星空のスパークル【完結】   作:Yuki_Mar12

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《83》

***

 

 

 

 加地結香にとって、欧華との別れは望ましいことではなく、出来れば家庭教師が不要になる時までは、すなわち受験の終わる頃までは、彼女に授業を続けて貰いたいという願望があった。

 

 まだ予定でしかないが、欧華はすでに腹を決めており、向こう一年も二年もアルバイトしている見込みはなさそうだった。

 

「欧華さん、いつやめるの?」

 

 結香が尋ねた。

 

 夜の九時頃。残り三十分ほど授業時間があったが、彼女は気になって、区切りのいいところでいったん勉強を中断した。

 

「まだ決まってないよ。けど、二か月後には、きっとやめてると思う。そのくらいまでには、勤め先を決める気でいるから」

 

「……」

 

 欧華のあっさりした口調がちょっとショックで、結香は口を一文字に結び、顔を伏せ、すると、彼女の背中まである薄褐色の髪が垂れ、彼女の横顔をすっかり覆い隠してしまった。

 

 いつものように部屋の勉強机に向かって、欧華と結香は並んで座り、スタンドライトが照る机上には、教科書、問題集、ノート、単語帳、等々が用意されている。

 

 勉強机に腕を置いている欧華は、常に結香を見ている恰好だが、押し黙った彼女の心情を察し、みずからの薄情さが思い知られるようだった。そして薄情だと思い知るのは、国際機関を退いた時以来、二度目のことだった。あの時、欧華は仲間たちの慰留に結局応えられずに終わってしまい、今回結香との関係も、その時と同じようになりそうであった。

 

 欧華が結香と膝を突き合わせていた期間は長くない。だが、家庭教師と生徒という関係を、一週間ごとに繰り返していく内に、授業や会話を通じて、大なり小なり情が生まれるのは、人間と人間が接する上で、自明のことと言える。まして、結香は欧華の授業を受ける前と受けた後で、学校での成績が目に見えて変わったので、彼女に対する信頼は小さくなく、彼女の授業を受けられなくなる展望は、悲しいものに違いなかった。

 

「いいや。別に」

 

 ふと結香がやけにあっけらかんとした口調で独り言めかして言い、顔を上げた。

 

「欧華さんなしでも、わたし、やっていけるもん」

 

 いじらしいそのセリフに、欧華は思わず微笑んでしまった。

 

「頼もしいね。そう言って貰えると安心出来るし、うまくやってこれたんだって誇りに思える」

 

「うん」、と結香は頷き、授業を再開しようと最後にやった箇所を欧華といっしょに探し、教科書のセンテンスを指でなぞった。

 

 残りの授業時間の三十分弱は、あっという間に過ぎ去り、欧華は今やっている箇所の解説を済ましてしまうと、開いている教科書のページにしおりを挟み、授業を終了した。

 

 その後欧華はすぐ帰らず、結香の母がお茶と茶菓を持ってきてくれ(いつも授業終了のタイミングで持ってきて貰えるのだった)、帰る前に、軽く休憩することにした。

 

「結香ちゃんってそういえば、将来何になりたいの?」

 

 温かい飲み物の入ったカップを両手で包むように持って、欧華が尋ねる。

 

「何だろうねぇ」

 

 結香は、いささか仰け反って天上を見上げるようにして釈然としない風に返す。

 

「何になりたいとかはないけど、今いる友達と離れ離れにならずに、ずっといっしょにいられたらなぁ、とは思う」

 

「素敵だね」

 

「そのためにこれからどうするかってことだよね」

 

「そういうことだね」

 

「あっ、そういえば……」

 

 結香が何か思い出したようにハッとして言う。

 

「欧華さんって、花火大会には行くんだよね? 前言ってたけど」

 

「花火大会?……あぁ」

 

 汪海町に隣接する町、結香の家のある町の海辺で大々的に開催されるという花火大会。八月となった今、開催までずいぶん近くなっていた。欧華は、宙と何回か花火大会について言葉を交わしたことがあったが、行きたいんだかそうでもないんだか、曖昧だった。

 

 だが、それぞれの心中では花火大会のイメージが共有されており、宙の心象風景には欧華が、欧華の心象風景には宙がいて、彼女等は二人いっしょに打ち上げ花火を観賞することを想定していて、また、そう想定する以前に、まず希望しているのだった。

 

 結香が花火大会に言及したことで、欧華の心象風景には、突如として彼女が割り込む形で参加して来、だが、欧華としては、宙の他に、結香、また彼女の複数の友人たちがいても、決して悪くなく、むしろ賑やかで愉快そうで結構だった。

 

 結香の問いかけに、欧華は即答で行くとは答えられなかった。彼女はまだ迷っていたのであり、行くとしても、先述の通り、一人ではなく、宙といっしょが望ましいので、彼女との約束を取り付けられていない状況では、確言は出来ないのだった。

 

「どうしようか、まだ考えてる途中」

 

 欧華は歯切れの悪い返事で応じ、バツが悪そうに後ろ頭を掻く。

 

「行こうよ」、と結香がいささか馴れ馴れしく、また強引に誘う。「花火大会はこの町じゃ、季節のイベントで、この花火を境に秋になるって言われてるんだよ」

 

「ということは、見なかったら、ちゃんと夏の終わりを迎えられないってことね」

 

「そういうこと」

 

 欧華が花火大会の意義を理解したコメントを述べ、結香が首肯すると、欧華は、花火大会への参加を確約させられた気がした。結香には決して欧華を誘導する意図などなかったのだろうが、結果として欧華は彼女との話を通じて、花火大会に行くことを半ば決定付けられたようであった。

 

 欧華としては満更でもないが、宙がどう思っているのか、気になるところだった。

 

 

 

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