星空のスパークル【完結】   作:Yuki_Mar12

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《31》

***

 

 

 

 現在スーパーでアルバイトしている欧華は、以前はよそで正規雇用で働いていた。

 

 その辺りの事情はかなり込み入っていて、内容がセンシティブであり、欧華は関心を持たれるのが億劫のようだったし、説明する口が重かった。

 

 だが、宙に対しては、欧華はオープンマインドであり、吐露する意気があった。むしろ欧華は、自分のそういう境遇が表明しにくいという状況の窮屈さに苦しんでいるようだった。誰かに分かってほしいという望みと、気後れして知られたくないという拒否感が葛藤を生んでいるようだった。

 

「わたしは」

 

 二人共夜食を済ませたタイミングで、両膝に手を置く欧華は、ポツリと言いかけた。宙はまっすぐ彼女を見、テーブルの上に両腕を置き、左の拳を右の手のひらで包む恰好で傾聴している。

 

「国際機関の職員として、大学卒業後働くようになったんだけど」

 

 食事をいっしょにすることで互いに打ち解けていった宙と欧華は、堅い敬語が相応しくないと思うようになり、いつしかどちらからでもなく、親しくカジュアルにタメ口で話すようになったし、敬称を付けずに名前を呼ぶようになった。二人は共に二三歳だと会話を通じて分かったし、道は違うけれど、それぞれ自分なりに志を持って生きてきて、自然とリスペクトし合うことが出来た。

 

「コーディネーターって言うか、簡単に言えば、会議とかの準備係。日程や会場を各所と調整して決めるの」

 

「何か、信じられない」、と宙は呆然として述べる。「今の欧華からは想像出来ないくらい、仕事のスケールが大きいよね。世界を股にかけるって感じで」

 

 欧華は苦笑し、「やってることはそう難しくないんだよ」、と謙遜を込めて言う。「映像制作の現場のアシスタントディレクターに似た立ち位置で、そう言えば何となくわたしのやってたことのイメージが出来ると思うけど」

 

「あぁ、AD」

 

 宙は考えるように天井をしばし仰ぐと、欧華に目を向け直し、「要は」、と言う。「パイプ役ってことね。あっちに行ったりこっちに行ったりして」

 

「そうそう」

 

 欧華は頷いて肯定する。

 

 

 

 ――欧華には過去、親の仕事の都合で、海外で長い期間生活していたことがあった。そのため外国語が堪能で、また外国の友達が多く、その繋がりを大切にしたい思いで、日本に定住して日本の仕事をするという選択をせず、国際機関の職員となったのだった。

 

 進路選択を迫られる若者の多くがそうであるのとは違い、欧華には具体性のある理想があらかじめあり、そのために踏まなければいけないステップが早い段階で把握されていた。だからどうすればいいか、努力の向ける先とその仕方が欧華において明瞭で、要点が押さえられていたことで、彼女はうまく理想までの道のりを短縮化して、そこまで漕ぎ付けることが出来、決して誰でもなれるわけではないポストを獲得したのだった。

 

 その後は適性や素質が仕事とマッチして開花し、欧華は親元を離れて日本を発ち、あるいは国際機関の支部に、あるいは上に指示された任地に赴き、そこで必要とされる職務に就いて生活した。彼女がコーディネーターとして参加する会議は、学会やシンポジウムなど、政治とは無関係のものがあったが、基本的には国際機関を構成する国々の政治的意図や思惑が必ず付いて回り、往々にして会議の場は平穏ではなく、平行線を辿るか、紛糾するかした。

 

 欧華は眉をひそめて不快そうに下唇を噛んだ。

 

「わたしがその仕事に就いた年に、戦争が始まったんだ」

 

 宙は彼女が暗に言及している戦争を知っていた。その戦争は、二国間のものであり、局地的に今なお続いており、報道は連日絶えない。死者は増え続け、現地では混迷を極めている。

 

「戦争は悪い流れを作った。殺人とか強盗は当たり前になったし、飢餓とか貧困で路頭に迷う人々が出てきた」

 

 そして彼女が参加する会議は、戦争にまつわるものが大半を占めるようになり、その場はいつもピリピリした緊張感が張り詰め、怒号や非難が絶えず、会議と称するには程遠い罵り合いでしかなかった。

 

 コーディネーターはあくまで会議の補助役に過ぎないが、その場に居合わせる欧華は、いたたまれない気持ちで苦しかった。戦争の被害に巻き込まれた友達の哀訴があったが、彼女に出来ることといえば、慰めるくらいであり、畢竟、彼女は無力だった。

 

 その無力感と、会議に出席する重役たちの狡猾で政略しか頭がない態度は、どうにかして問題が解決されればと望む欧華を失望させ、彼女の悲嘆と無気力を増大させるばかりだった。

 

 

 

 そして後に彼女は退職することになる。多くの仲間の慰留を無理矢理振り切って。

 

 

 

「……」

 

 

 

 欧華は顔を伏せ、押し黙った。

 

 宙には言うべき言葉が見当たらなかった。欧華は決して怠惰や責任の回避で退職に至ったのではなく、人々の悪意という一種の病毒に当てられてやめざるを得ない窮地に不可抗力で陥ったのだ。

 

 どうにかしたいのにどうしようも出来ずに破れた彼女への深い哀れみと、世の中にはびこるどうしようもない粗暴さへの憤りが、宙の中に渦巻いた。

 

 

 

 喧噪に疲れ果てた少女は、大きくて広い難題の多い世界を去り、この狭小で閉鎖的だけど平穏に過ごせる田舎町まで、癒しを求めて避難しにやってきたのである。

 

 

 

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