星空のスパークル【完結】   作:Yuki_Mar12

45 / 102
《45》

***

 

 

 

 ずっと降り続いていた雨は夜が明けてようやく上がり、だが、空には厚い雲が残っていて、どんよりしていた。

 

 宙の出勤日だった。

 

 彼女の家の正面には、雨を防ぐ屋根がなく、車も自転車も雨ざらしになっていた。五月に陽子が刈った芝は、日照と雨にすくすく育ち、すでに伸び掛かっている。

 

 サドルにびっしりと付いた雨粒を手で撫でて除けると、宙は自転車に跨り、安全確認して道路に漕ぎ出していった。雨上がりは爽やかではあったが、ややジメッとし過ぎの感があった。地面はまだ濡れていて、見上げられる空の低いところには、雲の切れ端がぼんやり漂っている。

 

 通り道のそばの公園でクチナシが咲いていて、甘い芳香がした。白い花弁の花が、植樹スペースに咲いていた。品のある香りではないが、心なしか雨上がりに似つかわしいように宙には思われた。

 

 

 

 スターシップMINATOに着いた宙は、自転車を駐輪場にとめ、出入口で守衛を務める警備員に一礼して入館し、更衣室に向かった。

 

 打刻機がタイムカードに出勤時刻を打ち込む。

 

 女性用の更衣室のロッカールームには、他の職員がおり、挨拶の声が交わされた。女性の職員の割合としては事務員が多く、解説員は宙だけで、彼女以外の大半は事務員だった。宙の隣席の柳川瞳は業務員で、来館者の接客対応が主だった。

 

 そういう環境で、宙は果然ちょっとした異彩を放っていて、また最年少ということがあり、年上の諸先輩方にあるいはちやほやされ、あるいはあまり調子付かないようにやんわり牽制された。

 

 宙は暗くて幽霊のようだとして、最初は他の職員たちと打ち解けにくかったが、ちょっとした会話などで気心が知れると、一気に距離が縮まってその暗さがかえって人気のもとになった。彼女をからかおうと思った誰かが、ありふれた幽霊のイメージで、両手を垂らして白目を剥くなどし、宙が注意するという茶番が生まれた。

 

 女性というのは、気に入って仲良くする場合も、気に食わなくて刺を含める場合も、ニコニコと物柔らかにするもので、宙は幼少時より女性の笑顔が信用できなかった。ちょっとしたやり取りでも細やかに気配りしないといけないので面倒くさいと思う場面は多くあるけど、それでもやはり同性同士の気楽さはゆるぎないものだった。

 

 

 

 更衣室での準備がサッと済み、隣接する事務室に移り、館長を始めとして、勤勉に早出している人たちに挨拶して回ると、宙は自席に付いてパソコンの電源を付けた。

 

「昨日はひどい雨だったね」

 

 隣席の柳川瞳がスマホの閲覧を中断し、宙に話しかける。彼女は宙より早くに来ていた。

 

「そうですね。かなり濡れました」

 

 宙がにこやかに返す。

 

「天国さん、こないだ免許取ったんでしょ。車で来るようにすれば?」

 

「取りましたけど」、と宙がいささか困惑して返す。「まだ車持ってないんですよね。一応家にあるにはあるんですけど」

 

「買えばいいじゃん」、と瞳が冗談か違うのかよく分からない真面目くさった表情で言う。

 

「柳川さん」、と宙がやけにかしこまって呼びかける。「まだたった一年と数カ月目の職場の新人が、車好きでもないのに車なんていう贅沢品を買のは、少々無理があります」

 

 後輩の突っ込みに、瞳はフフッと鼻で笑ってどこか満足げだった。

 

 やがて始業の時間となり、朝礼のために皆が起立し、当番がスピーチする。話されるのは当日の団体客の予定や、展示物の改変など、事務的題目である。

 

 その後は各部署でのミーティングに移り、宙はプラネタリウムの解説員、技師たちと合流して暫時話し込んだ。男たちの中に、宙一人だけが女だった。紅一点と称するには、宙には華やかさが欠けている嫌いがあったが、やはり女性が混じっているというのは、場の雰囲気を柔らかにする効果があるようだった。

 

 その後各々自分の持ち場に行って仕事にとりかかった。宙はというと、事務室よりプラネタリウムに移動し、その日予定されている投影のプログラムをざっと確認し、リハーサルを行った。

 

 まだ新人の宙は、もちろんプログラムの編集には手出しできず、先輩の用意したプログラムを使わせて貰うのだった。プログラムは種類がたくさんあり、星座にフォーカスしたものがあれば、超新星爆発などの宇宙の現象を解明するものもあり、子ども向けがあれば、大人向けもあり、とにかく多種多様で求められる知識は膨大だった。日頃の勉強が大切だと宙は痛感するし、こういう学習が日常的に出来る頭脳と習性を持っていなければ、やはり学芸員というのは厳しいものだった。

 

 

 

 やがて昼時になり、宙は休憩のため、仕事に切りを付けると、事務室に戻った。

 

 ロッカールームのロッカーのリュックより、ランチバッグに入った弁当箱を取り出し、事務室のデスクに付く。

 

 

 

「お友達とはよく遊んだりするの?」

 

 昼食を食べている途中、隣の瞳が尋ねてくる。彼女はその日はコンビニで買ってきたと思しき菓子パンを何個か用意してきていた。

 

「確か、欧華ちゃんだっけ?」

 

 瞳が確認する。宙は彼女としばしばプライベートの話をするのだが、以前欧華を話題にしたことがあった。瞳はその時に宙と欧華の関係を知り、いくぶんか欧華の人物像に関心を持つようになった。

 

「欧華は今、旅行中でいないんです。二週間くらい不在で」

 

 宙は瞳と話して、また弁当の食べ物を箸でつまみながら、デスクのパソコンを見て、必要に応じてマウスを動かしてクリックしたりした。

 

 パソコンには天体の解説のページが表示されており、宙は午前中、プラネタリウムのプログラムでよく知らないところに関して、休憩がてら調べているのだった。

 

 

 

***

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。