続きは(ないです)
「──ミ、ミレニアムのメインコンピューターがハッキングされています!」
瞬間、セミナーの生徒会室にいた全員の思考が止まり、1秒ほどの静寂が教室を包み込む。
「どういうこと!! そんなことがあり得るの!?」
静寂を破ったのは、ユウカの困惑が入り混じった声だった。その場の全員が急いでモニターを確認すると、セキュリティログが意味不明な文字列で埋め尽くされていく様子がありありと映されていた。
「本当にどういうこと……!? 何が目的……いやそもそもどこの誰がこんな芸当ができるっていうのよ……っ!?」
「こちらも対処をしていますが、迎撃プログラムも一瞬で無力化され……あっ、こっちのパソコンももう……っ!」
対処にあたっていたセミナーの生徒がそう叫ぶと、生徒会室のパソコンと中央のメインモニターの画面が暗転する。
「今すぐネットワークを切断……いや、サーバーを直接落として! ヴェリタスにも連絡を入れて!」
──こんなこと一体誰が、ユウカがそう考えた次の瞬間、モニターが再起動し、見覚えのある少女を模したキャラクターロゴが画面を埋め尽くしていた。
だいぶデフォルメされているが、快活そうな笑顔にピンクの長いツインテール。『NIHAHA><!』と書かれたセリフがチカチカ点滅しており、そのキャラクターは明らかに……
「コ~~~ユ~~~キぃ~~~~~っ!!!!!」
ミレニアム随一の問題児、黒崎コユキ以外の何者でもなかった。
「今コユキはどこ!? あのバカを1ミリ秒でも早く連れてきて──ッ!!!!」
文字通り雷のような怒号が響く中、教室の隅っこから消え入りそうな声で『……あの』と呟きながら、おずおずと手が上がる。
「あの……私ここにいますけど……にはは……」
バツが悪そうに引きつった笑顔を浮かべるコユキがそこにいた。
[chapter:────―]
「本当ですってばーっ!! 私何もしてないし知らないですよ!!」
数分後、救援を頼んだヴェリタスから来たチヒロが、復旧作業に当たっていてくれている間、今日は珍しく会合に出席するつもりだった、とのたまうコユキの首根っこを押さえて問いただしていた。
「そうは言っても、この画面のロゴはどこをどう見てもコユキでしょ!? アクセスログだってコユキの端末からだし、庇うにしたって無関係だそうです、じゃ誰も納得しないわよ!? 何かないの、心当たりとかでもなんでもっ!」
が、本当に何も知らないらしく、コユキの方もぴえんぴえん鳴き叫ぶばかりでなんの情報も得られなかった。
──確かに、本人がここにいる以上コユキが犯人だという線は薄い。時限式で何かを仕掛けている可能性は0ではないが、ハッキングの規模も速度もスクリプトやAIでどうこうできる範囲を超えていた。
そもそも、コユキはこんな自己主張の激しい大胆な犯行をするような人間ではない。ユウカはそう考えてその辺もコユキに尋ねるが、当の本人も心当たりはないようで。
「そんなこと言われても、ないものはないですし、自分の端末だって今隅っこでゲームで遊んでたからそんなこと言われてもですし……あっ! もしかして私のファンとかだったりしてっ!?」
「ちょっと今喋ってる余裕がないからツッコミはグーになるけど、いいわね?」
「や、やだなー……場を和ませるちょっとしたジョークですよ……にはは……」
コユキは良くも悪くもいつもの調子だった。
普段から悪巧みばかりとはいえ、問い詰められてしらを切れるほど隠し事は上手くない。やはりコユキの線は薄いだろうと、ユウカはため息をつく。
「はぁ……ヴェリタスが来てくれれば復旧はどうにかなるでしょうけど、事後処理どうすればいいのよこれ……」
「じゃあとりあえず、犯人じゃないこともわかってもらえたみたいですし、自分の部屋に戻っても────」
「いいわけないでしょ! 犯人じゃないにせよ重要参考人なのは変わりないわよ!! ほんとにもう……」
非常事態だというのにマイペース過ぎるコユキにユウカが呆れていると、その裏でカタカタとノートPCを叩いていたチヒロの手がピタリと止まる。
「──ユウカ、かなりマズいよこれ」
「……チヒロ先輩?」
「確かにアクセスがあったのはコユキの端末ってことになってる。けど、コユキ側の端末からはそれらしい痕跡はなにも検出されなかった……これはまだいいよ、IDやら何やらを全部偽装したのかもしれないし。それはまだいいんだけど──」
ユウカがチヒロのパソコンを覗くと、そこにはミレニアムのメインコンピューターに使用し、そこからさらに複数の別サーバーへのハッキングを仕掛けようとしていた
「……サイトのUIが書き換えられたり、監視カメラの映像に手が加えられてる。見て」
パソコンを見ると、見慣れない町並みを写した監視カメラの映像だった。見ると、歩道をコユキがぴゅぴゅぴゅーんと走り去る映像が流れてきた。
かと思いきや、同じ方向からコユキがまた一人走り去っていき、二人目、三人目、四人目。また別の方向から五人目、またまた別に方向から六人目──
「……なに、これ」
「わからない。今SNSで各地の監視カメラにこんな感じのイタズラがされてる、っていう情報が拡散されている。ちなみにUIはあちこちのサイトのロゴやバナーの画像が
「本当になんなの!?」
「……それ自体は大して問題じゃない……いや、問題は問題なんだけど、それよりもマズいことがある……それは、これがミレニアムだけの話に留まってないっていうこと」
そう言いながらチヒロが開いたログのスクリーンショットには、ゲヘナ、トリニティを初めとした主要な各学園、カイザーコーポレーションなどを含めた大手企業へ、ミレニアムのメインコンピューターからハッキングを試みたという紛れもない|証《ログ)が写されていた。
「──マズいなんてレベルじゃないわね」
「えっと……もしかして私、捕まります?」
「……それで済めばいいけどね」
冷や汗を吹き出しながら引きつった笑いを浮かべるコユキに対し、チヒロとユウカは最早『どうしよう』などと焦る余裕すらない。
それもそのはず。イタズラレベルとはいえ、別学園のメインコンピューターからのサイバー攻撃など外交問題……しかもご丁寧にわかりやすい痕跡、セミナーの一人を模したロゴまで使われていては、敵対行動、宣戦布告と捉えられてもなんらおかしくはない。
「下手すれば戦争よ」
「そ、んな……」
戦争、等という今まで縁もゆかりも無いなかった二文字にコユキの思考が追いつかず、はは、と乾いた笑いが出る。
そんな様子のコユキを見て、ユウカは彼女の腕をぐいと引っ張り立ち上がる。
「ちょっとユウカっ!?」
「──コユキの身柄は私が預かります。チヒロ先輩は引き続き復旧と犯人の特定をお願いします」
「……そう、わかった。万が一の時はあなたが責任を取るっていうことね」
「はい。そうならないよう、真犯人の特定を頼みましたよ」
二人はいくつか言葉をかわしたあと、ユウカはコユキを連れ生徒会室を出る。急ぎ足で向かった先は、もう見慣れたコユキのお仕置き部屋だった。
「えっと……ユウカ先輩……」
不安そうな顔のコユキを部屋に入れ、ユウカも入りそのまま後ろ手で重たい扉を閉める。
「──いい、コユキ。時間もないわ、落ち着いて聞きなさい」
コユキの肩を掴んだユウカは、真剣な眼差しでコユキの顔を見つめる。
「今から私はロックを掛けて部屋を出るから、少し置いてからロックを解いて外に出なさい。そうしたら、B棟の地下一階にある緊急時用保管庫にある防災バッグを持ってシャーレまで逃げるのよ。公共交通機関は使わないで、できるだけ人目につかないように……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! 私ほんとに何もやってないから逃げる必要なんてないんじゃ……ていうかむしろ逃げたらマズいのでは!?」
「……状況証拠が揃いすぎてる。もちろんアリバイもあるけれど、ミレニアムの技術力を理由にあらぬ疑いをかけられたら、身内の私たちじゃ庇いきれない。今回の件は明らかにコユキに罪を被せに来てる」
「そんな……」
「それにゲヘナとトリニティなんて、私たち《ミレニアム》からの攻撃なんてことになったら、あの二校がどう動くかもわからない。ましてやカイザー相手なんて犯人の身柄がどうなるかなんて想像もつかないわ……矯正局送りで済むならいいほうかもしれない」
ようやく事態を飲み込めたコユキの顔がどんどんと青ざめていく。
消沈するコユキを発破するように、ユウカが肩をもう一度バンと叩く。
「真犯人は私たちが見つける……! だからその間コユキは先生のところへ逃げて!」
「ユウカ先輩……」
「最悪足取りを追われても、超法規的権限を持つシャーレでなら中立の立場としてあなたを預かれるかもしれない……というかそれしかない……」
未曾有の事態に、ユウカもまた焦りを隠せないでいる。そのことに気づいたコユキは、ぎゅっと拳に力を入れ、息を整える。
「────わかりました。……まっ、私逃げるのだけは得意なんで! 大船に乗ったつもりで任せてくださいよ! にはははっ!」
身を案じてくれている先輩のため、コユキもまた覚悟を決める。先輩のため、自分のために身体を奮い立たせる。
「まぁ、結局いつものことですから! 舐めないでくださいよ、白兎の異名は伊達じゃないですから!」
「コユキ……」
「だから先輩も、真犯人早く捕まえてくださいね。私、信じてますからね!」
えぇ、と頷いたユウカは部屋を出て、足早に生徒会室へと帰っていく。
……しばらく経ち、そろそろいいかな、と支度を済ませたコユキもまた立ち上がり、強固なロックが掛かった扉のセキュリティを軽々解除し、扉を開ける。
長い逃亡劇の始まりは、こうして誰もいない静かで明るい廊下から始まった。
「……ちょっと映画みたいで、ワクワクしないって言ったら嘘になりますね……! にはっ」
続かない