エルフとトロール 〜三流魔法使いのトロール、メスガキエルフの下僕になる〜 作:ルブク
やがて迫る終幕の時。
第三章も九話目となりました。これまでよりはちょっと短めの一話となりましたが、次がこの章の最終話となるので。話数調整という感じです。
第三章の人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/385833/12.html
薬種商に
やがて道を逸れて森に向かう。鬱蒼と茂る森を構わずに進むと、急に開けた空間に出た。急
接近する者を感知した歩哨が槍を強く握り、鋭い穂先を向けようとした。しかし、それがリュミエとヴィンセントと分かると敬礼の姿勢に直る。
「来たか。時間通りだな」
右に左に慌ただしいリザードマン達を掻い潜り、二人に声をかける者がいた――ラウダである。
「時間厳守は基本のきの字でしょ? ビジネスなんだから」
「うむ。その通りだ」
反体制組織を一網打尽にするための制圧戦。各地の反体制拠点に悟られぬよう、陣地を転々と構築しているのだ。
リュミエとヴィンセントが訪れたのもその一つ。特にこの拠点はラウダが指揮を執る最も重要なものだった。首魁ナフテを確実に仕留めるため、腕利きが集められている、という訳である。
「ところで、用意してくれた? 例のやつ」
「無論抜かりなく――誰か、例の物を」
ラウダは近くを通りかかった兵に声をかけた。兵は直ちに一番大きい天幕へ向かい、一揃いの弓矢を携えて戻ってくる。
緩やかに波打つように湾曲するその身。握りの上下は一際太い造りで、控えめながらエングレーブが施されていた。
「腕利きの職人に用意させた逸品だ。検めてほしい」
リュミエは受け取った弓を引き、弦を弾いた。ビィンと高く澄んだ音が響く。
「うん、いい仕事してんね」
木を芯に、動物の腱や角、そして金属等。様々な異なる素材を張り合わせて作り出される合成弓。それぞれの素材が持つ張力、圧力を絶妙の塩梅で張り合わせると、強力な一本の弓と成るのである。
「当然だ。私が知る限り一番の職人だからな」
「それはよーく分かった。矢も見せて」
ラウダの手からふんだくるように荒っぽく矢を掴む。白と茶が混じった矢羽がついた
「貴様の指定通りにしたぞ。細長いボドキン型だ」
返しがなく、円錐状に細長く鋭い鏃。ボドキンと呼ばれる型だが、今回のは更に極端にした特注品である。
「上等上等。矢羽はフクロウの風切羽にしてくれたよね?」
「うむ。試射してみるか?」
「あ〜、そうね」
リュミエはキョロキョロと辺りを見渡す。矢を射る標的として最適な物を探しているらしい。
「……フクロウの風切羽だと、どのような効果が?」
リュミエとラウダの会話についていけなかったヴィンセント。ここでようやく追いついた。それらの話題には悔しくなく、どこから触れれば良いのかも分からないようである。
「狙い通り飛んでくれるし、音も抑えられるから。俗に言う暗殺仕様ってやつ?」
暗殺――。
いともあっけなく出たリュミエの言葉に、ヴィンセントは一瞬たじろいだ。世間話をするような体で発する単語にしては違和感が強すぎる。
しかし彼女はおくびにも出さず、遥か遠くの木に向かって指差すのである。
「あれ、あれ見える? ずっと向こうの黄色い実」
ラウダとヴィンセントはその指先を追いかける。しかしなかなか見つからない。
「見えた。見えたが……」
ラウダは極限まで目を細めている。こうでもしなければ見えない程遠く、かつ小さい的だった。
「見えたね? 今からアレ射落とすから」
「――簡単に言ってくれるな。第一、あの距離では……有効射程の倍以上はあるぞ」
試射をするにしても、的が見えるかどうかという状態である。常軌を逸した選択にはラウダも半ば呆れ顔をするばかり。
それは弓に疎いヴィンセントも同じく。リュミエの腕前は彼自身よく分かっている。その上で無謀な挑戦と言わざるを得ない。
「有効射程ってのはさ、普通の奴が普通に射って普通に当たる距離のことを言うわけで――」
リュミエは愉しげに頬を緩ませる。立射の構えで、矢を
ぎりりりり、と苦しげに軋む弓。その身は折れる寸前の限界まで湾曲し、持ち主からの合図を今か今かと渇望していた。
やにわに弦が空を裂く。
放たれた一矢は高めの弧を描く。距離を稼ぐためか、山なりの軌道である。
ヴィンセントは奇妙な光景を目の当たりにした。行く手を遮る無数の枝葉が飛来する矢を躱している。そう錯覚してしまうほど、目標へと一直線なのだ。
そして、彼方で待ち受ける黄色い実が地面に落ちた。障害物が数多ある森の中、超長距離の目標を見事に射抜いたのである。
「――私ならね、こんなもんよ」
この結果には言葉を失うしかなかった。弓の名手が多いエルフであるが、リュミエは古今無双の腕利きと言っても過言ではないだろう。
「信じられん……」
「昔はこれで飯食ってたんだから。
目の前で神業を見せられては文句のつけようもない。しかも、彼女はまだまだ余裕綽々。こんなものじゃないぞと、手首を器用に使って弓を踊らせている。
「さて、手馴しは済んだことだし」
リュミエはのっそりとした動きで近くの矢筒を手に取る。残りの矢を収めて背に担ぎ、ラウダの方へと振り向いた。
「空いてる天幕ある? 夜まで一休みしたいんだけど」
「う、うむ。案内させよう」
「よろしく〜」
作戦の決行は本日の夜半である。日が高い内にすることが特になければ、ひとまず仮眠を取るくらいしかない。
そうして、案内先の天幕で大の字になって寝るリュミエ。ぐぅぐぅ寝息を立てるその傍ら、ヴィンセントは物思いに耽りながら夜が来るのを待つのだった。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
暮れゆく太陽が西の空を茜色に染める。グレイスは孤児院の門前でそれを眺めていた。
――あの方達は、何を伝えようとしていたのでしょう。
何か意図があった上で報告書を記したのではないだろうか。神父は金の亡者のように言っていたが、彼女はとてもそのようには思えなかった。
特に、トロールのヴィンセントは辞典をココに譲るなど、とても良くしてくれていた。嬉しさのあまり、ココは貰った辞典を抱え、花壇の草花を片っ端から観察して回るほど。打算のみで、そのような行動を取れるものだろうか。
「……グレイス様、こちらにいらしたんですね」
まごついていると、後ろからココに声をかけられた。振り向くと彼女と共に神父も。片手には栓をした深緑の瓶を握っている。
「グレイス、どうしましたか? 心ここに在らずといった様子でしたが」
「はい。少し……考えごとを」
「そうでしたか。しかしそろそろ日が暮れます。中に戻った方が良いでしょう」
神父はあの二人を穢らわしいものと呼んでいた。敬愛する神父なのだから、深い考えがあってのこと。少なくともそうであると、グレイスは思うことにした。
「それはそうと、今日の夕食でこれを――子供達に出してもらえますか」
手にした瓶を手渡される。なみなみとした液体が瓶の中で動くのが見えた。
「絞った葡萄の汁を煮詰めて更に甘くしたものです。子供達が喜ぶと思いましてね」
「まぁ素敵……! ええもちろん、きっと喜びますわ」
しわがれた神父が僅かに歯を見せて破顔する。さながら青年のようにはにかむ様を見て、募る不安は杞憂となった。これまで通りに神父に付き従うのみ。
「ああ、ココ。また今夜伯爵様がいらっしゃいます。貴方はまた後でお飲みなさい」
「はい。神父様」
「グレイスも身支度を手伝ってあげなさい。他の子の面倒は私が見ておきますから」
「ありがとうございます。ですが、ついこの間もいらしたばかりですが……少し急ですね」
「それだけココをお気に召したのでしょう。さあ、二人とも急ぎましょう――」
神父に促され、伯爵を出迎える支度で戻るグレイスとココ。それを見送る神父の顔が夕日に
仲良く建物に戻る二人は気づきもしなかった。
神父の眼差しが、地に這う
一応、次の第四章でこのシリーズとしては完結にしようと思ってます。
引き続きゆるゆるとしたペースにはなりますが。