エルフとトロール 〜三流魔法使いのトロール、メスガキエルフの下僕になる〜 作:ルブク
見えずとも、避けられない事実がすぐそこに。
第三章も半分くらいを過ぎた感じ。
一次創作は二次創作と違い、全ては作者の匙加減であるので…色々と自由にやらせてもらってます。
AI生成での挿絵もコツを掴み、まあまあ意図に近い物が出せるようになりました。
第三章の人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/385833/12.html
思い立ったが吉日の通り、行動は早いに限る。翌朝、リュミエとヴィンセントは領主マガザン公の屋敷に赴いた。
名目としては偉大なる領主様へのご挨拶。しかし真の目的は、連れ去られているだろう孤児の行方を捜すこと。敵の懐に入る危険な行為だが、かといって他に方法がないのもまた事実。
「……ところで、何か差し出せそうなモンある? おべっか使って褒めそやされるのには慣れっこだろうし」
「所持している薬種は大体一般的なものばかりだ。特別なものはない」
相手は一領主、すなわち
良く言えば献上品、悪く言えば賄賂ということになる。
「厳しいなぁ」
屋敷への途上、
「んじゃ調合は? その場でできる?」
「病の具合にもよるが……一般的なものならできるだろう」
「ならその線で! 話し合わせてよ〜?」
口笛軽やかに、リュミエはパチリと指を鳴らす。しかし一方で、ヴィンセントは至って冷ややかな表情だった。
「それは構わないが……」
「あ? 何か不満?」
鳴らした指をそのままヴィンセントへ突きつける。藪睨みの眼差しで不敵に笑う様は悪戯っ子のよう。
「いや。誰も病気でなければどうするつもりかと」
薬屋の弱点。それは健康体にはお呼びでないこと。心身ともに健やかであるのなら、あれやこれや売りつけようとも意味がない。
「……あぁ」
締まりのない返事と共に、伸ばした指がだらりと曲がる。
思えば、マガザン公に対する情報収集が不完全だった。市井に漏れてくることも多くないだろうが、それでも雰囲気くらいは掴めるはず。
これまでの聞き込みでもそのような噂も聞かなかったということは……そういうことであろう。
「しょうがないなぁ。何とかするから何とかしてよ」
「雑だな。急に」
「うっさい」
苦しい所を突かれ、苦し紛れにしか言い返せなかった。その最中、リュミエはさりげなく後方を気にかける。
民家と商店、そして道行く人々――後をつけている気配は特段感じなかった。むしろ気にしすぎかもしれない。しかし、身の安全のためにはそれくらいで丁度良いのである。
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やがて、道は砂利混じりの土くれからて古びた石畳に変わった。敷き詰めた石の形は不揃いも良いところだが、綺麗に均されており思いの外歩きやすかった。
通りが整備されているということは、領主の館が近いということ。リュミエはそこはかとなく周囲の警戒を続けていた。
「……誰かつけてきているのか?」
ヴィンセントが尋ねる。周囲に悟られないよう、正面を向いたままで。
「いや、いない。いないけど……」
「けど?」
「何か落ち着かないんだよね。首の後ろ辺りがチリチリする感じ」
「ここではまるきりの他所者だからな。誰かの視線を常に感じていても可笑しくはない」
アヌーラの町の住民はヒトかリザードマンのどちらかである。エルフのリュミエはまだマシだとして、体格も大きいヴィンセントは何かと目立つ存在だった。
検査官の口添えで活動できるようになったといえど。やはり好奇の視線が尽きることはなかった。
「そういうのがあると紛れて困るんだよねぇ。出たとこ勝負になるのは致し方なし、かぁ」
リュミエが警戒するのも尤もである。無数の雑多な事象にて、至急対応を要する障害が隠れてしまう。気付いた時には既に目前、ともなりうるのだ。
「いずれにせよ、ここまで来て引き下がるのもできないだろう」
二人は揃って足を止めた。
左右に広がるうず高い石積の壁。遮られた視線の向こうには、青い瓦
「こんなとこで伸るか反るかの勝負でしょ? 命が幾つあっても足んないよ」
リュミエの愚痴ともつかない独り言。しかし台詞とは裏腹に、止めた足を前へ前へと進めてゆく。
「猪とどちらがマシかな」
「会話できるだけこっちがマシでしょ。会話させてもらえれば、だけどさ」
ここがいわゆる正念場。リュミエもヴィンセントも、怖気づくような軟なタチではないのである。
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石壁の頂上には、外部の侵入者を拒む返しが施されていた。見える限り、出入り口は重厚な木戸の門が一カ所あるばかり。更に門の両脇にはリザードマンの衛兵が。槍を片手に門を強固に警護しており、簡単に侵入できる雰囲気ではなかった。
「分が悪いけど……ダメ元でやるっきゃないか」
リュミエとヴィンセント、意を決して衛兵に歩み寄ってゆく。
「どうもどうも! こちら公爵陛下の御屋敷にお間違いないでしょうかぁ?」
緊張した様子をお首も見せず、ニコニコとベタな笑顔のリュミエ。無害ですよと言いたげな腰の低さも忘れていない。
衛兵は互いに目配せをした。程なくして、リュミエに近い方が前に出る。槍を持たない手を広げて彼女の動きを制した。
「そこで止まれ。閣下への謁見の申し入れは済んでいるのか?」
「それがワタクシ共、数日前に初めて来たばかりでしてぇ。無作法は承知でございます。ご領地を
衛兵の台詞からして、マガザン公は正規の手続きを踏めば謁見は難しくないようだ。であればと、立て板に水の如くの美辞麗句。衛兵につけ入る隙を作り、あわよくばこの場で約束を取り付ける魂胆だった。
ヴィンセントも、リュミエのあまりの口の回り具合に呆れと尊敬で半々。二人の衛兵も困ったような、神妙な面持ちをしていた。
「――あぁ、申し遅れてしまいました! ワタクシ共、交易都市トラートから参りまして、名は」
「リュミエ・カーリアとヴィンセント・ヴィルレ・ヴィクトールだな」
背後より、低く重い声。
リュミエとヴィンセントの心臓を貫く。
「っ……!?」
「――!!」
二人は驚愕のまま振り返った。
すぐ背後に黒い軍服のリザードマンが。言葉もなく目を見開いたリュミエに、表情が凍りつくヴィンセント。
「この者達は陛下への拝謁が許可されている。手違いで書状が届かなくてな」
リザードマンは大柄であり上下黒尽くめの出で立ちの中、
しかし、それにしても。
(どこから! 何で気づかなかった……!?)
リュミエの全身から汗が噴き出す。リザードマンはヴィンセントに勝るとも劣らない体格。それが音もなく、存在感すら消して背後に回られていたのだ。
心臓は
死は間違いない。彼女は敗北を悟った。
「左様でしたか、ラウダ様。これはとんだご失礼を。只今開門致しますので、暫くお待ちを――」
「構わぬ。日々の勤め、御苦労である」
黒い軍服のリザードマンはラウダという名らしい。厳然とした振る舞いは一部の隙も見られなかった。
「少し話をしてくる。そこで待て。変な気は……起こしても構わんが、我々の仕事を増やさぬように」
この場を離れたこの瞬間、リュミエの身のこなしなら逃げられるかもしれない。咄嗟に周囲の状況を探る。
いる。建物の影、樹木の裏、他にも数人。ラウダが離れたからか、隠れていた者がこれみよがしに姿を見せていた。
――まったく、冗談じゃないって。
リュミエの肩から力が抜ける。先手を取られ、頭を抑えられた状態である。抵抗したところで全くの無意味となった。
「とどのつまり。我々は掌の上で転がされていた、という訳か……」
「この分だと宿も把握されてんだろうね。逃すつもりはハナからなさそう」
「うむ……」
衛兵とラウダが話し込む間、リュミエとヴィンセントは事の成り行きをただ見守るしかなかった。やがて、重厚な門がゆっくりと開き始める。どうやって門をくぐることを考えていたのに、いとも容易く。
「――ま。お呼ばれされてんならさ、お望み通り行ってあげるとしますか……不本意だけど」
「してやられてしまったな」
「お茶とか出してくれんのかねぇ、まったく」
リュミエは諦めとも自嘲ともつかない笑みを浮かべた。
石畳の道は開かれた門の向こうへと続いている。今はもう、前に進む以外にない。先を行くラウダの後を追い、二人もマガザン公邸の敷地に足を踏み入れた。
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権力者の邸宅だけあり、敷地内は綺麗に整えられていた。青々とした芝に、一つ一つ綺麗に刈り揃えられた植木。更に石畳の隙間には雑草もなく、普段の手入れと管理が行き届いていることを伺わせた。
「ところで、一ついい?」
何も言わず前を歩くラウダ。行く手には、白い漆喰が輝く巨大な邸宅が控えていた。その途上、リュミエは彼に声をかける。
「何か」
それでも歩みは止まらない。恐らく、そもそもの性分によるものなのだろう。
「私達のこと、どれくらい把握してんの?」
「一通りは抑えている。貴様達については勿論、ここに来た目的、誰の依頼に依るものか、までな」
「ふ〜ん、じゃあ商会に相当積んだんじゃない?」
ひた隠しにしていた本名を知っている。それならば個人はおろか、依頼の情報まで調べ尽くしているはず。そして、その出元は商会に間違いないだろう。
どれだけ貢献してきたか。大枚を叩いて情報を得たと思うと、どこか誇らしくもあり……。
「端金で済んだと報告を受けている」
「へえ、嬉しい」
「想定の一割もかからず、我々としても助かった」
「……そいつは何より」
前言撤回。しょうもない依頼しかよこさず、しかも金払いもよろしくない。そのように不義理極まる商会などこちらから願い下げである。
リュミエは不機嫌を通り越して正に虚無。ラウダがその姿をチラと覗いていた。
「そう気に病むな。貴様達次第では――」
「あ! オジサンが仕事してる!」
フォローしようとしたところに遮る言葉。ハツラツとした少女の声で、皆一様にその方へ顔を向けた。
「……いつもしている!」
そこには蔓で編んだ籠を両手に、濃い亜麻色の髪を三つ編みにしている少女が。くりくりと大きな瞳を輝かせ、人懐こい笑顔に溢れていた。
(ココ……?)
一瞬、ヴィンセントは孤児院で会った少女を思い出した。しかし髪の色や背丈がまるで違う。この場にいるはずがないと、目を擦って首を振る。
現れた少女はラウダを前に臆した様子もない。彼も慣れているらしく、至って平然としているではないか。
「それよりどうしたのだ? また抜け出してきたのか?」
「違うよ。刺繍で難しいとこがあって、侍従長さんに教えてもらおうと思って」
少女は籠の口を広げ、中の刺繍が施された生地を見せる。ラウダは吟味するとコクリと頷いた。
「うむ。あまり仕事の邪魔とならぬように」
「は〜い。オジサンもお客様の案内ちゃんとするんだよ?」
「……言われずとも分かっている」
リュミエとヴィンセントは、かの少女を貴族の娘と予想した。ラウダとのやり取りからして、打ち解け具合は相当なものである。衣服も良い仕立てであり、それなりの地位でなければ手も出せないはず。
少女は状況を伺う二人の前に歩き出ると、スカートの端を摘み上げて礼をした。
「――どうぞごゆっくり!」
両足を交差しながら頭を下げる、その動きはまさに流麗。淀みない作法は一朝一夕で身につくものではあるまい。声をかける間もなく、少女は一足先に邸宅の方へ向かっていく。遠ざかる小さな背中を見送るしかなかった。
彼女は一体何者なのだろうか。ただ
「あの娘は孤児だ。数ヶ月ほど前に保護したのだ」
「保護!? それは本当なのか?」
ヴィンセントが驚きながら前に出る。孤児院で出会った少女、ココを思い出した。先ほどの少女は幾らか年上だろうが、それにしても身なりや雰囲気が大違いではないか。
「無論である。形式上だが私が後見人だ」
「……」
「聞いていた話と違う、とでも言いたげだな」
悔しいがその通りだった。有無を言わさず連れ去り、その後行方は杳と知れず、というのがグレイスの談。しかし、今しがたの少女がそれだとは、まるでまったく。
何を信じれば良いのか分からず、ヴィンセントはただリュミエに視線を投げかけた。困惑しきりなのはリュミエも同様。重苦しい沈黙が二人を支配する。
「いずれ分かるだろう。陛下がお待ちであられる。急いでもらおうか」
もしグレイスの言葉が真実ならば、連れ去られているという孤児は何処へ。あるいはラウダの言葉が真実だとしたら、グレイスは何故偽りの依頼を出したのか。
疑問に次ぐ疑問に解決の糸口もなく、ただラウダに着いて行く他方法が取れなかった。
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ラウダを先頭にマガザン公の邸内に入る。まず目についたのは、ヒトとリザードマンが協働していたということ。どちらの立場が上でもなく、単に対等の関係で。ゴミ一つない廊下や毛足の長い絨毯よりも、まずそれが強く印象に残った。
「さあ、執務室で陛下がお待ちである。くれぐれも無礼などないように」
飾り気がなく、重厚な両開きの扉の前。この部屋にリザードマン達の総元締めが待ち構えていると。
口数の多いリュミエもこの時ばかりは押し黙っていた。これから何が起ころうとしているのか。それを見定めようとするかのように。
「陛下。例の者共をお連れ致しました」
「――とうぞ、お入りなさい」
扉の向こうから重く粘ついた声が響く。ラウダが扉をゆっくりと開ける。赤いベルベットの絨毯が広がり、その先に伸びるずんぐりとした影。
泣こうが喚こうがいよいよご対面である。リュミエとヴィンセントは短く息を吐き、執務室へと足を踏み入れた。
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空は薄雲に覆われて心地よい肌具合。これ幸いにと、グレイスが箒を手にして孤児院の玄関前に躍り出る。そしてくすんだブロンドの髪を揺らしつつ、鼻歌交じりに掃き掃除。
よほど好きなのか、その集中ぶりはかなりのもの。来客が近づくのも気づかなかったほどだった。
「――精が出ますね、グレイス」
「まぁ神父様! 申し訳ありません、お掃除に熱中してしまいまして……!」
掃除は一時中断。顔を真っ赤にしながら平謝りである。しかし神父はそれを笑い飛ばすのだった。
「ははは、グレイスに任せていれば安心ですね」
「お恥ずかしい……所で、今日はいらっしゃる予定でしたでしょうか……」
普段、神父が孤児院に来る日は事前に通告されていた。それが今回はそれもなく唐突の訪問だったのだ。
「いえ。たまたま近くを通る予定がありましてね。ついでに子供たちの顔を見ようかと思いまして」
「そうでしたか。きっとあの子達も喜びますわ」
グレイスは神父に全幅の信頼を置いている。かつては他の子供と同じように孤児であり、彼に拾われて育ったのだ。
「それはそうと……ここ最近で不審な者が来てはいませんか?」
「不審なお人、ですか? お薬の商人様がいらしたくらいで、特には……」
グレイスはリュミエとヴィンセントのことを咄嗟に隠した。孤児の行方を追いかけるのは独断によるもの。事の真偽を確かめてから、神父に伝えようとしていたのだ。
「……そうですか」
神父は穏やかに微笑んだ。
彼に嘘をつくなどあってはならないこと。しかし、役に立ちたいという一心だったというのも事実。
グレイスは躊躇いながらも、心の中で神父に詫びた。いつか、お話できる時が来ますから、と。
「それと、もう一つ」
グレイスの耳元に神父が口を寄せる。
「――明日、伯爵様がいらっしゃいます。ココにいつもの準備をさせておいて下さい」
誰にも聞かれない小声。グレイスもそれに倣う。
「――承知致しました。きっとココも伯爵様のお役に立てて喜ぶことでしょう……」
自然と顔に溢れる、陶然とした笑みと共に。
次話は軽く剣戟シーンを書きたいところ…。