星空のスパークル【完結】   作:Yuki_Mar12

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《26》

***

 

 

 

 宙は地元のスーパーで欧華と何度か顔を合わせるのだが、互いに挨拶を交わす以上のことはしなかった。スーパーにおいて二人は客と従業員の関係であり、未だに打ち解けていないので、親密に話すことはなかった。宙の目に、彼女は瀟洒でよく目立った。スーパーなどの生活感の強い場所には、欧華のように垢抜けた人間は似つかわしくなく、制服のエプロン姿やマスクやベレー帽などが、彼女の本来備わっている雰囲気を損ねているようだった。

 

 

 

 五月の連休間近の、ある日のことだった。

 

 

 

 宙はいつものようにスーパーに行くと、(その日彼女は自転車で、仕事終わりに一人で寄ったのだが、)鮮魚コーナーで欧華と顔を合わせ、互いにペコッと会釈し合った。まるで親密さの感じられない、形式ばった会釈だった。

 

 宙はスーパーに来るとマグロをよく買い求めるものの、毎日食べているわけではなく、一品だけしょっちゅう食べると飽きるので、他の品種にも目を配るのだった。

 

 切り身や焼き魚、刺身の盛り合わせなど様々あり、片手に買い物カゴを携え、別の手で考え込むように顎を持つ宙は、何を買うか迷った。

 

 

 

「こんばんは」

 

「――?」

 

 

 

 ふと宙は呼びかけられたが、欧華がそばにいるのだった。冷蔵ショーケースの前に、二人は並んで立っている。

 

 こんばんは、と宙は返す。

 

「ちょっと伺いたいんですが」、と欧華。「ゴールデンウィークのご予定とかありますか?」

 

 二人はあまり目を合わさず、それぞれ正面の冷蔵ショーケースを見下ろす格好で、なるべく目立たないように、さりげなく話した。一種の密談だった。欧華は手をお腹の辺で組んで慎ましく立っている。

 

「ゴールデンウィークは」、と宙が答える。「仕事だったり、休みだったりですね。職場がシフト制なので」

 

「じゃあ、スーパーのアルバイトといっしょですね」

 

「ホントは土日休みがありがたいですけどね、生活リズムが安定するから」

 

 二人はそれぞれ微笑む。彼女等のそばを客が通っていくが、特に関心を払う様子はない。

 

「それで、宙さん」、と欧華はどこか遠慮するように言う。「今度休みが合えば、お出かけしませんか?」

 

「えっ……」

 

 宙が絶句し、欧華の方を窺う。耳を疑うという感じだった。

 

 その様を見た欧華は、自分が失言してしまったのだと思って狼狽した。まだ打ち解けていない間柄で相手を誘うのは容易ではない。その困難を打ち破ってやろうという気概を持った上での誘いだったので、欧華は失敗したと悟り、幻滅するようだった。

 

 だが、宙は拒むわけではなさそうだった。

 

「いや、全然構いません」、と宙。「けど、わたしなんかでいいんですか?」

 

「はい」、と欧華は即答する。「宙さんでいいんじゃなく、宙さんがいいんです」

 

 その言い方には、どこか切実な感じがこもっていた。欧華が宙を衷心から求めていることが、自然と察せられた。事情は宙においても変わらなかった。彼女等はそれぞれ互いに引き合うものを持って、出会うべくして出会い、接近するべくして接近するようだった。

 

 いつしか彼女等は、首を少しだけ捻り、横目で見つめ合っていた。

 

「ちょっとびっくりしちゃったけど」、と宙は苦笑して言う。「お出かけ、全然オッケーです。休みが合えばぜひ行きましょう」

 

「いいお返事をいただけてよかったです」、と欧華はにっこりして返す。「まだ定まっていることは少ないんですけど、連絡は追ってさせてもらいます」

 

「分かりました。じゃ、楽しみに待ってますね」

 

 話が終わり、二人は別れを告げ合って離れる。欧華は作業に。宙は買い物に。過日連絡先を記したメモを宙が欧華に手渡したが、今回更に二人の関係は少し前進し、隔たりが狭まったようだった。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 リュックサックを背負った宙が、スーパーで買った品物の入ったエコバッグを携えて家に帰った時、日はすっかり落ちていた。家にはすでに陽子がおり、ただいまと言って宙が玄関から居間に行くと、陽子が開いたスーツケースに用意した荷物を詰めている場面に出くわした。陽子は次の日旅行に行くのだった。五月の連休の前日だった。

 

「あぁ、おかえり」、と陽子。「ごめんね。ちょっと散らかってるけど」

 

 お気に入りであろう衣服のセットに、歯ブラシに、デジカメに、ガイドブックに……とにかく、たくさんの荷物が散乱している。

 

「精が出るね」、と宙がいささか呆れて言う。彼女はキッチンに行き、エコバッグを天板に置くと、中身を取り出して冷蔵庫に入れていった。

 

「明日は早起きだもん。呑気に構えてられないわよ」

 

「何時に出るの?」

 

「六時には出るかなぁ。だから、五時には起き出してこないとね」

 

「旅行って忙しいんだね」、と宙は言って、冷蔵庫よりパックの飲料を取り出すと、扉を閉めた。「普段そんな早く起きないのに」

 

「まぁね。けっこう大変だわ」

 

 陽子はしゃべりながら、次々と荷物をスーツケースに入れていく。

 

「忘れ物しないように気を付けるんだよ」、と宙。「忘れても、わたしは持っていけないからね」

 

「分かってる。まぁでも、人間、忘れる時は忘れるからね」

 

 

 

 宙は、四五〇ミリリットルの飲料のパックにストローを差すと、キッチンにゆったりもたれかかって飲んだ。欧華にお出かけに誘われたと報告しようと思ったが、目下荷造りにてんてこ舞いの陽子には、話を聞く余裕はなさそうだった。別に無理に言う必要はないし、宙はこの報告に関しては、別の機会を待つことにした。

 

 

 

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