エルフとトロール 〜三流魔法使いのトロール、メスガキエルフの下僕になる〜   作:ルブク

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仄かに輝く、二つの星――。

第三章です。これまでの章は意図的に短く抑えていましたが、今回は比較的長めになります。
とはいってもダレないよう要所は締めていこうと思うので、どうぞお付き合いくださいませ。

第三章の人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/385833/12.html


第一話 一つの空、二つの星

 千年に渡る戦争は人類、魔族どちらにも多大な被害を及ぼした。厭戦気分が色濃くなり戦争行為そのものが形骸化した末期においても、領地間の小競り合いは頻発していた。

 支配者にとって領土欲というのは山よりも高く、谷よりも深いのである。

 

 マガザン公領、アヌーラの街。中央に大きな広場を設けた人口八千ほどの街である。かつては人間が周囲一帯を治めていたが、魔族側に(くみ)したリザードマン、マガザン公の侵略の舞台となったのだ。

 激しい戦闘に次ぐ戦闘の結果、人間の領主は敗死。兵も大半が死傷し、それ以上の抵抗は不可能として降伏と相成った。

 

「野菜〜! 採れたての野菜はいらねぇかぇ〜!」

 

 広場の一画、屋台に並ぶ様々な野菜を前に、緑色の鱗に包まれた野菜売りのリザードマンが声を張り上げていた。

 往時は一万を優に超える人口を誇った街が、戦争により半分近く人口を減らすこととなった。あちこちで焼け落ちたままの建物が放置され、復興は遅々として進まない状態である。

 

「野菜〜!!」

 

 リザードマンが随時入植しているとはいえ、荒れた田畑を元に戻すのは容易ではなく。安定した青果の収穫が見込めるようになったのもつい最近のことだった。

 

「え〜! やさ……」

 

 ギョロリと黄緑の瞳が屋台の隅に向けられる。土汚れにまみれ、見るからに薄汚い浮浪児が屋台に近づいていたのだった。

 焦げ茶の髪は乱雑に伸び、男か女なのかも定かではない。しかし少なくとも商売の邪魔であるのは確かである。リザードマンが手で追い払う仕草をし、浮浪児は何処かへ立ち去っていった。

 

「……」

 

 一度は追い返された浮浪児だが、諦めずに廃屋の影から野菜売りの様子をじっと窺っていた。空きっ腹でふらつく体を必死に抑え、盗みの機会を見計らう。

 できれば野菜でなく、腹持ちのする物であったのなら。しかし今日この時を逃してしまえば、明日は食事にありつけるかも分からない。まさに死活問題なのである。

 

「――奥さん、どうですか? どれもウチの畑で採れたヤツですよ?」

「そうねぇ、少し見せてもらってもいいかしら?」

「へぇもちろん! 色々ありますよ――」

 

 少しして、野菜売りが人間の女性に声をかける。空のバスケットを片手に広場をうろついており、これは好機と見たらしい。あれやこれやと売り文句を畳みかけ、少しでも多く買わせようと躍起になっていた。

 野菜売りの意識が客に向いたのを見て、浮浪児はおもむろに動き始める。物陰から物陰へ、小柄な体躯を利用して音もなく忍び寄った。

 

「いいですかぃ? 新鮮なヤツはここの葉っぱのとこが――」

 

 得意げに、客へ講釈を垂れ流す野菜売り。文字通り、トカゲの尻尾が一定のリズムで地面を叩いていた。ゆっくり近づいては尻尾に気取られる。

 

 やはり、ここは――。

 一か八か、浮浪児は勢いよく飛び出した。狙いは屋台の横に置かれた野菜の籠。

 

「――あっ! こンのガキ!」

 

 一瞬早く野菜売りが気が付き、捕まえようと手を伸ばした。しかし浮浪児は隙間を器用にすり抜け、籠に入れられていた野菜を掴む。

 そして確認する間もなく脱兎のごとく逃げる。人通りのある場所は避け、細い路地裏へ駆け込んでいった。野菜売りのリザードマンは追いかけようとしたものの、あっという間に逃げられて為す術もなく。

 結局、舌打ちと共に地面に散乱した野菜を拾い、気を取り直して商売を再開するのだった。

 

 まさに電光石火の早業。

 しかし、離れた所から二つの青い瞳が事態の一部始終を見届けていた。それはゆらりと、誰にも気づかれることなく浮浪児の跡を追いかけていく。

 

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 建物と建物の隙間を抜けて浮浪児は必死に逃げる。中心部から少し離れ、打ち捨てられた無人の家に飛び込んだ。荒れ果ててはいるが根城として使っている家屋であり、一息つける所までどうにか逃げおおせた。

 

(人参が二本……)

 

 浮浪児は今回の成果を振り返った。小振りの人参が二本のみという、腹を満たすには程遠い結果。

 

「……パン、食べたいな……」

 

 しかし食料であることには違いない。浮浪児は衣服の袖で簡単に泥を落としただけで、土が着いたままの人参に(かじ)りつく。不快な歯触りなどお構いなしにただ生きるため。

 

【挿絵表示】

 

 以前はパン等もよく露店売りがされていたが、盗難対策で最近はめっきり減ってしまっていた。野菜であっても、こうして手に入れられたこと自体が幸運なのだ。

 

 食事と呼ぶにもお粗末な時間もすぐに終わり。またどこかで食料を調達しなければならないが、明るいうちはやはり人目につきやすい。

 夕方、あるいは夜なれば残飯くらいにはありつけよう。浮浪児はひとまず寝ようと、荒れ果てた部屋の片隅へ移動しようとした時だった。

 

「あの量で満足か? 育ち盛りにしては食が細いな」

「!!!」

 

 鋭く、かつ重い男性の声が浮浪児の背中を射抜く。追ってこれないよう、いくつもの抜け道を通ってきた。大人なら通ることすら難儀するはずだ。

 

「ゆっくり立ち、私の方を向くように。逃げようなどとは思わないことだ」

 

 じゃり、じゃりと地面を踏み締めるブーツの音が近づいてきた。浮浪児を捕まえ、何処かへと連れ去る者がいると噂に聞いたことがあった。

 まさか自分が。そう思った時にはもはや手遅れ。浮浪児は背後からの指示に従う他なかった。

 

「次は私の前に立ち、言う通りに歩け」

 

【挿絵表示】

 

 後ろに居たのは黒い鱗が鈍く輝くリザードマンだった。軍服らしき黒の上下は金の装飾で仰々しく飾られている。腰元に携えた剣といい、威厳ある佇まいはただの衛兵などではないことは確かだった。

 

「聞こえないのか?」

 

 青空と同じ色のリザードマンの瞳がぎろりと睨みつけた。そして、警告代わりに鞘の(こじり)で地面を叩く。

 

 ――逃げようとしたら、ひどい目にあう……。

 

 観念するしかない。例えこの場にリザードマン一人だけだったとしても、逃げられるとはとても思えず。彼が手にしている剣ですぐさま打ち据えられることは明白だった。

 恐怖で歯の根が合わず、ガチガチと音を出す。弱り、怯えきった顔で見上げたリザードマンの体躯は、実際の二倍三倍にも大きく感じた。

 

「……分かった……」

「宜しい。ではあの通りを突き当たりまで真っ直ぐ歩け」

 

 指示の通りに歩く。途中、何度も背後の様子を窺ったが、リザードマンは常に一分の隙も見当たらなかった。剣の柄を軽く握り、すぐに抜けるように備えている。

 もし逃げ出そうとしたら、背中をバッサリ斬られるかもしれない。背筋が凍り、動悸が一層激しくなる。

 

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 指示通りに歩くこと暫く、路地の入り口を塞ぐ形で大型の馬車が停まっていた。

 

「――見えたぞ。あの馬車まで歩け」

 

 箱型の馬車は何度か見かけたことがある。窓があり、せいぜい四人掛けの大きさである。しかし今、目の前にあるのは異様なほど巨大な馬車。まるでちょっとした家がそのまま馬車になったかのようだった。

 外観は華美な装飾は施されず、木戸で塞がれた窓など至って質実な造り。ただし、構成する木材一つから金具の端々まで綺麗に磨き上げられていた。

 

「そこで待て。変な気は起こさないように」

 

 後ろにいたリザードマンが浮浪児を追い越し、馬車に歩み寄る。逃げようとしたとて一本道の薄暗い路地である。勝ち目は万に一つもないだろう。

 

「――陛下。捕えて参りました」

 

 馬車の扉越しにリザードマンが(うやうや)しく礼をする。

 

「御苦労です。お入りなさい」

「ハッ」

 

 酷くくぐもった、そしてやたらと粘つくような声。得体のしれぬ不快感が肌を撫で、全身の鳥肌が総立ちとなる。できることなら馬車には入らずにおきたい。

 しかし、連れてきたリザードマンは扉の錠を解いて明け放つのである。心の準備が整わぬうちに。

 

「お許しが出た。入れ」

 

 赤い絨毯が敷かれた床がまるで鮮血に塗れているかのよう。今すぐにでも逃げ出したいが、既に退路は絶たれている。既に馬車へ乗り込む道しか残っていなかった。

 踏み出した足を、毛足の長い絨毯が飲み込もうとする。ランプの(ほの)かな灯りにわずかに漂う生臭さ。それに加え、両手を広げてもなお余りある広さで、巨大な魔物の胎内にいるような感覚だった。

 

「グくく……気になりますか?」

「!?」

 

 足元に気を取られ、中にいる存在のことを失念していた。浮浪児は狼狽(ろうばい)しながら顔を上げる。その間に、黒いリザードマンも馬車に乗り扉を閉めた。

 

「ようこそ。手荒な真似をしてしまい、さぞ心細かったことでしょう」

 

【挿絵表示】

 

 視線の先には、重厚な椅子に腰掛ける一人のリザードマン。でっぷり肥えた体を豪奢な衣服で包み、自らの権威を誇示するかのような居住まいだった。また後頭部から太く短い角が伸び、大きく裂けた口元には鋭い牙が幾つも覗く。

 巨体のリザードマンはおもむろに片手を胸に置く。動作は緩慢であるが、どこが首かも分からない体を屈ませ礼をした。

 

「私はリオ・ル・マガザン。貴方を連れてきたのはラウダと言います」

(マガザン……!)

 

 例え世間に疎い子供であっても、この街でその名を知らぬ者はない。ありとあらゆるモノを奪い、我が物顔で居座るリザードマンの一族の長である。

 

「よろしければ、貴方の名をお伺いしても?」

 

 彼ら種族特有の、縦長に鋭く伸びる瞳が真正面から見つめている。まるで、喰えるか喰えないか見定めているかのようだった。

 こんな奴らに答えてなるものか。口を真一文字に結ぶのと同時に、ガタリと馬車が大きく揺れた。どうやら動き出したらしく、車輪の細かい振動が体に伝わってくる。

 

「陛下がお訊ねしておられる。名を答えろ」

 

 ラウダ――かの黒いリザードマン――の冷徹な声が催促をするも、浮浪児はかぶりを振って頑として答えなかった。この連中が来さえしなければ、この様な惨めな生活を送ることもなかったのに。小指の先にも満たないささやかな抵抗だが、多少なりとも気分が良くなった。

 

「良いだろう――この者の名はパルム。歳は十二から十三ほど」

「え……!?」

 

 何の前触れもなく、自らの名と歳を曝露され浮浪児――パルムは慌てふためいた。

 

「何も知らないとでも思っていたのか? 数年前に病で両親を亡くし、それ以降は天涯孤独の身。市街地の廃屋を転々としながら、屋台で盗みや残飯をあさり生きてきたようです」

 

 ラウダは冷たく鼻で笑い、パルムの身の上をとうとうと主に説明してゆく。両親が健在だった頃の暮らしぶりまで、それはもうつまびらかに。

 一刻も早く逃げ出したい。いや逃げなければ。

 

「――どこへ行くつもりだ?」

 

 扉に縋りつこうとするも、ラウダの手が遮る方が早かった。鋭い爪が伸びる太い指がパルムの体を押し戻す。

 

「お願い、帰して! 帰して……ください……」

 

 どこに連れて行かれるのかも分からない。それならば、明日をも知れぬ今の暮らしの方がまだマシと言えよう。しかも相手は魔族。まともな扱いを受けられるかも定かではなかった。

 

「おや、それならば帰っている途中ですよ」

 

 マガザン公はまるまると肥えた腹を撫でる。

 

「ど、どこに……?」

「私の屋敷へです」

 

 パルムは愕然とし、全身から血の気が引いていくのを感じた。これではまるで生贄ではないか。助けてくれるものなど誰もおらず、大トカゲの胃袋に収まる以外になくなった。

 

「グくく。悪いようにはしませんよ。ご安心なさい」

 

 口の端をイビツに歪ませて笑うマガザン公。立ち尽くすパルムの瞳には、流れる涙すら枯れ果てていた。

 

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 戦禍による被害は人々の生活へ深く爪痕を残している。その最たるものが点在する孤児院であり、親を亡くした者、捨てられた者、境遇は違えど肩を寄せ合って暮らしていた。

 街から外れ、森と草原のただ中に古びた孤児院がぽつんと佇んでいる。外壁は幾条ものヒビが走り、ところどころ剥がれ落ちている部分もあった。

 いかにもな殺風景だったが、せめてもの慰めは花壇に咲く赤や白の花だろうか。ささやかな彩りを守るため、花壇の傍らで赤毛の少女が一人手入れをしていた。伸ばした髪を一本の三つ編みに纏め、素朴なワンピースに身を包む。髪と同じ濃い赤の瞳は慈愛に溢れ、これから抜き去る雑草でさえも等しく注ぐのである。

 その少女の元に、法衣姿の初老の男が歩み寄る。片手に携えた革の鞄は古ぼけているものの、角を金具で補強した頑丈な物だった。

 

「ココ、いつも精が出ますね」

 

 名を呼ばれた少女が手を止め、初老の男に向き直った。

 

「……こんにちは。神父さま」

 

 スカートの端を摘んで広げ、恭しく頭を下げる。

 

「こんにちは。ここの花達もココに手入れされて幸せなことでしょう」

 

【挿絵表示】

 

 自らが手塩にかけている花壇を褒められ、ココは俯き加減にはにかむ。齢、十かそこらの見た目の割に、彼女は幾らか大人びた雰囲気があった。

 そして建物の方から足音がもう一つ近づいてくる。装飾が施された黒い修道服に、白いベールの修道女だった。肩口まで伸ばしたプラチナブロンドの髪は所々傷みが目立つ。もし健康であれば、これ以上ない輝きを放っていただろう。

 

【挿絵表示】

 

「神父様。お待ちしておりましたわ」

「やあグレイス。皆は息災ですか」

「はい。これも全て神父様のお力添えがあってこそです」

「それは良かった。一人でも多くの子が健やかに過ごせることが私の幸せですから」

 

 初老の神父は鞄を地面に置き、中から厚手の麻袋を取り出した。底面が大きくたわんでおり、中身がぎっしり詰まっているようだ。

 

「これは今回の分です。子供達の為に役立てて下さい」

 

 受け取ったグレイスが袋の口を開けると、金貨や銀貨といった貨幣が大量に。

 

「まあ……これほどのお金を……よろしいのですか?」

 

 嬉しさよりも困惑が先に立つグレイス。恐れ多いと言わんばかりに眉を曇らせた。しかし神父は破顔一笑、グレイスの手に自らの手を添える。

 

「貴方が支えてくれているお陰です。だからこそ、身寄りのない何人もの子供達を里親と引き合わせられているのです。それに、ココも頑張っているではないですか――」

「神父様……」

 

 グレイスは灰色の瞳を神父に向ける。うっすらと薫陶の光を灯らせながら。

 

「しかしグレイスも注意して下さい。近頃、都市部で孤児を連れ去る事件が起きているようですから」

「まあ、なんて非道な……犯人は分かっているのですか?」

 

 渋い顔となった神父は左右に目配せした。ココは花壇の手入れに夢中になっている。聞き耳を立てている者が誰も居ないことを確認し、彼は声を潜めながら伝えた。

 

「……恐らく、マガザン公かと」

「そんな……!」

「連れ去った子供達がどうなったのか、誰にも分かりません。あの醜悪な大トカゲのことです。自身の欲望のために食い物にしているに違いないでしょう――」

 

 添えた手を離し、神父は幾らか軽くなった鞄を再び手に提げる。

 

「さて――他の子の様子も見たい所ですが、そろそろお(いとま)させていただきましょう」

「申し訳ありません。お茶もお出しせずに」

「なに、ココとグレイスの顔が見れただけで十分です。大トカゲの魔の手から一人でも多くの子を救わねばなりませんから」

「どうかご無理なさらず……」

「ありがとう。では、また顔を出しますから」

 

 去りゆく神父の背中を、控えめに手を振りながらグレイスが見送る。この孤児院にも街で保護した子供が何人もいるが、まさかそのようなことが起こっていようとは。

 そぞろ立つ心に青白い吐息がこぼれる。子供が魔物に連れ去られているという現実を聞き、何もしないで良いのだろうか。

 

(せめて、子供達の行方だけでも……)

 

 僅かながらでも良い。神父の助けになればと、手紙をしたために彼女は建物に戻っていった。

 




次話は主人公二人が登場。
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