星空のスパークル【完結】   作:Yuki_Mar12

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《22》

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 仕事をリタイアして以来、欧華は、失職中の悩みと負い目のため、陰々滅々と冴えない日々を過ごしていたが、何度か祖母の和子に買い物の手伝いを頼まれることで、車の運転に親しみ、いつの頃からか、一人でドライブするようになった。アルバイトを始めて再び労働者の末端に列するようになり、欧華においては、以前と比べて外出に対する抵抗の少なくなったことが、要因として大きかった。例えば暇に飽かしてブラブラ散歩することは、ただ単に気晴らしになったりリラックスさせたりするだけであり、アルバイトを始める前の欧華にとって、そういう余暇の過ごし方は似つかわしいものではなかったし、無業の生活に浸かる彼女には、リラックスは重要事ではなかった。

 

 

 

 四月に欧華がこの汪海町に引っ越してきて、今は五月。まだ一月しか経っておらず、欧華は四月のほとんど、家に引き籠ってスマホをいじったり、読書したり、眠ったりして過ごしていたため、五月になっても汪海町の地理は、気が向いて足を運んだところや、和子に連れられて行くところを除けば、ほとんど知らないのだった。たまにフラッと散歩に行く汪海湾のビーチ。買い物で利用するスーパー。プラネタリウムを観覧に行ったスターシップMINATO。地図なしで行けるところといえば、その程度のものだった。

 

 

 

 祖父である憲一のコンパクトカーは、基本的に欧華の自由に使ってよいとのことだった。憲一が主に使うのは軽トラであり、コンパクトカーは遠出用であまり使用頻度が高くなかった。

 

 アルバイトを始めてしばらくした頃、欧華は和子の用事がなくても一人で車を出すようになり、彼女の趣味にドライブが加わった。彼女は運転免許を大学在学時に教習所で取得し、運転のセンスも、ないではなかった。動体視力が悪くないため、運動する物体を望ましい精度で個々に識別出来、また、彼女に備わる想像力は、事故を未然に防ぐ危険予知能力に繋がった。欧華は元々強記で、教習所で覚えた道交法の基本知識は、ほぼ忘れずに残っていた。

 

 欧華がドライブするようになったといっても、ナビを使っての移動はまだしたことがなく、ではどういうルートを走るのかというと、単純に海沿いである。汪海湾の海岸線に沿ったルート、『おうみ海岸道路』という名の路線だ。海岸線と並行しているので、汪海湾を手前に日本海が開豁に見え、車で走るだけで気分のよくなる道路である。展望台を整備した道の駅が道沿いにあったりし、辺境の割に人気があり、県内外よりはるばる来る者がいたりする。

 

 

 

 汪海湾の東端と西端の距離、約四十キロ。まだ海岸道路の一部しか走ったことがないが、欧華はアルバイトやドライブなどの効果で、鬱屈したマインドセットからある程度解放されることで、祖父母のもとに――この海辺の町に引っ越してきてよかったと、肯定的に思えるようになった。

 

 欧華が都市部にいて大学生だった頃は、住まいこそ郊外の自然に近いエリアにあったが、学校は街中だったし、毎日毎日、やることにまみれていた。乗り物で混雑する道路が幾重にも十字に交差し、その道路には、コンビニ、チェーンの居酒屋、予備校、アパート、等々が軒を争ってゴチャゴチャしていた。

 

 大学の内外で学業に、後には就職活動に忙殺されて生活していた数年前を振り返ると、欧華は息苦しさで身の毛のよだつ思いがするのだった。不法投棄された汚いゴミが転がり、建設現場では重機が轟音を立てて作動していて、コンビニや居酒屋のアルバイト募集の張り紙が、あちこちに張り出されていた。風景は新旧のビルに遮られ、人々はビルに否応なく吸い込まれ、空は気まぐれに晴れて笑ったり、曇って塞ぎ込んだりした。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 ゴールデンウィークもスーパーは営業している。盛況になるとの見通しで、いつもより多くシフトに入って貰えないだろうかという打診が部門の主任よりあったが、欧華は週三日というペースより上げるつもりはなく、淡々と希望の日程だけ告げ、予定が組まれた。

 

 

 

 アルバイトのない五月初旬のある晴れの日の夕方。夏日だった。欧華は半袖のTシャツとジーンズという恰好でドライブに出かけ、コンパクトカーでまた『おうみ海岸道路』を、片肘をセンターコンソールに突いてのんびり走っていた。

 

 ほとんど誰も歩いていない歩道の柵の向こうに、燦々と輝く太陽に煌めく汪海湾と日本海が広がっている。

 

 二車線道路の海側を、欧華の車は走っていて、運転席と助手席の窓が全開にされ、夕方とはいえまだ気温は高かったが、通る風が涼気を運んで来、車内は涼しかった。FMラジオはDJの指示した楽曲を流している。夏日ということで、まだ五月だが、真夏っぽいテイストの楽曲が選ばれた。

 

 ――スーッとする涼風を浴びながら、車の運転席より広い海原をぼんやり見ていると、欧華は一切考えなくていい気がした。気ぜわしいことは全部、雲のように風に運ばれて、この空のブルーに溶け去っていくようだった。

 

 前まではそうではなかった。課題が常に山積みで、欧華には、その全てを捌き切らなければ、未来がないという強迫観念が、父母のプレッシャーと相俟って根強くあり、半ば力ずくで捻じ伏せられる格好で、彼女は全てに従い、全てに屈服していた。

 

 その先に成功は果たして待っていたのか? 

 

 欧華にはその答えは分からなかった。

 

 今はただ、そういう煩雑事をいささか強引に振り切った後の解放感と虚しさがあるばかりだった。

 

 

 

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