エルフとトロール 〜三流魔法使いのトロール、メスガキエルフの下僕になる〜   作:ルブク

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願いは重く、想いは遠く。
それは誰が為の道か。

第二章ラスト。
この章では主役二人の人となりを掘り下げる感じで、伏線張りつつ平穏に進行させました。

第二章の人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/385833/7.html


終 ヴィンセントはかく語りき

『今日は目ぼしい依頼なかったから休みね。好きにしちゃっていいよ』

 

 前日、リュミエからもたらされた唐突の休暇宣告。自由に使える時間ができたのはありがたいが、前日のしかも夜に告げられるのは困り物である。

 とはいえまたとない貴重な休日。ヴィンセントの行く先といえば一箇所しかなかった。上着代わりに法衣を羽織り、手荷物少なめに宿の部屋を出る。

 

「あ、お仕事ですか?」

 

 廊下の掃き掃除に勤しんでいたマルカが声をかける。慌ただしい朝の時間が終わって一息つきたいだろうに、見習いたいほどの働き者である。

 

「いや、今日は休みになったので図書館にでも行こうかと」

「良いですねぇ。お天気もいいですし、ゆっくりしていらしてください!」

「ありがとう――行ってきます」

 

 にこやかな笑顔で送り出してくれる彼女。女遊びをしているという疑惑をかけられたものの、リュミエの口添えで一件落着。宿を追い出されるような危険も過ぎ去ったのだ。

 

(声は掛けなくても……構わないか)

 

 上階への登り階段を見て、リュミエに一声かけるべきか逡巡(しゅんじゅん)した。子供の遣いでもないのだから、わざわざそのようなことをする必要もないだろう。

 むしろ、声をかけることで何か用事を押し付けられる可能性すらある。ここは静かに出ていくことが最善手――間違いなく。

 

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 大通りはいつもの通りの活況で賑わう。大通り同士を繋ぐ幾条もの路地もある程度把握でき、ようやくこの都市の一員となったのだとヴィンセントはしみじみ感じ入る。

 とはいえそれもまだ極一部の区画の話であり、全域に至るにはまだまだ。リュミエ曰く――。

 

『毎日どっかで建て替えたり街広げたりしてんだから。今の地図もわりと怪しいところあるよ?』

 

 ――らしい。

 誰にも全容が分からないまま成長を続ける大都市。まるで不気味な生命体のようだが、混沌としているからこそ多種族が一堂に(かい)することができているのかもしれない。

 ヴィンセントは大通りを迷うことなく進み、女衒(せげん)通りの入り口である赤い門を潜った。夜には欲望渦巻くこの通りも、明るいうちは打って変わっての大人しさ。往来の賑やかさも他の通りと変わらない。

 そのまま進むと、やがて直方体の石を整然と積み上げた大きな建物が姿を現す。ヴィンセントの目的地の図書館であり、周りが木造の建物ばかりの中で一際異彩を放っていた。

 

 図書館の正面には古代の建物を模した長大な柱が並ぶ。さながら神殿の如く荘厳な造りであり、知識を収める器として申し分なし。

 入り口へ一歩足を踏み入れると、ほの暗く高い天井のホールが広がる。飾り気のまるでない空間だが、ヴィンセントはこの質実さが気に入っていた。

 

「こんにちは、ヴィンセントさん。いつもより大分お早いですね」

「ええ。今日は纏まった時間が取れたので」

 

 懐から利用者印を出し、受付窓口に座る中年男性の係員に見せる。形式的に確認するのみでそれ以上のことはなし。足繁く通うヴィンセントは既に常連の一人、最早顔パス状態にも等しい状態だった。

 そして、古びた紙の匂いに引き寄せられつつ奥へ。中央が吹き抜けとなった二階建ての構成で、書物が壁面いっぱいに並べられている。四面が書物に囲まれ、書籍の海を泳いでいるかのよう。

 広大なる書物の空間の中、ヴィンセントは迷うことなく更に奥まった小部屋に向かう。そこは古今東西の魔術書が集められた一画。写本が大半ではあるが、長きに渡る人類側の叡智の結晶であることは疑いようもない。

 一冊、また一冊と手に取ってゆき、読書用に用意されている長机に向かった。分厚い背表紙の魔術書を三冊、読み切るまでは帰らないつもりで彼はページを捲り始めた。

 

【挿絵表示】

 

 魔術の理論、歴史、そして魔法の術式。連綿と受け継がれている魔術において、ヴィンセントが触れているのはほんの一部分。

 一言に魔法と言っても、攻撃用から生活の補助に至るまで多岐に渡る。豆の殻を綺麗に剥く魔法など、役に立つのか微妙なラインのものすらである。

 それら雑多に取りまとめられた書物の一頁を、一文字一文字漏らすことなく読み進めていく。没頭具合は生半可ではなく、一冊読み切るまで身動き一つしなかったほどだった。読み終えたところでようやく目の疲労感を覚え、ふと視線を前に戻す。

 

「あっ」

 

 ヴィンセントは思わず小さく声を上げる。

 

「よっ。勉学ご苦労」

 

 机の対面にはいつの間にかリュミエが。両手で支えるように頬杖をつき、前のトロールをじっと見つめていた。

 

「……何故ここが?」

「この辺りでデカい図書館といったらここくらいだし。そんな驚く話じゃないでしょ」

「む……」

 

 確かに言われてみれば。図書館がそう幾つもあるはずもなく、徒歩圏内と考えれば絞り込むのは容易である。部屋の中にまで入ってきているということは、リュミエも利用者印を持ち合わせているということだが。

 

「貴方も本を読みに?」

「あ〜、ちょっと違うかな」

 

 がさりと、リュミエは紙の包みを机に置いた。何かを大量に包んでいるかのような膨らみであるが、それが何なのか皆目見当がつかない。

 

「……コレ、気になる?」

 

 手の甲でがさりと叩く。どうしても中身を言いたいらしく、返答を待たずに折り曲げていた包みの口を開いてみせた。

 

「コレね、差し入れ。焼き菓子買ってきてあげたから」

 

 ヴィンセントが身を乗り出して包みの中を覗き込む。その中には、こんがり焼き上げられた丸い焼き菓子が幾つも。

 

「ちょうど読み終えたとこでしょ? 一旦休憩でもどうよ?」

 

 にかっと微笑むリュミエ。本当に目まぐるしい女性だと、読み終えたばかりの書物を閉じたのだった。

 

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 図書館内は飲食厳禁。ヴィンセントとリュミエの二人は一度外に出て、図書館脇の適当な石段に腰掛けていた。

 

「はい、ど〜ぞ」

 

 リュミエは包みの口をヴィンセントへ向ける。並んで座ると大人と子供以上の体格差だが、実年齢ではまったくの正反対である。本人が言うには余裕で三桁に到達しているらしいが。

 

「――頂こう」

「へへっ。どういう風の吹き回しだって顔してんねぇ?」

「いや――まあ、多少は」

 

 変に言い繕ったところで、リュミエは耳聡く追及してくるだろう。それならば正直に言った方がマシというもの。

 彼女が差し入れてきた焼き菓子は硬く焼き上げられており、まるで木の板のような手触りだった。しかし噛み締めると香ばしさの中に柔らかな甘味を感じ、自然と食が進んでいた。

 

「ま、勉学に励む殊勝なトロールへの応援ってことで。もしかして余計だった?」

 

 彼女もぼりぼりと小気味良い音を立て、焼き菓子を食べ進めていく。

 

「こういう物を貰えるのはとても有難い。今日はずっとここで魔術書を読むつもりだった」

「一日中? よくそんなに居られるね」

「ある魔法を探しているんだが……枯れることのない花を咲かせられる魔法を」

「枯れない花? 造花じゃいけなくて?」

 

 リュミエからの問いにかぶりを振るヴィンセント。焼き菓子を食べる手が止まり、視線を床に落とす。

 

「花でなければならないんだ――どうしても。それに一輪でなく、大量に咲かせたい」

「ふ〜ん」

 

 足元に目を向けてはいるものの、実際に視ているのは遥か彼方のよう。リュミエは隣でからかうでもなく、じっとヴィンセントの横顔を観察していた。翠の瞳にトロールの姿を映してポツリと零す。

 

「……誰かの墓に飾りたいとか?」

 

 その瞬間、凄まじいヴィンセントが振り向いた。見開かれた両目には隠しきれない動揺の色が浮かぶ。

 

「あれ、当たり?」

「……何故それを……」

「枯れない花を大量にって時点で、特殊な用途だろうってのは読めたし。しかも、ンな華やかな魔法を重苦しい顔で探してるって言ってんだから、まぁ楽しいもんじゃないなって」

 

 得意気な顔で、空中に輪を描くように立てた右手の人差し指を動かす。しかし瞳は真っすぐにヴィンセントを見据えていた。

 何も言い返せず口を真一文字に結ぶ彼を前に、リュミエは石段を降り始める。後ろ手を組みながら、スローテンポで一歩、二歩。

 

「ま、別にそれ自体は全然良いと思うし。動機も、目的もヒトそれぞれだしさ」

 

 立ち止まり、そして振り返る。ポニーテールを括る赤いリボンが動きに合わせてゆるりと揺れた。

 

「後ろ向きで前へ歩き通しも大変だから、たまには前向いて歩いてみたらどう? 気晴らしにでもね」

「前を、か……」

「今すぐでなくても。気がついたら崖から真っ逆さま、なんてシャレになんないでしょ」

 

 彼女が何を言わんとしているか、ある程度は察しがつく。その上、言い分ももっともだということも。

 

「ま、そういう訳だから。あんま根を詰めすぎないで帰っといでよ」

 

 残りの焼き菓子は全部あげる、という置きゼリフを残してリュミエは帰っていった。結局は一つも言葉を返すことができなかった。彼女の意図や真意はまるで(かすみ)か雲か、ただただ翻弄されるばかりで掴みようがない。

 

「……まだ、そこまでの余裕はないよ」

 

 ヴィンセントは焼き菓子をもう一枚齧る。今度は焼き過ぎらしく、ほろ苦い味が口の中に広がった。

 

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 書物をひたすらに読み耽り、気が付けば既に日がとっぷりと暮れていた。人が疎らとなった図書館は雪の降る夜のような静寂に包まれる。更に深く集中して書を読み込めそうな気さえしたが、残念ながら閉館の方が早かった。

 

「お帰りなさい! お休みはいかがでしたか?」

「ああ。満喫させてもらったよ」

 

 やむなく本日の活動は終了。ヴィンセントは強い空腹感を伴いながら宿に戻った。マルカに何か夜食でも作ってもらおうと思ったが、まずは――。

 

「――リュミエは、上にいるかな?」

「えっ、リュミエさんですか?」

 

 そういえば差し入れのお礼を言うのを忘れていた。本人はさして気にしていないかもしれないが、それでも一言伝えるべきだろう。

 飲み歩き等していなければ、この時間なら自分の部屋にいるはずだった。

 

「えっと……リュミエさんは……」

 

 しかしマルカの返事は歯切れが悪い。口振りからすると戻っているのは確かなようであるが。

 

「何か支障でも?」

「えっと支障といいますか、そういう訳では……そう、熱で! 急に熱が出たって言って部屋に戻っちゃったんです!」

「熱?」

「は、はい! 熱は全然高くないみたいですけど、暫くはお会いするの止めておいた方がいいかな~と……」

 

 それならそれで良いのだが。妙に慌てふためくマルカが気がかりではある。

 

「扉の外から声をかけるくらいなら平気だろうか?」

「え!? いやぁまあ、う〜ん……それくらいなら……」

 

 こちらの気づかぬ内に容体が変わっていては大変だ。様子を伺うのも兼ね、外からの声がけなら病気が伝染る心配もないだろう。

 

「でも、でも絶対にお部屋に入っちゃダメですからね! リュミエさん女性なんですからね!」

 

 しかしマルカは不思議なほどに釘を刺してくる。確かに病気なら注意するのに越したことはないのだが。

 

「……承知した」

 

 聞いたところで答えてくれそうな雰囲気でもなく、ヴィンセントはただ正直に頷くのみだった。

 

 屋上へと上り、リュミエの部屋の前に立つ。扉は固く閉ざされており、他者の接触を拒絶しているかのようだった。

 

「――私だ。ヴィンセントだ」

 

 軽いノックと共に、部屋にいるであろう彼女に向け声をかける。反応があればよし、なければマルカにその旨を伝えて対応してもらえば良いだろう。

 

「ん〜、何どうしたの? え、もしかして今帰ってきたの?」

 

 返事はすぐに来た。声を聞いた限りではそこまで体調が悪い訳ではなさそうだ。

 

「マルカから急に熱を出したと聞いたが……大事ないだろうか」

「――マルカが? ああ、うん……これくらいなら二、三日で治るから全然大丈夫」

 

 どうにも引っかかる部分はあるものの、容態は悪くないようで何よりである。

 

「ところでさ、心配して声かけてくれたの? やさし〜じゃん」

「それもあるが――」

 

 病気と聞くとどうしても放っておけなくなってしまう。しかし、今伝えたいことはソレではなく。

 

「差し入れの焼き菓子、有難う。お陰で魔術書を読むのに集中できた」

「どういたしまして――律儀だねホントに。お目当てのは見つかった?」

「……いや。花を咲かせたり生み出すのはあるが、永遠に枯れないものとなると……」

「そういうのは大量の魔力に複雑な術式も要るんじゃない? ま、気長にやってきなよ」

 

 一概に魔法と言っても、維持させるための魔力に錬成させるための術式と、求められるものは種類によって千差万別。リュミエの言葉通り、効果を永続させるには相応の対価が必要となる。花を咲かせることは容易であっても、その後が問題となっていた。

 

「うむ……そうだな」

「私が寝込んでる間も自由にしてていいから。仕事やるんだったら商会にでも顔出すといいよ」

「分かった。そうさせてもらおう」

 

 探し物が早く見つかるのに越したことはない。しかし、魔法が自身に使いこなせるものかどうか、という懸念点も無視できなかった。

 

「――あまり長話も良くないな。そろそろ私は戻ろう」

「うん。ありがとう」

「別にどうということはないさ――ではお大事に」

 

 素直に返事をする彼女は妙にしおらしい。普段からそうであれば可愛らしいのだが。顔をほころばせつつ、それと気づかれないようにヴィンセントは下階に戻っていった。

 

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 そして、屋上に誰も居なくなって暫くのこと。

 ――部屋の扉がほんの僅かに開いた。その狭い隙間からリュミエが瞳を覗かせ、外に誰も居ないか窺う。慎重に慎重を重ね、次は頭だけ出して左右をしきりに警戒。その姿はさながら愛くるしい小動物である。

 安全を確認できるとようやく全身を現す。しかしよほどの急ぎらしい。髪を下ろしたまま、生成りのワンピースの裾を摘んで部屋の外周をぐるりと回った。誰も居ないことの確証を得てホッと一息。安堵の表情で部屋に戻り、窓の鎧戸を開放する。

 

「ちょっと今はアレだし……」

 

 窓の敷居へ両腕を組むように乗せ、その上から自身の顎を置いた。視線はヴィンセントが下っていった階段へ。

 

「――そろそろ、試してやるかな……」

 

 物憂げに呟き、溢れた吐息が夜の空気に混ざり合った。




第三章は少し長め、かつ色々と突っ込んだ感じのストーリーにしようかなと。
R18にならない程度には過激になるかも…。
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