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宙の勤務する科学館に来る客といえば、半分以上が社会見学の学生なのだが、これはどこの科学館も事情はさほど変わらないだろう。連れられてくるだけの子供たちは、大して関心を持ってるわけではなく、半ば遠足気分である。だが、中にはきちんと目的意識を持って来館する者もおり、高校生や大学生など、ある程度進級している場合が多い。子供たちには通俗的でありふれた説明だけで済むことも、高校生を越えてくると、そうは問屋が卸さない。専門的知識が要される。そもそも、幽霊じみた暗い見た目の宙は、進んで声をかけられることがあまりないのだが……。
宙が青い髪の少女の出てくる不思議な夢を見た翌日は、小雨の降るジメッとした日和だった。
人影は疎らで、接客の仕事はほとんどなく、宙は彼女の主戦場であるプラネタリウムで投影機の整備や客席の清掃など、雑用をこなしていた。清掃はたやすいが、投影機の整備となると、操作とは打って変わって、先輩のアドバイスがなければ、まだまともに出来ないのだった。とはいえ、プラネタリウムの投影機は極めて精密なものであり、プラネタリアンとして整備するのは簡易なところまでで、それ以上となると、専門家の領域なのだった。
さて、雨降りの日の、客の少ないその日のお昼に近い頃合い、一人の客がやってきた。自動ドアが開いて中に来館してきたのは、少女だった。年齢は、二十歳を超えたばかりという感じだった。青い髪が特徴的で、背中に届くほど長い。大学生だろうか。社会人だろうか。
プラネタリウムを観に来たんですけど……少女はそう、受付の者に問い合わせた。彼女は物腰柔らかで、慎ましい感じがした。ただその一方、どこかボーッとして心ここにあらずという感じがし、何か苦悩の跡を思わせる印がその面にあるようだった。
客席の隙間のほこり取りやシートの消臭などしている宙は、雑用と並行して、昨夜見た夢を思い返していた。プラネタリウムと見間違えた海辺の夜空の下で、彼女は一人の少女を脇に目にした。ほっそりした体の可憐な少女だった。青い髪の、きめの細かい肌を露出させるノースリーブのブラウスが、チャーミングだった。
会ったこともなければ見たこともない人物が夢に現れるというのは、宙にとってはあまりない経験であり、そのために昨夜の印象が消えずに鮮烈に残っていた。彼女はいったい何者なのだろう? 宙の記憶に該当する人物は、ところがいないのだった。
その内、お客さんが来たとプラネタリウムで働いている宙を始めとしたスタッフたちが告げられた。彼女等は、意表を衝かれた感じで、慌てて準備に取り掛かった。
投影機を遠隔でコントロールするデスクに付いている宙は、いつものように、天井のスクリーンに映すためのプログラムをパソコンでセットすると、リラックスして客の到来を待っていた。だが、やがてやってきたその姿を見て、思わずギョッと目を疑った。
ちょうど彼女の横からの視点で、プラネタリウムに入ってくる少女の姿が見えた。ノースリーブのブラウスではなく、ただのパーカーを着用しているが、青い髪は夢さながらであり、宙は愕然とした。耳にさがる球状のオレンジ色のピアスまで同じだった。まるで夢から飛び出てきたかの如き似姿だった。否、最早同一人物に違いなかった。
驚きと当惑の熱のこもった視線を察してか、離れたところを歩く少女が、ハッとして宙の方に目をやった。
その時、二人の視線がまっすぐに交差した。
宙は彼女と目を合わせ、まず間違いなく、彼女が夢の中の人物と同じだと認識し、だが一方で少女の方においては、宙はギョッとしたしかめ面を、その重々しい髪の間に呈しているばかりの、ただのヘンな女だった。
少女が好きな席に付いて以後も、宙はその方に目を注いでおり、先輩に注意されるまで、夢中で我に返らなかった。
少女はぼんやりと天井を仰ぎ、映写を待っているようだった。
宙は瞑目して深呼吸し、乱れた調子を整えると、平静さをいくらか取り戻すことが出来たようだった。
部屋が消灯され、宙のデスクのモニターだけが明るい。マイク付きのヘッドセットを着けた宙が、映写のためのオペレーションを始める。
プログラムが開始され、投影機が起動し、真っ暗の天井に星々が映し出される。この状況では、いくら目を凝らしてみても、少女の姿は暗闇に紛れて見えず、未だに彼女への関心が拭えなかったが、宙は充分集中することが出来るようだった。それからは、ただおのれのすべきことに没入しさえすればよかった。投影される像に合わせて、マイクを通じて解説の声を入れていく。宙は見た目が幽霊じみていたし、普段しゃべる時の声もどちらかというとボソボソとくぐもりがちだったが、訓練した解説の時の声は、ハキハキとしていて、客においても、職場の仲間たちにおいても、決して評判は悪くなかった。
やがて上映が終了し、消えていた照明が灯される。
明るくなって、宙は幾分かの達成感と満足感と共に、やはり客席の少女の方をじっと見ていたが、少女はおもむろに立ち上がると、プラネタリウムより退室するのではなく、宙の目線に呼応するかのように、宙の方へと歩いていった。
「――とても綺麗でした」、と少女。
デスクの前に佇む少女は、にっこりと笑っている。柔和で、そして慎ましやかだった。戸惑う宙にとっては、そう感想を述べる少女こそ、綺麗なのだった。
「あ、ありがとうございます」、と宙がモジモジして返す。
「あの、お名前は何と仰るのですか?」
「わたしは、天国宙。
「スケールの大きいお名前ですね」、と少女は言い、クスリと笑うが、決して馬鹿にした笑いではない。
「あなたのお名前は?」
「わたしは、
「欧華……何だか国際的な響きがしますね」
「そうですね」、と欧華はなぜかシュンとした表情を見せる。「その印象は、あながち間違いじゃないです」
宙と欧華。二人の少女は、小雨の日のプラネタリウムにて、こうして半ば偶然に、半ば運命的に出会い、知り合うこととなった。宙にとっては、夢の登場人物との現実での遭遇であり、どこか神秘的であり、謎めいていて、それでいて素敵だった。彼女等は互いに関心を持ち、惹かれ合う形で接近したが、それぞれにおいて、この関係が一時のものでなく、継続するものであろうという風に、自然と推定された。
その関係が、短く終わるものなのか、長く続くものなのか、この時点では二人共、まだまるで見通しが付かなかったけど、いずれにせよ、深いものになるに違いないという気が、ある種の胸のときめきを伴って、したのであった。
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