エルフとトロール 〜三流魔法使いのトロール、メスガキエルフの下僕になる〜   作:ルブク

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※微エロ要素注意
日が暮れて、夜が明けて。
そして世界がにじり寄る――。

第三章の人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/385833/12.html


第四話 オモテとウラとで

 一晩過ごし、宿で英気を養ったリュミエとヴィンセント。予定通り今日より行動開始と相成った。早々に身支度を整え、市街の大通りを二人連れ立って歩く。

 大通りとはいっても、トラートと比べてしまえば片田舎と都会のソレである。踏み固められた土の道に、点々と存在する路端(ろばた)売り。非常にのどかな光景だった。

 

「寝藁の具合もまずまず。あの値段で朝食付きなんだから結構お得じゃない?」

 

 リュミエのポニーテールが軽やかに揺れる。昨日、適当に取った宿が殊の外当たりだったためだ。部屋は質素だが綺麗に整えられ、朝食には豆を一緒に煮込んだパン粥が供された。

 お世辞にも豪勢と言えるものではない。しかし、必要なものが不足なく揃っている、というのが重要だった。一泊あたりの値段が相場より安いという点も大きいが。

 

「や〜。でもマルカが整えてくれたベッドが一番かな〜。懐かしくなっちゃう」

「確かに。同じ藁でもああも違うものだとは」

 

 組んだ手を頭の後ろに回し、リュミエがしみじみと天を仰ぐ。おおよそ、庶民の寝床といえば寝藁を敷き詰めた上にシーツを被せたものが主流である。当然ながらクッション性に乏しく、藁の繊維が体に当たり不快を覚えることもある。

 しかしマルカの手にかかればこれが不思議。羽毛や綿にも匹敵する柔らかさに生まれ変わり、寝心地も段違い。企業秘密とは本人の談であるが、まるで魔法でも使っているかのようだった。 

 

「離れて分かる恵まれた環境、ってね。ホームシックになっちゃった?」

「まさか。子供であるまいし」

 

 ヴィンセントも大量の荷物から解放され、背中周りがすっきりとしていた。革の背嚢一つに生薬やら薬の包みを収め、見た目ならば一端の商人である。

 

「ところで、今日からどう動く? 孤児達の捜索」

 

 グレイスからの依頼――行方不明となった孤児達の行先を突き止めること。決して物見遊山等ではなく。

 

「土地勘ないからなぁ。数当たらなきゃダメそう」

「長居しても勘付かれる可能性がある。一週間ほどが限度だろうか」

「そんなもんかな。もし気付かれたら……五体満足で追い出されれば御の字って感じ」

 

 傍から見ても危ない橋である。商人と身分を偽っている上、剣呑な事態に首を突っ込んでいるのだ。仮にしくじり、正体が明らかとなった日には――果たして無事に帰れるかどうか。

 

「何れにせよ、怪しまれないように売り込みと聞き込みを両方やってかないとね」

「それは君が上手くやってくれるだろう」

「は? 何で私前提なワケ?」

 

 突如振られた役割にリュミエが突っかかった。唇を尖らせながらヴィンセントに抗議する。しかし、彼はブーブーのたまうのを歯牙(しが)にもかけず、ごく自然に切り返した。

 

「いかついトロールの大男と、小柄で若いエルフの女性ならどちらが親しみやすいと思う?」

 

 筋骨隆々で、意図せずとも頭の上から話しかけることになるヴィンセント。かたや、上目遣いで愛嬌を振り撒き、相手の懐に潜り込めるリュミエ。

 

「……ちっ。言いよる」

「嫌なら私が代わるが」

「分かった分かった。私が当たればいいんでしょ私が」

 

 どちらが適任かは一目瞭然だった。それは彼女も認識しており、不承不承ながら声かけ役を引き受ける。

 

「ま、決まったからには――」

 

 リュミエは髪を纏めるリボンを解いた。緑の絹糸(けんし)がはらりと広がり、たおやかに肩を覆って仕上がる曲線美。しかしそれも束の間のこと。髪の乱れを手櫛で整え、リボンを締め直した。

 

「キッチリやらないとねぇ! (しらみ)潰しにいくよ!」

 

 彼女は気合を入れ直し、颯爽と歩を進める。

 

「もちろん。望む所だとも」

 

 本当に忙しない娘だと、内心ヴィンセントはつくづく思う。それでいて小さい背中は頼り甲斐があるのだから奇妙なものだった。

 

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 アヌーラの町の露店ならびに店舗へ飛び込み営業。リュミエとヴィンセントは方々を歩き回った。

 

『どうもこんにちはぁ! ワタクシ共、薬を少し扱っておりまして……あ、間に合っておられる? それは失礼いたしました〜』

 

『お店の御主人でいらっしゃいますか? 少しお時間を……お話だけでも構いませんので……あ、そうですか……』

 

 二、三軒ほど当たってみたが戦果は思うように挙がらなかった。人懐こい笑顔といえども、他所者という強力な色眼鏡には非力である。孤児の行方の探りを入れるどころか、会話ができないのだからそれ以前の問題だ。

 

「完全アウェーはキビシイなぁ……話くらいさせてくれたっていいじゃんよぉ」

 

 日も高くなったところで小休止。路端の木陰に座ったリュミエがぼやいた。始める際の勇ましさからすると相当に自信があったようだが。現実とは非情なものである。

 しかしその一方、ヴィンセントは然程気にする様子ではなかった。

 

「こういう商売は得意先を作り、そこから口伝(くちづ)てで評判が広がっていくものだ。何度も通って顔を知ってもらい……」

「それがすぐにできれば苦労しねぇっての〜」

 

 リュミエは不満たっぷりに唇を尖らせる。近くのパン屋で買ったパンに齧りつくが、その硬さに閉口した。歯と握力で強引に引き千切るように食べるも、一口だけで顎が疲れる代物だった。

 溜息混じりにヴィンセントにパンを渡す。彼も同様に歯で引き千切りながら、もさもさと咀嚼(そしゃく)した。

 

「同業に当たってみてはどうだろうか。薬なら薬屋で」

「薬種か……それが手っ取り早いかぁ」

「このままではいたずらに時間を使うだけだろう。道すがら二、三軒ほど見かけたから、そこから当たってみるとしよう」

 

 幸先の悪さに、出鼻を挫かれた感がありありと。ひとまず良い方に転がることを祈って作戦変更である。リュミエは重い腰を上げ、尻に付いた葉をはたき落とした。

 

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 市街から郊外へ向かって少しばかり歩いた先、人家が疎らに並ぶ中に件の店があった。一際古びており、薬研(やげん)を模した釣り看板を提げている。道に面した表には窓がなく、店内は窺い知れない。まさに出たとこ勝負としか言いようがなかった。

 

「さて、どうなることやら」

 

 扉の前、くすんだ色の壁板をリュミエが見上げる。

 

「成るようにしかないだろう」

「鬼が出るか蛇が出るか、ってとこね」

「トロールとリザードマンならどちらもいるが」

「――うるさいなぁ。気分だよ気分」

 

 入店前に緊張を紛らわすダイアローグ。そしていざ入店、と扉に手をかけようとしたが、それよりも早く扉が開いた。

 

「……おや、あんたらかえ? 奇遇だのぉ」

 

 くたびれた緑の鱗に、奇妙な訛りの壮年のリザードマン。検問所で担当となった彼の者である。無地の布の包みを片手に提げており、丁度買い物を終えたところのようだった。

 

「あ、これはどうも検問官様」

 

着古した感のある普段着のため、一瞬誰か判断がつかなかった。しかしリュミエはさっと表情を整えて応対する。

 

「昨日の今日でもう仕事始めてんのかい。精が出んねぇ」

「はいそれはもう。何分初めての土地ですので、色々と顔を売っておかねばと思いまして」

「ふ〜ん、他所ん土地で商売すんのも一苦労っちゃねぇ……」

 

 リザードマンは右手の親指を挙げ、おもむろに後ろの店を指した。

 

「ここは止めといた方がえぇよ。他所モンにはとびきり厳しい主人だもんで」

「あ、そうでしたか……」

 

 露骨に肩を落とすリュミエ。その彼女を前にし、リザードマンは顎に指を添えて思案していた。

 

「う〜ん。ここで会ったんも何かの縁ってか。あんた方が良けりゃ馴染みの連中紹介すっけど、どうよ?」

「本当ですか!? 助かります!」

 

 困り果てた時の渡りに船。迷うことなく飛び乗った。とにもかくにも、会話ができねば何も始まらない。リザードマンからの申し出はまさに待ち望んだものであった。

 

「じゃ、早速紹介してやっから。着いてきてくんな」

 

 千載一遇の好機を逃す手はない。リュミエとヴィンセントは互いに目配せし、遅れないように後を追う。

 

「あ、そうそう――」

 

 道すがら、リザードマンは歩きながら首を後ろに向けた。

 

「町のハズレとかに壊れた家が幾つもあったろ? そういうとこには近づかん方がえぇよ」

「確かに幾つも見かけましたが……」

「ガラの悪ぃ浮浪児どものよ、根城になっとんの。あんたらも商品や財布をスられたくなけりゃ行ったらいけんよ」

 

 思わず得た情報に二人は顔を見合わせる。浮浪児の大体の居場所が分かれば、その近くで情報収集すれば何か判明するかもしれない。間違いなく大きな一歩だった。

 

「それはもう。盗まれた日には商売上がったりです」

 

 気色ばったのを隠すようにリュミエが擦り寄る。上目遣いに媚を売る、どこか下卑た笑顔が妙に堂に入っていた。

 

「ま、色々物騒な話も増えてきたもんでな。特に物盗りがな、どこで狙っとるか分からんで――」

 

 捨てる神あれば拾う神あり。正に言葉通りに窮地を救われた。後で情報として残しておけるよう、リザードマンの言葉を胸に強く刻んで次の目的地へ向かっていった。

 

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 事態というものは、一度進んでしまえばあれよあれよと進むもの。二、三日経つ頃にはすっかり情報も集まっていた。あのリザードマンの口添えのお陰であるが、それにしても効果てきめんである。

 

「んじゃ、ちょっと整理しようか」

 

 夜、情報整理のためリュミエの部屋に集まった。木のテーブルに向かい合って座り、市街の範囲を記した地図を広げる。

 

「まず、浮浪児が居るのは事実。廃屋を転々としてて、お役所側もほぼ放置の状態」

 

 地図の上に、聞き取った情報を記したメモを配してゆく。その都度干したイチジクを齧りながら。

 

「んで、盗みやら何やらで被害が出てると。捕まえようとしても器用に逃げられる。復興にいっぱいいっぱいで手が回せないってのもあるね」

 

 対面のヴィンセントも干したイチジクを一口齧る。カモフラージュとして用意した薬種だが、これがそれなりの稼ぎとなっていた。毎食おかずが一品増やせるようになったのは、彼の薬学のお陰という訳である。

 

「そんなこんなで野放しだった訳だけど。でも数年前くらい? 馬車に乗せられてどっか行くようになってから、それなりに落ち着き始めてきて――」

 

 その馬車が誰の物で、どこに行くのかまでは分からない。少なくとも馬車は複数台あり、その内一台は家屋が乗っているかのような大きさだという。

 そのクラスの大きさは、現領主マガザン公所有の線が濃厚。

 

「馬車か。孤児院から出た時にも見たが……」

「馬車なんかどこにでもあるでしょ。今の所はトカゲの親玉のトコの線が濃いけど……いっそのこと直接出向いてみる? 領主様へのご挨拶ってことで」

「それは……」

 

 リュミエの提案にヴィンセントは答えを濁した。黒か白か明確にならない状態で、相手の懐に潜り込むのはリスクが高い。ましてや対抗手段が限られている状態である。大口を開けた大魚の眼前に躍り出るようなものだ。

 

「変にちょろちょろして怪しまれるよりさ。やましいことはないってアピールしといた方が良いんじゃない? 門前払い食らってもそれはそれ」

 

 我々は一介の商人。そう、建前としては。

 内外にその存在を示すことができれば、変に疑われることもなくなるだろう。特に領主に睨まれては活動どころではなくなってしまう。そうならないための予防策として、リュミエの案は有効だった。

 無論門前払いされたとて、大人しく引き下がれば良いだけのことである。

 

「活動の正当性を得るため、か」

「そういうこと。まぁとんとん拍子に事が運んでってるのも気がかりだけど。とりあえず今は流れに乗らないとね」

「分かった。では――明日にでも出向くか」

「うん。そうしよう」

 

 これで明日の行動は決まった。後は備えて寝るだけなのだが。

 

「何? ムスッとして黙っちゃって」

 

 ヴィンセントが渋い顔をしながら、何か物言いたげにしている。視線は対面に座るリュミエに向けられていた。

 

「――いや、今更なのだが」

 

 おもむろに右手を上げ、彼女を指さす。

 

「まともに服を着てくれないか?」

「は? 着てんじゃん? 頭ん中までイチジクかよ」

 

【挿絵表示】

 

 リュミエは椅子に胡座をかいて座る。その目は何をバカなことを言うかのように真ん丸だった。

 確かに、彼女の衣服は寝巻き代わりに麻のワンピースであるを

 

 服は着ている。

 着ているのであるが――。

 

「なら、せめて下にもう一枚着てくれるか。それでは何も着ていないのも同然だ」

 

 薄手かつ織り目が粗い布地。本来、包み隠さなければならない部位が透けて見えてしまっていたのだ。

 

 上はおろか(・・・・・)下までも(・・・・)

 

「やなこった。私はね、寝る時は裸なワケ。こうやって着てるだけ十分譲歩してやってんだから」

 

 食事の後、情報整理するから部屋に来るようにと言われ、来てみればこれである。恥ずかしがる素振りや、気にする様子もない。その上での大股開き、常軌を逸しているとしか言いようがなかった。

 もし他の誰かに見られたらどうするつもりだったのか。

 

「君には羞恥心がないのか?」

「ハッ、見られて恥ずかしいカラダはしてないつもりだけど」

「他者がどう見るか、だろう。社会の規範というものが――」

「人の生尻見といて偉そうに。口じゃご立派だけどね、こうして二人きりになってんのはどういう了見よ? あァ?」

 

 良く分からない議論が白熱し、そして夜が更けゆく。

 

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 ひっそりと静まり返った邸内、赤絨毯の廊下へ月明かりが落ちる。等間隔で壁に並ぶ燭台は、侍女によって灯りを消されて久しい。

 そして長く続く廊下を、リザードマンが一人音もなく歩く。夜更けでありながら漆黒の軍服に身を包み、瞳は暗闇の中でなお青玉(せいぎょく)の如く色を放っていた。

 

 ――ラウダその人である。

 

 彼はそのまま歩みを進め、バルコニーへの出入り口で脚を止める。本来は鍵が掛けられているはずだが、この場所だけが未施錠だった。

 

「――」

 

 掌で扉を押し開ける。バルコニーに出ると、湿り気を含んだ夜の冷気が鱗の表面を撫でていった。

 石造りの手摺に手を乗せ、遠くに見える町の明かりに目を向ける。窓より漏れる光は疎らに慎ましく。ヒトとリザードマンの日々の営みが確かに存在していた。

 

「ラウダ様」

 

 バルコニーの影、一際の暗闇より無機質さを感じる声が届く。何者かがそこにいた。

 

「ご報告致します」

「聞こう」

 

 ラウダは姿勢を崩さずに言葉を返す。ほんのわずか、暗闇が歪んだ。

 

「例の孤児院より、馬車が孤児を一名乗せ発ちました。現在

行き先を追跡しております」

「決して気取られるな。突き止めた後は継続して監視せよ」

「御沙汰のままに。もう一点――エルフとトロールの商人につきまして、身元が割れました」

「……続けよ」

 

 ラウダの視線がバルコニーの影へ向けられる。くすんだ金色の瞳が闇に浮かんでいた。

 

「エルフの女はリュミエ・カーリア。トロールの男はヴィンセント・ヴィルレ・ヴィクトール。交易都市を拠点に、様々な依頼を受けて報酬を得ることを生業としております」

「傭兵崩れか」

「エルフの女は剣士として中々腕が立つとのこと。トロールは魔法使いですが、実力があるとは杳として聞きませぬ」

 

 剣士。その単語にラウダの右手の指が微かに反応した。 

 

「かの者等は孤児の行方を突き止めるという依頼を請け、我らが領地に踏み入れた模様です。依頼者はシスター・グレイス。彼女が(ねんご)ろにしている商会経由かと」

「シスター・グレイスか……」

「恐らく、我々が追う件とは直接関わりはないかと……如何致しましょう。適当な罪状を着せて追放することは容易いですが」

「ならぬ。陛下より礼を失することがないようにとの仰せである。いや……行方を追っていると言ったな。なら見せてやればよい。我々には何一つとして後ろめたいことはない」

「承知致しました。細切れに流した情報に食らいつきました故、そう時を置かず現れることでしょう」

「宜しい。下がって良いぞ」

「は。では――」

 

 金色の瞳が闇に溶け、影の姿形も何もなく。

 

(使えるのであれば使う。全ては陛下の御為に)

 

 ラウダは表情を一切変えないまま、何事もなかったようにバルコニーを後にした。

 

 やがて何者も居なくなり、夜の静寂が再び世界を覆う。

 ――策謀の朝日が顔を覗かせるまでの、ほんのうたかたの間のことだった。

 




月一ペースでのんびり進行ですが、まあこんな感じでやっていこうかと。
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