東方怪異譚ーLegend of vampireー 作:根無草
春休み、僕は吸血鬼に襲われた。
それは目の覚めるような美しい鬼だった。
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード
その吸血鬼に襲われた僕は地獄のような二週間を過ごす事となった。
そしてそんな僕を地獄の底から引っ張りあげてくれた人物、それこそがこの男…忍野メメだったのだ。
人を見透かしたような事を好んで口にし、軽薄を絵に書いたようなこの男ーーー
全国を放浪しながら怪異に関するあれこれを蒐集する怪異の専門家で、中立の立場を重んじる自称バランサー。
そしてーーーー
三ヶ月以上前…六月十四日、文化祭の前日に別れの言葉も残さず忽然と姿を消したはずの男だった。
そんな男が今、この幻想郷という隔離世界において僕の目の前に立っていたーーーー
「お、忍野…お前なんでここに⁉︎」
「はっはー、待ちわびたよ阿良々木君。君はいつだって僕を待たせてくれるんだから、困ったもんだよまったく」
相変わらず人を見透かしたような事を言いやがって…
でも間違いない、こいつは正真正銘忍野メメだ。
「あら、あんた達知り合いだったの?」
一連のやりとりを見ていた霊夢さんが口を挟んできた。
そりゃこんな特殊な世界において知り合い同士が迷い込むなんて、その世界の住人からすれば驚き以外の何物でもないだろう。
でも…
恐らくは一番驚いてるのは僕だった。
「い、いえ…知り合いというかなんというかーーー」
「何を狐につままれたような顔をしてるんだい阿良々木君?僕と彼は旧知の仲さ霊夢さん。言ってみれば親愛なる友人だよ、まさかこんな所で再開するだなんて驚きさ、ねえ阿良々木君?」
僕を遮るように饒舌な忍野。
でも僕は知っている…こういう時の忍野は暗に警告しているのだ。
余計な事は喋らない方が良い、と。
「ふーん…ま、なんでもいいわ。幻想郷に迷い込むような人間なら何かしらはありそうなものだし…」
相変わらず我関せずの姿勢を崩さない霊夢さん。
霧雨さんは少し気にしている様子だったけど無理にでも聞き出すような事もしなそうなので、ある意味では助かった。
「ところで霊夢さん、少し阿良々木君と話がしたいんだけど一室借りても良いかな?何、悪巧みを画策しようって腹積もりじゃないさ。久しぶりに再開した友人と昔話がしたくてね」
「好きにして良いわよ。でも私も魔理沙ももうすぐ寝る時間だから長話は遠慮願うわ。紅魔館にも行かなきゃならないしね」
「やっぱり私は待たなきゃならないのか…」
無気力な霊夢さんとうんざりした様子の霧雨さんを残して僕達は普段忍野が使っているであろう部屋へと移動した。
ちなみに、現在の時刻は夜の九時…自宅で漫画を読んでいる時には既に日も落ちて風呂に入ろうとしていたのだから妥当な時間と言えばそうだろう。
そう考えると二人には迷惑をかけてしまった罪悪感が湧いてくる。
「まあ入りなよ阿良々木君」
忍野に案内されて入った部屋は、神社というだけあって木を基調とした和室だった。
それにしてもどれだけ和室が似合わないんだよ忍野…
「お前が住んでたあの廃墟に比べたら月とスッポンじゃないか、どこに消えたかと思えばこんな所にいたんだな忍野」
「はっはー、そりゃ何の皮肉だい阿良々木君。相変わらず元気が良いなあ、何か良い事でもあったのかい?」
そう言うと忍野はあの頃と変わらないアロハシャツの胸ポケットから煙草を一本取り出してそれを咥えた。
煙草に火をつけないのは相変わらずか…
「良い事なんてねえよ、これはいったいどういう事なんだ?」
自分に原因があるとはいえ、訳もわからずこんな所にやってきた挙句、そこに忍野がいる現実…
とてもじゃないが説明してもらわなければ頭が追いつかない。
「ん?ここの事はさっきあの巫女ちゃんから聞いただろ?相変わらず人の話を聞いてないんだなあ阿良々木君は」
「そういう事を聞いてるんじゃない!どうしてお前がここにいるんだ?」
それにしてもさっきは本人を目の前に霊夢さんと呼んでたのにいざ離れてみれば巫女ちゃん呼ばわりとは…
相変わらず図太い奴だな。
「ふむ…どうやらその辺から説明が必要か。やれやれ…君が関わるとイレギュラーばっかりだよ、僕に恨みでもあるのかな?」
「イレギュラーって…だから何の事なんだよ⁉︎」
「まあ聞きなよ阿良々木君、まず最初に断っておくけど今回君と忍ちゃんがこの幻想郷に訪れた事と僕がここにいる事は直接の関係はない、つまりは単なる偶然さ」
「ちょっと待て忍野、確かに僕だって驚きはしたけど…これが偶然って事はないだろ⁉︎」
偶然というには確立が余りにも馬鹿げている。
これに何の因果関係もないならそっちの方がよっぽど納得できない。
「そうだね…確かに君はイレギュラーではあるけど偶然と呼ぶにはあまりに出来過ぎな感も否めないかな、言い直すならこれは予期せぬ必然といった所だろう」
「回りくどい言い方はよせよ忍野、つまりお前は何のためにここに来たんだ?」
「はっはー、これは面白い事を言うねえ阿良々木君。まさかそんな事まで忘れてしまったのかい?僕の仕事の事まで」
言われてハッとする。
忍野メメの仕事…それは怪異譚の蒐集、そして全てのバランスをとる事ーーー
「そう、僕はここにバランサーとして派遣されて来た。僕の先輩に依頼されてね、いわば仕事の依頼さ。まあこれについてはこっちの話だ、詳しい事は話せないけどね。で、阿良々木君…この意味はわかるね?」
「先輩…臥煙さんの仕事か…つまりこの幻想郷における怪異と人間のバランスが崩れてるって事か?」
臥煙伊豆湖…忍野を始めとする専門家の元締のような人で大学時代の先輩だった人物。
何でも知ってるお姉さんだ。
だけど幻想郷の事まで知っていたとなるといよいよ怖い人だな…
「なんだい阿良々木君?もう臥煙先輩には会っているのかい?はっはー、これは災難だったね、心底同情するよ。まあこの話は一旦置いておこうか、そして阿良々木君の答えは半分正解で半分ハズレだ。」
「いや、お前はバランサーとしてここに来たと言ったじゃないか?それが半分ハズレってどういう事だよ?」
「そのままの意味だよ阿良々木君、そもそもおかしいとは思わないかい?ここは普通の人間が立ち入る事はできないってあの巫女ちゃんから聞いたばかりだろ?なのに僕も君も当たり前のようにここにいる…つまり」
「崩れたバランスは幻想郷の中じゃなくて…幻想郷と外界とのバランスって事か⁉︎」
「うん、概ねそれで正解だ。まあ正確に言うと、そっちのバランスが崩れたおかげで幻想郷の中のバランスまで崩れてきてしまっているっていうのが本当の意味での正解だよ」
いちいち皮肉った言い方をしてくる忍野には腹が立つけどこの際それは気にしない。
「じゃあ忍野、お前は今回このアンバランスを解決するためにここにいるって事だな?」
「そうゆうこと。事の原因に討伐すべき相手がいるとは限らないからね、もしそんな相手がいるなら僕じゃなくて僕の知り合いの暴力陰陽師が来るだろう。ま、相手が不死身とは限らないか…それならそれであの詐欺師が来るのかな」
「話の腰を折って悪いけど忍野…僕…既にその二人にも会ってるぞ…」
「…それはさすがの僕も引くよ阿良々木君。いったい何をやらかしたらあれからの短期間であの二人に遭遇できるんだい?」
「僕は何もしてねえよ!どうなってんだお前の身の回り!!」
「はっはー、本当に元気だなあ阿良々木君。でも話を戻させてもらうよ?つまり…今回大事なのはバランスさ。原因を探り外と中のバランスをとる事。言ってしまえばこの幻想郷そのものが怪異のようなものだからね、区別はしっかりとつけなければいけない。ここの住人は外界に出るにはーーー」
強すぎるし、弱すぎる。
そう話す忍野だった。
「それは…矛盾だろ忍野?強すぎて弱すぎるなんてありえなくないか?」
「いや、これもそのままの意味なんだよ阿良々木君。そもそも怪異の存在は人間の信仰から成り立っている事は前に話したよね?ここにいる多くの者は一度は俗世に忘れられた者達なのさ、そういう意味で弱すぎるんだ。外に出た瞬間、存在ごと消えてしまいかねない」
「それはわかる、でも…だからこそ強すぎる事にはならないだろ?」
「それもそのままさ、ここにいる怪異の多くはその存在を忘れられた者でありながら本来の力は絶大だ。そんな彼らが外の世界で再びその存在を取り戻したなら…旧キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの再来になっちまう、いや…それ以上か」
僕はここに来て事の重大さをやっと理解した。
下手をすれば妖怪大戦争になりかねないと、そう忍野は言っているのだ。
「それは看過できないな…それで忍野、僕はいったいどうすれば良いんだ?」
自分が役に立つとは思わないけど知ってしまった以上対岸の火事とはいかない。
僕がいるのは火中の真っ只中なのだ。
でもそれは他でもない忍野にあっさりと却下された
「相変わらず学習しないね阿良々木君、そんなんで本当に大学に行けるのかい?委員長ちゃんの障り猫の時にも言ったはずだよ、ここから先は専門家である僕の仕事だ。阿良々木君の出張るところじゃない。君は何もしないで待っててくれれば良いよ、それが君にできる唯一の事さ」
本当に同じ事を言われてしまった。
それは素人が思い上がるなと言われている気分だった。
今回に限っては心底無力なんだな僕は…
「ああ、でも朗報もあるよ阿良々木君。まず君はちゃんと元の世界に帰れる。これは保証するよ、さっき巫女ちゃんも調べると言っていたし僕も同時進行で調査するさ。万が一にも帰れないなんて事はないだろう。君がここにいる事は余りにもバランスが悪いしね」
君は誰からも忘れられていないのだから、と忍野。
「それは本当なのか⁉︎」
「本当さ、来れた場所なのに帰れないなんてメタ構造みたいなものはこの世に存在しないよ。そして二つ目の朗報は、君の吸血鬼性の事さ」
僕の影に目をやりながら話す忍野、それはまるで影の中の忍に語りかけているかのようだった。
「この幻想郷において一度上げた吸血鬼性が下がる事はない、勿論その結果として君と忍ちゃんが完全なる吸血鬼に戻る事もない。つまりは今の状態のまま春休みの頃のような力が使えるようになる」
「ちょっと待てよ忍野、それってどういう意味だ?復活はしないのに力は戻る…それこそ矛盾だろ⁉︎」
「それがそうでもないのさ、例えるなら満月の夜に吸血鬼の力が強くなるようなものかな?この幻想郷という世界では怪異の存在が認められている。つまり存在を忘れられたはずの者達が普通に存在できる環境が整っている、まあ恐ろしい事ではあるんだけどね。要するに一度得た力をわざわざ下げるようなルールがこの世界においては存在しない。これはこの独立世界を作ったものが定めたルールのような物だよ」
「そんなのありかよ…」
思わず苦笑が漏れる。
そして、そんなチートじみた話がある世界が怖くもなった。
「こんな事を教えるのはバランサーとして考えものなんだけどね、妖怪変化が群雄割拠するこの世界においては自分の身は自分で守らなければならない。誰も人を助けることはできないからね。だからこの話は僕からのプレゼントだと思って一人で生き延びてくれ」
プレゼントと言うわりに全く恩恵を感じないあたりこいつの人間性も大概だ。
「ま、それも幻想郷を出てしまえば元に戻るから問題ないんだけどさ。さて、楽しいお喋りもどうやらここまでだ…良い子は寝る時間だよ、阿良々木君」
ここでお終いと、話を切り上げようとする忍野。
だけどまだ聞きたい事は山程あったーー
「待て忍野!話はまだーーー」
その瞬間、部屋の襖が勢いよく開き、よく通る声で怒声が響いた。
「いつまで待たせるのよあんた達!男同士でイチャイチャと気持ち悪い!さっさと支度して出発するわよ!」
鬼の様な形相の巫女によって僕と忍野の対談は終了した。
忍野パート終了です!
補足ですが忍野ファンの方は安心して下さい、まだ登場する予定ですのでw
さて、次回からは東方パートになる予定です!
うまく世界観が繋がっていくように頑張ります!
ではでは、興味とお時間のある方は引き続きよろしくお願いします!
※ご意見、感想は随時受け付けてます!お時間がある方は是非!!