エルフとトロール 〜三流魔法使いのトロール、メスガキエルフの下僕になる〜 作:ルブク
酒の席では無礼講。そして無益な争いが繰り広げられる。
第二章三話目。
AIで生成したイメージイラストを挿絵につけ、ちょっとしたお色気な話です。
もうちょい過激なエピソードも書きたいところ……その辺りはまたいずれ。
第二章の人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/385833/7.html
「と・し・ょ・か・ん〜?」
依頼を終えてからの帰りが遅いことをヴィンセントに尋ねたリュミエ。その回答が魔術書を読むために図書館に寄っていたという、何の面白みのないものだった。エールを一口あおり、眉をひそめ据わった目で彼を睨みつける。
「逆に尋ねるが、何をしていたと思っていたんだ」
「そりゃ、色っぽいお姉ちゃん達に鼻の下伸ばしてたりとか?」
ヴィンセントは二本ある牛串のうち、手つかずの方を自身の取り皿に乗せた。
「そういうのはもう、興味はない」
「もう?」
「……とにかく。やましいことはしていないつもりだが」
彼は含みのある言葉を誤魔化しながら串にかぶりつく。せめて色事の話題の一つや二つあれば面白そうだが、本人は話そうとしないだろう。残念ながら、期待外れと言う他にない。
「ふ〜ん。じゃあ魔法の勉強ってこと?」
「そういうことだ。元々、この街に来たのはそれが目的だったからな」
「真面目じゃん」
ヒトの数だけ知識があり、その知識は過ぎ去りし叡智を追い求めてゆく。モノが絶えず流通する交易都市はそれにうってつけの場として、市街地にはいくつもの図書館が建てられていた。
歴史書から叙情詩、そして魔術書の類まで――ありとあらゆる書物が各地から集められている。ある程度の識字能力があることが前提ではあるが、名簿に登録さえすれば誰でも利用できるようになっている。
「これからも戻りが遅くなることはあると思うが、大目に見てもらえないだろうか」
巨体のトロールが生真面目に頭を下げた。何のトラブルもないことにまずは一安心。しかし、色気がこれっぽっちもない結末にリュミエは口をへの字に曲げる。
これでは不確定情報に踊らされた愚かなエルフではないか。してやられたままではどうにも収まりがつかない。
「ま、事情は分かった。でも気に入らないなぁ」
「気に入らない……どういうところが? 黙って勝手なことをしていたから?」
静かに、しかしながら抗議の意思を示すヴィンセントの視線。それを知ってか知らずか、リュミエはもう一口エールを流し込んだ。やがて空になったジョッキを叩きつけるように勢いよくテーブルに戻す。
「――私は酒なのに何でアンタは水なんだよぅ! 私の奢りだってのに……エルフの酒は飲めねぇのかよぉ!」
酒気を帯びた吐息と共に、唾を飛ばしながらヴィンセントに文句をぶつける。今この卓で、酒を飲んでいるのはリュミエだけ。ヴィンセントは事前に断りを入れた上での水であった。
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「……君の酒ではなく店の酒だろう。普段酒は飲まないようにしていると最初に確認したはずだが」
「へ〜へ〜分かってますよ〜。飲めないんだよね〜……女も酒もいらないなんて面白みな〜いでや〜んの〜」
リュミエは大きめの樽ジョッキいっぱいのエールをかなり早いペースで飲んでいた。体内を急ぎ足でアルコールが駆け巡り、絹のような頬が赤く上気している。
要するに、ただのタチが悪い酔っ払い。
「でも私は知ってるぞ」
据わった目のまま人差し指をヴィンセントに突きつける。
「そうゆう――澄ました顔のやろぉが実はむっつりだってのぉさぁ」
「それはただの偏見というものだ」
「へぇ〜そ〜ですか〜?」
絡み酒ほど厄介なものはない。どれだけ冷静に弁明しようが聞く耳持たず、ケタケタ笑ったかと思えば怒りだし、そして最終的には涙をこぼす。
まだリュミエは酔っ払いの第一ステージに上がったばかり。飲んで楽しい陽気な酒である。
「……ちょっと待ってて。イイこと思いついたぁ」
そう言うなり、彼女は席を立った。酒場のカウンターの方へ、賑わう店内をするりと綺麗にかいくぐりながら。
追加の注文ならばこの場で店員に声をかければいいだけだ。ヴィンセントは真意を掴みかね、カウンター越しに店員と会話するリュミエの背中を見る他なかった。指で一つ、二つと何かの数を指定し、店員はそれに快く頷き店の奥に引っ込んでゆく。
(
そして現れたのは取手付きのずんぐり丸く白い瓶。更に大小一組の木のコップを受け取り、リュミエが粘っこい笑顔のままテーブルに戻ってきた。
「へへっ、こいつでぇ……アンタの化けの皮ぁ剥がしてやるよぉ」
荒々しく置いた瓶をペチペチと叩く。彼女が自信満々に持ってきた物が何であるのか大方予想がついた。
「敢えて聞くが……これは?」
「豆を蒸留して作った酒だょ。強いけど美味いンだよぉこれ……これでさ、私とアンタで……飲み比べしよぉってぇ」
「何故飲み比べ」
問いかけをまるきり無視して準備を進めてゆくリュミエ。大小のコップのうち小さい方を自らに、大きい方をヴィンセントに配る。
「そンの仏頂面がいつ崩れるかなぁ〜♡ やめてって言っても聞いてあげな〜い♡」
酒により枷がなくなった彼女の勢いは留まることを知らない。サシでの飲み比べ勝負を本気でやるつもりらしい。空いた料理の皿を店員に片付けてもらうなど、着々と準備を進めていた。
「あ。そーだ」
だが、ぱたりと動きが止まった。
「やるからにはさぁ、万が一アンタが勝ったらご褒美あげないとねぇ――ご褒美。そっだなぁ――」
「待ってくれ。受けるとは誰も」
リュミエはテーブルに身を乗り出した。片手を支えにしながらヴィンセントへ顔を寄せ、もう片方の手で口元を周りに見えないよう遮る。
そして静かに、小悪魔的な色香をもってささめくのである。
「よしこうしよう。もしアンタが勝てたら、
ままごと。大人の。
摩訶不思議な言葉の組み合わせにヴィンセントは困惑する。ままごとはあくまでもままごとであり、それに大人の、という単語をつける意味が見いだせない。
しかしながら、またぞろロクでもないことを考えているのは確実だろう。彼は敢えて口を噤んだ。
――それが逆に、リュミエの
「……はは〜ん。ナニするか分かってなぃね? 教えてあげよう! 大人のままごとってのはさ、つまり――」
リュミエは席に座り直すと、自らの乳房を両手で下から持ち上げるように掴んだ。そして寄せて谷間を作りながら、ゆさっ、ゆさっと上下に揺らす。
「――こういうことさせてあげるってこと。ど〜よぉ?」
そして満面の笑みである。元々胸元が大きく見えるドレスを着ていたがため、柔らかい肌も質感も全てが丸分かり。
「貴方もれっきとした女性だ。あまり……そういうことを人前でするものではない」
気恥ずかしくなり、思わずヴィンセントは視線を外した。
だが、それがいけなかった。
「へ〜え、
酒に酔えども感覚は鈍らず。
「ナニをするのかなぁ〜んも言ってないけどぉ? 知らなきゃさぁ、そういうことって言葉は出てこないよねぇ?」
「――!」
思いもよらぬ指摘にヴィンセントの動きが止まった。しかし目敏いリュミエは追及の手を緩めず、なおも彼を責め立てる。
「ほらほら、なぁんとか言ってみ、ぅん? 興味がないとかカッコつけちゃってさぁ。か〜わ〜い〜い〜♡ しかも結構アレなこと知ってるみたいだしぃ……いひひっ♡」
最早どう弁明しようともリュミエのオモチャとなる未来が明確だった。
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一方的になぶれる相手が見つかったからか、彼女の瞳は爛々と輝き、舌はいよいよもって滑らかさを増してゆく。こうなってしまえば、寡黙なトロールに止める術はほぼない。
「……分かった。やればいいんだろう、飲み比べ」
「そうこなくっちゃぁ! 焦らす男は嫌われるよ?」
完全に掌の上で転がされ、ため息混じりの了承である。
瓶を引っ掴み、待ってましたと言わんばかりのリュミエ。無色透明の豆の蒸留酒をそれぞれのコップへ注いでゆく。もう既に自らの勝利を確信しているであろう彼女。
「その前にとりあえず、一つだけ言わせてもらいたい」
「ん〜? 今更できませんはナシだよ」
「いや。飲み比べはする。するが……」
しかし好事魔多し――ヴィンセントはしたたかに反撃の手を打った。
「他者の発言は正確に捉えるべきだ。私は酒が
「はぁ? 何がちが……」
目の前のコップを手に取り、ヴィンセントは豆の蒸留酒を一息に飲み干した。豆の豊かな風味が口の中にふわっと広がり、飲み下すと確かに喉を刺激する酒を感じる。雑味なく澄み切って洗練された味わいに、造り手の確かな仕事が想起された。
「うん、確かに美味い」
コトン、とコップをテーブルに戻す。久方振りの酒の味わいに、自然とヴィンセントの顔が緩む。
「まぁ、こういうことだ」
不意の反撃を受け、リュミエはただただ動転した。瓶を抱えたまま、目を白黒させるばかり。
「えっ。ちょ、酒飲めな……えぇ?」
「飲み干してしまったので、もう一杯注いではもらえないだろうか。この酒ならいくらでも飲めそうだ」
空のコップをリュミエに向けて差し出す。度数の強い酒を飲んだにも関わらず、表情も言動も一切変わることがない。
「いやまさかアンタ……」
「飲み比べ、止めるのなら私は一向に構わないが」
「っ!?」
「むやみやたらと身体を開くようなことを言うものではない。例え酒の席の勢いであったとしても」
要するにヴィンセントは酒豪なのである。しかも相当な。
隠されていた事実を目の当たりにしたリュミエは言葉を失った。自分がすっかり上にいて、哀れなトロールを尻の下に敷いているものと信じ切っていた。しかしそれはただの見せかけであり、反撃の機会を伺っていたのだと気づいた時には。
「ちょっ、この……!」
「ここで止めたとしても恥じることはない。これも経験の一つになるだろう」
形勢は一気に正反対へ。余裕綽々のトロールに、顔を青や赤に目まぐるしく変えるエルフ。
――ドンッ!
と、思いきや。
ヴィンセントのコップを酒で満たし、瓶を激しく置く。
「やってやろうじゃんかよぉ! エルフ舐めんな!」
捨て身の賭けか、意地の挑戦か。鼻息荒く、口角を僅かに痙攣させながらリュミエは席に着いた。そして始まるは丁々発止の飲み比べ。賑やかな酒場の一部を別世界と変え、二人は人知れず争いに勤しむのである。
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――一杯目。
「……くぅ〜っ!」
ショットサイズのコップを豪快にあおり、勢いのままに酒を流し込むリュミエ。ヒリつく喉の感覚に吐息を漏らしつつ、まだまだ健在の様子。
ヴィンセントは言うまでもなく。悠然と酒を飲み進めてゆく。
「悠長に飲みやがってぇ」
「急いで飲んだら体に障る。慌てなくてもいいだろう――よし、次といこう」
――二杯目。
「……うぅっ」
リュミエは苦しそうな嗚咽と共に、テーブルへ打ち付けるようにコップを置いた。しかめっ面で眉間を押さえ、重くなりつつある頭を支えている。
「止めるなら限界になる前の方が良いぞ。何事も過ぎるのは良くない」
「ちっ。うるさぁい……」
自身の何倍もの量を飲み平然とするヴィンセントに対し、隠すことなく舌打ちを飛ばす。既に瞳の大きさは平時の三分の二ほどまでに閉じられていた。
――三杯目。
「……大丈夫か? もうそろそろ止めにした方が……」
ヴィンセントの心配をよそに、リュミエはどうにか酒を飲み干した。しかしかなりの
目は開いているのか閉じているのか定かではなく、首もふらついて危なっかしい。どうにか姿勢を保っている状態であり、脇からつついただけで倒れ込んでしまいそうだった。
「……いンゃ、つ、ぎ……」
しかし辛うじてながら声を絞り出し、次の一杯を催促する彼女。
その根性は賞賛に値するものである。ただ、酒量が過ぎることの危なさに複雑な表情で、ヴィンセントはもう一杯を注ぐのだった。
――四杯目。
「ふひっ……さけがぁ、よっつに……みえ、るぅ……」
リュミエの顔は余すことなく真っ赤に染まり、瞼は開けていられないほどに重く。おぼつかない手でコップを探り当て、その割に躊躇なく喉に流し込んだ。
「へへっ、見ろぉ……のんだぞぉ……」
「駄目だ。もうこれ以上は貴方が」
「あぁ? だにぃ……?」
震える指で、既に飲み干していたヴィンセントを指す。これ以上は誰が見ても限界だった。
「……あぁ、っそ……」
ゆっくり、ゆっくりと体が前に倒れてゆく。耐え難い酔いと睡魔に抗えず、重い頭が沈み込む。そして両腕を枕にテーブルへ突っ伏してしまった。
「……おとな、の……ままご、と……やンぞぉ……」
リュミエはうわ言ながら約束を果たそうとしていた。この様な状況であっても、約束を果たそうとする姿勢は見事なもの。
とはいえそういう潔さがあるならば、最初から大人しく引き下がってくれればと。一度振り上げた拳の収めどころを見失ったのだろうか。
「……しないよ。そんなことは」
リュミエが酔い潰れてしまったので、飲み比べはこれにてお開き。諸々の支払いは彼女の財布を拝借して。
元々奢りという話なので何ら問題はないはず――後から追加で請求されない限りは。
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――何かがおかしい。
揺り籠に横たわって
瞼を開けると遥か遠くに星々の瞬きが。そして近くに目をやると緑色の逞しい顎とそれなりに整った鼻が。
「あ、ぁ〜……」
「――起きたのか。酔いの具合は?」
かすかに上げたうめき声に、まっすぐ向こうを見ていた緑色のトロールが反応した。どうやら横たわっていたのは揺り籠ではなく、ヴィンセントの腕の中。
「あぁ……外でもいっけど、できんなら部屋の中……一番はベッドの上で――」
約束は約束。エルフの女に二言はない。
しかしヴィンセントはまともに取り合おうとはしなかった。
「気持ちだけ受け取っておこう。このまま宿に戻るが、構わないか?」
「任せ〜る……にしても、まともに酔いもしないのかよぉ……」
再び襲いくる睡魔に抗えず、リュミエは再び瞳を閉じる。そして時を待たずして、健やかな寝息が漏れ始めた。
「酔うと、思い出してしまうからな……」
すっかり眠り込んでしまった彼女を抱きかかえたまま、ヴィンセントは緑風亭へ向かう。最後の言葉は誰の耳にも届くことなく、満天の星空へと吸い込まれてゆくのみだった。
次話は二章終わり。
特に波乱もなく、平和に締める予定。