2人だけなら幸せ。でも、もっとたくさんいたら?

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我儘を叫ぶ

 どこかの山奥。人が何とか往来できる程度にしか整備されてない山道を一人の男が歩いていく。やつれて。紅い不快感をまき散らせながら草花を踏み抜いていく。鳥獣は彼から逃げ出し、森がざわめく。そんな違和感さえ見えないほど、彼の五感は厚いモノに覆われていた。

 騒がしい森を進んでいくと小さな川につく。勢いを着けて飛べば飛び越えられそうなせせらぎだが、そこには確かに流れがあり、命を紡いでいた。

 スティルインラブのトレーナーは彼女を探す放浪の旅の中にあった。彼女を求め歩みを進めるにつれ体は紅に飲まれ、生物原初の欲求がその手から零れ落ちていく。間違いなく再び、スティルインラブの本能に飲み込まれつつあったのだ。

 

「スティル?そこにいるのかい?スティル…」

 

 男の足取りがおぼつかなくなっていく。交差するような足運びで、ついもつれて倒れてしまいそうと心配させながらも一歩一歩、川へ向かう。愛する女の名を呟きながら一歩一歩。盲者のように手探りで空気をかき分け赤子のように捉まる何かを求めて手を出し一歩一歩歩みを進める。

 血の川に足を沈め満面の笑みを見せて。

 

「スティル…見つけた…あぁ。綺麗だねここは…」

 

 何が見えているのか。安らぎの森林を見ているには壮大すぎる笑顔で何かに語り掛ける。曇りなく光る眼を隠すサングラスを川に投げ紅く紅く紅く紅く光らせ体を包んでいく。

 光が彼の体すべてを包み込む直前、黄色の波動が彼の体を吹き飛ばした。

 

「はぁっ!」

「うはっ…!」

 

 足を付けていた川から吹っ飛び、地面に転がる。久しく衰えた体にはそれだけで悶え動くこともままならないくらいのダメージになってしまう。咳き込み砂ぼこりを吹き出し酸素を取り込み。何度も乾いた息を吹き飛ばしてようやく思考がクリアになってきた。

 赤く狭かった視界にほんの少し色彩が戻ってきてはるか高くそびえる青が、煌々と芽吹く深緑が彼の目に飛び込む。

 

「突然すみません。あなたが持っていかれそうだったのでつい…。大丈夫ですか?」

 

 声の主は袈裟を着た青年だった。今の時代にこんな人間に会えるとは…。驚きを胸に抱きながらもトレーナーは青年の手を取り立ち上がる。

 持っていかれそう。そうだ。スティルにもうすぐ会えたのだ。ついさっきの混濁した光景がようやく脳で読み込めてくる。

 

「スティル…やっぱり…」

「心当たりがあるんです…ね」

 

 何かを悟ったかのように笠で顔を隠す青年。だがそんな彼にトレーナーは縋り付いた。乾いて声など出せる段階かも怪しい声帯を震わせ、血を吹き出すかのような叫びをあげる。

 

「見えるんですよね、スティルが!お願いします…あの子に会わせてください!!」

「うわっ……気持ちは分かりますが…」

「俺はあの子を連れ戻さなきゃなんです!スティルに会って戻って来いって叱らなきゃなんですだから…お願いします!!」

 

 向こうに行くのではなく、こちらに引き込んで説得する。持っていかれかけて、初めて今彼女がどうなっているかを直感で理解した。だからする。そんなとんでもない手法が実現できそうな存在が今目の前にいるのだ。なりふりは構っていられない。命以外のなんでも差し出す覚悟で放浪の男に助けを請う。

 仏道に進むだけあって慈悲深い袈裟の男。ここまで頼み込まれてしまうと無理だと一蹴するの気にもならない。彼の望んでいるものが出来ないわけではない。だがあちらの存在を呼ぶに留まらず連れ戻すには命の理を超越するほどの力が求められる。果たして修行中の自身に、そしてやつれて憔悴しきっている彼にそれだけのことができるだろうか。そこが不安だった。だが…一度関わっておいておきながら出来ないからハイおさらば。そんな無責任、仏様が、そして何より自分が許さない。そんな使命感が彼を突き動かした。

 

「分かりました。あなたのことは俺が守ります。だから…思いっきり、行ってください」

「はい!…えと、名前は」

「T。Tでいいです」

「Tさん、お願いします」

 

 そう言って青年は腕で文様を描く。川は境の地。あちらとこちらを分かつ狭間を埋める流脈。ならば、その境をこじ開ければ…!

 ゲートを開けた瞬間、手が伸びトレーナーの腕を掴んだ。白く細い腕だがトレーナーの紅い本能を伝って彼をそのゲートへと引きずり込もうとする。魂が惹かれ合うのか、磁石のNSが如くあっという間にトレーナーはゲートの中へ上半身が持っていかれてしまった。

 

「っく…!」

 

 だがそれ以上は引き込ませない。青年の念力がトレーナーの足をつかんで離さない。力で引っ張るより、こうして生きる力で引っ張る。その方があの紅の怪物に十二分対抗出来得る。そう見込んだのだ。

 

「スティル…!」

「トレーナーさんっ…どうして…」

「やアっとキてくれた♡」

 

 ゲートの先は目を疑うような絶景だった。色とりどりの花々が一面を埋め尽くし、歓喜と愉快があふれていた。その中央に、彼女はいた。スティルインラブが純白のドレスを纏って。

 その顔にうっすら、涙の跡を幻視する。涙が走った跡など見えなくても、心がそうだったのだ。そしてそれを包むかの如く紅い本能が理性を抱き、トレーナーの腕を掴む。愉悦と愛に歪んだ笑顔はトレーナーを認識した瞬間、顔が裂けるくらい大きな笑顔に育つ。恐怖はない。愛しているから。真っすぐ見据え、彼は手を伸ばす。

 

「迎えに来た!帰ろう!」

「ですが…トレーナーさんも分かっているはずです!私が近くにいれば…」

 

 血が混じる。初めて彼女にあった日、首を噛まれた時から避けられない未来だったのだ。そう…避けられないのだ。彼女を思うだけで、求めるだけで彼の本能が取って代わろうとしてくる。支配権を求め体を汚染してくる。

 きっと彼女も、芽生えたばかりの頃はこうだったのだろう。成り替わろうとしてくる未知に恐怖し押さえつけ、そうしてああなった。同じなのだ。今、彼らは同じ血を交わし同じ悩みを持っている。そして何より、共に居たい。そう同じ未来を望んでいる。生きてる間くらいは。いや、その先でさえ一緒にいたいのだ。

 

「それでいい!君と同じになれたんだ!君と肩を並べて、同じ悩みを持てる!俺はそれが嬉しい!」

 

 その時、トレーナーの腕を引き込む力が強まる。同じなら、来い!そう言っているがごとく。トレーナーは振りほどかない。それも『彼女』の愛だから。それすら、愛おしいから。

 

「ですが私はもう…そちらの存在では…」

「ならこっちに引き込む!血がもう混じってるなら、命が混じったってどおってことないはずだ!」

 

 スティルの手が伸びる。抑え込んでいた希望が少しずつ芽吹いてきている。雑草は、人に踏まれるから強く育つ。一度押し込めていた希望は…また強く、輝きを放つ。

 

「どうしテ?こっちなら、永遠に一緒ヨ。おいで…おいで!」

「君を待ってるのは俺だけじゃない。確かに君と一緒にいたい。いつまでも、どこまでも守っていたい(もっト走りを見セろ)。でもそれと同じくらい愛されていて欲しいんだ(愛シたい)!」

 

 瞬間、『彼女』の引っ張る力が緩む。その隙を見逃すことなくトレーナーはスティルの腕も、『スティル』の腕も掴み一気に引っ張る。

 

「2人とも愛してる!今でも、ずっと!だから…どっちも俺と一緒に来い!スティル!君らは…どうしたい!!!!!」

「『っ…!」』

 

 彼の胸に抱かれるように、2人の吸血鬼は飛び込んでいく…!

 

 

______

 

 

 

 小鳥のさえずりが遠くで聞こえる。木々が生い茂り、生きるため生い茂らせた葉が日差しを遮って微かな光だけが目に届く。感覚が少しずつ戻ってくると腕に重みを感じた。目をやると、そこには勝負服を纏ったスティルインラブが抱かれていた。

 

「…おかえり、スティル。…君もね」

「はい。ただいま…トレーナーさん」

 

 川の緩やかな流れを肌で感じながら、スティルの髪を優しくなでる。愛らしく美しい、俺が愛した栗毛。もう一度、帰ってきてくれたことへの安堵で髪を頬を、愛情を込め撫でつくす。スティルも恥ずかしそうにしながらも俺の手を受け入れてくれた。

 そんな俺たちを見て青年は困ったように笑っていた。

 

「あっ…えと、お恥ずかしい所を…」

「いえ、お気になさらず…」

「トレーナーさん、この方は…」

 

 せせらぎを肌で受け、どんどんと鮮明になる視界にようやくキチンと袈裟の青年を収めた。袈裟の色は黒。確か…一番下だったっけな。声からしても、20にあったかどうか位の青年だと予測する。修行中の身だろうか。

 にしては結構なことしてなかったかな…どうやってアレコレしてたんだろ。

 

「この方はTさん。君を引っ張ってくるのに色々協力してもらっちゃってね」

 

 守って、繋いで、取り戻させてくれた。徹頭徹尾この人がいなきゃ何も出来ずに、スティルを守るどころかスティルに飲まれていた。恩人だ。…そうだよ!超恩人じゃん!!

 達成感でダランとしてた体に電流を走らせ背筋を伸ばす。

 

「ほんっっっと!ありがとうございました!!」

 

 水しぶきが少し跳ねるくらいに勢いよく頭を下げる。きっとお坊さんだから対価を受け取ってくれないと思う。なら俺に出来るのはこうしてお礼を述べることだけではないだろうか。

 当然、急にド派手な感謝をされればタジタジしてしまうのは仕方がない。が、感謝は伝えなきゃ意味がない。

 

「い、いやいやそういう仕事でもあるからお気になさらず…。父に言われたんです。寺を継ぐなら…どんな人にも救いの手を迷いなく差し出せる人であれって。まだ…胸張って出来てるわけじゃないんですけどね。あ、あとこれ…おにぎりとお金です。街まで行けるくらいはあるはずなので」

「何から何まで…ありがとうございます」

 

 法衣の袖から札1枚と数枚の硬貨、そして真っ白な三角おにぎり2つを取り出し俺の手に握らせてくれる。流石に米に温かさはなかったがそれでも何か手に籠る温もりがそこにはあった。

 慈愛って、こういうこと言うのかな。

 

「それじゃ、俺はここで。あまり川に浸かりすぎないでくださいね。風邪ひいちゃ溜まんないんで」

「はい。本当ありがとうございました。…Tさん!きっと、いいお坊さんになれますよ!」

 

 Tさんはそう言って山奥に消えていった。きっとまた誰か、救っていくのだろう。 隣の芝は青い。彼の背中が、カッコよく見て仕方がなかった。

 あれもまた、ヒーローと呼ぶのだろうか。手を振りながら歩いてゆく彼を見て心に何かが吹き抜けてゆく。

 

「トレーナーじゃ出来ねぇな」

 

 まぁいいさ。俺は俺のやり方で、ヒーローってもんになるんだ。…この子の、この子だけのヒーローに。

 

「トレーナーさん?そんなに見つめられて…どうされました?」

「綺麗だなって思ってさ。ほんっと、もっかいこの目で見れて良かった」

 

 優しく腕を絡めると、スティルは嬉しそうに腕を掴む。愛おしそうに、もう離れたくないとしがみつくように。

 

「スティル。はい、あーん」

「あ、あ~///」

 

 Tさんから貰ったおにぎりを食べさせながら自分も食べる。米の甘さとほのかな塩気、そして噴き出てくる元気の味がした。美味しい。もう何日ぶりかも分からぬ食事。美味しいと思ったのはもっと前だろう。下手したら1年以上。

 色とりどりの世界に見惚れ、美味しい食べ物に頬を緩ませ、そして…愛する人を抱きしめ涙する。それが生きるということなんだろう。

 

「…よし!トレセン、帰ろっか!」

 

 力がみなぎる。それこそ、桜花賞なんて余裕で走り回れると錯覚しそうなくらいに活力があふれ出てくる。おにぎりのお陰?スティルがそばに居るから?ま、何にせよ彼のお陰だ。

 寺生まれってすごい。そう思った。




寺 生 ま れ の T さ ん
言うほどTさんの設定守ってたか?

まぁ…その…もっとハチャメチャトンチキしようとしてたんすけどね…シリアスを脱しきれなかった…

ただ、これは自分の中でスティルシナリオに抱く本音ですね。もっと我儘になっていいんだよ2人とも。我儘押し通して栄光掴むのがウマ娘、というかレースってものなんだからさ

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