エルフとトロール 〜三流魔法使いのトロール、メスガキエルフの下僕になる〜 作:ルブク
蝶は踊り、花は歌い、手と手を取り合う子供達――。
剣戟シーンってどう書くんだっけ、と考えながら書いてました。ほんの数ページ分だけてすけども_(┐「ε:)_
第三章の人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/385833/12.html
リザードマンの首領マガザン公爵。でっぷり肥えた太鼓腹を抱え、執務室の椅子に深く腰掛けていた。ねっとりと、かつ間延びした低い声ながら、橙の瞳は鋭く来訪者をつぶさに観察する。
「グくく……ようこそ、我が館へ。改めて、私はリオ・ル・マガザン――この一帯を治めるしがないリザードマンです」
自らの思惑を厚い脂肪の下に隠し――ただの肥満トカゲではないのは確かなようだ。
「御領主自らお会いくださるとはね。リュミエ・カーリアにヴィンセント・ヴィルレ・ヴィクトール。ご存知かと思いますけど」
「急なお呼び立てにさぞ驚かれたことでしょう。グく、皆を代表してお詫びいたします」
「ご丁寧にどうも」
リュミエは周囲をさり気なく窺う。大きく取った窓から陽光が差し込み、飾り気のない室内を優しく照らしている。柱は太く非常に頑丈な造りである。館に巨大な火吹き龍が乗ったとしても、ビクともしないだろう。
そして、
「
ふわりと薫る、様々な花の面影。この厳しい場にそぐわない優しい芳香だった。
「我々の鱗の臭いが気になる、という方も居られますので。お気に召しませんてしたか?」
「い〜え。素敵なご趣味ですこと」
「それは良かった。なにぶん武骨者ばかりで、こういった物にはトンと疎いものでしてな」
全身を緑の鱗で覆い、その上に着込む豪奢な衣服。本人の体格もあり、ただ座るだけでも相当な威圧感があった。
「――グく、失礼。本題に入りましょう」
もっとも、背後からも別種の圧が。リュミエとヴィンセントの後ろに立つラウダが、不審な動きに目を光らせていた。
「さて、御二人の目的ですが。我が領内で行方知れずとなっている孤児を探す、で間違いありませんね?」
「仰る通り。ですが、色々お調べになっておられるようなので。今更聞かなくても良いのでは?」
正体が掴めぬ相手に、リュミエはあえて
バシン、と後ろで床を叩く音が飛んでくる。注意として、ラウダが尻尾で絨毯をしたたかに打ったのだった。
ややもすると口笛すら吹きかねない態度のリュミエ。隣のヴィンセントは顔を強張らせるばかり。汗一つ垂らすことすら許されない、肌がチリつく緊張感が部屋を満たしていた。
「くく、まあ一理ありますな。折角いらしたのですから、実際に御覧いただいた方が早いでしょう。私が口で説明するよりも」
予想以上にマガザン公は
リュミエは挑戦的な眼差しでマガザン公をまっすぐ見据える。隙を見せれば化けの皮を剥がしてやるぞと、あくまで強気のままで。
「ラウダ。御二人の案内を――お願いしますね?」
「は。では、直ちに」
名指しされたラウダは踵を鳴らす。背筋を伸ばし、直立不動の体勢で間髪入れずに返答した。相当な手練であろう彼がここまで心酔している。君主としての器がいかほどの大きさなのか、いまだに測りかねていた。
しかし、分かっていることが一つだけ。
「……どうあっても逃さないってか」
「……声が大きい……!」
騒ぎを起こしてその機に逃げる、という手段を潰されたことだった。慌てるヴィンセントをよそに、リュミエは唇を尖らせて不服な様子。
小柄な背丈もあいまって、まるでふてくされ気味の子供である。しかしながら、彼女の双眸はただ冷静にマガザン公を窺う。ニコリとして、縦長の瞳孔を歪ませて笑う大トカゲ。
「どうした? 着いてくるように」
目が合い、リュミエは不敵な笑みを返す。
「――はいはい。今行きますよっと」
そうして、ラウダとヴィンセントを追うように執務室を後にした。わずかに残る、花の色香を漂わせながら。
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館を出た一行はラウダに付き従い、離れの建物へ向かう。話によると、孤児達が共同生活を送っているのだという。
館の前で会った少女の様相といい、これはまるで―。
「まるで学校だな」
ヴィンセントが横から出張ってきた。リュミエは気だるく、半開きの目で溜息を
何のためにそんなことを。孤児を集めて学ばせ、その先にあるものは何なのか。理解が及ばず、モヤが広がる視界には不満が募るばかりである。
「その目で見れば分かることだ。着いたぞ」
ラウダの呼びかけに二人が視線を前に向けた。木立が囲む芝の広場が見え、子供達の弾む声が風に乗って届く。木立の門を潜って見えた物は。
「――養成館だ。ここで孤児達を育成している」
背格好もばらばらの子供達が伸び伸びと遊んでいる。ヒトとリザードマンの両種族が、広場で体を動かし互いに語らう。その表情は晴れ晴れとしたもので、抑圧された生活ではとても出てこないものだった。
「ここにいる皆が、孤児だと?」
「いかにも。町中で保護した者以外にも、何らかの理由で親を失った者も受け入れている。最近はそれらの理由で同胞の子も増えているな」
リュミエとヴィンセントはその光景を目を丸くして見ていた。誰も彼も、肌の色艶がすこぶる良い。日々の生活にも窮する孤児だった面影が一切ない。
更に周囲を見渡すと、つかず離れずの距離で教師らしき大人が監督していた。そちらもヒトとリザードマンの両名。管理が行き届いている証左であり、一部の隙もないと言えよう。
「本舎では主に座学を行い、夜になれば寄宿舎に戻る。トロールの――ヴィンセントと言ったな。確かに貴様の言う通り、学校という認識で差し支えないだろう」
衣食住が約束され、かつ教育を受けることができる。庶民よりもよほど恵まれた生活である。身元も分からぬ孤児に、ここまで手厚く保護する理由は一体何なのか。皆目見当がつかず、ただ黙って眼前の景色を眺めるしかできなかった。
「裏には運動場もある……そちらも案内しよう」
善意や好意だけで行えることではない。必ずや目的があるはずだが、その引っかかりすら掴めなかった。リュミエとヴィンセントの二人は戸惑いながらも目配せし、遅れないようにラウダの背中を追いかける。
案内された先は、頑丈な木の柵で囲まれ、綺麗に土を均した一帯だった。マガザン公の屋敷の方まで広がっており、運動場としてはいささか規模が大きすぎるきらいがある。
「普段は練兵場だが。孤児の運動場としても利用している」
その言葉で目を片隅に向ける。なるほど確かに、弓射の的や木のカカシが複数設けられていた。そして、武器を手にしてそれらに相対するリザードマンの兵達も。
「敷地の有効活用ってやつ?」
「そういうことだ。ところで……」
背を向けるばかりのラウダが、おもむろにリュミエに向き直る。彼女を見定めるかのように青い瞳を向けた。
「貴様、剣の腕は如何ほどか? 一つ見せてもらおう」
瞳に淡く光る期待の色。悪意はない。あるのは純然たる、剣士としての好奇心のみ。こういう手合いは厄介の一言に尽きた。
「……一回だけね。それ以上はお断り」
「問題ない。では広い方に移動しよう」
リュミエは渋々ながら、受けるしかなかった。
とにかく、どれほど断ろうが粘ってくるのだ。相手の腕を確かめ、自分の腕を知るために。剣の道を際限なく追い求める者は、常に自分の立ち位置を知ろうとするのだから。
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練習用の木剣を手に取り、離れて対峙する両名。その周囲を取り巻くように、他の兵達が見学しようと集まってきていた。
『あのラウダ様が他の者と手合わせ? 相手は?』
『どうやら
噂は矢の如く広がった。ラウダの手合わせ相手である女エルフの正体について、兵達はああだこうだと論じている。その声は同じく離れて観戦するヴィンセントの耳にも届いた。
『ラウダ様が指定した相手だ。ただ者ではないだろう……』
『静かにしてくれ。肝心な所を見逃したらどうする!』
リュミエとラウダの身長差は大人と子供のソレである。しかしリザードマンの兵達は
誰も彼も大きな目を、頭からこぼれ落ちんばかりにひん剥いている。二人の
ヴィンセントも結末は予測不可能。リュミエの腕を疑う訳ではないが、ラウダも相当の手練である。
周囲の盛り上がりに呑まれてしまいそうだった。丸太の柵に手を置き、乗り出し気味に上体を前に。真剣勝負の行方を見るしかできないことに、その表情を強張らせる。
――本当に受けて大丈夫だったのか?
――ま、ガチの殺し合いじゃないから大丈夫でしょ。知らないけど。
頭を掻きながら半ば諦め気味に答えたリュミエ。今となっては、その言葉を信じる他ないのである。
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(大丈夫、とは言ったものの)
乾いた風が吹く。リュミエは土の細かい粒子が、自らの頬を撫でていくのを覚えた。
ただの手合わせ、というには場の雰囲気は重い。ギャラリーが何処からともなく集まっているのも知っている。連れ合いのヴィンセントがカチコチになっているのも見えていた。
練習用の木剣を両手で握り、剣先を下へ。肩幅に開いた両足で大地を踏み締めつつ、力みの抜けた正対で相手を見やる。
「苦手なんだよね、ああいうタイプ……」
平然とした表情を保ち、唇を動かさないように呟いた。
黒い鱗に全身黒尽くめのリザードマン、ラウダ。木剣を右手に携えた半身の構え。左手は自然に垂らし、鋭い視線を真っすぐ向けてくる。
音もなく背後を取ってきた相手だ。速さだけでなく、力も技もかなりのものだろう。三位一体に怠りなく鍛え上げているのは想像に難くない。
どこを取っても隙がない。間違いなくラウダは達人の域にいる。今更ながら、のらりくらりとかわしておけば良かったか。
リュミエは正面を見据えたまま、息を一つ。そして、静かに一歩を踏み出した。
一歩。
また一歩。
足取り軽やかに、それは町中を散歩するかのよう。緊張感の欠片もなく、極めて無防備な姿に周囲はどよめいた。しかし、リュミエの眼差しはラウダの一挙手一投足を捉える。
(本人動かず、尻尾は。尻尾はイザという時の
歩みを止めず、柄を握る指をわずかに緩めた。どの様な状況でも、即座に対応できるように。
更に一歩。
ラウダの鱗の一枚一枚が見える。
そしてもう一歩――。
うなじの後れ毛がチリリと逆立った。
リュミエは歩みをはたと止め、ラウダを再び見据える。
「勘が良い――いや、
相手の体勢は微動だにせず。ただ、その目は愉しげに細めていた。
「半歩入れば私の間合い。よく寸前で止まったものだ」
「そりゃどうも。ま、それなりに長いから」
「千年戦争は?」
「人類側で。ぼちぼちやってたよ」
「そうか。我々は魔族側だ」
剣の刃を渡る空気に、雰囲気は一触即発。恐らく決まるとしたら一瞬。ざわつく周囲は呼吸をするのも忘れ、二人の動向にくぎ付けとなっていた。
リュミエとラウダは構えを崩さず、じっとその場で佇むばかり。しかしその実、先を取るか後を取るか、目に見えない凌ぎ合いが繰り広げられていたのだ。
(――ま、一発勝負だし)
今決めるも、後で決めるも変わらない。リュミエは機を見定めた。
「ねえ」
「何か?」
「えっとね……」
言葉の途中。足元の土が
風よりも、音よりも
ラウダの懐へ一足飛びに。
懐に入ってしまえば。
しかし捉えられていた。
ラウダの青い瞳がリュミエを映す。
(コイツ……ッ!!)
これだから達人という奴は。
自分の間合いまで残り半歩。踏み込んだ足の爪先をやや左に。剣を持つ手首を逆に返す。
そして腰を落とし、逆側――ラウダの背中側へ、破れかぶれの一太刀。しかし出せるモノを全て出し、
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乾いた破裂音がつんざき、空気はしんと静まり返る。
ヴィンセントも、他の者も、何が起きたのかまるで分からなかった。エルフの女が近づいていったかと思えば、なぜかピタリと立ち止まり。一つ瞬きの間に
「やれやれ……」
残心の姿勢からリュミエが体を起こす。手にしていた木剣は
――斬りつけた刹那。
ラウダがその動きに合わせて剣の腹で受け流したのだ。剣同士が合わさった衝撃で刀身が根本から折れた。これが真相である。
「お疲れ〜。私の負けってことで」
何はともあれ、得物が使えなくなったとならば続行不可能。面倒事を終わらせ、リュミエは清々しい笑顔でラウダに歩み寄る。
「いや、違うな」
背を向けていた彼が振り向く。その表情を表すのなら、充実の一言に尽きるだろう。瞳が眩い輝きを放ち、さながら新しい玩具を与えられた子供のようだった。
「引き分け、といったところだ」
ラウダは自らの剣を見せる。刀身に大きな亀裂が走り、辛うじて割れずに繋がっている状態だった。軽く一振りすればたちまちに破断してしまうだろう。
「見事な踏み込みだ。特に速さには目を見張る」
「こういう仕事でご飯食べてるんだから多少はね? にしても完全に防がれるとは思ってなかったけど」
「元々は一太刀返そうと思っていたがな。防ぐだけで手一杯だった」
互いの得物が使用不能となり、自然にお開きの雰囲気となった。一太刀浴びせただけの、ごく短時間の立ち合いである。
しかし対峙した当人達には分かるのだ。わずかに剣を合わせただけでも、何年もの鍛錬に勝るということを。
「とにかく。お互い面目が立ったということで。もう戻ってもいい?」
「勿論だ。無理を言って申し訳なかった」
――申し訳なかった。
分かりやすい奴め。明らかな言葉遣いの違いに、リュミエは失笑してしまいそうになった。息が漏れ出ないよう唇をしっかり引き締める。
時折タガが外れそうになるのを堪えつつ、一人所在なさげなヴィンセントの所へと戻っていった。
そろそろ第三章のクライマックスへ向かっていきます。