***
宙の通っていた大学は、汪海町より電車で約一時間の決して近くはない距離にあった。公立の四年制大学である。日本で少子高齢化が顕著であるとはいえ、進学を希望する者は多いし、出来れば私立と比べてより学費の安い国公立の方がいいという風に、家計の負担の点から望まれる傾向があった。
宙は早くに父を亡くし、以来、母と二人で暮らしてきた。父の死因は病気だったので、父が加入していた生命保険の死亡保険金が天国家に支払われたが、父の死後の整理のため、それなりの金額が費え、更にまだ幼い育ち盛りの宙の学費が要った。宙はその頃小学校低学年だったが、娘には、中学は勿論、最低高校までは行かせなければという強迫的思いが、母、陽子にはあった。陽子はその頃正看護師として勤務していて、天国家は共働きの家庭であり、父が死亡したからといって、すぐさま困窮するわけではなかったが、二人いた労働者の内片方がいなくなるというのは、家庭にとって甚だしい損失であることに相違はなかった。
正面が芝生になっている戸建ての家の、居間の一隅に、こぢんまりとした仏壇が置かれており、父の遺影がその脇のテーブルに置かれている。遠洋漁船の航海士だった宙の父――
娘の宙は、小さい頃より宇宙や星空など、天文学が好きであるが、その性質は父によるところが大きい。
天国は航海に出ると、決まって写真を撮って帰って来、宙に自慢するように見せびらかした。写真には、仲間との和気藹々としたシーンがあれば、海の景色があり、空模様があった。
宙の目を引いたのは、とりわけ夜空の写真であり、陸地では到底見ることが叶わないほど冴えた星影に、幼い彼女は魅了された。宙は写真を通じて皓々と照る満月を見たし、光の尾を曳く流れ星を見た。
全ての写真はアルバムに収納され、天国の遺品として、娘が大切に保管している。彼女の自室の、小さい頃より使っている勉強机の棚に、他の資料と共に並んでいる。
宙はそういう性質のため、将来は天文学の知識が活かせる職に就きたいという風に思うようになった。中学生だった宙が、進路を真剣に考える機会を与えられた時には、まだ天文学に関する職業に就きたいという漠然としたものでしかなかった希望が、年数を経ることで洗練され、高校生の頃にはある程度具体化が進んだ。彼女は一度宇宙飛行士に憧れたことがあったが、門戸の極めて狭い宇宙飛行士への感情は妄想の域を出ず、現実味に乏しかった。
高校生だった宙が卒業後の展望を求められた時、彼女はすでに自分がどうしたいか明確に決まっており、そして天国家においても、娘が卒業後に就職しようが、進学しようが、受容する準備が整っていた。それで全てカバーすることは出来ないけど、父の保険金がまだ余っていたし、陽子は家庭のために、責任を持って働いていた。
宙の選んだのは、進学であった。希望は自然科学を学べる国公立大学であり、彼女はみずから選択した進路に向け、精力的に勉学に取り組み、苦労の末に、見事第一志望の大学に合格した。
宙において、長きに渡る苦労が報われた喜びは非常に大きかった。受験勉強のために徹夜することがしばしばで、彼女は心身共にかなり酷使した。母、陽子も娘と同じくらい疲弊したし、また合格の報に際しては欣喜雀躍したし、職場での自慢話のネタにした。
さて、宙の所属することになるのは理学部だったが、大学は女子大だった。中学、高校と、思春期の大半を宙は、理想のために部活動もせず、学業のみに割いて過ごして来、異性との交流など、授業での機会を除けばほとんどまれだった。そして女子大に行くこととなり、宙は自己像に関して、確かに希望通りの人生を歩めているという認識はあるものの、何か物足りないという思いがしないでもないのだった。
だが、彼女は行くべき道を邁進し、大学入学時にはすでに地元の科学館への就職を志しており、必修のものに加え、学芸員の資格取得のための単位まで履修して、激しい受験戦争を潜り抜けはしたけれど、キャンパスライフはキャンパスライフで、中々やることが過密だった。
同性の友達との出会いも、異性と親しくなり得る機会も、十代の長い期間に何度もあったが、脇目も振らずに自分の道を行くことに熱中してきた宙は、他者との交流はそこそこに、決して倍率の低くない科学館職員の選考まで潜り抜けて、晴れてプラネタリアンになった。
宙には後悔など微塵もない。内面は常に明澄であり、毎日三食食べて六時間以上睡眠を取り、身体も快調である。だが、彼女がこれまで課されてきた試練のために費やされたエネルギーは膨大で、成功するか失敗するか自信がないことのプレッシャーもあり、あるいはその消耗が陰翳を与え、幽霊じみているという印象を他者に与える風貌に彼女をアレンジしているのかも知れない。
***