エルフとトロール 〜三流魔法使いのトロール、メスガキエルフの下僕になる〜   作:ルブク

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事は静かに、そして背後から忍び寄る――。

第三章、三話目です。
これから事態が二転三転していく予定。

第三章の人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/385833/12.html


第三話 来訪者

 アヌーラの町は市街と郊外を仕切るかのように、境を木製の柵でぐるりと囲んでいる。その合間の街道沿いに検問所を敷き、出入りするには一様に検査を受ける仕組みである。

 しかし、柵といっても間に合わせの粗末なもの。所々痛みが目立ち、強引に突破することも難しくはない。しかし、労力に対する見返りがあるかというとまた微妙。やましいことがなければ、素直に検問所を通るのが一番だった。

 

 リュミエとヴィンセントが辿り着いたのは日が暮れようとしていた時のこと。孤児院を発ち、歩き通しでこの時合である。

「はいはい。ジェーン・ドゥさんとフレッド・ブログスさんね。ご職業は薬種商、と――。え〜、ちゃんと商会の委任状をお持ちでいらっしゃってね。よろしいですな」

 検問所の造りは非常に粗末で、掘っ立て小屋も同然だった。検査に当たるのは壮年のリザードマン。くすみ、肌から浮いた青い鱗が経過した歳月を思わせる。

 そして出入り口の扉を固める、軽武装した若いリザードマン二名。どちらも同じ緑の鱗で、小さいトサカの有無でしか判別できなかった。

「んで、新しい薬種の仕入れ先を探しに? は〜、わざわざ都会からご苦労なこって」

 質素な机に広げられた書類に目を通しつつ、壮年のリザードマンが羽根ペンを走らせる。検問と言うにはいささか緩い雰囲気だった。

 そのような中でも、ジェーン・ドゥ改めリュミエは愛想よく微笑みを絶やさない。人当たりの良い、やり手の女商人という設定らしい。

「販路の拡大と仕入れ先の拡大が最優先ですから! 商機を得るためには先んじて動きま――」

「へぇ〜、そったら大変ねぇ」

 鼻高々に説明しようとしたリュミエの言葉を、壮年のリザードマンが食い気味に打ち切った。職務に忠実なのか、単に興味がないのか。両方なのかもしれないが。

「……んじゃ、荷物のことだけんどね?」

「はい! どうぞお検めください! 今すぐこの者に荷を解かせ――」

 そして女商人の部下という立ち位置のヴィンセント。フレッド・ブログスという仮名が決まったのは検問所を訪れる直前だった。

 ひとまず、検問官の心証を害さないよう友好的に努める。荷を改めると言われれば、相手が納得するまで尽くすつもりで。

「いやいや荷はね、見ないから」

 しかし、壮年のリザードマンは手をひらひら振ってやんわり否定した。

「この時間から荷解きするのも大変だからねぇ。あんた方委任状持ってるでしょ? それでい〜よい〜よ」

「はぁ……」

「じゃ、そういうこって。ご苦労さんね〜」

 あまりにも緩い口調に、さしものリュミエも勝手が掴めない様子だった。呆気に取られて次の言葉が出てこない。

 眼前のリザードマンは気にする素振りもなく、机の書類を整理し始める。言葉通り、本当に検問は終わりのようだった。

「では、私達はこれで……」

 釈然としない空気が漂うも、最早長居する理由はなくなった。リュミエは帰り支度を始めながらヴィンセントに目配せをする。とっとと引き上げよう、と。

「――あ!」

 だが、何か思い出したかのように壮年のリザードマンが一声。リュミエとヴィンセントは動きを止めた。

「あんた方薬種扱ってんなら、薬も色々詳しいよねぇ?」

「ええまあ。知らなければ商いもできませんから……」

「じゃあそこの若い子……トサカのついてる子の方ね。最近悩みがあるみたいなんでさ、ちょっと相談に乗ってほしいんだわ〜」

 ――何と突拍子な。

 しかしながらトサカのリザードマンも目がまん丸に。彼も驚きながら自身を指差している。どうやら特別な意図もなく、単に思いつきのようだった。

 だからこそ、そういうのが最も厄介なのだ。むべなく断るのはもちろん、下手な受け答えでも怪しまれてしまう。疑いを持たれないよう、適切に切り抜けねばならなくなった。

(――できる?)

 無言でリュミエが視線を送る。

(――やってみよう)

 頷いて応えるヴィンセント。壮年のリザードマンに向かい、一歩前に踏み出した。右手を胸に当て、やや仰々しく頭を下げる。

「でしたら、微力ながら私が承りましょう」

「あ〜、じゃあよろしくね〜」

 身分を偽っていることを看過されないよう、立ち振る舞いにも細心の注意を払いながら。ヴィンセントはトサカのリザードマンへ向き直った。

「――して、お悩みというのは?」

 この場にいる者の目線がかのリザードマンに集中した。話の成り行きで意図せず話題の中心である。そういったことに慣れていないのか、緊張でトサカがピンと立っていた。

「あ、いや。そんな大したことではないんですが……」

 恐縮しながら、躊躇いがちに口を開いた。

「少し前に息子が孵りましてね。私と奥さんと息子の三人なんですが、これが可愛いのなんので。あ、奥さんとは旧領にいる時に付き合い始めまして。何年か付き合ってから私から結婚しようと――」

 照れ臭そうにトサカを(たゆ)ませながら滔々(とうとう)と語りだす。これは長丁場になる。ヴィンセントは覚悟を決め、じっくりと耳を傾けた。

 

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 検問所から出ると、既に頭上には静かに輝く月が昇っていた。リザードマンのお悩み相談から解放されるのに、優に一刻は要したこととなる。

「や〜、まさかあんなとこで足止め食らうとはねぇ〜」

 石畳の道が人家からの仄明(ほのあ)かりに照らされていた。家路を急ぐ者、一杯引っかけようとする者、トラートのような賑やかさはないが穏やかな日常があった。

「暮らす者の数だけ悩みがあるということだ」

「にしても、良くやったよ」

 リュミエは横を歩くヴィンセントの腕を軽く叩き労う。

 トサカのリザードマンの悩みは、ここ最近妻の体調が優れないとのこと。しかし話を聞いていくと、とどのつまりは育児疲れであった。幼子を一人で日夜世話しているが為、心身に疲労が溜まっていたのだ。

 それに対し、ヴィンセントが提示した解決案が――。

「家事を進んでやって奥さんを休ませるのが一番の薬って。薬種商なのに薬に頼らないんかって、トカゲのおっちゃんツッコんでたじゃない」

 思い出し笑いをするリュミエの口からくくっと声が漏れた。彼女に限らず、他のリザードマンも滋養強壮の薬を出すのかと思っていたようだ。

 しかし実際はさにあらず。要するに、家事をして自らの妻を休ませてやれと。仕事終わりにはまっすぐ帰れと釘を差すおまけ付きで。

「薬に頼りすぎるのは良くない。使わずに済むのならそれに越したことはないさ」

 ヴィンセントは背負子の肩紐を握り締める。薬が全てを解決してくれる訳ではない――そのことを彼は熟知していた。

「そのお陰で結構信頼してくれたみたいだし。上等上等!」

 時間を要したものの、結果的には大成功。鼻歌交じりにステップを踏み、リュミエが二、三歩前に出る。ポニーテールが揺れ、リボンも躍る。彼女も満足の様子だった。

「さて、宿見つけて腹ごしらえといこうか! 良いかね? ブログス君!」

 芝居がかった台詞と共に振り返る。食事もそこそこに歩いていたものだから、二人の腹の虫はとうに限界。何か食わせろと文句が鳴りやまない状態だった。

「君は酒も必要ではないか?」

「当然! 酒飲めなきゃ生きてる意味の三割はなくなっちゃうって」

「絶妙な割合だ」

 無事アヌーラの街に入ることができて一安心。重い体に足取り軽く、軽口交じりに夜の帳が下りた町へ向かっていった。

 

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 毛足が長く、鮮やかな赤絨毯が敷かれた執務室。重厚な机を前に、特注の椅子にマガザン公が悠然と座っていた。琥珀色をした縦長の瞳は、片手に持つ報告書へと。一行一行丁寧に読み、内容を検めていた。

 窓の外はとっぷりと日が暮れて一面の黒だった。既に夕食は終えていたものの、机の片隅には平皿に沢山の焼き菓子が盛られていた。小腹が空いた時のために用意させたのだ。

「陛下。只今参りました」

 両開きのドアの向こうからノックの音。次いで、落ち着いた印象の低い声が。

「お入りなさい」

 報告書から目を移すことなく、二枚目を読もうとするマガザン公が答えた。ずんぐりとした指ながら、尖った爪の先を器用に使い書をめくる。

「は。失礼致します」

 声の主が扉を開ける。黒い鱗に黒の軍服を合わせたリザードマン――ラウダだった。

 彼は一礼し、一分も淀みのない動きで部屋に足を踏み入れる。二歩、三歩と進み、マガザン公の前で立ち止まると踵を揃えて背筋を伸ばした。

「お話があるとのこと、急ぎ馳せ参じました」

「流石ですね。使いを出してからそれほど経っていませんのに」

「陛下の仰せですので」

「頼もしいことです。ラウダにもこの報告書に目を通してもらおうと思いましてね」

 マガザン公はちょうど読み終えた報告書を、正面をラウダに向け机に置く。何の変哲もない文書ではあるが、彼はそれを両手で恭しく受け取る。

「では、拝見致します」

 そして目を通す前に拝礼。さながら王からの親書を読むかのように。

 報告書を広げてからのラウダの動きは早かった。一字一句を正確に読み取ろうと瞳が左右にひっきりなし。報告書の始めから終わりまで、読み切るのにさして時間はかからなかった。

「――件の孤児院に接触した二人組の薬種商、ですか」

 視線を報告書からマガザン公へと戻す。

「連中の手の者でしょうか。検問官の報告には特段怪しい点はなかったとありましたが」

「そうかもしれませんし、普通に道中立ち寄っただけかもしれません。現時点で判断を下すのは早計でしょう」

「は」

 受け取る時と同じ動作で報告書を机に戻す。マガザン公は表情一つ変えず、爪で焼き菓子を一枚摘み上げた。

「いずれにせよ、動向は気にかけておいた方が良いでしょう。対応は貴方にお任せします」

 そのまま口へ放り込み、噛まずに丸呑み。

「……あくまでも、彼等は客人であることを忘れないよう。失礼があってはいけませんよ?」

「御意のままに」

 マガザン公の鋭い視線を浴びながら、ラウダは踵を鳴らして敬礼で応えた。背筋を伸ばし、凛然とした立ち姿は信頼に値するものである。

 

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 ――コン、コンコン。

 

 不意にドアをノックする音。ラウダが振り返り、ドアの向こうにいる何者かに声を飛ばす。

「誰か?」

「ラウダ様に火急のお知らせがございます」

 若い女の声だった。雇っている人間の侍女かもしれない。火急の知らせらしいが、マガザン公よりも急ぎの要件などあり得ないこと。

「後にせよ。閣下の御用が先である」

「陛下にもお話すべきことでございます。お部屋に通して頂けないでしょうか」

 声の主は執拗に食い下がってくる。侍女であるなら大人しく引き下がろうものだが。

「ならば名乗れ。貴様は誰だ」

 更にラウダは詰問する。刺客でないとしても、名乗りすらしない者を部屋に通す訳にはいかない。

 暫しの沈黙が流れる。

 万一の場合に備えて剣の柄に右手を添える。その直後、不機嫌一色の声が扉越しに届いた。

「パルムだけど。オ・ジ・サ・ン?」

「――待て。何故お前が?」

「入っていい?」

「構いませんよ。お入りなさい」

「陛下!?」

 予期せぬ来訪者にラウダは思わず口を開く。その上、間髪入れずマガザン公が招き入れ、開き具合は更に倍。動揺を露わにするラウダを知ってか知らずか、躊躇いなく扉が開かれた。

 扉の向こうには、焦げ茶の髪を一本の三つ編みにまとめた少女が立っていた。生成りのブラウスの上に、青地にマガザン家の紋章が刺繍された上着とスカートを身に着けて。

「――ごきげんよう、マガザン公。ごきげんいかが?」

 

【挿絵表示】

 

「グくく、とても良いですよ。パルムはどうです?」

「うーん。まあぼちぼち?」

 部屋に足を踏み入れ、朗らかな笑みと共に挨拶を。

 ――かつては浮浪児として、人攫い同然にマガザン公の元へ連れてこられたパルムその人である。その変わりようは、昔の彼女と同一人物とは到底思えないほど。

「パルム。寄宿舎へ戻る時間だろう。何故ここに――」

「あ! 焼き菓子だ! 私も食べていい?」

「ええ、どうぞ。でも寝る前の歯磨きはお忘れなく」

「やった! 陛下太っ腹!」

 ラウダの問いかけを無視し、パルムは頬を紅潮させて焼き菓子に齧りつく。ほんの一月程前には土と垢に塗れた顔、それが今では色艶のよい肌をしていた。

「――パルム!」

 蚊帳の外のラウダが語気を荒げた。厳しい視線を投げかけるも、当人はまるで気にする様子もない。焼き菓子を一枚綺麗に平らげ、指についた欠片も残さず舐め取る余裕まで。

「養成館での生活にもすっかり慣れましたね」

 しかし、急な来訪にも関わらずマガザン公はさして気にしていなかった。むしろ歓迎と言わんばかりの穏やかな口調である。

「うん。似たような境遇の子も沢山いたし。リザードマンとも仲良くなったよ。白いウロコで、ヘティって――へミスティアっていうの」

 あの日、パルムが連れて行かれた先。それはマガザン公の邸宅――の広大な敷地の一画にある施設だった。養成館と名付けられ、種族問わず身寄りのない子を養育している。言わば、全寮制の学校のようなものであった。

「で、寄宿舎から抜け出してきて何の用だ」

「特には? オジサンが呼び出されたって屋敷の人に聞いたから顔出そうかなって」

「――オジサンではない! さては何度も同じことをしているな? あれほど用もなく外に出るなと言ったはずだ」

 養成館に入るには、便宜上後見人を設定しなければならない。マガザン公直々もあれば、一般から募ることもある。そしてパルムの後見人はというと――。

「え〜? 敷地から外に出てないから良いじゃない」

「そういう問題ではない! 貴様の後見である以上、私の言いつけには従うのが筋であろう」

 ――ラウダであった。本人が希望したのでなく、マガザン公からの指示ではあるが。

「普段ほっぽってるクセして。こんな時だけ後見持ち出す方がどうなの?」

「ぬ……」

「忙しいのは知ってるけど。でももうちょっと面倒見ようとする素振りくらい見せてもいいでしょ」

 パルムもすっかり適応し、怯えるばかりだったのが立派に言い合いができるほどまで。むしろ、若年者との付き合いに不慣れなラウダがやや押されてすらいた。

 (はばか)らずに言い合う二人をみながら、マガザン公は目を細めた。さながら子を見守る親のよう。厳格な為政者とは思えない柔和な表情だった。

「さあパルム。遊びに来てくれて嬉しいですが、もうそろそろ帰る頃合いでしょう」

 しかし頃合いを見て手を叩き、終わりそうにない口論を打ち止めにする。

「あっ、そっか……じゃあ陛下、また来るからね! オジサンもちゃんと仕事しなよ!」

 帰りがけに焼き菓子をもう一枚くすねるパルム。この辺りの手癖は中々変わらない。口をモゴモゴさせながら一礼し、慌ただしく出ていく姿をマガザン公とラウダが見送る。

「……まったく、陛下を何だと思っているのだ」

「グく。元気な子供は種を問わず良いものです」

 苦々しく歯噛みするラウダと対照的に、マガザン公はホクホクの満足顔。

「――ラウダよ」

 しかし、緩んでいたマガザン公の頬が引き締まる。どっしり重い声色をラウダに向けた。

「例の計画は滞りなく進めるように。準備は綿密に、実行は一気呵成(いっきかせい)――頼みますよ」

「は。心得ております」

 ラウダは主命に胸を張って応えた。

 

 人間とリザードマンの複雑に絡み合う因縁。

 エルフとトロールの両名は知る由もなかった。

 ――自分達がその渦中に踏み込んでいたことに。

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