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宙にとって岬欧華というのは、初めて出会う前に夢に予見した少女であり、いわば宙は、予知夢を見たのだと言える。
宙はこのことに関して、こういう風に考察していた。つまり、夢において彼女のイマジネーションの創造した人物が、実在する岬欧華という少女と偶発的に相似性を持つことになったのだろうと、そのように結論付けたのである。
夢路に現れた少女と岬欧華が同一人物であるというのは考えにくく、きっと夢見の跡にかろうじて残っていた、忘失されなかった海辺の少女のイメージが、直後に遭遇した欧華の様相に似せていく形で、宙の内面において無意識の内に再構築されたのだろう。
……。
研修中を示すエプロンの名札には、岬とプリントされている。
疑う余地はなかろう。日曜日の昼下がり、地元のスーパーに買い出しに来た宙が鮮魚コーナーで出会ったのは、あの日、閑古鳥だったプラネタリウムに観覧に来た岬欧華に違いない。
「この前、お会いしましたよね? 覚えておられますか?」
宙は確信を持ってそう問いかけるのだが、相手はどこか決まりが悪そうに目線を逸らすと、ゴニョゴニョ口籠った。
「えっ?」
聞き取れなかった宙がきょとんと聞き返すと、『岬』は「ちょっと待って貰えますか? これだけ並べてしまうので」、と返した。
彼女はカート上の品物をまずは陳列してしまいたいようだった。宙はいささか戸惑ったが、カートの上に、思うに捌かれたばかりだろうマグロの切り身があったので、一つくださいと一パック手を伸ばして取り、空っぽの買い物カゴに入れた。
……。
品出しという軽作業はすぐに終わり、『岬』はカートをバックヤードに置きに行くと、店内に戻って来、箱型の冷蔵ショーケースの前で宙と並んで立った。
「まさかここで働いてるとは思わなかったので、びっくりしました。欧華さん、でしたよね?」
宙が確認する。
欧華は苦笑をこぼすと、マスクをズラして顔を見せ、首肯した。
「ちょっと事情があって、アルバイトしてるんです」
欧華は店員であり、勤務中あまり大っぴらに話せないので、宙は気遣ってショーケースのそばに立って、まるで欧華と中のものに関して問い合わせのやり取りでもしている風を装った。
「事情?」、と宙が聞き返す。
「えぇ」、と欧華が頷く。「ここでは詳しくは話せないんですけど、とりあえずこのアルバイトは、生活費のためです」
続けて、欧華がこの町に引っ越して来、今は祖父母の家に寄居しているのだと言うと、宙は、欧華の背景にある事情が気になったし、彼女がそう言うように、実際のところ複雑なのだろうと推知された。思うに同じくらいの年頃だろう女性が、両親と離れて祖父母と暮らし、アルバイトしている状況は、宙にはうまく飲み込めなかった。
「――宙?」
「わっ!」
じっくり話し込んでいる最中、背後より不意に声掛けされて、宙は思わず驚いて少し跳び上がってしまった。
そばに陽子が来ているのだった。欧華も驚いたらしく、首をすくめて微かに後退りしている。
「何、お友達?」
密談する二人の間に不意打ちで首を突っ込む気満々だったニコニコ顔の陽子は、店員の恰好の欧華を見てハッとする。
「あなたは、この間……」
過日勤務先の病院で見かけた少女と、外貌が瓜二つであり――否、同一人物に違いなかった。
欧華の方では、陽子を認めた瞬間より、彼女を宙の母として認識していた。陽子に関して、欧華は――その後ろ姿だけだったが――隣町のショッピングモールで偶然目にしたことで、何となく知っているのだった。
三人集まっていると、何となく衆目を集めてしまうようで、やがて欧華は、いっしょに働く先輩店員の目に留まり、その店員が遠目で見ているのに気付くと、気まずさを覚え、これ以上の密談は許されなそうだと思った。
宙はその心の動きを鋭敏に察し、ちゃちゃっと話を切り上げてしまおうと思ったが、別れる前に、欧華と連絡先が交換したかった。
その思いは、欧華の方においても同じようで、二人共、ほぼ同じタイミングで「あの」、とややモジモジしてきっかけづくりのために発した。
彼女等は、言いかけた言葉を飲み込んだが、不思議と相互に何を求め合っているか、直感で通じるようだった。宙は欧華にメモ用紙と書き物を希望すると、その場でサッと書き記し、二つ折りにして欧華に手渡した。その紙には宙のチャットアプリの連絡先が書かれていて、後で送信することで、二人は面会せずにやり取り出来るようになるのだった。
欧華はどこかほくほくした感じで微笑み、ズラしたマスクを直すと、軽く手を挙げてカジュアルに挨拶を告げて去り、宙は陽子といっしょに鮮魚コーナーを離れた。陽子はおおかた買いたいものはすでに揃えたが、宙はしゃべりに夢中でマグロ以外手に入れておらず、いささか急ぎ気味に買い物の続きのために店内を巡った。
……。
しばらく後、二人はレジに向かって歩いた。それぞれのカゴにダブっているものはなく、宙は宙で、陽子は陽子で、それぞれ独立して支払うのだった。
「またマグロ買ってる。しょっちゅう食べてて飽きないの?」
宙の買い物カゴを覗き込み、陽子が呆れたように聞く。
宙はそこはかとない反感と共に、「飽きないよ」、と返したが、舌の根の乾かぬ内に、「いや、やっぱり飽きるかなぁ」、と訂正した。
「何、どっちよ?」、と陽子が質す。
「メニューによる」、と宙。「刺身とかは食べ飽きたけど、この前の漬け丼はうまく行かなくて、まだチャレンジして食べないといけない。けど、基本的には飽きないよ。マグロは最早、わたしにとって主食クラスだね」
「魚が主食って、あんた、アシカとかアザラシじゃないんだから」
母子は苦笑し、それぞれ別々のレジに行き、会計を済ませた。
一日中雨ということで、明るい見通しのない灰色の日曜日で終わりそうだったのが、スーパーでの偶然の出会いが、喜びの色を与えてくれ、宙は、教えた連絡先を通じて後で欧華がメッセージを寄越してくれるのが楽しみだった。
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