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岬欧華。二三歳。彼女は大学卒業後、就職するのだが、一年ほどでやめてしまう。
欧華は現下、特に何もしておらず、いわば家事手伝いといったところだろうか。ともかく、
父母は、海辺の町よりずっと栄えた都市でバリバリ働いており、父は大手商船会社に総合職として勤務しており、母は留学コーディネーターとして日本人学生に留学先を提案・斡旋している。
父母それぞれ社会的成功への意識が強く、旺盛に働いてせっせと蓄財した。一人娘である欧華は、箱入り娘としてかなり富裕な環境で育てられ、経済的な不自由など、言うまでもなく無縁であり、欲する以上のものが彼女には与えられた。
幼少期、父の転勤のために家族全員で海外に長年住んだ経験のある欧華は、英語が堪能だったが、そもそも生まれ持った素質が並外れていて、学校では、学業においても、スポーツにおいても、他の追随を許さないという感じだった。
欧華はその優秀さゆえに好かれたし、また嫌われた。彼女は容貌に恵まれた美少女で、男子の人気が高かったし、加えてその優秀さを鼻にかける素振りを一切見せない素朴さのために、女子においても好感が持たれた。中には嫉妬深い者がいて、そういう者たちは、目の上の瘤のように欧華のことを忌々しく思った。だが、天衣無縫の欧華は、全てに対して肯定的であり、二三歳という年齢まで、これといった悩みもなく、過ごしてきた。
どうして欧華はたった一年で仕事をやめてしまったのだろうか。高い能力を恵まれた才媛であり、彼女の就職先も、平凡ではない限られた選良だけが採用されるところだったのに……。
それぞれ離れ離れの欧華と父母の間に、コンタクトは絶えてない。彼等は電話もしなければ、メールもせず、手紙を送ることもしない。欧華は父母と疎遠であり、何か気まずいものが、両者の間を隔てているようだった。
――その瓦屋根の古民家は二階建てで、正面に低い石垣の植え込みがあった。緩いスロープが、二つの植え込みの間を玄関まで通っている。植え込みには、シュロっぽい観賞用の低木が二本植わっている。
薄暗い畳部屋に、カーテンの隙間より陽光が差し込んでいる。敷かれた布団に、欧華が寝ているが、枕の上の片腕に頭をのせ、脚は掛布団を挟んでいる。寝ているのは彼女一人だけのようで、その部屋は、一人用にするには、やや広すぎるという気がした。せいぜい一四帖くらいだろうか。
閉じている欧華の目が開き、瞳が動いて、彼女はカーテンの隙間を見遣る。枕元の電池式の時計は、午前十一時ほどを差している。朝というには遅い時間帯である。
彼女は仰向けになると、上半身を起こし、手を口にあてがってあくびした。青い長い髪が、寝ぐせのために末広がりになっている。
立ち上がり、欧華は、窓の方に行き、カーテンを掴んでサッと開く。すると、遮られていた陽光が一気に差し込み、彼女は思わず目が眩む。
窓からは、麗らかな春光に煌めく広い海原に向かって、住宅の並びや、海辺のコンクリートの防波堤や、電線、高圧線などが見えている。
視線を向ける方を転じると、漁港が見える。欧華がその家に寄寓となっている祖父は漁師であり、あるいは今あの漁港にいるのだろうか、あるいは漁船に乗って漁に出ているのだろうか、などと考えた。いっしょに暮らす者が漁師であるため、用意される食事は、獲ってきた魚がやはり多い傾向にある。それも、アジやブリなどごくありふれた種類のものとは限らず、中には見たことのない珍しいものもあり、欧華は、祖父に影響されてと言うべきか、魚の図鑑を買い、食卓に出された種類と照らし合わせるのが、ちょっとした楽しみであった。
ふと物音がするように聞こえ、欧華は窓を開けて首を伸ばし、下を窺うと、家の正面の植え込みで、祖母がほうきで掃除している姿が見える。祖母は集中してるようで、上方の孫娘の視線に気付く感じがまるでない。
欧華は首を元に戻し、窓を閉めると、とりあえず歯磨きして朝ごはんをサッと済ましてしまおうと思い、部屋を出た。
……。
黄ばんだ換気扇や水回りの青光りするタイルに昭和のにおいのする台所のトースターで、食パンを一枚焼くと、欧華は冷蔵庫のいちごジャムを塗り、ペットボトルの微糖のアイスコーヒーの入ったグラスを持って、台所の隣の居間に行った。冷蔵庫には焼き魚の余りが、ラップに包まれたお皿にあったが、食べないことにした。
居間は、板張りの床が畳を囲っており、その畳を覆うように木の低いテーブルがあって、周りに座布団が並んでいる。
欧華は、テーブルにパンとコーヒーを置いて座布団に座ると、リモコンを取り、テーブルに対してはすかいにある、テレビ台の上の、三十インチほどのテレビをつけた。
何が放送されているか、欧華はリモコンのボタンをポチポチ押し、あてずっぽうに各チャンネルを観ていったが、特に面白いものはやっていなそうだった。
最終的にテレビは、公共放送の英語を教える語学番組に落ち着いたが、帰国子女にとっては取るに足らない内容であり、結局欧華の目は、スマホに注がれることになり、彼女はネットニュースなどを閲覧しながら、遅い朝食を摂ったのであった。
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