星空のスパークル【完結】   作:Yuki_Mar12

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《2》

***

 

 

 

 日本の少子高齢化は深刻だという社会状況が、宙は折に触れて、家庭を媒介にして思い知らされることがある。

 

 

 

 宙は母と二人暮らししていた。父は幼少期に病気で亡くなり、以来、宙は女手ひとつで育てられた。特にこれといった不自由はなかったが、決して裕福ではなかったし、片親であることに、どこかコンプレックスを持っていた。要素の欠落した家庭というのが、彼女にとって、何だか不服だった。

 

 スターシップMINATO退勤後、宙は予定通り自宅まで自転車で帰った。職場より自転車でおおよそ二十分の距離のところに家がある。特別遠いわけではなく、むしろ近い方と言える。

 

 六時過ぎ。住宅街の家並に溶け込む戸建て――正面が芝生になっている――の自宅まで来ると、宙は自転車を下り、芝生の端っこに寄せて駐輪した。芝生には一台、黄色ナンバーのワゴンがとまっており、天国家の自家用車だった。運転免許を取りに行こうかと考えることがあるが、教習所に通う手間と要される費用とを考慮すると、面倒くささが勝つのだった。

 

 近所の会社勤めしている人も、大体この時間帯に帰ってくることが多く、帰宅時に出くわせば、宙はこんばんはと、会釈と共に挨拶するのだった。

 

 暗くなっていく夕空の下、天国家の窓に光は灯っていない。母はまだ帰ってきていないようだ。

 

 カゴの中の鞄を取り出し、玄関に対して横向きになっている低い階段を上り、扉を開けて中に入る。

 

 静まり返った家の中。ペットを飼うなどしておらず、何とも寂しい感じが漂っている。

 

 だが、宙にとってはこれが日常であり、昔からこういう雰囲気の中で暮らしてきたので、別段、苦に思うこともないのだった。勿論、父親という存在が欠けていることへの物足りなさはあったが。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 ただいま、と帰宅の挨拶が聞こえた。二十帖ほどのLDKのキッチンで、切り身のマグロを刺身用に包丁でカットしていた宙は、パッと顔を上げた。

 

 母、天国陽子(あまくにはるこ)の帰宅である。四三歳。医療機関でパートの看護助手として働いている。宙がまだ学生の頃、陽子は、正規の看護師として働いていたが、娘が自立したということで、ひとまず雇用形態を変えることにした。出来れば引退して別のことがやりたかったが、長年勤めてきた病院の仲間たちに引き留められ、やむなく続けることにした。彼女にしてみても、わざわざキャリアをリセットしなくても、慣れた仕事を続けるのが、やはりベストだという気がした。医療の仕事にうんざりしてはいたけど……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 陽子は、ボブカットというのか、髪の襟足がまっすぐに切り揃えられ、前髪はアシンメトリーに流していた。サイドにはレイヤーが施され、髪染めしてもいるし、陽子は、その年齢に対して若々しい見た目であり、溌剌として明るく、娘とは対照的だった。

 

「おかえり」、と宙は小さい声で返し、調理を続ける。

 

 陽子は玄関を入ってすぐの階段を上がり、自室へと向かっていく。荷物を置き、着替えるためだ。早くに帰宅した宙は、すでに着替えており、長そでのTシャツにジャージの長ズボンという出で立ちである。

 

「――何、マグロ切ってるの?」

 

 陽子がキッチンの端より首を伸ばし、娘を窺う。

 

「うん」

 

 赤いマグロのエキスが滲む白いまな板の上に、一口サイズにカットされた切り身が並んでいる。

 

「お母さんは、何食べるの?」

 

「あたしは、カップラーメンでいいかなぁ」

 

「お母さんって、病院で働いている割に、ホント健康に対する意識が低いよねぇ」

 

 宙が苦笑を零す。

 

「別にいいじゃん。健康診断でペケ貰ったことないし」

 

「まぁ、そうだね」

 

「足りなかったら自分で作るよ。冷蔵庫に何があったっけ?」

 

 そう言って陽子は、キッチンの冷蔵庫を開けて中を確かめる。空っぽではないが、入っているのはいささか傷んだ使い古しの食材ばかり。

 

 パタンと冷蔵庫の扉が閉められ、陽子はハァと豪勢にため息を吐く。

 

 

 

 それから、職場の愚痴が始まる。

 

 

 

 宙が少子高齢化をしみじみ感じるのは、この時であり、陽子はいつも、世話する患者の不満を零すのだが、その人物は決まって爺婆である。食事がまずいだの、枕がくさいだの、部屋が暑いだの、文句ばかり言うと看護助手の彼女は辟易している。

 

 もし彼女の愚痴に、青年が出てくれば、宙も年頃であり、恋愛を夢見たり出来るのだが、母親の話に若い男が出たためしはないのだった。日本の少子高齢化は深刻だ。

 

 熱々のカップラーメンの麺が伸びても、陽子の口は閉じずにパクパク愚痴を吐き続ける。

 

 宙は淡々と自分で調理したものを胃袋に運んでいくのだが、陽子の愚痴を零す時のバイタリティにはいつも感心するのだった。あまり真似したいとは思わないのだけど。

 

 スーパーの刺身には、大根のケンが敷かれていたり、大葉が添えられていたりして、見栄えがするが、切り身だけで用意した宙のマグロの刺身は、美味しいのだけど、ただそれがお皿に乗っているだけであり、味も素っ気もないという感じだった。

 

「――あたしもプラネタリウムで働きたいなぁ」

 

 と、陽子がボヤく。

 

「宙の職場、人手足りてなかったりしないの?」

 

「今年は新規の募集がなかったの。必要充分なのかもね」

 

「ちぇっ」、と陽子が悔しそうに舌打ちする。

 

「お母さん。プラネタリウムの職員は、ある程度勉強が出来ないとダメなんだよ」

 

「あたしこう見えても理数系なのよ?」

 

「だけど、せっかく看護師の資格があるんだから、病院で働けばいいじゃない」

 

「もう散々やってきたって」

 

 そう更にボヤき、陽子はようやく箸をカップヌードルに突っ込んで麺を持ち上げ、ズルズルとすするのだが、「マズッ」、と言って眉をひそめた。

 

 

 

 麺が、すっかり伸びているようだった。

 

 

 

***

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