エルフとトロール 〜三流魔法使いのトロール、メスガキエルフの下僕になる〜   作:ルブク

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護るべきものほど、指をすり抜けていく――。

三章完結も間近。
さすがにこの辺りのストーリーは内容がアレなのでGrokに評価を聞いてもやんわり怒られます(´・ω・`)

第三章の人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/385833/12.html


第八話 すり抜ける指

 残酷な真実が明かされたその日、ヴィンセントは終始渋い顔つきとなっていた。それは宿に戻っても一向に収まらない。胸のむかつきを抱えたまま、すがるようにリュミエに尋ねる。

 

「どうにか、子供達を助けることはできないだろうか……」

 

 孤児をだまくらかし物同然に扱うのはおろか、欲望の捌(は)け口にしているなどと。到底許せることではなく、鬼畜の所業そのものである。

 

「助けるって? 全部でどれだけいるのか分かんないのに?」

 

 しかし、リュミエの返答は至って冷静なものだった。自らの髪を梳(と)かしつつ、何食わぬ顔で平然としている。ヴィンセントとは温度感がまるきり違っていた。

 

「私らは英雄でも何でもないんだから。依頼請けて、仕事して、お金貰って。ただそれだけ」

「それは理解しているつもりだが……」

「気持ちは分かるけどね。やってることはド外道だし」

 

 頬杖をつき、彼女も溜息を漏らしながら虚空を眺める。言葉にはしないが、思う所はあるようだ。

 

「せめてココだけでも、という訳には……くっ、駄目か。あまりにも残酷すぎる」

「そういうのは全員救わないと意味がないからさ。0か100か。中途半端が一番悪手」

「うむ……」

 

 顔馴染みのココだけ救い、他の孤児を見て見ぬふりなどできようものか。向こうで使われている孤児達はどれほどか。情報も何もない状態ではただの夢想にも等しい。

 

「割り切りなよ。ヨソの揉め事なんか私らの手に負えないって」

「しかしな……ココがその様な目に遭っていると思うと。どうしても考えてしまう」

 

 親を失った身の上ながら、健気に日々を過ごしているココ。花壇の草花の世話をする際の瞳は活き活きと、楽しげに輝いていた。

 まさに純真無垢な心身を、大人が身勝手な欲望のために汚されている。割り切ろうにも、彼女の笑顔が脳裏に浮かんではヴィンセントを悩ませるのだ。

 

「いつの世も、犠牲になるのは女子供だから――」

 

 そう言うなり、リュミエは部屋着代わりのワンピースを脱ぎ捨てた。下は相変わらず何も着ておらず、無防備な肢体が露わとなる。

 

「深入りし過ぎ。寝よ寝よ」

 

 そして何食わぬ顔で藁敷きのベッドに潜り込んだ。孤児達に対しあまりにも薄情に思うが、そうなるだけの経験があるのかもしれない。

 いずれにせよ、じきにこの地を離れることになる。

 

(どう落とし所を見つけるか――)

 

 このまま煩悶としたままではいけない。自らの手に余る以上、どの様に決着をつけるかが問題である。難問に頭を悩ませつつも、床に就くべくランプの灯りを吹き消した。

 そのままヴィンセントもベッドに体を埋める。しかし彼は気づかなかった。ランプの芯が焦げた臭いに紛れ、ほのかに甘い花の香りが漂っていることに。

 

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 必要な情報は得られた。依頼人であるグレイスが納得するかはさておき、マガザン公によって保護された孤児は健やかに暮らしていると。

 依頼を請けてから一週間ほど。そろそろ報告に戻る頃合いである。名残惜しいが、そろそろ出発するべきだろう。

 マガザン公にその旨を伝えようと、屋敷に赴いた朝のこと。

 

「グくく……そうですか。長いことお引き留めしてしまいましたかな」

「少なくとも骨休めは十分にさせてもらえたかな」

「それは何より――」

 

 マガザン公の喉が鳴る。瞳が妙にギラついていた。

 

「ところで、追加で依頼を請けるつもりはありますかな?」

「――内容と報酬次第って感じ」

 

 これから町を出るタイミングでの依頼。何か訳ありなのかと考えていると、後ろでカチャリと金属音がした。

 

「気を悪くしないでほしい。誰かに入られる訳にはいかないのでな……話が終わればすぐに開けよう」

「そんなに誰かに聞かれたくない話?」

「ええ。今朝早くにこの様な報(しら)せがありましてな――我等への反抗組織が、明後日に武装蜂起する計画を立てていると」

 

 執務室の空気がにわかに張り詰めた。

 マガザン公によれば、今朝早くに匿名の情報提供があったらしい。その内容は、反体制派の複数拠点で同時に武装蜂起を起こそうとしている、とのこと。

 

「……眉唾だけど。信憑性はあるの?」

「対象の拠点に、こちらで押さえている娼館等の情報と一致しておりましてな。内部の者であることは確かでしょう」

 

 武装蜂起というのっぴきならない事態、ヴィンセントは内心大きくうろたえた。孤児達が居るような場所で、その様な行動を起こせばどうなるかは言わずもがな。

 

「待ってくれ、それらの拠点には子供達もいるはずだ。このままでは犠牲になるだけ……どうにか穏便に解決できないか?」

 

 一体、何度子供達を犠牲にさせればいいのか。その懸念を表明し、可能な限り孤児達に害が及ばないよう求める。

 

「その点は問題ない。我々ではその情報は偽装と見ている」

 

 後ろにいたラウダが返答した。ツカツカと前に回り、マガザン公の隣で直立不動の姿勢を取る。

 

「偽装だと? どういう……」

「逃亡する為の目眩ましだ。首魁(しゅかい)のな」

「ああ、全部犠牲にしても自分だけは助かろうってやつ。ご立派じゃない」

 

 言わば、蜥蜴(とかげ)の尻尾切りである。不快感に顔を歪めるヴィンセントに、鼻で笑い飛ばすリュミエ。それぞれの経験値の違いで反応も正反対だった。

 

「それで、依頼って何? 従軍して雑務でもしようか?」

 

 少しずつ見えてきた。この場で、この様な話をする意味。他者が闖入(ちんにゅう)しないようにしたことからも覗える。

 

「それは不要だ。我々は敢えて相手の策に乗る。情報に釣られたと見せかけ、反体制の首魁が逃亡を企てた際、貴様達に対応してもらいたい」

 

 各地の蜂起を鎮圧するには、複数個所に兵を分けて対応させなければならない。そのため兵が分散し、逃亡が容易になるだろうという算段。これで闇夜に紛れてしまえば、更に相手へ有利に傾く。

 

「それはそれは光栄なことで。対象は生け捕り?」

「いいえ、確実に処さねばなりません。この地の領主として、これ以上のさばらせておく訳にはいきませんので」

「分かった。殺せば良いのね」

「話がお早いですな」

 

 剣呑なやり取りだが、リュミエは井戸端会議の如く、平然と口に出している。ヴィンセントが初めて彼女に会った際も、その様な殺害の依頼だった。

 まさか、自分が請ける側になるとは夢にも思うまい。しかしこれは現に、目の前の事実。

 

「では、依頼をお請け下さることでよろしいですかな? 報酬は貴方の言い値で構いません」

「いいの? 随分太っ腹だけど」

「我等の諍(いさか)いに巻き込んでしまった責任がありますからな。犠牲となった子供達の為にも、確実に断ち切らねばなりません」

 

 報酬は自由に決めて良いとのこと。リュミエは小さく唸りながら考えていた。

 正に、国の一大事に全くの部外者が絡む。マガザン公やラウダは見かけこそ平静だが、内面は燻るものがあるのかもしれない。でなければ内々で対処しようとするはずである。

 一体どれほどの額を請求するのか。執務室にいる全員の視線がリュミエに集中していた。

 

「――そう、ね」

 

 ふと、彼女が顔を上げた。一際ガタイの良いヴィンセントと目が合う。

 

「コイツさ、こう見えて私に結構な負債があるんだけど。大体……1800万くらい?」

 

 ヴィンセントがリュミエと共に働くことになったきっかけ。日々依頼をこなして返済しているが、負債は一向に減らなかった。大きな依頼でもあれば別だが、生きている間に完済できるかどうか、というペースだった。

 

「それはそれは。随分とご苦労なさっておいでで」

「という訳で。負債を丸々肩代わりするってんなら請けてあげる(・・・)」

 

 まさかの返答。

 

「待った。それはあまりにも……!」

 

 ふっかけるにも程がある。リュミエがあっけらかんとする一方で、むしろ負債を抱えるヴィンセントが狼狽(うろた)えていた。

 かなりの大金を、言わば他所者に払うのである。酔狂としか言いようがなく、このままつまみ出されても文句は言えなかった。

 

「――ラウダ」

 

 しかし、マガザン公は泰然としていた。庶民なら軽く十年は暮らせるだろう金額であるにも関わらず。

 

「紙とペンを用意させなさい。正式に契約します」

「承知しました。直ちに」

 

 ラウダもまた主の命に忠実に従う。部屋の隅に行き、垂れ下がる太い紐を引いた。

 

「我々がこれから得る利益を考えれば安いものです。領地の安寧のためならば、殊更出し惜しみはしませんよ」

 

 程なくして、部屋のドアが慎ましくノックされる。どうやら、ラウダが引いた紐は侍従を呼ぶためのものだったようだ。鍵を掛けたままのため、返事をしつつ彼自らが向かう。

 

「……ただ、一度にお支払いすることはいささか難しいかと。月毎の支払いで構いませんかな?」

「いいよいいよ。その方が私も助かるから」

「グくく。では成立ですな」

 

 侍従により、ペン等の筆記道具と透かし彫りが施された上等な紙がマガザン公の机に届けられた。高額の、しかも人命も掛けられている依頼である。

 とてもそれとは思えない、緩い空気で契約が進められてゆく。違う世界の臭いを感じながら、ヴィンセントはその様子をただ見つめていた。

 

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 

 マガザン公と契約した翌日、二人は荷物を纏めて町を発った。最初の依頼人、グレイスとの契約を果たす為に。

 

「まぁ! お二人ともご無事で、よくお戻りになられましたわ。これも神のお導き……」

 

 依頼の報告は孤児院の玄関先で行うこととした。反体制側の拠点である以上、下手に屋内に入るのは明らかに危険である。

 そのような事態となっているのを、彼女はまるで知らないだろうが。

 

「ちょっと手ぇ掛かったから。これ……調べてきたよ」

 

 リュミエは腰に巻きつけた鞄から報告書を取り出す。マガザン公における孤児の行方と、その待遇を記したものである。

 

「ありがとうございます。この場で目を通してもよろしいですか?」

「どうぞ」

「それでは、拝読いたします――」

 

 グレイスが読み終え、残りの報酬を貰えば薬種商に扮するのも終い。短いようで長い一週間だった。とはいえ、この後すぐに大口の依頼が控えている。

 

「グレイス。玄関先で何をしているのですか?」

 

 報告書を広げ、読もうとしたその時。横合いからしわがれた声がそれを制した。声の方に顔を向けると、黒い司祭服に身を包んだ細身の男が。

 

「神父様、いらしておいでですのね」

「ええ。少し用事がてら寄らせてもらいました」

「丁度良いところに。このお二人が調査を依頼したお方ですわ。こちらがその調べた内容ですの」

 

 神父はグレイスから報告書を受け取り、さも当然と目を通し始める。本来なら、いの一番に彼女に読んでもらうはずだった。そうでなければならなかった。

 

「これはこれは、いけませんね」

 

 読み終えるや否や、神父はすぐさま報告書をぐしゃぐしゃに握り潰す。

 

「大方、あのトカゲ共に金を握らせられたのでしょう。書いていることは全てデタラメです」

「そんな、お二人が……!?」

 

 切れ長の瞳でリュミエとヴィンセントに一瞥(いちべつ)をくれる。温かみの欠片もなく、冷徹なまでの鋭さだった。

 

「エルフとトロール……ふっ。人間未満の半端者の分際で、この様な大それた物を書くなどと。実に穢らわしい」

「私達がこの目で見たことを正確に記したんですがね」

「それを証明できる者が居るのですか? お前達が見たというのが真実だということを」

 

 報告書なのだから、調べた事柄を正確に記しているのが前提である。それにリュミエだけでなくヴィンセントもいる。必要ならば内部の様子等も話せるが、侮蔑一色の者が耳を貸すことなどないだろう。

 ここまで蔑(さげす)まれてリュミエはどう出るか。よもや殴りかかるのではないかと、ヴィンセントは固唾(かたず)を飲んだ。

 しかし、彼女は広げた手を無言で差し出すのみ。

 

「……何です?」

 

 怪訝な顔で尋ねる神父に、真顔を崩さずにただ答える。

 

「お気に召さなくても依頼なんで。残りの報酬、いただける?」

 

 報酬の半額は手付金として既に貰っている。孤児の行方を調べ、こうして伝えに来たのだ。残りの報酬を得る条件は満たしているはずだ。

 神父は一瞬、呆気にとられた顔になる。リュミエの言動が予想外だったようだが、すぐに取り直してグレイスへ顔を向けた。

 

「ご覧なさい、グレイス。これが金に汚い、出来損ない共の姿ですよ」

「は、はい……」

「穢れた者に渡すような金はありません。しかし、私達は高潔で誇り高き人間――依頼通り、施してやるとしましょう。グレイス、渡しておやりなさい」

 

 神父に言われるがまま、グレイスは報酬金が納められた革袋を持ってきた。何とも言えない、複雑な面持ちのまま手渡す。

 リュミエの手にずっしりとした重みが伝わる。袋の紐を解き、中に貨幣が入っていることを確かめ、紐を結び直した。

 

「どうも。じゃあ、私達はこれで」

 

 妙に彼女は大人しい。厄介事を避けるため、唯々諾々(いいだくだく)と従っているように見えた。

 

「ふん、二度と私達の前に現れないことを祈りますよ」

 

 そうして、険悪な形でグレイス達と別れることに。孤児院を去る中、ヴィンセントはココがどこかで見ていないか視線を巡らせていた。最後に一目見ることができればと、一縷(いちる)の望みを託したが、全くの無意味に終わる。

 

「――ダメだね。救いようがない」

 

 誰にも聞こえない小声でリュミエが漏らす。彼女の瞳は、既に遙か先を見通していた。

 

「まぁ、顔は覚えた。頭が自らお出ましってことは、一応は作戦通りってか……」

 

 反体制側の首魁――ナフテ。神父と名乗っているがそれはただの建前。欲望に塗(まみ)れ、ひたすらに堕落したこの世の悪。

 次の依頼は、ナフテの首を貰い受けること。リュミエとヴィンセントはその足でラウダとの合流地点へ進んでいった。

 

 ――暗殺決行は本日夜半。準備は着々と。

 




次が第三章の山場になる想定。
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