エルフとトロール 〜三流魔法使いのトロール、メスガキエルフの下僕になる〜 作:ルブク
吐気を催す悪意は、聖人の仮面を被りて歩み寄る――。
ネタばらし的な話。
倫理的には完全アウトですが、そういう世界観ということで…。
第三章の人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/385833/12.html
マガザン公の屋敷に通されてからというもの。リュミエとヴィンセントは三日とあけずに足繁く通うようになった。門に入るために色々
果たして、これまでの苦労は一体何だったのだろうかと。しかしながら無条件で受け入れられたのではない。それを得るために一役買った者がいた。
「皆揃っているね?」
『は〜い!』
養成館の一室、教壇に立つ巨躯のトロール。規則正しく並んだ長机に向かう子供達の、眩しいばかりの視線を一身に浴びている。
そして子供達の前には算盤が置かれていた。木枠の内側にビーズを通した金属棒を等間隔で配す、一般的に使われているスタイルである。
算盤はもちろん教卓にも。誰かの使い古しらしく、ヴィンセントの手には少々小さい模様。
「では始めよう。前回は足し算だったので、今回は引き算を――」
彼は手慣れた感じで、器用に指先を使い玉を弾く。それに倣って、ゆっくり確認しながら玉を動かしてゆく子供達。算術を教える臨時教師として、思わぬ活躍の場を得ていたのであった。
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眠気を誘う陽気の空、リュミエは木の根を枕にして寝息を立てていた。養成館を背景に、寝姿を晒すという非常に大胆不敵な仕業である。
ザッ――。
案の定、彼女に近づく影が一つ。
「……何の用? 大将」
影の主が声をかけるよりも早く、目を瞑ったままリュミエが口を開いた。寝てはいるが、眠ってはおらず。感覚の糸は常に四方八方へと張り巡らされていた。
「随分寛いでいる、と思ってな」
影の主――ラウダはさして驚く様子もなく、寝ているリュミエの足元に立つ。
「特にやることもないしさぁ……平和を味わってるってワケ」
流石に近くに居られては寝たままではいられない。のそのそと上体を起こし、伸びをしながら大欠伸を一つ。
剣の指導をするとしても、エルフとリザードマンでは体型も違えば剣のスタイルも違う。ましてやラウダという絶大な指導者がいる関係で、彼女の剣は邪道に他ならなかった。
「どうした? 暇は嫌いか?」
「嫌いじゃないけど。ま、その分アイツに働いてもらってるから」
リュミエは養成館をしげしげと眺めた。今頃はどこかの部屋で、ヴィンセント先生による算術のお勉強中だろう。
「うむ。我々としても算術の心得があるのは有難い。兵にも多少覚えがある者はいるが、人に教えられる程ではなかったからな」
教え方が良いのか、強面でも子供達からの評判は上々らしい。人に教えられるということは、その物事についてつぶさに理解している証左。知っているのと、教えられるのとでは雲泥の差があるのだ。
「薬学と算術の心得があるトロール、か。しかも魔法まで使えると」
「魔法使いとしちゃ下の中レベルだけどね」
「問題ない。平時ではその様な人材が最も重要だ」
有事の際には武を以って立つのが兵の務め。しかし、有事はそうそう起こらないのが世の定めというもの。内務に長けた者は、そういった時に輝きを放つ。
「……惜しいな。二人共、私の下で働かないか?」
ラウダは養成館に青い瞳を向けたままポツリと零す。冗談でも言い間違いでもなく、これは彼の本音なのだろう。
紛うことなき実力者に認められるのは光栄なこと。それでもリュミエは首を縦には振らなかった。
「悪いけど。カタいお勤めは苦手なんだよね」
「それは誰かの下には着きたくないと?」
「あるっちゃある。でも本当のことはヒミツ」
両腕を逆手で地面につき、後ろに傾けた上体を支えた。思うようにはいかないぞ、と言いたげな笑顔でラウダを見上げる。
「――そうか。気が変わったら言ってくれ。席をすぐに用意しよう」
「気持ちだけありがた〜く」
折角の誘いではあったが。ラウダも熱望しての勧誘という訳でもなく、ただそれとなく誘ってみただけのようだ。むべなく断られても、どっしりと地に足を。
やがて、どこからともなく半鐘の音が軽やかに響く。授業の一コマが終わった合図だった。
「ああ、陛下がお話をしたいと申されている。この後二人で来るように」
「えぇ? 用事あんじゃん」
ただの通りすがりと思いきや。わざわざ隠しておくなど姑息な真似をしてくれる。
「暇なのだろう? 構わないではないか」
館の玄関から聞こえる可愛い鬨の声。
授業から解放された子供達が、我先にと押し寄せた。誰が一番早く出るのか競争でもしているらしい。戦争の先陣争いでもここまで激しくはないだろう。
「――ま、いいけど」
リュミエはゆっくり立ち上がり、尻についた芝を払う。子供達が賑やかに戯れる様子を見つつ、大きくぐいっと背伸びを。
「私としても、そろそろ聞こうかなって思ってたから」
ヴィンセントが出てきたのは、先頭集団から遅れること暫くしてからだった。ヒトとリザードマンの子供達に両手を引かれながら、心優しい青年の表情で。
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「グくく。暫く見学いただきましたが、いかがでしたかな?」
「他人の口コミはあまりアテになんないなって感じ」
再び訪れたマガザン公の執務室。最初の時とは違い部屋の空気も和やかであり、張り詰めた緊張感は微塵もなく。
「なるほど。子供達も日々を充実して過ごしているでしょう――彼らには健やかに育ってほしいですからね」
「確かに、皆活き活きとしていた。孤児だったとはまるで思えない」
言葉通り、子供達は何不自由ない生活だった。衣食住が用意され、なおかつ勉学の場まで設けられている。
依頼主のグレイスからは、孤児達がどこかに連れ去られている――という話を聞いていた。蓋を開けてみれば、これ以上ない完璧な待遇である。
「そうでしょうそうでしょう」
我が意を得たりと、マガザン公はにんまり頬を
「……ですが、そろそろ気になるでしょう? 何故このようなことをしているのか、と」
リュミエもヴィンセントも一様に同じ反応を示した。わざわざ手間暇かけて孤児を集め、養っている理由。何かの目的がない限り、そのような酔狂な真似はしないだろうに。
「そうね。そろそろ聞こうと思ってたけど」
気がかりな点はもう一つ。聞いていた噂とまるで違うことにも。何から何まで不透明だった。
「では好都合ですな。早い話、我が領地が為に。それに尽きますな」
マガザン公はでっぷり肥えた自らの腹を叩いた。どん、と腹太鼓にあるまじき轟音が響く。
「領主は領地があってこそ、領地は領民があってこそ。今にも消え入りそうな灯火をこの手で護り、大きくなるよう育くめば……やがては領地全てを照らす輝きとなるでしょう」
孤児達を保護して教育を施し、やがては領地を支える人材へ育成する。それはヒトとリザードマンの分け隔てなく、全ては領地が栄える為にと。
「枯れゆく花を見るのは実に口惜しい……種族が違えど、それを守るのは領主の務め。いかがでしょう、ご納得いただけましたかな?」
領主としてこれ以上ない、まさに模範たる台詞である。であればこそ、一つの疑問が生じる。
「ご立派なのは分かったけど。人
真偽はどうあれ、マガザン公が浮浪児を連れ去っていると噂が立っているのは事実。それがなければ強引な手段を使わずとも良くなるはずだ。
行っていることは決して間違いではない。堂々と孤児達に呼びかければよいものを、何故自らに分が悪い状況を放置するのか。
「まぁそうなりますな。グくく」
しかしマガザン公はニタリと微笑むのみ。その言葉を予想していたかのようだった。
「それは私も。攫うような真似をせずとも……」
ヴィンセントもまた同様に。子供達と接してきた機会も多く、実態と虚構の違いを身に染みて感じていた。
腹を一撫で、二撫で。マガザン公は牙の隙間から生温かい息を吐き出した。
「もう一つ、孤児を集めている者共が居りましてな。我等への反抗を企て、再び人間による統治を望む。そういう一派です」
「……反体制ってやつね。集めて何しようとしてんの、そっちは」
「我等の調べでは目下、武装蜂起のための資金源となっている」
答えたのは二人の斜め後ろで控えるラウダだった。
「甘言にて孤児を拐かし、引き取った後は身形を整え貴族共に売り飛ばす。あるいは」
「娼婦や男娼の真似事をさせてるって?」
説明の途中、リュミエが低い声で割って入る。そうだ、と短い返答の後、なおも言葉が続く。
「なので噂は敢えてそのままとしている。下手に訂正すれば、彼奴らが便乗してくるのは明白。我等への攻撃材料にもなり得てしまうからな」
相手が非道な目的の為に孤児を集めている以上、のんびり構えている訳にもいかない。多少強引でも先んじて孤児を保護している、というのがマガザン公の言い分である。
ヴィンセントは奥歯のむず痒さを覚えた。確かに名目上ならば孤児達を卑劣な手から守っている。しかし、それでは。
「無論放置している訳ではない。孤児の動きを追って反体制側の拠点を粗方特定している」
「とどのつまり、子供達を利用していることに変わりないではないか……!」
骨太の手を握り締めながら抗議する。自らの目的を果たす為、関係ない子供達が犠牲となっているのだ。
「それについては、我々も早急に手を打たねばならぬと思っております。孤児を買った貴族には……リザードマンも含まれてましてな」
マガザン公は目を見開く。目玉が零れ落ちんばかりの力みようだった。縦長の瞳孔は針よりも細くなり、小刻みに打ち震える。
「買った孤児を、文字通り食い物に……その様な倫理に
漏れる呼気は更に熱を帯びる。語り口は平静を保ってはいる。しかしその体内では
それ以上、ヴィンセントは追及することを止めた。マガザン公やラウダに当てこすっても無意味にも
「……グレイスは? シスター・グレイス」
隣でいやに静かに聞いていたリュミエが口を開いた。今回の依頼主であるグレイス。彼女がどう関わっているのか。
そして、ココは――。
「彼女も一枚噛んでいると見ていいだろう。貴様達も訪れた孤児院だが、それは表向きの姿。実の所は娼館だ――貴族向けのな」
「まだ小さい子ばかりなのに、それで娼館?」
「――そういうことだ。金さえ出せばあらゆる物が手に入ると思っている、唾棄すべき連中だ」
まさか、そんなまさか。幼い子供達が大人の相手をするなどと。あり得ないことであるし、あってはならないことである。
「赤毛をお下げにした……パルムよりも一つか二つ小さい少女がいたのだが。ココという――彼女も、だというのか?」
声を絞り出すヴィンセント。蜘蛛の糸よりもか細い、一縷の望みに期待を乗せて。
「間違いなかろう、そこに居るということは。どこぞの貴族のに贔屓されているのだろうが……」
――それは、最も聞きたくない返答だった。
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暗く閉ざされた室内。窓は一つもなく、頼みは幾つか吊るされたランプの仄暗い明かりのみ。ランプの明かりによって、毛足の長い絨毯と天蓋付きの豪華なベッドが照らし出されていた。
そして向かい合って絨毯に座る二つの人影。一つは小さく、もう片方は大きく。大きい影が小さい影の顔へと腕を伸ばしていた。
「さあ、できましたよ」
大きい影――グレイスが触れていた手を離す。修道服の袖で隠れていた小さい方の影に、ランプの明かりが届いた。
「――ありがとうございます。グレイスさま」
そこに居たのは赤髪の少女、ココだった。
長い髪を団子にまとめ、耳の前に垂らした後れ毛を細い三つ編みにしている。服装も質素なワンピースとはまるで異なり、髪と同じ色の赤いドレスに身を包んでいた。
更に、ドレスは胸元が開かれ、細かい装飾が施されている。あどけない彼女にはやや不釣り合いな装い、しかしその顔は陶然としながら、どこか自信に満ちていた。
「私、うれしいです。グレイスさまがなさってたことが、役立たずだった私にもできるようになるなんて……」
「ココ、貴方は立派にお役に立てていますよ。神父様もきっとお喜びになるでしょう」
「えへへ……」
グレイスに頭を撫でられてココははにかむ。唇に薄く紅を差し、頬に
「もうすぐ伯爵様がおいでになります。いつもの様に、お疲れでいらっしゃるので癒して差し上げるのですよ?」
「はい。伯爵さまに喜んでもらえるよう、せいいっぱい務めます!」
そうであるが故に。
身を置く環境とはまるで場違いなほど、ココの笑顔は穢れ一つなく透き通っていた。
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そろそろ伯爵が来る頃。グレイスは部屋を後にし、薄暗い廊下を足早に進んでいた。大切な方に失礼があってはならない。特に、伯爵は神父と
廊下の曲がり角に差し掛かる。角の向こうからの灯りで壁が照らされているのに気が付き、はたと足を止めた。
「――おぉ、グレイス!」
絹、
ココの元に足繁く通う伯爵本人である。更に、その後ろには神父までもが。
「まぁ伯爵様! それに神父様も……私としたことが、お待たせしてしまい大変な失礼を」
「ん。まぁ、なんだ」
グレイスは頭を下げる。しかし伯爵は後ろ手に組んだ姿勢のまま、視線を左右に動かして落ち着きない様子。
「――気にすることはありません。伯爵様がココに早く会いたいと
やんわりと神父に諌められ、居心地悪そうに咳払い。その内、グレイスは伯爵の視線が自分自身に向いていることに気づいた。
顔、胸、下半身と、舐めるように。
「伯爵様? いかがなさいましたか」
「ああ、うむ……君の身体のことは知っている。だが、今度……どうかね?」
「折角なのですが、私は……」
「なら、ならココと二人ではどうか? そうすれば……」
伯爵は
「伯爵、ココが待ちわびておりますよ」
そんな、困っているのを救ったのは神父だった。伯爵の耳元で、なおも諭すようにささやく。
「……それに、貴方様からの御心付けはココの分のみです」
伯爵は忌々しく神父を睨みつけた。しかし、すぐに諦め半分に溜息をつきながら自慢の口髭を丁寧に撫で始める。
「まったく、君も上手いことやるものだな」
「恐れ入ります。ですが、伯爵様ほどの御方なら雑作もないことでしょう」
「当然だ。まあこの話はまた次にしよう……今はココを愛でてやらねばな」
「楽しみにしております」
鼻息荒く、伯爵は口の端を歪ませながら揚々とココの部屋へ向かっていった。廊下の角にはグレイスと神父の二人。
「神父様。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、これしきのこと」
「後でお茶をお淹れいたしますわ。先に他の子の様子を見て参りますので――」
まだ部屋で贔屓の貴族が来るのを待つ子がいる。様子を見つつ、身支度等を整えなければならない。グレイスは諸用を終わらせようと、急ぎこの場を後にしようとした。
「――人を使って、何を調べているのですか。グレイス?」
「っ!?」
神父の質問がグレイスの首を強烈に締め上げる。これ以上前に進むこと叶わず、足が釘付けとなった。
リュミエとヴィンセントに依頼したことは誰にも口外していないのだ。それは神父にさえも。
「し、神父様……」
振り返ったグレイスの顔は恐怖一色に染まっていた。何か咎めがあるかもしれない――くすんだプラチナブロンドの前髪が打ち震えている。
「いや、これは失礼。聞き方を間違えてしまいました。貴方を怖がらせるつもりはなかったので――」
怯えきった姿を前に、神父も慌てて言い直す。
「貴方を責めるつもりはありません。ただ、私が何も知らないと、貴方に万が一のことがあった時に守れなくなってしまいますから」
「あぁ、申し訳、申し訳ありません……!」
「良いのです。きっと私のことを思ってのことでしょう。分かっていますよ」
膝をついてへたり込むグレイスの肩に、神父が節くれ立った手を乗せる。彼女は、商館を通してマガザン公が孤児をどこへ連れ去っているのか調査を依頼したことを明かした。
「なるほど、そうでしたか」
「勝手な真似をして申し訳ありません! どうしても、神父様のお役に立ちたく……!」
「流石はグレイス。貴方は優しいですね」
更に震えるグレイスを抱き寄せ、頭を撫でる。荒々しい指であったが、その手つきは羽で撫でるかのような繊細さだった。
「いつも子供達のことを考えていますね。貴方のような聡明で慈愛に溢れた女性は見たことがありません」
「あぁ……!」
「調査は構わず進めてください。何か分かったら、私にも教えてもらえますか?」
「はい、もちろんです……!」
頬は恍惚の赤に染まり、口元は歓喜のあまり弛緩していた。グレイスはうっすらと涙すら浮かべ、神父の腕の中で至福の思いに
さながら母親に抱かれる
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――しかし。
『躰はおろか頭も使えんカスめ……まあよい。トカゲ共も感づき始めている以上は潮時。汚らしいゴミは速やかに棄てなければな……私の身に及ぶ前に』
――神父の中には、邪悪に染まった暗黒が蠢いていた。
三章も後少しで終わり、次の章でこのシリーズとしての区切りをつけようと考えています。