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欧華は動揺していた。彼等の理想の器にされる窮屈さに嫌気が差し、みずから望んで彼等と距離を置いたのだが、絶縁を予告される事態は想定していなかった。彼女は父母とは互いに実の親子同士だし、極端に険悪にはなるまいと高を括っていたのである。
欧華は実際のところ、父母と離れ離れの期間、自分が解放された感じで気楽だったし、重圧がなくなった身軽さが快適だった。憂鬱さは次第に和らいで、医師の診断で、睡眠導入剤を飲む必要がなくなった。
突き付けられた絶縁の予告に屈するか、抗するか、欧華は揺れた。
「旅に出たいなぁって思ってた」
車を運転する欧華が口にする。
助手席の宙は不意を衝かれ、聞き取れなかったかのようにきょとんとする。
「旅に出たいって思ってた」、と欧華は重ねて言う。「どこか目的地があるわけじゃないけど、とにかく一所に留まっているのが嫌だった。窮屈で、鬱陶しくて、不自由で」
二人が乗るコンパクトカーは、汪海町と隣町を繋ぐバイパスのトンネルを潜り抜け、町中に向けて山道を走っていた。
「わたしは」、と宙はどこか躊躇いを込めて返す。「欧華の家庭のことはまだよく知らないけど、親子の仲が悪いっていうことのイメージが、うまく出来ないんだよね」
「宙は、幸せだよ。お母さん、すごくいい人そうだもん」
「そうかな?」
宙は首を傾げる。
「宙は多分、家にいるのが嫌で遠くに行きたいとか、あんまり思わないでしょ?」
「そんなこともないよ。たまにお母さんと口喧嘩して、顔を合わせたくない時があるし」
「わたしも、両親と顔を合わせたくなくて、遠くに逃げてきた。そしたら……」
欧華は、両親に絶縁を予告された事実を告げた。
宙は絶句して、気遣わしい思いで運転席の欧華の横顔を窺った。告げられたショッキングな事実に反して、欧華の横顔は静穏で、だけどその静穏さが、むしろ空恐ろしかった。
本当かと宙が問うと、欧華はただ頷くだけだった。
車は山道を抜け、信号のある交差点の多い市街地にやってきた。
「ショッピングモールに行こう」、と欧華が言う。「運転するの疲れてきちゃった」
コンビニでの休憩後、一時間はゆうに越えていた。
だが宙は、「あぁ、うん」、と生返事を返すのが精いっぱいだった。
そのショッピングモールは、過日和子の要望で欧華が同伴し、車で行ったところであり、また彼女が偶然陽子といる宙を見かけたところでもあった。
立体駐車場の空きに車が止められ、宙と欧華は下車し、駐車場のエスカレーターでショッピングモールに下りる。
欧華がエスカレーターの下の段におり、宙はそのすぐ後ろの、一段上に並んでいた。
「フードコートに行こう。お昼まだだし」、と欧華。
「そうだね。お腹、空いたかも」、と宙。
時刻は午後の一時過ぎ。まだランチタイムの範囲内だった。
フロアに着いて、二人が向かったフードコートは、連休ということと、日曜日ということで、まだまだ盛況のようだった。混雑していたが、席に空きはあり、彼女等は四人掛けのテーブル席に付いた。
フードコートには和食、洋食、中華、色々あったが、宙は単品のうどんを、欧華はハンバーガーのセットを食べることにした。
音で知らせる呼び出しベルをそれぞれ受け取ると、テーブルに戻った。
隣の空席に宙も欧華も荷物を置いていたが、二人の位置ははすかいで、和気藹々という感じではなかった。宙はお腹の辺りでスマホを見下ろし、欧華は卓上に腕組みして、ぼんやりしている。
「そういえば宙」、と欧華。
宙は顔を上げる。
「花火大会のこと、知ってる? 今年の八月にやるっていう」
「さぁ、知らないけど」、と宙は返すが、即座に手のスマホで検索してみる。すると、情報がズラッと表示される。
「今調べてみたら、本当みたいだね。花火大会。この町の海辺でやるみたいだけど」
「ここ数年、見てないなぁ、花火」
欧華は瞳を上向きにして慨然と言う。
「忙しかったから?」
宙は顔を上げて彼女を見、問いかける。
「うん」、と欧華。「久しぶりに見てみたい」
「汪海町でもやってくれればいいんだけど」
「ひょっとしたら、汪海町でも花火大会の花火がちょっとは見えるんじゃない? この町と隣り合わせだしさ」
「さすがに厳しいんじゃない?」と宙は小首を傾げて疑うように言う。
「ううん」、と欧華が残念がるように目を細めると、彼女の呼び出しベルが鳴り、彼女は組んでいる腕を解いて席を立ち、店の方に受け取りに行った。
程なく宙のベルも鳴り、欧華が帰ってくるタイミングで席を立ってテーブルを離れた。
欧華はハンバーガーやポテトの載ったトレーをテーブルに置いて座ると、何とはなしにスマホをポケットより取り出して見てみた。あの後煩わしい電話もメールも来なくなり、彼女は一抹の安堵を覚えたが、ホーム画面に表示されるようにしている天気予報に注意が行った。その日の天気を示すマークが、元は白い雲だったのが、青い傘に変わっている。午後から天気が崩れるようだ。
その内宙がうどんの載ったトレーを持って戻って来、彼女は、ランチに手を付けずにスマホを見ている欧華に怪訝の目を向けて自席に座ると、「どうしたの」、と尋ねた。宙にしてみれば、また家庭の方で問題があったのかと勘繰られるようだったが、「雨が降るみたい」、と欧華が答えると、何だか拍子抜けするようだった。
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