東方怪異譚ーLegend of vampireー   作:根無草

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第55話ー銃の専門家・決ー

「ありえない戦い方ね……」

 

 

遠くに見える美鈴と阿良々木暦の姿に思わず溜息が漏れる。

片や美鈴は霊体を相手に打撃での応戦、さらに悪い事にあの外来人……当たりもしない、まるで心得のないであろう刀を振り回すだけだなんてーー

美鈴は元から脳筋なところがあったけれど、まさかあの男もそちら側だったとは……さっさとここを片付けて加勢に向かわないと面倒になりそうね。

 

 

「あのパチュリー様……どうかされましたか?」

 

 

頭痛すら覚えそうなあの二人の戦い振りを見て溜息を漏らした私へと咲夜が心配そうに尋ねてくる。

 

 

「なんでもないわ……ただ、あの二人が霊体を相手に余りにも無意味な戦い方をするからつい、ね」

 

 

「……?あの、無意味な戦い方とはどういう事でしょうか?」

 

 

「あれを見てもわならないの?相手が霊体である以上、破壊力に頼った攻撃は意味を成さない。霊力や妖力を帯びた攻撃でなければダメージは発生しないじゃない」

 

 

それともそれが作戦なのかしら?

無意味な攻撃を繰り返す事によって隙を作らせ、そこに必殺の一撃を叩き込むとか……?

 

 

「……恐れながらパチュリー様」

 

 

「ん?どうしたの咲夜」

 

 

「その知識はパチュリー様しか知らない知識だと思われます。現に私も初耳ですし……恐らくは美鈴や暦さんも存じないのでは」

 

 

「……え?」

 

 

「といいますか、作戦会議の段階でそのような話は無かったものですから……」

 

 

しまったーー

 

当然のように周知の事実だとばかり思っていた。

わざわざ言うまでも無いと、特に注意も促さなかったけれど……まずいわね。

このままだとまたレミィに役に立たない知識人呼ばわりされる。

 

それよりも何よりも、フランのお気に入りであるあの男にもしもの事があったらーー

 

 

「咲夜」

 

 

「なんでしょう」

 

 

「さっさとこいつを始末するわよ。そして速やかに美鈴達を援護しに行くわ」

 

 

「了解いたしました」

 

 

冗談じゃないわ。よりにもよってこんなつまらないミスでフランから命を狙われるかもしれないなんて……

 

 

「作戦会議は終わったかい?わざわざそんな防御障壁を張らなくても僕は手出ししたりはしないのに」

 

 

「戦いにおいて僅かな隙が命取りになる事は常識よ、それにお前のような男の言う事を鵜呑みにする方がどうかしてるわ」

 

 

「あーあ、僕も随分と信用がないみたいだねぇ。相手が取り込み中に手を出さないのは正義の味方の常識だぜ?」

 

 

絶えず気持ち悪い笑みを貼り付けたままおどけてみせるバン・ブラハム。

それに合わせて張っておいた防御障壁を解除する。

 

 

「咲夜に対してあれだけ外道な事をしておいてよく正義の味方を名乗るわね、反吐が出る」

 

 

「へぇ、根に持つ方なんだ。だから言ったでしょ?僕は悪くない、ってね」

 

 

私は魔道書を、咲夜はナイフを構える。

同じくしてバン・ブラハムもその二丁拳銃のグリップを握りなおした。

 

 

「私が魔法をもって主力として戦うから咲夜は援護を、勿論ナイフに霊力を籠める事も忘れないように。そして作戦も忘れないようにね」

 

 

「お任せ下さい、二度と失態はお見せしませんわ」

 

 

互いに力を高めていく。

 

 

「やれやれ、じゃあ始めようかな……無駄で無意味で無関係な戦いを」

 

 

乾いた発砲音が響き、それが戦闘開始を告げた。

私達が飛びのいた場所は着弾によって土が弾ける。

 

すかさず火の魔法を発動、七曜の魔法の中でも霊に対して最も有効なのは炎ーー起源にして終焉の意味を持つ炎には当然、浄化の作用も含まれる。

さらにはそれに私の妖力も籠めているのだから当たればいくら亡霊といえども無事では済まないはずだ。

 

 

「まあ、そうくるよね」

 

 

それも解っていたと言わんばかりにバン・ブラハムも魔法を展開。

私のそれとは方式も術式も異なるけれど、それは水の魔法ーー私の起こした炎を沈静化していく。

五大元素の相対性を考えれば当たり前だけれど、やはりどれだけ強力な炎であっても水には相性が悪い……火を消すエネルギーと水を蒸発させる熱量では圧倒的な差がある、エントロピーの法則を女実に見せつけられた形ね。

 

 

でもーー

 

 

「それだけなはずが無いでしょ?」

 

 

私にもそうくる事は解っていた。

 

詰まる所、魔法使い同士の戦いとは地力とは別に頭脳戦の側面が大きい。

相手の先の先をどこまで読めるかが勝敗を決めるのだ。

 

だからーー

 

 

「これならどうかしら?」

 

 

咲夜が薄く笑う。

 

飛び出すのは炎も水も突き破って飛来するナイフが数本。

炎が消されるのは前提として、炎を隠れ蓑にナイフを潜ませるーーいくら霊力を籠めているとはいえ、流石にナイフのグリップは熱で変形しているだろうけどこれが当たるならば安いものでしょう。

 

 

「ははっ、芸が細かいね。メイドよりもマジシャンの方が向いてるんじゃない?」

 

 

目前に迫るナイフに対して余裕のバン・ブラハム。

必殺必中の攻撃を前にこの男は当たり前のように馬鹿げた行動に出た。

 

炎と水の向こう側から金属音が響く。

 

 

「これだから嫌なのよ……魔法使いのクセに魔法なしでも戦える相手は」

 

 

魔法を解除してそこを見れば、まだ硝煙の消えない銃口をこちらに向けるバン・ブラハムが無傷で立っていた。

その足元には無数の金属片がーー恐らくはそれは刺殺する前に全て撃ち落とされたナイフの残骸。

 

その不快な笑みも手伝ってか、私の中の嫌悪感がどんどん増長していく。

 

そもそも魔法使いとは魔力の研鑽に努め、武術の類には頼らないのが常識ーー

己の魔法こそが至高であれと自己を磨きあげる魔法使いにとって、その他の武力に手を付ける事はそれだけで下法に等しい行いなのだから。

 

 

「気に入らないって顔をしてるね、僕が魔法に頼った戦いをしない事がそんなに面白くないかい?」

 

 

「魔法使いならば魔法を持って戦う事こそが本分でしょう。お前のようにあれもこれも手を出すのは軽薄だと思っているだけよ」

 

 

「都合のいい事を言うね、ならそこのメイドさんのナイフはどう説明するだい?まさか自分が使った物じゃないからセーフだとでも言いたいの?」

 

 

「当たり前でしょう。少なくとも私は魔法だけを磨きあげてきた、咲夜だってナイフの腕を磨いてきた……お前のような汚い奴にそれを卑怯者よばわりされたくわないわね」

 

 

「それは元から素質を持っている幸せ者の言い分だね。僕達みたいな弱い人間が吸血鬼なんかを相手取って生き残る為にはあらゆる全てに精通していなきゃならないんだ」

 

 

君みたいな化物と一緒にしないでよ、とーー言うなり銃口が火を吹いた。

 

 

「『月符・サイレントセレナ』」

 

私と咲夜を囲むようにして魔法を展開、銀弾を防ぐ。

 

 

「幸せ者ね……それについては否定しないわ。私は確かに幸せを享受しているもの。大切な友人やその妹、騒がしいけれど愉快な門番、そしてとても優秀なメイドまでいるこの日々がとても幸せーー」

 

 

そうーー

 

私はこの戦いを親友であるレミィの為に戦うと言った。けれどそれは本心であって全てではない。

他ならぬ私自身がこの幸せを守りたいのだ。

 

 

「だから私は幸せ者だと認める。そしてその幸せを破壊せんとするお前はーー」

 

 

それぞれの指先から計五発、それを両手で計十発の大火球を発動。

弾幕ごっこならば大玉の部類かしらーー

もっとも当たり判定はルナティック以上で殺傷能力はさらにそれ以上だけど。

 

 

「愚か者というのよ」

 

 

全てを灰燼に帰す業火がバン・ブラハムへと迫る。

 

 

「凄い魔法だね、こんな禁術染みた魔法を人間が使えば術者が死んじゃうよ。さすがは魔法使いさんだ、なら……」

 

 

肉薄する火炎にも狼狽えず、バン・ブラハムは銃を構える。

まさか弾丸ごときで私の火球を消すつもりなのかと疑問すら覚える……そんな真似をすればいかに霊装の銀弾とはいえ一瞬で溶けてしまうはず。

 

けれど現実はそうではなかった。

 

 

「ばっきゅーん」

 

 

ふざけた台詞と共にその銃口から射出されたのは弾丸ではなく圧縮された水魔法。

あの二丁拳銃は魔力の装填・射出も可能なのねーー

 

何かの文献で人間の玩具には水鉄砲という水を飛ばす銃を模した玩具があると読んだ事があるけれど、あれはそれの上位互換のようなものかしらーーいかにも人間らしい発想の魔法といえるわ。

 

問題はその威力が玩具と呼ぶにはあまりにも可愛気のないところかしら。

 

それでもーー

 

 

「『傷符・インスクライブレッドソウル』!」

 

 

「えっ!?」

 

 

生憎と私の炎すらまたも囮なのよ。

 

もっとも、さすがは歴戦のハンターとでも言うべきかしら……私の魔法が禁術に近いという見解は悪くなかった。

あの業火球を人間が放てば恐らく無事ではすまないでしょう。

故に囮だなんて贅沢を言わずに、あれだけで焼き殺すつもりで放ってはいるのだけどーー

 

だからこそ、囮に使う価値がある。

 

 

「うわあああああああああああ!」

 

 

目では到底追えないであろう咲夜による高速の斬撃。

それはバン・ブラハムの身体を一瞬のうちに鮮血で染め上げた。

 

 

「はぁ……はぁ……仕留められましたかね……?」

 

 

息遣いの荒く瞳を紅く染めた咲夜が私の横へと戻ってくる。

 

 

「どうかしらね、それでもダメージは間違いなく深刻なはずよ。それよりも咲夜、無茶をしすぎないよう言ったはずだけど?」

 

懐から手拭いを出して咲夜へと差し出す。

この結界のシステム上、咲夜が能力を行使することは身体への負担が大きいはずーー戻ってきた咲夜は大粒の汗を浮かべて鼻血を流していた。

 

 

「申し訳ありませんパチュリー様……」

 

 

咲夜の瞳の色が元の色へと戻っていく。

たった一回の能力使用でこのダメージ……これ以上は避けたほうが良策ね。

 

 

「いえ、それでも良くやってくれたわ。後は私がやるから貴女は休んでなさい」

 

 

これにて作戦は首尾よく遂げられたと言って良いでしょう。

 

 

そうーー作戦。

 

 

そもそもこの結界によって空間に干渉する能力は使用不可になっている。

吸血鬼の様々なスキルは勿論、例えばフランの破壊や、咲夜の時間操作など。

結界の効果としては厄介極まりない。

 

が、それでもそれはあくまで()()に干渉できないだけであり、能力そのものが消えた訳ではない。

つまり、()()()()()()()()()()ならば操作できるのだ。

 

それを使って咲夜はスペルを使った。

外の時間を止めるのではなく、自分の時間を早めることによってーー止まった時の中で動くのではなく、時の流れよりも速く動く。

 

同時にそれは咲夜に返ってくる反動の大きさも産んでしまうけれど……人間としての弱い身体がその異常運動に耐え切れないがために息切れや四肢の痙攣、鼻血などの反作用が出てしまう。

 

過度な使用は生命まで脅かすかもしれない……

 

これ以上は咲夜を戦わす訳にはいかないわねーー

 

 

「いてててて……酷いことをするなぁ……」

 

「ーーなっ!?」

 

 

仕留めきれたとは思っていなかった。

 

それでもダメージは間違いなく戦闘不能に陥っていてもおかしくないレベルなはず……なのに何故ーー

 

 

「そんな平然としているのよ……」

 

 

バン・ブラハムは当たり前のように立ち上がり、服についた土埃を払い落としていた。

全身に負った裂傷は治癒もしておらず、真っ赤な鮮血が服を染めている。土埃なんかを気にするのが馬鹿らしい程に。

 

 

「はぁ……そんな……はぁ……あれだけやったのに……」

 

同じく咲夜にも目の前の光景が信じられないようだった。

あれだけの攻撃を文字通り命懸けで繰り出し、さらには間違いない手応えを感じていたのでしょうーー言葉が出なくなるのも無理はないわ。

 

それにしても腑に落ちない。

 

仮にこの男が不死身だと仮定して、それなら何故傷を治さないのか?

逆に不死身じゃなかったとして、それならば何故こんなにも平然としていられるのか?

 

なんらかの魔法で痛覚を遮断している?

いや、それは戦闘において致命的だ。仮にもプロのハンターならば痛覚を遮断するような真似はしないはず。

一見するとそれは都合良く聞こえるけど痛覚とは危険を知らせるシグナルなのだ、それを遮断してしまえば自己の危険管理ができず死に繋がる。

 

ならば不死身だけど傷は治せないーー?

 

いや、ありえないわね。

 

この三人組は亡霊……つまりは実態を持たない。

同じ人間から怪異へと変貌する者にキョンシーやゾンビが挙げられるけれど、実態のないこいつらがそんなゾンビ染みた不死性を持つわけがない。

 

駄目ね……どれだけ冷静に分析してもこの男が見えてこない。

 

 

「なんで平然としてるかって?うーん……わっかんない」

 

 

「……ふざけてるのかしら?それともアドレナリンの出過ぎで痛みが鈍ってるの?」

 

 

「ははは、そんな訳ないでしょ。普通に痛いよ、そこのメイドさんのおかげでね。それでもこうして立ち上がれたのはそこのメイドさんが手加減でもしてくれたのかな?ならやっぱりメイドさんのおかげだよ」

 

 

「ふざけるなっ!私が手を抜いたりするかっ!!」

 

 

こう言っては咲夜の立場もないけれど、正直な感想としては攻撃をくらったバン・ブラハムよりも攻撃を仕掛けた咲夜の方が深刻なダメージを負っているように見えてしまう……

 

 

「鼻血まで流して怒鳴らないでよ、興奮すると血が止まらないよ?あっ、そういえば」

 

 

大げさなほどのリアクションと共にバン・ブラハムは言う。

 

 

「僕達が人間から亡霊になった頃、クルースにこんな事を言われたんだっけ」

 

 

「……何かしら?」

 

 

「『この姿になって不老不死という存在になりはしたけど、バンは人間だった頃から当たり前に不死身でしたね』ってさ」

 

 

……どうやら私の考察は余すとこなく全てハズレだったようね。

というか、こいつの言う事が本当ならば単純にズレているーー極論、究極的なやせ我慢。

いや、やせ我慢なんて優しいものじゃない……こいつは自分の生命すら戦いの勘定に入れていない。

 

化物以上に異常な化物ーー

 

 

「残念だけどお前は昔も今も不老不死ではないわ、少なくともここで死ぬのだから」

 

 

「そんな怖い事を言わないでよ。それでなくてもメイドさんのおかげで死にそうなんだからさ。でも不思議と痛みがひいてきたなぁ……これは回復への兆しかな?それとも細胞が壊死でも始めたーーかなっ!」

 

 

「ーーくっ!?」

 

 

銃口から射出されるのは銀弾ではなく私の魔法に対する意趣返しのような火球。

大きさこそ私のものには劣るけど、速さと数が段違いだ。

 

いや、一番厄介なのはーーその全てが咲夜に狙いを絞っているところだ。

 

 

「させないわ!」

 

 

咲夜を対象に水の魔法を発生させ噴水のように障壁を作る。

フランを捕縛する際にそうするように水壁の要塞で咲夜を包む。

 

 

「よくできました、ならこれはどうするの?」

 

 

火球を放った銃とは別の銃が咲夜へと向けられる。

 

 

「仮に弾丸を撃ち込んだところで水の障壁は突破できないでしょうに……高速で衝突する物体に対して水という物質は頗る強いのよ」

 

 

「かもね。でも甘ぇよ……ただその甘さ、嫌いじゃないぜ」

 

 

そう言うと第二弾が発射される。

 

無駄な事をするとタカを括っていたけれど……これはーー

 

 

「紫電!?」

 

その弾丸は電気を帯びていたーー

雷に付随する魔法まで使えるの!?

だとすると今の状況は酷くまずいーー咲夜は今、水に囲まれた状況なのだ。

そこに雷なんて撃ち込まれたら感電死は免れない!

 

 

「くっ……間に合えっ!」

 

 

水魔法を解除、その瞬間、入れ替えるように土魔法を展開!

咲夜の前方に土壁を作って弾丸を阻止!

 

 

次の瞬間には土壁に着弾する音と地を這うように流れて消える電流が見えた。

 

 

「すごーい!良く間に合ったね!弾の速度に反応できるだなんてやっぱり魔法使いさんは格好良いなぁ」

 

 

「咲夜ばかり狙って……つくづく汚い奴ね」

 

 

「多人数相手の戦いにおいて弱い方から攻めるのは定石でしょ?汚いだなんて心外だなぁ。それなら僕一人に対して二人がかりで向かってくる君達の方が汚いじゃないか」

 

 

「誰が……弱いですって……?」

 

 

怒りにまかせて咲夜の眼が紅く染まっていく。

 

「咲夜っ!安い挑発に乗らない!自殺したいの?」

 

 

「ぐっ……申し訳ありません……」

 

 

「そうだよメイドさん、女の子は笑ってるのが一番だよ!ほら、僕を見習ってニコニコしなよ」

 

 

舌戦じゃ勝てないわね。

こんな奴を相手に論争で勝ちたいとも思わないけど……

 

 

「兎に角、咲夜を狙うのは自由だけど私がいる限り簡単にはいかないわよ?」

 

「そうみたいだね。魔法使いは冷静であれってやつかな?本当にめんどうだよーーだからこうしてみよっか」

 

 

再びの発砲音ーーしかし弾は発射されなかった。

いや、発射されないのではないーー見えない弾が発射されたのだ。

 

 

「いっつ……!?」

 

 

咲夜の苦痛を漏らすような声と共にその白い腕から血が流れる。

 

 

「風……風圧の魔法!?」

 

 

「御名答、次はもう少し増やすよ」

 

 

二丁の銃口は火を吹かずに風を吹いたーー

 

 

「咲夜!私の後ろに!『水符・ジェリーフィッシュプリンセス』!」

 

 

見えない弾丸を相殺するには死角のない防壁を張る必要がある。

咲夜と密着した状態でドーム状の障壁を作り籠城する形だーーでも、これではジリ貧……どうする!?

防戦一方では相手の思う壺じゃない……なんとか攻撃の糸口をーー

 

 

「パチュリー様、お願いがあります」

 

 

私の背後にいる咲夜から声がかかる。

この状況でのお願い?まさか自分を見殺しにしろとでも言いたいのかしらーーそんな事を口走ったらキツくお仕置きしてやるけど、レミィの代わりに。

 

 

「……何かしら?」

 

 

「もう一度、奴の目を欺く魔法を使っていただけませんか?」

 

 

「念のために聞いておくけど、それは何の為に?何のつもりで?」

 

 

少し考えればわかるような質問。

ここまで言われれば大方の予想はついてしまうーーそれでも聞かずにはいられない。

 

そして、そんな予想はやっぱり見事に的中するのだった。

 

 

「私が奴にとどめをさします」

 

 

「そう言うと思ったわ、でもそれは却下よ。能力の使えない貴女ではとどめにはならないでしょうし、仮に能力を使えば咲夜も無事では済まない。作戦と呼ぶにはハイリスクすぎる」

 

 

先のスペルで仕留められなかったのならばそれを上回る攻撃でなければならない……つまりは先の負担を上回る負担がかかる事を意味している。

 

たった一回の能力行使であそこまで満身創痍になっているのに、そんな無茶をしてしまえばそれこそ命に関わるでしょう。

 

そしてそんな勝利は私は勿論、レミィだって望んではいないーー

 

 

しかし、私は知らなかった。

 

 

「お言葉ですがパチュリー様」

 

 

咲夜がこんなにも強く、熱い人間だとはーー

 

 

「私の身体の事は私が一番わかっております。ですから私の心配は不要ですわ。それに……お嬢様、ひいては紅魔館を守るためならば全てのリスクを飲み込むつもりで今日まで仕えてきた私です、私にやらせてください」

 

 

「…………」

 

 

振り返れば咲夜の眼は赤く、朱く、紅く滾っていた。

 

それだけでその決意と覚悟が否応なしに理解できてしまうほどに。

 

 

「……勝算は?」

 

 

「お嬢様が勝利を望むならば私はそれを叶えるまでです」

 

 

「……貴女の身体はもつの?」

 

 

「お嬢様に解雇されない限り私は紅魔館のメイド長、必ずや戻りますわ」

 

 

ーー本当に、誰に似てこんな頑固な性格になったのやら。

お仕置きが必要なのは咲夜じゃなくレミィの方みたいね。

 

 

「……いいわ、ここまで献身的に紅魔館へと尽くしてきた貴女を信じてあげる。私の生命に変えても貴女へと繋ぐわ、だから……ちゃんと帰ってきなさい」

 

 

魔法使いは冷静であれ。

 

そんな常識さえも忘れてしまうほど、我ながららしくないと思うほど……咲夜に火をつけられてしまった。

 

それを悪くないと思えてしまうのだから私もよっぽど紅魔館での生活が気に入っていたのね……

 

 

「最後までもってよ……『火水符・フロギスティックピラー』!」

 

 

咲夜の身体も勿論だけど私だっていつ喘息の発作でスペル詠唱が危うくなるかわからない……生命に変えても繋ぐと言った以上、出し惜しみ無しの全力短期決戦しかない!

 

 

「うわっ!凄い火力!まさか魔法使いが力押しに出るなんて思わなかったなぁ。魔法使いって冷静さが信条じゃなかったっけ?」

 

 

「五月蝿いわね……ごほっ……魔法使いは常にクールで冷静に……それでも心は熱く滾らせるものなのよ!」

 

 

私のスペルの中でも結構自信のある技なんだけどね……これでも押し切れないか。

さすがは一流のハンター……いや、押し切る必要はない!

 

今はただ繋ぐ事だけを考えなければ。

 

 

「なにそれ?スポ根ってやつかな?魔法使いには似合わないし悪いけど僕には理解できないや。それに凄い魔法なのは認めるけど僕には届かないよ?」

 

 

水魔法で対応しながらおどけてみせるバン・ブラハム。

ヘラヘラと余裕と言わんばかりに笑ってくれるわね……こっちは余裕なんてないってのに。

でもその慢心はありがたいーー戦闘は僅かな隙が命とりなのだから。

 

 

「まだ……まだよっ……!『土金符・エメラルドメガロポリス』!」

 

 

広範囲を燃やし尽くすような業火の最中、地中から魔力錬成した宝石の柱が聳え立ち、バン・ブラハムを突き上げるように襲いかかる。

 

 

「魔法の同時詠唱!?しかも反属性の混合魔法って……ほんと冗談みたいな魔法を使うね、人間だった頃に戦っていたらと思うとゾッとするよ」

 

迫り来る業火と石柱から逃げるように空へと飛び上がるバン・ブラハム。

土属性の魔法にはそれが一番適切な対応でしょうね。

高威力のぶん射程や機動性に欠ける土属性の魔法ならば打ち消すよりも回避するのが魔法使いとしてはベターな対応よ。

 

 

本当……そういう部分でお前が魔法使いでいてくれて良かったわ。

 

 

「ごほっ!……い……今よっ!」

 

 

天を衝くように伸びる石柱の背後から影が飛び出すーー

 

 

「ありがとうございますパチュリー様!」

 

 

エメラルドメガロポリスまで使った隠れ蓑ーーフィニッシュブローとして使用するような大技を二つも使ったのよ……頼むわね、咲夜!

 

 

「うわぁっ!?なんでこんなところに!?」

 

 

背後に突如として現れた咲夜に驚きを見せるバン・ブラハムーーしかし

 

 

「……なんちゃって。ざーんねん、だから言ったろ?魔法使いは常に冷静であれって」

 

 

咲夜とバン・ブラハムの距離はおよそ五メートル。

バン・ブラハムは水魔法を使いながら飛行して回避と防御に徹していた。

 

 

なのにーー何故その銃口は咲夜を捉えているの!?

 

 

「びっくりした?そりゃ突然あんな大技を連発すれば裏があるって警戒もするさ。まさかさっきと同じ作戦でくるとは思わなかったけどね、僕って舐められてるのかな?ま、魔法使いなのに冷静さを欠いた君が悪いよ。だからこのメイドさんが死んでも……僕は悪くない」

 

 

その口元が歪に微笑みを浮かべる。

 

 

「さ、咲夜!逃げてっ!」

 

 

「無理だよ、チェックメイトだ」

 

 

放たれたのは魔法ではなかった。

 

正真正銘の銃弾。

 

ご都合主義の奇跡も、幸運も、救済もなくーーその弾丸は無情にも咲夜を撃ち抜いた。

 

 

「咲夜っ!!」

 

 

咲夜の能力とは無関係に時が止まったかのような気持ちだった。

 

真っ赤な鮮血が紅い夜空に飛び散るーー

 

咲夜は糸が切れた人形のように真っ逆さまに落下をーー

 

 

「う、嘘でしょ!?」

 

 

驚愕の声をあげたのは他でもないバン・ブラハムだった。

それもそのはず……弾丸に撃ち抜かれて落下していくかと思われた咲夜がその場に踏みとどまったのだ。

 

 

「ははっ……凄い人だねメイドさん、まさか銃で撃たれて落ちないだなんて。でも、それもこれでおしまいだよ!」

 

 

再び銃口を向けるバン・ブラハム。

 

もしまた銃撃されれば咲夜の生命は間違いなくーー

 

 

「咲夜っ!!」

 

 

スローモーションのように流れる時間の中、私はただ叫ぶしかできない。

 

ただ危機に晒される咲夜を見ているしかできない。

 

このままではーー!

 

 

しかしその瞬間、私は不思議な感覚に囚われた。

 

咲夜と目が合ったのだ。

 

今まさに銃殺されるというその刹那、咲夜は私を見つめていたーー力強く、諦めを知らない、真っ赤な瞳で。

 

 

「魔法使いは……常に冷静であれ……」

 

 

無意識、無自覚のうちに私は魔道書を開いていたーー

 

 

「言うこと聞きなさいこのオンボロ……!」

 

 

喘息くらいで根を上げてんじゃないわよ!

 

たとえここで呼吸ができなくなっても構わない……だから全力を……私にできるありったけを!!

 

 

「『日符・ロイヤルフレア』!!」

 

 

「ーーっ!?まだこんな魔法を!?」

 

まるで昼間のような光が辺り一面を覆う、そしてその熱量はバン・ブラハムを焼き殺さんと真っ直ぐ向かっていく。

 

正真正銘、これが私のラストスペルだ……

肺が爆発しそう……きっとこの後は行動不能ね……だからーー

 

 

頼んだわよ……咲夜……

 

 

「お任せください……パチュリー様」

 

「しまった!」

 

閃光に目をくらますバン・ブラハムの背後で咲夜は小さく礼をすると、ありったけの力を爆発させてナイフを構える。

 

 

「もう遅い!私は紅魔館のメイド長……支える人の望みを決して裏切らない!ーー『傷魂・ソウルスカルプチュア』!!」

 

 

繰り出されるのは高速の斬撃。

しかしその速度も威力も範囲もインスクライブレッドソウルとは比にならない。

今の咲夜に打てる最強にして最後のスペル。

 

そしてその結末はーー

 

 

「ぐっ……ああああああああああ!!」

 

 

鮮血を撒き散らして落下するのは咲夜ではなくバン・ブラハムの方だった。

 

 

そしてそれを追うように咲夜もーー

 

 

「咲……夜……ごほっごほっ……」

 

 

うまく呼吸ができない。

魔力を使い過ぎたのか身体も思うように動かない。

 

それでも這いずりながら咲夜の元へと近寄っていく。

 

それでなくてもあの至近距離から撃たれているのだ、そんな身体であれだけ強力なスペルを放ったのだから無事であるはずがないーー

 

 

「くっ……がはっ……はぁはぁ……や、やられたよ……」

 

 

すぐ側で血塗れで横たわるバン・ブラハムがこちらへと話しかけてくる。

 

というか死んでなかったの……?ここから反撃されたらもう打つ手がーー

 

 

「そんな警戒しなくても……()()動けないよ……銃もどこかにいっちゃったし……間違いなく君達の勝ちだ」

 

 

「どうだか……満身創痍は見て取れるけどそれだけでお前のような男の言う事を信じるのは早計すぎるわ」

 

 

とは言ってもこいつが嘘をついていようがいまいが、反撃されればなす術はないのだけど。

 

 

「はは……信用ないなぁ。でも……その冷徹さ、冷静さ、冷酷さ……嫌いじゃないぜ」

 

 

「……何でここでいい台詞がでてくるのよ?この後に及んでまだ何か隠し玉でも持ってるの?」

 

 

「ないよそんなもの……あーあ……また……勝てな……かっ……た……」

 

 

それ以上、バン・ブラハムが動く事も口をきく事もなかった。

 

亡霊であるこいつが普通の人間のように死ぬのか、はたまた成仏するのかなど知りはしないけれど、事切れたのは間違いなさそうね……

 

いや、そんな事はどうだっていいーー今はまずーー

 

 

「咲夜……!」

 

 

無事でないのは明白だけど死んでさえいなければどうにかなる!

再びレミィに治癒してもらうなり永遠亭に運ぶなりできる……だからどうか生きていて……!

 

 

動かない身体を無理矢理ひきずって、少しずつ咲夜へと近づく。

横たわる咲夜の姿は痛々しく、いたるところに血のようなものが見て取れた。

そんな咲夜の元へとやっとこさたどり着き、その傷付いた身体を抱き起こす。

 

 

「咲夜!ごほっ……咲夜!しっかりしなさい!!」

 

 

その身体には全く力が篭っておらず、華奢なはずの咲夜がとても重たく感じるーー

 

 

「咲夜っ!咲夜っ!!目を覚ましなさい!!」

 

 

鼻や口からは出血の跡、撃たれたと思われる傷は心臓こそ外れてはいるもののその胸元を撃ち抜いており、メイド服は夥しい量の血で濡れていた。

意識はなく、呼吸も確認できない……かろうじて心臓は鼓動しているようだけど今すぐに絶命しても不思議じゃない状況だ。

 

応急処置をしようにも既に魔力が空っぽの私にできることなんて殆んど無いに等しい。

二度に渡ってレミィの手を煩わせるのも気が引けるけど、この有事にそんな事を言っている場合ではないでしょう。

 

今にも魂が抜け落ちそうな咲夜を見つめながら私は声を張り上げるーー

 

 

「レミーー」

 

 

しかし、その声はありえない光景に遮られた。

 

 

「そんな……これって……」

 

 

紅い霧に覆われたはずの夜空はーー月も見えない漆黒の闇に覆われていたーー

 




お久しぶりの根無草です。

これにてパチェ咲夜組の戦いが終了します。
残すは吸血鬼組の戦いのみ……最終回まであとわずか!

更新ペースは遅いかもしれませんがよろしくお願いします。は
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