東方怪異譚ーLegend of vampireー   作:根無草

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第45話ー御伽噺ー

帰巣本能とまでは言わないし、仮にそれを当てはめるとしても、ここは決して僕が暮らし育った、あの慣れ親しんでいる阿良々木家ではないのだけれど…

 

 

何はともあれ、僕は今、こうして無事に紅魔館の表門の前に立っている。

 

 

 

鬼を筆頭に、様々な面々との出会いがあった一日。

 

 

 

これをして貴重な体験と言わなければ、この先の僕の人生はきっと貴重な体験なんてものとは無縁な人生になるだろう。

 

 

 

それ程までに我ながら貴重で濃密で濃厚な一日を過ごしたと思う。

 

 

 

 

それは同時に、それだけ今日の体験に費やした肉体的、精神的な疲労も大きいという事であり、こうして無事に帰宅できたことで僕の中の休息欲も一層強く押し寄せてくるというものだ。

 

 

 

なので僕としては一刻も早く皆んなの元へ戻り、夕食もそこそこにベッドの中へと潜り込みたいところなんだけれど…

 

 

 

先に説明した通り、僕は依然として紅魔館の表門から動けていない。

 

 

 

 

 

 

 

正確には表門を正面から見る事ができる木陰から動けていないのだ。

 

 

 

ここで勘違いの無いよう明言しておくけれど、ここまで来て休憩もないだろうという意見をお持ちの方もいるのではないのだろうか?

 

 

 

全くもってその通り、僕も家を目の前に休憩を必要とする程に体力的な問題を抱えている訳ではない。

 

 

 

かといって、いまさら中へと入り辛いなんて事もない。

 

 

 

転校初日の転校生でもあるまいし。

 

 

 

 

では、どうして僕は木陰から動けないのかという最大にして最上級にくだらない理由の説明、もとい答え合わせをするとしよう。

 

 

 

そう、問題は門番なのだ。

 

 

 

 

この紅魔館には紅美鈴という門番がいる。

 

 

 

赤髪で長身、中華風の服を着たワガママボディのお姉さんだ。

 

 

 

 

その人に問題があった。

 

 

 

 

萃香と別れ、残す一本道を紅魔館へと向かいながら歩いていると吸血鬼の視力を持ってしてやっと確認できるくらいの距離から僕は美鈴さんの姿を見つけた。

 

 

 

日も暮れて、労働時間という意味では現代社会においてブラック企業とでも呼ばれかねないような勤務をこなしている美鈴さんを見て僕は素直に感心したものだ。

 

 

 

まあ、最初だけなんだけれど…

 

 

 

良く見ていると美鈴さんの挙動が明らかに不審。

 

 

 

辺りを必要以上にキョロキョロと見回し、異常なまでに警戒心を露わにしているのがわかる。

 

 

 

その姿は門番という仕事柄、警戒を怠らないというレベルを軽く超えていて、言うならば近くまで危険が迫っているのではと思わせる程だ。

 

 

 

当然、僕もなんらかの異常事態を想定する訳で、何かあった時の為にすぐ動けるよう、ある程度まで近付いて木陰に身を隠したのだ。

 

 

 

のこのこと帰宅がてら美鈴さんに話しかけたところを襲撃され、その果てに一網打尽になったのではお話にならないだろうとの考えあっての行動だった。

 

 

 

件の三人組の襲撃を想定しての判断だったし、美鈴さんを餌にするような思い付きではあるけれど、彼女の腕っぷしに信頼をおけるからこその判断だと言い訳させてもらいたい。

 

 

 

 

ま、結果から言うと、この判断は確実に間違いだったのだけれど。

 

 

 

 

「良し…誰もいませんね」

 

 

 

美鈴さんはそう呟くと、警戒心を解くどころか格闘技のような構えをとった。

 

 

 

 

誰もいないのに構えてどうするつもりなんだ?

 

 

 

と、率直な疑問が頭に浮かぶ。

 

 

 

そしてそんな疑問なんてものは浮かんだ側から吹っ飛んだ。

 

 

 

 

「私のこの手が真っ赤に燃えるぅ!」

 

 

 

…絶句。

 

 

 

これはアレだ。

 

 

 

うん、こんな馬鹿な僕でも本能的に理解した。

 

 

 

これは見ちゃいけないやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝利を掴めと轟き叫ぶぅ!!」

 

 

 

依然としてブレーキ知らずの美鈴さん。

 

 

 

そうだよね!僕が隠れたせいで絶賛一人の世界にフルトリップ中だもんね!

 

 

 

 

「ばぁぁくねつっ!メイリィィィィンンッ!!フィンガァァァアアアア!!!」

 

 

 

 

 

謎の虹色に輝くオーラのようなものを纏う美鈴さんは、手を真っ直ぐに突き出し、これまた謎のポーズで謎の必殺技を繰り出した。

 

 

 

なんだろうかこの気持ちは?

 

 

 

昔、火憐ちゃんが隠れてプリキュアのモノマネを練習していたのを目撃してしまったのを思い出した。

 

 

 

あの時もそれはそれは何とも言えない気持ちになったもんだ。

 

 

 

 

「ヒィィィイトッ!エンーーーーー」

 

 

 

 

そんな僕の気持ちも知らずに、構えの体制からフィニッシュに入る美鈴さん。

 

 

 

物腰が柔らかで、忠誠心に厚く、文武両道な彼女のイメージは爆音を立てて崩れさろうとしている。

 

 

 

もうさっさと済ませてもらいたい。

 

 

 

そしてさっさとこの記憶を追憶の彼方へと消し去りたい。

 

 

 

なかば現実逃避のようにそんな事を考えていると事態はさらに加速度的に進展する。

 

 

 

それはおよそ最悪な方向へと、最速で…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれー?暦じゃん。こんな所で何してるの?かくれんぼ?」

 

 

 

 

 

野生のチルノが現れた。

 

 

 

野生の馬鹿なチルノが現れた。

 

 

 

というか、野生の馬鹿が現れた。

 

 

 

 

 

「チ、チルノ!今はマズ…」

 

 

「いつから見てましたか…?」

 

 

 

 

馬鹿(チルノ)に気を取られたその一瞬、振り向けば戦国武将のような殺気を放つ美鈴さんがそこには立っていた。

 

 

 

 

「いや、これは!その!何というか」

 

 

「いつから見ていたかと聞いています」

 

 

 

怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!

 

 

 

何かこの人オーラ出てるよ!

 

 

虹色のオーラ出てるよ!

 

 

 

メイリンフィンガーの為に貯めた筈のオーラが漏れ出しちゃってるよ!!!

 

 

 

まずいぞ!このままだと僕がヒートエンドされる!

 

 

 

 

「お、おい!チルノ!お前もなんとかーーーー」

 

 

 

野生のチルノは逃亡した。

 

 

 

野生の馬鹿なチルノは逃亡した。

 

 

 

 

というか、野生の馬鹿は僕を見捨てて逃げた。

 

 

 

 

つーかあの野郎!こないだ僕がお前の為にどれだけ激怒したかも知らないで!

 

 

今度会ったら背中の氷でかき氷作ってやる!!!

 

 

 

「これが最後です…ど・こ・か・ら・見てましたか?」

 

 

 

 

「『良し…誰もいませんね』からです…」

 

 

 

「わかりました、暦さんを殺して私も死にます」

 

 

 

何故だ。

 

 

 

それがヒートエンドなのかバッドエンドなのかは兎も角。

 

 

 

これは確実に詰んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー時を同じく紅魔館、館内。

 

 

 

 

 

「おーそーいー!!!暦お兄様はまだ帰らないの!?」

 

 

 

「そう騒がないのフラン。日も暮れるしそろそろ帰ってくるわよ。ねえ?忍お姉様」

 

 

 

 

「ん?ああ、我が主様ならすぐそこにおるよ。紅魔館の表門くらいまでは来ておるじゃろ」

 

 

 

「そんな事までわかるのですか忍様?」

 

 

 

「かかっ、うぬは人間じゃからわからんのも無理はないのメイド娘。儂と我が主様はペアリングされておるから離れておってもある程度は感知できる、ペアリングが無かったとしても儂らは吸血鬼じゃ。その血を飲んだ相手なら多少離れたくらいならば血の匂いですぐに見つけだせる」

 

 

 

「それはまた規格外な力ですわ…幻想郷ではそれだけで一つの能力として名を馳せる程に。差し詰め『どこにいても見つけられる程度の能力』といった所でしょうか。…という事はお嬢様や妹様にも同じ事ができるのですか?」

 

 

 

「私と咲夜はペアリングされてないじゃない。それに貴女の血を吸った訳でもない。あくまでも暦と忍お姉様だからこその感知能力よ。羨ましいなら貴女の血を吸ってあげましょうか?」

 

 

 

「い、いえ、それは大丈夫ですお嬢様!」

 

 

 

「とにかく暦お兄様がすぐそこに戻ってきてるのね!?なら私、お出迎えしてくる!!!」

 

 

 

「ち、ちょっとフラン!そんな猛スピードで行ったらまた暦が…って、行っちゃったわ」

 

 

 

「ん?我が主様の方も猛スピードでここへと向かって来ておるぞ!?」

 

 

 

 

「「へ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー疾風迅雷の如く走る。

 

 

 

それはもう前へ前へと、ひたすら真っ直ぐに無我夢中で走る。

 

 

 

 

美鈴さんが妖怪の中で何の種族かはさて置き、吸血鬼の全力(中途半端)で走る。

 

 

 

紅魔館の表門から玄関までの短距離ダッシュだ。

 

 

 

 

というのもーーー

 

 

 

 

「待てぇぇええええいっ!お命頂戴ぃぃいいい!!!」

 

 

 

 

「待てる訳があるかあああ!!!」

 

 

 

 

それこそ鬼の形相で追いかけてくる美鈴さん。

 

 

 

というかお命頂戴って言っちゃってるあたり、捕まれば僕はここでお命を頂戴されるのだろう。

 

 

 

僕ごと黒歴史の隠滅を図ろうとしてんじゃねえよ!

 

 

 

 

「あんな醜態を言いふらされたら生きていけません!私と死んで下さい!!」

 

 

 

「それだとどっちにしろ死んでるじゃねえか!どんな本末転倒だよ!?僕は言いふらしたりしないから落ち着いて下さい!」

 

 

 

 

「嘘だっ!そんな事言って本当は咲夜さんやお嬢様と一緒に笑うつもりでしょ!そうはさせません!ここで死んでもらいます!!!」

 

 

 

 

「疑心暗鬼にも程がある!ここはいつから雛見沢になったんだ!?誰か助けてえええ!!!」

 

 

 

 

とりあえず僕の話を聞く気はなさそうな美鈴さん。

 

 

 

その差はとりあえず縮まっている様子はないけれど、こんな状態の美鈴さんに捕まる訳にいくか!

 

 

 

せめて咲夜さんやレミリアの所まで逃げ切らなければ!

 

 

 

さすがに美鈴さんも、上司や主人の前で恐慌に走ったりはすまい。

 

 

 

 

そして目指すゴールはもう目前、玄関を開け放って大広間まで走りきれれば僕の勝ちだ!

 

 

 

ーーーーって、あれ?

 

 

 

紅魔館の玄関っていつから自動ドアになったんだ?

 

 

 

どう見ても勝手に扉が開いたけどーーーーー

 

 

 

 

「暦お兄様ぁぁぁああああぁぁぁあああ!!!!!」

 

 

 

「フ、フラン!?」

 

 

 

 

勝手に開いた玄関から飛び出してきたのは今日も元気ハツラツ、天真爛漫フランドール・スカーレットちゃん495歳(推定)だった。

 

 

 

 

「バ、バカ!今はーーー」

 

 

 

 

「覚悟ぉぉおおおおおぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

その瞬間、吸血鬼の視力をもって僕が目撃したのは

 

 

 

満面の笑みで僕の腹部にめり込むフランと、

 

 

 

その衝撃で仰け反った僕の顔に振り落とされる、美鈴さんのカカトだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

 

 

「ん…」

 

 

 

目を開ければ、見慣れてはいないけれど見覚えのある天井がそこにはあった。

 

 

 

なんて言えば格好ついているかのように聞こえるけれど、一体これで本日何度目の気絶なんだよ僕…

 

 

 

 

「お、ようやく目を覚ましたかお前様よ。一同待ちかねておるぞ」

 

 

 

「いっつつつ…あれ?僕生きてる?」

 

 

 

 

「残念ながらそのようじゃの。しぶとさでいえば吸血鬼以上かもしれんわい」

 

 

 

 

「火憐ちゃんと月火ちゃんに暴力的な起こし方をされなかっただけマシとしてもだ、忍…色々と言いたい事がある」

 

 

 

「却下じゃな」

 

 

 

 

「なんでだよ!?」

 

 

 

「ふん、すぐに帰って来るかと思えば一日中どこぞをほっつき歩いてきて、やっと帰ったかと思えば失神しとる始末…そんな阿保の戯言なんぞ聞きたくもないわ」

 

 

 

「やけに辛辣だな!?僕が一体何をしたっていうんだよ!さっきも美鈴さんに殺されかけるし!」

 

 

 

 

「ああ、あの門番なら…ほれ」

 

 

 

 

「あん?」

 

 

 

 

見ればそこにはメイド長である咲夜さんの目の前で、深々と土下座している美鈴さんの姿が。

 

 

 

咲夜さんの言動からして、僕を撲殺しようとした罪で延々とお説教を受けているらしい。

 

 

 

僕が気を失ってからずっと土下座をしているのだとすれば、果たして美鈴さんはどれだけあの体制でいるのだろう。

 

 

 

そして、そうまでしてもその経緯を頑なに話そうとしない美鈴さんの姿が、どことなく悲しかった。

 

 

 

はらいせにメイリンフィンガーについてバラしてやろうかとも思ったが、その光景があまりにも哀れだった為、やっぱり内密にしておこうと思う。

 

 

 

 

しっかし忍の奴め、心なしかちょっと本気で怒ってるっぽいし…

 

 

 

やっとの思いで帰ってきたのに身に覚えの無い惨事に見舞われすぎじゃないか僕?

 

 

 

「ふふ、心配していたのだから素直にそう言ったら良いじゃない忍お姉様」

 

 

 

ふと見れば、机に頬杖をついた笑顔のレミリア。

 

 

って、何て言ったんだ?心配がどうとかって?

 

 

 

「レ、レミリア!うぬも余計な事を言うでない!」

 

 

 

「照れなくても良いじゃない、ペアリングの件や封印の件で誰よりも心配していたのは忍お姉様なんだし。暦もその辺の事はわかってあげなさいな」

 

 

 

「ん?え?は?」

 

 

 

「わ、わ、儂は心配なんぞしとらん!ただ日頃から身勝手極まりない我が主様に少しお灸を据えようとーーー」

 

 

 

 

「ちょっと待ってくれ!なあ二人とも、ペアリングがどうかしたのか?」

 

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

 

 

 

うわ、全員でハモりやがった!怖いっつーの!

 

 

 

 

「何も覚えが無いのですか暦さん?」

 

 

 

「覚えどころか一切合切の心当たりすらないんですけど…何かあったんですか咲夜さん?」

 

 

 

 

「惚けても無駄じゃお前様!何があったかは知らんがこっちもこっちで大変だったんじゃ!!訳もわからぬまま目を覚ましたらペアリングは切れとるし儂は完全復活しとるし!」

 

 

 

 

「なんだって!?それは本当か忍!?」

 

 

 

 

「この様子だと本当に心当たりがないみたいね…ねぇ暦、今日一日でいったい何があったの?」

 

 

 

 

「それはーーー」

 

 

 

 

僕としても突然ペアリングが切れるような事態に心当たりなど無い。

 

 

 

幻想郷へとやって来てこっち、吸血鬼性を上げてからというもの、縛りという意味で多少の自由は生まれているけれど、だからといって忍の封印が解けるだなんて考えられない。

 

 

 

そもそも、そんな危険性があったならばあの人を見透かしたような男である忍野が黙っているはずがないのだ。

 

 

 

という事は、忍達の言う事が真実ならば、あの忍野ですら見透かせなかった事が起きたとあう事になる。

 

 

 

こうして僕は、紅魔館のメンバーが一同に介する広間で(パチュリーさんは相変わらず図書館だったけど)、事の経緯を語りはじめた。

 

 

 

包み隠さず、萃香と巡った幻想の数々をーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーその頃、幻想郷を見渡せる小高い丘の頂上付近。

 

 

 

 

暦と別れた後、鬼である伊吹萃香は一人でそこにいた。

 

 

 

傍らには伊吹萃香のものであると思われる盃と、もう一つ、その場にいない誰かの為の盃がーーーーー

 

 

 

 

 

「よぉ、久しぶりだね。たまには顔出しに来てやったよ」

 

 

 

 

彼女はそれが当たり前の事のように一人で語りだす。

 

 

 

いや、心中としては一人ではなかったのかもしれない。

 

 

 

 

彼女の目線の先には、その場にいなくても、確かに話相手はいたのだから。

 

 

 

 

そこには一際大きな、それも意図して誰かが運んできたかのような立派な岩。

 

 

 

それはまるでーーーー墓石。

 

 

 

 

「今日はね、あんたにそっくりな奴に会ったよ」

 

 

 

瓢箪の酒を一口煽ると、彼女はツラツラと語り出す。

 

 

 

 

「弱くて脆い…あんたと同じ人間でさ、外見なんかは全く似てなかったけど心意気はあんたみたいに強い人間だったよ。

一丁前に私の心配までするような所は本当にそっくりだったねぇ。」

 

無鉄砲で世間知らずで向こう見ず…阿保みたいに優しい奴でさ、何百年ぶりにそんな人間を見たおかげで今日の私は機嫌が良いよ。稀にいるんだね、あんな奴が。」

 

他の奴にも会わせて回ったんだけどね、どいつもこいつもその人間を気に入ったみたいでさ、あの勇儀まで『お前は盟友だ』なんて言うんだよ?さすがの私も関心したね」

 

でさ、そんな奴だからこそ…あんたに似ているからこそ…柄にもなく心配なんだよ…」

 

 

 

 

墓石のような大岩の前、伊吹萃香は酒を煽りつつも悲しげな表情だった。

 

 

それは思い出の中に映る、懐かしい笑顔を思い出してーーー

 

 

 

「あんたみたいに帰る約束を破って…帰ってこないじゃないかってさーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーその昔

 

 

 

妖怪変化が当たり前に跋扈(ばっこ)する時代。

 

 

とある村に一人の人間の男と、一匹の鬼の娘がいた。

 

 

 

人と(あやかし)といえば争いは絶えず、殺し殺されが当たり前であった。

 

 

 

その中でも鬼と言えば人間にとって畏怖の対象であり、敵うはずもない絶対強者である。

 

 

 

しかし、その村の二人は違った。

 

 

 

互いが互いを解り合い、互いが互いを認め合い、互いが互いを求め合うーーー

 

 

 

どこにでもいるような愛し合う二人であったのだ。

 

 

 

幾年月、紆余曲折を経て、やがて二人は夫婦の契りを交わした。

 

 

 

鬼は男に対し、生きている限りずっと一緒にいる事を、自分を一人にしない事を

 

 

 

男は鬼に対し、決して泣かずに笑顔でいる事を、鬼の泣き顔なぞ見せぬ事を

 

 

 

それぞれ約束しあったのだった。

 

 

 

 

そんな二人を周囲の人間は心から祝福した。

 

 

 

人も妖も関係無い、愛し合う二人を咎める理由など一つも無かったのだ。

 

 

 

二人は慎ましくも穏やかに暮らしていた。

 

 

 

男は鬼の娘の為に仕事に精を出し

 

 

 

鬼の娘は男の為ならばと、男やその村人達の為だけに鬼の力をふるった。

 

 

 

 

しかし御伽噺(おとぎばなし)には終わりが訪れる。

 

 

 

ある日、男は鬼の娘に告げる。

 

 

 

 

仕事で数日の間留守にすると。

 

 

 

 

鬼の娘は、無事に帰って来るなら構わないと答え、男の背中を見送った。

 

 

 

そしてーーー

 

 

 

 

その折、男は必ず帰ると約束したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが…それ以来、男は鬼の娘が待つ家に帰る事は無かった。

 

 

 

 

幾度となく沈む夕日を数えても

 

 

 

枯れる草木を眺めても

 

 

 

過ぎる季節を感じても

 

 

 

男は帰って来なかった。

 

 

 

ついに耐えかねた鬼の娘は家を飛び出す。

 

 

 

帰るのであれば構わないと言ったが余りに遅すぎる。

 

 

 

ならばこちらが迎えに行くまでだ、会ったその時は男の頭に鬼の鉄槌を下してやろう。

 

 

 

そんな思いを胸に…ただ愛する者に会いたい一心で鬼の娘は走り出す。

 

 

 

 

山を一つ越え、二つ越え、荒れる野原を駆け巡り、猛る濁流を乗り越えて、それでも止まらず鬼の娘は走り続けた。

 

 

 

そして遂に、二人は再会を果たす。

 

 

 

 

それは余りに奇跡的で、悲劇的な再会をーーー

 

 

 

 

鬼の娘が見つけた男は変わり果てていた。

 

 

 

果たしてそれは夜盗の仕業か、妖の仕業か…

 

 

 

その身体は既に抜け殻、自分に向けられていたあの笑顔が嘘のように骨を剥き出しにし、着物や仕事道具が無ければ鬼の娘ですら本人と断定できない程に凄惨な光景だった。

 

 

 

鬼の娘は言葉を失った。

 

 

 

そして次の瞬間には怒りで我を忘れていた。

 

 

 

 

この嘘つきめ!

 

 

 

裏切り者め!

 

 

 

必ず帰るのでは無かったのか!

 

 

 

約束ひとつ守れない軟弱者が!

 

 

 

私を一人にしないのではないのか!

 

 

 

 

上がる息も、枯れる喉も、頬を濡らす雨も構わずに、大地が揺れる程の声で鬼の娘は怒鳴り散らす。

 

 

 

しかし、男は何も返さなかった。

 

 

 

 

どれだけ怒鳴ろうと、どれだけ叫ぼうと、そこには一匹の鬼がいるのみだったのだ。

 

 

 

声も出せなくなる程に叫んだ鬼は、雨に濡れた頬を拭う。

 

 

 

それはどうしようもなく熱い雨であった。

 

 

 

いや、それは雨ではなくーーー

 

 

 

 

涙。

 

 

 

 

嗚呼、私は悲しいのか。

 

 

 

愛する者を失って、どうしようもなく悲しいのか。

 

 

 

自覚してしまってからはもう駄目だった。

 

 

 

次から次へと溢れてくる涙は、もはや止める術もなく、まるで滝のように流れ落ちる。

 

 

 

 

愛する者と決して泣かぬ事を約束した。

 

 

 

 

それでも鬼は泣くのだ。

 

 

 

 

泣くなと約束を交わした相手はもういない。

 

 

 

ならば約束は破っていないだろう。

 

 

 

破っていたとしても先に破ったのはお前の方だ。

 

 

 

だから今だけは泣くのを許せ。

 

 

 

 

私は…お前がいないと悲しいのだから。

 

 

 

それは、今はもう語る者もいなくなった程の昔々の物語。

 

 

 

嘘に怒り、嘘に泣き、たった一度だけ嘘をついた鬼の御伽噺(おとぎばなし)ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー伊吹萃香は盃を空にして酒気と一緒に言葉を吐き出す。

 

 

 

 

「あんたがついた嘘を私は許しちゃいない。おかげで私は再会の約束を交わすのが億劫になっちまった。それは全部あんたのせいさね」

 

 

 

 

瓢箪から新たな酒を盃に注ぐと登ったばかりの月に掲げた。

 

 

 

 

「だからそのせめてもの罪滅ぼしだと思って私の願い事くらいは聞いときな。あの男は…阿良々木暦って男はここで死なせて良い奴じゃない、私みたいな鬼は神頼みなんざしないからねぇ、かわりに私が唯一心を許したあんたに頼む」

 

 

 

 

伊吹萃香が大きく息を吸い込むと、掲げた盃に映る月が揺れて砕ける。

 

 

 

 

「來る決戦、あいつを守ってやっちゃ貰えないか?あいつを待ってる仲間が外の世界に沢山いるんだ。私みたいな思いをさせたくないんだ。私がただ一人だけ惚れた男ならこんな願いに嫉妬する程に心が狭い訳がないだろう?だから頼む、少しばかり力を貸してやっとくれ」

 

 

 

 

それだけ告げると酒を飲み干し立ち上がる。

 

 

 

「あの時以来、一度たりとも涙は見せずに生きてきた私へのご褒美だと思ってさ、よろしく頼むよ」

 

 

 

墓石に背を向け、伊吹萃香は霧の如く消えて行った。

 

 

 

人の数だけ、心の数だけ物語がある。

 

 

 

これもまた、誰も知らない物語。




どうも根無草です!

早いものでこの小説を投稿してから早くも一年が経とうとしております!
完結していない事に我ながら戦慄ですw

来年の事を言えば鬼が笑うなんて言いますが、今頃萃香と勇儀は大爆笑でしょう…

それでも敢えて言わせてもらおう!来年は完結させると!


さて、暦も無事に帰宅し、なんやかんやありましたが決戦まであと一日!
最後の一日をどう過ごすのかを描写するかどうかを真剣に悩んでる今日この頃です…


ちなみに美鈴フィンガーの元ネタは本サイトで小説を投稿なさっている黒太陽様から頂きました!(許可は得てます)
ずっとやりたかったのに、中々帰宅しない暦のせいで出来なかった小ネタ…達成感が凄まじい!黒太陽様、本当にありがとうございます!


ちなみに最後に出てきた萃香の昔話はある程度の脚色はしているものの、元ネタはちゃんとあります。
詳しく知りたい方は『嘘と慟哭』でお調べ下さいσ(^_^;)

まあ、二次創作なので踏み切ったお話でしたが、ご批判などがありましたら遠慮なく言って下さい。
その都度、できる限りの対応をさせていただきます!


ではでは、興味とお時間のある方は引き続きよろしくお願いします!
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