍。
「吸血鬼の誇りと幻想郷…どちらが重要かなんて比べるまでもないって言いましたね。ああ、その通りだ!僕にとって幻想郷よりも吸血鬼の誇りの方が比べるまでもなく大切だよ!それこそ比べるまでもない!」
一瞬目を見開いた八雲紫さんは、次の瞬間には僅かな笑みも残さない冷血な顔へと表情を変化させた。
「口を慎みなさい人間。幻想郷は私の全て、そして幻想郷に住まう全ての者の理想郷…それが吸血鬼の誇りに劣るとでも言うのかしら?」
「劣るだなんて言ってねえよ。ただ…僕の命よりも大切な奴が守りたいって言ったんだ。頭を下げたんだ…あいつがそこまでして闘う場所から僕が逃げる訳に行くか!」
「…例の伝説とまで謳われた吸血鬼の事かしら?」
「ああ、そうだよ。貴方が大切に想うこの世界に危険を持ち込んだ事は本当に申し訳ないと思ってます…なんならこの戦いが終わって僕が生きていたなら、その時は僕がその罰を受けても構いません」
「だからそんな事になる前に争いを避ければーーーー」
「避けられないんですよ。それがあいつの…あいつらの望みだから。その為なら僕の命なんて幾らでも賭けられる…それはレミリアの仲間達も同じ想いです。そんな絆を含めて誇りなんです。そこに倒れたとしても一切の後悔なんてない!」
「それで死ねば貴方を待つ人達とは二度と会えないとしても?」
「ここで逃げる僕を阿良々木暦として受け入れるような奴は僕の身内にいませんよ」
そうだ、それこそが阿良々木暦だ。
ここで忍を、忍の仲間達を裏切って逃げ出すような奴は僕じゃない。
そんな僕だから火憐も月火も、千石も、神原も、八九寺も、羽川も…戦場ヶ原だって僕と共にあってくれるのだ。
少なくとも僕はそう信じてる。
「…私はね、唯一無二の種族なのよ」
当然、僕には折れるつもりも、逃げるつもりも無かった。
内心どれだけこの状況にビビっているかと言えば今すぐにでも走って逃げたいくらいにはビビってる。
それでも僕は八雲紫さんの目を見たまま逃げなかった。
そんな僕の視線、姿勢に呆れたかのようにポツリポツリと彼女は話す。
「私という妖怪は私のみ。種族と名付けるならば八雲紫がそのまま種族の名前…同じ能力や習性を持つ妖怪なんて存在しない。鬼や吸血鬼とは違う…だから私には種族の誇りだなんて言われても検討もつきませんわ」
「一代限り…一人だけの種族!?」
「ええ、ですから貴方の言う事は理解に苦しみますわ。どうして只でさえ短い人間の生涯をそんな所で危険に晒せるのかしら?」
この人に関する様々な話は聞いている。
曰く、賢者であり幻想郷の最古参ーーー聡明であり有能な筈だ。
でもそれって本当なのか?
下手したら僕よりも頭が硬いんじゃないだろうか?
だってーーー
「貴方は言いましたよね?幻想郷は私の全てだと」
「ええ、この幻想郷は私の全て。人間で言うところの我が子のようなもの…何にも変えがたい私の宝ですわ」
「なら、もう理解してるじゃないですか」
ーーーだって、この人も充分な程に誇りを持って宣言しているじゃないか。
幻想郷は自分の全てだと。
「貴方はきっと幻想郷の為なら命だって賭けるでしょう。そんな大切な幻想郷に危険を持ち込んだ事…改めてお詫びします。でも、貴方が幻想郷を大切に想うように、僕もあいつらが大切なんです。それこそ命を懸けられるくらいに」
彼女は何も答えない。
でも、その顔には先程までの冷血さが消えていて、只々僕の目を見つめるだけだった。
「貴方は種族の誇りがわからないと言った。でも、幻想郷は貴方の誇りの筈だ。貴方が幻想郷の為に戦うように、僕もあいつらの為に…あいつらと共に戦いたい。どうか、それを許してもらえませんか?」
八雲紫さんはそれだけ聞くと口元を扇子で隠し、目を閉ざしたまま何かを考えこむかのように黙っている。
もしかすれば、己の宝とまで評した幻想郷と僕達が抱える問題を同列視された事に憤慨を覚えているのかもしれない。
はたまた聡明な賢者の事だ。
次なる大義名分の元に僕と忍を幻想郷から追いやる算段を立てているのかもしれない。
まあ、そんな僕の胸の内なんて戯言にと等しい杞憂だったのだけれど。
「仮に負け戦になっても…幻想郷は助けませんわよ?」
うっすらと目を開けた彼女から出たのは最後の確認。
「ええ、構いません。それがあいつらの望みですから」
即答できた。
自分でも驚く程に迷い無く、本心から答えられた。
「くっくっく…あんたの負けだよ紫。目に見えない大切な物の為に戦う奴なんて理屈じゃ測れないもんさ」
さっきまでの怒気を収めて、すこぶる愉快そうな萃香さん。
手にもった酒を一口煽ると笑顔のままで僕に笑いかけてくれた。
「はぁ…どうやらそのようですわね。まさか人間に論破されるだなんて思ってもみなかったわ」
「論破だなんて…むしろ言いたい放題な事を言っちゃってすいませんでした!」
今更になってどれだけ危険な真似をしたかがゆっくりと理解できてくる。
本当に異次元送りになってたらどうするつもりだったんだ、僕?
「いいえ、こちらこそ突然に軽率な事を持ち掛けたと思いますもの、考えが至らなかったやもしれませんわね。それと萃香も、いくら私と貴方の仲でも口が過ぎたわ…ごめんなさい」
「ん?あんたが謝るだなんて珍しい事もあるもんだねぇ。まぁ良いよ、紫だって幻想郷の為に必死なのはわかってる。私こそ強く言いすぎたよ」
「ひ、必死だなんて事ないわよ!やめてちょうだい」
突然、顔を真っ赤に染める八雲紫さん。
それを見た萃香さんはここぞとばかりに畳み掛ける。
「んー?今回の事だってそうだろ?本心を悟られないように振舞っちゃいるが、実は紅魔館の連中を守るために動いた癖に。あんたと私の付き合いだって良い加減に長いんだ、それ位はわかるつもりだよ?紫だって紅魔館を異次元に封印なんてしなくなかったから争いを避けようとしたとばっかり思ってたけどねぇ?」
「だ、だ、だ、だから何をいってるのよ萃香!私はあくまでも合理的に」
「あーあーわかってる!みなまで言うな!人喰い妖怪だなんて言ってる割に幻想郷で紫が人間を襲った話なんて過去一千年に渡って一度も聞かないもんねぇ?紫は幻想郷の人間も妖怪も含めて全てが大切なんだよなぁ?」
「きゃー!きゃー!やめてー!!!」
さっきまでのシリアスは何処へいったのだろうか?
まるで少女のように恥ずかしがる八雲紫さん。
対して、まるで悪
まあ、餓鬼も鬼なのかもしれないけれど…
ま、閉めるとするならばーーー
どれだけ強大な力を有し、畏怖される存在だとしても、誰かが誰かを想う気持ちなんて共通なのかもしれないという事だろう。
「と、兎に角!」
微笑ましい光景にそんな事をぼんやりと思っていると、八雲紫さんが例の空間の裂け目に逃げ込むところだった。
「貴方が戦う事を選んだ以上、幻想郷はこの異変に関与しません!そこだけは自覚して望みなさい!」
耳まで真っ赤に染めたまま、半身を空間から乗り出した八雲紫さんは告げた。
「大丈夫です、紅魔館の…貴方の大切な幻想郷の住人を貴方から奪うようなつもりはありません」
別にからかうつもりも、悪意も、皮肉もなかったのだけれど、僕がそう返すと八雲紫さんは『ボンッ!』という効果音が聞こえる程に顔を一層赤く染めてそっぽを向いた。
そして裂け目の両端がカーテンのように閉まっていく。
そんな去り際、小さく、でもハッキリと、
「紅魔を…よろしく頼みますわ」
それだけ告げて彼女は消えていった。
「ったく…素直じゃないってのも楽じゃなさそうだねぇ」
「あれ?似たような事を星熊に言われてなかったか?」
「あん?誰の事を言ってんのかねぇ…?詳しく話してみるかい?」
「やめとく!やめときます!!だからその物騒な右拳を納めてくれ!」
ここで本日何度目になるか数えるのも面倒な程に何度目かの気絶なんてしてたまるか!
鬼の拳、駄目、絶対!
「それにしても良く言ったじゃないか」
構えた拳を解くと、萃香さんは笑いながら言った。
「何の事だ?」
「いや、紫に対してあそこまで啖呵切った人間はきっと霊夢と魔理沙くらいのもんだろう。ましてや外来人が幻想郷の最古参を相手にあそこまで言ったなんて歴史上あんたが初めてだよ」
萃香さんはケラケラ笑いながら酒を一口煽る。
「僕ってそんなとんでもない事をしたのか!?この後報復されたらどうしよう…」
「相変わらず強気なのか弱気なのか落ち着かない奴だねぇ?良いんだよ、あれはあんたの勝ちさ!紫だってちゃんとわかってるよ」
「なら良いけど…何かあったら守ってくれよ?」
「何だって私が守らなきゃならないんだよ!自分の尻は自分で拭きな!…っていうかあんた、随分と親しげに話すようになったねぇ?」
「あ、そう言えば…」
一日を共に過ごし、挙げ句の果てに女郎蜘蛛との一件…さらには幻想郷の頂点とも言うべき八雲紫さんとの一悶着。
そんなあれこれを共に乗り越えて、すっかり最初の距離感を忘れていた。
誇り高い鬼を相手に些か馴れ馴れしくしすぎただろうか…
だとすれば、再び鬼の拳が飛んでくるかもしれない!
「ま、それで良いよ」
「へ?」
てっきり殴られるかと思いきや、萃香さんの口から出た言葉は僕の心配の逆を行くものだった。
「一日見てわかったけどあんたはやっぱり変わってるよ。少なくとも人間のくせに私みたいな妖怪と一緒に飛び回って逃げ出しもしないんだからねぇ。これだけ濃い時間を過ごしたならあんたはもう私の盟友さ、馴れ馴れしいくらいで丁度良いよ」
「萃香さん…」
「ほら、勇儀の奴にも言われたろ?そんな
「その拳に今日だけで何回意識を飛ばされたと思ってるんだ萃香!鬼の力を過小評価しているのか僕の耐久性を過大評価してるのかは知らないけどな、僕は萃香のパンチが充分致命傷になるくらい弱いんだぞ!」
「ははっ!そうやって気兼ねなく話せるんじゃないか。友であるならそれが正解さね」
「友に対して躊躇なく拳を奮うのはどうなんだよ…」
「あんたが親しき中にも礼儀ありって言葉を知らな過ぎなんだよ」
「お前が言うなや!少なくとも僕は親しい相手を殴るような礼儀知らずじゃない!」
八九寺とのあれこれや、神原と火憐とやったバトルはノーカウントだよな?
「親しい相手の角は好き放題に触りまくったけどねぇ?」
「うっ…」
「ほれ、何か言う事は?」
「ごめんなさい…」
僕の完敗だった。
「なーに、言ってはみたものの、これも長い余生の一小節…あんたみたいな奴が何人かいたとしても私は構わないよ。良い酒の肴ができて嬉しいくらいさね!」
「…なあ萃香、無粋かもしれないけど萃香の昔ってーーー」
「無粋なら止めときな。聞かない男の粋ってのを覚えたら、いつかは話してやるさ。それまでは楽しみにでもとっとくのも悪くないだろ?」
過去に触れようとした僕を邪険にはせず、ただ柔らかい笑顔のまま話を伏せる萃香。
確かに、『いつか』の話をするならば僕にとってこれほどのドーピングはないかもしれない。
訪れる戦いに向け、負けられない理由がまた一つ増えたのだから。
来年の事を言えば鬼が笑うとは良く言ったもので、あの格言はこういう場面でこそ使われて然るべきなのかもしれない。
「さて、日も落ちてきた…そろそろ帰ろうかね。あんたを待つ奴らの元へ」
「そうだな…帰るとするよ。僕なんかを待ってくれている奴らの元へ」
こうして僕と鬼が繰り広げたたった一日の大冒険は幕を閉じる。
少しだけほろ苦く、それでいて満たされるほどの暖かさを胸に、僕は紅魔館へと向けて歩くのだった。
友と共に。
どうもお久しぶりです、根無草です!
例のごとく話が長くなりすぎて、はしょれるだけはしょりました…それでも長いってなんだよ(。-_-。)
伝えたい事を文にして、くどくなりすぎないように修正をする、そうすると話がスカスカになる、これを延々と繰り返す…ジレンマ!!!
文才ってどこに売ってるんでしょうねホント…
さて、ひとまずは今回の話をもって幻想巡り編が終了です!
次回からは紅魔館へと話が戻る予定です!(場合によっては閑話だったり、メメ視点、専門家コンビ視点もありえるかも…)
だいぶ話が伸びてしまいましたが、興味とお時間がある方は引き続きよろしくお願いします!
PS
モチベーション維持、及び文才向上の為、ご意見ご指摘、感想ご希望は随時受け受けてますので、辛辣でも構いません、思う所のある方はビシバシとコメントお願いいたします!