星空のスパークル【完結】   作:Yuki_Mar12

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《43》

***

 

 

 

 まもなく夜が来る。すでに辺りは暗く、空には無数の星が瞬いており、月が皓々と照っている。風声を除けば、他の音はほとんど聞こえない空間。

 

 

 

 ここはモンゴルの草原。街の外側の丘陵地に、果てしなく広がっている。

 

 

 

 欧華は、現地の遊牧民が暮らす移動式テントのそばで、草地にじかに膝を抱いて座り、星空を見上げている。

 

 六月でもモンゴルの草原は寒く、ひどい時は日本の真冬ほどである。

 

 テント付近には篝火が焚かれており、真っ暗ではないが、街の電灯ほどは明るくない。蛾が数羽、燃え盛る篝火にたかっている。

 

 遊牧民の家畜である馬の数頭が、テントのそばで並んで佇んで、睡眠している。

 

 香ばしいにおいがし、欧華は思わず空腹感を催す。テントの中で食事が調理されているのだろう。乳製品と肉ばかりの、あまり洗練されていない現地の食性に、欧華ははじめ馴染めなかったが、その内適応した。

 

 膝を抱いて座る姿勢がだんだん窮屈に感じられてきた欧華は、脚を崩して股を胡坐のように開き、両手を後ろに置いて上半身を仰向けた。以前はこういった振る舞いははしたないと厳禁されたものだが、今は叱責も注意もされず、安気だった。この姿勢では、さっき目だけで見上げていた星空が、遥かにより広々と見えるようになり、欧華の目には、澄んだ空気の夜空に照る星々は、今にも降ってきそうに思えるくらい近く迫って見える気がした。

 

 宙が見せてくれたアルバムの写真も、確かこういう風だった。

 

 欧華はしみじみ思い返す。彼女が宙の家に泊まった時、宙が持ってきた亡き父の遺品だというアルバムに、夜空の写真があった。あの写真でも、星々がたくさん瞬き、真っ白の月が、王様が玉座に座るように堂々と浮かんでいた。

 

 欧華はその写真を見せて貰うことで、初めて夜空の雄大さを知る気がした。欧華は幼少期海外に住んでいたことがあるし、国際機関の職員となって以後は、いくつかの国に足を運んだものだが、その写真ほど美しい夜空を見た経験はなかった。

 

 

 

 ふと、欧華の名が呼ばれる。彼女は声のした方に振り向く。テントの出入口の布をペロッと手でめくり上げて、女性が顔を出し、欧華の方を窺う。

 

 じき夜ご飯の用意が出来ると、女性は欧華に伝えた。女性は欧華が手紙で書き記した、今はやめてしまった仕事の仲間だった人だった。仕事での任地はモンゴルではないのだが、今は帰国休暇制度を用いて母国に帰ってきているのだった。

 

 分かったと欧華が答えると、女性は外にいて寒くないか、と尋ねた。テントの中には焚火がある、夜の草原は真夏でも冷えるから、あまり長居しないようにと注意し、テントに戻っていった。

 

 欧華は転じていた目を元に戻し、再び星空を見上げた。

 

 今更ながら欧華において、この夜空も写真に撮って宙に送ればよかったと悔やまれた。自画像だけ撮って送り付けるなど、嫌らしいことだが、異国に旅している風の自分が妙に気に入って、見せびらかしたい気持ちになったのだった。また手紙は、居候させて貰っている和子には送らずに、ただの友達に過ぎない宙には送って、連絡すべき優先順位がちぐはぐだった。

 

 欧華は、そういう自分が幼稚と思う一方で、どこか無邪気に思えて愉快だった。仕事もロクにせず、何をしているのかとみずから呆れずにはいられず、彼女は思わず苦笑いがこぼれ、片手で鼻の下を押さえてクスクス笑うのだった。

 

 こうした放埓さが、仮に欧華において思春期になかった反抗期の狂い咲きの如き現れだとすれば、彼女は、何と厄介なのだろうと半ばおかしく、半ば憂わしく思わないではいられなかった。

 

 笑い終え、鼻の下の手を背後の草地に戻すと、欧華は、今見上げている夜空に、プラネタリウムを連想した。初めて宙と行き交わした時以来、汪海町の科学館には再訪せずにいる。

 

 この雄大なる星空を視界いっぱいに眺め渡し、欧華は、宙がいい職に就いたものだと感心されてくるのだった。

 

 人口の模造品ではあるけれど、プラネタリアンはこの星空を知り尽くし、操るのである。称揚するべき、すさまじいわざだ。

 

 ――妙に高揚感があるのは、さっき大人たちに飲まされた乳酒のせいだろうか、と欧華は推測した。アルコール度数は低いが、そこそこの量飲んだので、ある程度酔っていることは間違いない。外でこうして寒風に吹きさらしにされていても、特に凍えたりしないし、何より楽しい気分だった。

 

 だが、どれだけ楽しくても、折に触れて欧華の心中には、繰り返し同じ自問の呟きが聞こえてくるのだった。

 

 

 

 わたしは何をしているのだろう?

 

 

 

 失職中の彼女にはグサリと刺さる文言だった。その問いは、彼女自身の真意である以前に、父母を始めとして、彼女が打ち解けられずに敬遠している人々が彼女に対して持っているだろうと彼女自身が勘ぐったものでもあった。

 

 何をしているのか? それでいいのか? 呑気に構えている場合か?

 

 声なき問いかけは、欧華を追い詰めていく。

 

 

 

 ハァ、とため息がふと欧華の口よりこぼれる。そして、にわかに視界が潤み、ひとりでに手が動いて目元を拭う。涙が滲んでいる……。

 

 あれほど楽しい気分だったのが挫けて、ズンと落ち込み、欧華は、夜食に誘われたものの、なかなか自信が出ず、テントの中に入っていけなかった。

 

 

 

***

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