星空のスパークル【完結】   作:Yuki_Mar12

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《99》

***

 

 

 

 ある日の夕、部屋が散乱していたので、宙は整理することにした。その日は休日だった。

 

 スナック菓子の袋の切れ端や、宅配便の荷物の包装だった緩衝材のクシャクシャになったものや、時日が経って反った大して意味のない郵便はがきなどが、散らばっていた。

 

 宙は勉強机の棚が若干キャパオーバーになってきているように見えた。冊子やファイルや書籍を取り出したり、差し込んだりする時に、隙間がないのでいつもちょっと手間がかかるのである。

 

 端から端までずっと見ていくと、中にあまり要らないもの、あるいは全然要らないものがあることが分かった。情報の古い雑誌や、一度目を通したけど難解だった学術書など。

 

 だが、一番不要だと明らかだったのは、買って間もない英語の学習書だった。言うまでもなく、先の試験のために買ったものであり、不合格となった後では、無用の長物でしかなかった。

 

 Tシャツとジャージという軽装の宙は、立った状態で棚の不要物を次々と抜き取って机上に重ねていった。次回の古紙回収の日がいつか分からなかったが、後で陽子に聞けばよかった。

 

 ふと扉がコンコンとノックされ、返事がある前に開けられた。陽子だった。彼女も娘と同じく、Tシャツとジャージという軽装だった。

 

 宙は彼女の方を振り向いた。

 

「掃除中なのね」、と陽子がドアノブを握ったまま言った。

 

「どうしたの?」、と宙。

 

「今晩、外に食べに行かない? 中華なんだけど」

 

「いいよ。行く」

 

 宙はそう返すと、「あ、そうだ」、と思い出したように言った。

 

「お母さん、次の古紙回収の日っていつだっけ?」

 

「えぇと、確かその月の第一、第三火曜日だから……」

 

 陽子は部屋の壁にかけてあるカレンダーを、首を伸ばして目を細めて見、回答した。その日までまだ余裕があり、棚以外のものもまとめて出してしまおうと宙は思った。

 

「何出すの? 机の上のやつ?」

 

「うん」

 

 宙がそう返すと、陽子は彼女のそばまでやって来、興味があるのか、ちょっとした山になっている雑がみ扱いの書籍や雑誌など、一冊一冊確かめだした。

 

 その途中、陽子は「ん?」、と怪訝がるような声を発して手を止めた。

 

 天文学系のものが大半、男性アイドルグループを特集した芸能雑誌がごく一部という雑がみの中に、英語の学習書が間に挟まっていた。

 

 二人して、その表紙を見下ろしていた。買って間もないので当たり前だが、ピカピカだった。

 

「アンタ、もう英語の勉強はいいの?」

 

「だって、試験終わったし」

 

「ひょっとしたらまたチャンスが巡ってくるかも知れないじゃん。その時用に持っとけばいいのに」

 

「えー……」

 

 捨てようという思いを否定され、宙は面倒くさがって陽子の言を受け入れようとしなかった。

 

「後は、いつか出来るかも知れない海外旅行に向けての勉強に使えるし。やっぱり英語って便利みたいよ。病院の後輩が学校の卒業旅行で海外に行ったんだけど、英語が使えるのと使えないのでは、雲泥の差があるって」

 

 陽子の説得は、彼女の意に反して中々宙に響かず、宙は呆れたように鼻でフゥとため息して、微かに肩をすくめた。

 

「アンタが要らないのなら、あたしが貰っちゃうけど」

 

「いいよ。全然」

 

「あっ、そう。じゃあ……」

 

 そう言って、陽子は学習書を抜き取って、どこか得意げに微笑む。

 

「お母さん、英語を勉強するつもり?」

 

 宙が腕を曲げて手の甲を腰にやり、疑うような目付きで尋ねる。

 

「長らく行ってない海外旅行を夢見て、一念発起してやってみようかしらね」

 

 宙は俯いてまた鼻でため息すると、「まぁ頑張って」、と気のない応援の言葉をかけた。

 

 陽子はくるりと振り返って部屋を去ろうとするが、扉の辺でピタッと立ち止まり、「あ、そうだ」、と何か言うべきことがまだある風に言うと、首だけで宙の方を振り向い。「アンタ、花火大会には浴衣とか着ていくの?」

 

 陽子は、宙と欧華が近く催される花火大会に誘い合わせて行くことを、彼女の話ですでに知っていた。

 

「浴衣ぁ?」、と宙は唖然とした感じで聞き返す。「浴衣なんて着てかないよ。会場は人でごった返してるだろうし、動きやすい服装で行くのがいいに決まってる」

 

「女だったら、たまにはちょっとぐらい色気に気を遣ったら? アンタ、いっつもTシャツにジャージっていう恰好じゃん」

 

「これが気に入ってるんだからいいの」

 

 宙はちょっとムッとして言い返した。

 

「そう」

 

 陽子は、夜いっしょに外食しないといけないので、あまり娘を挑発しないように、そこまででやり取りを終え、英語の学習書を手に部屋を去った。

 

 宙は「ハァ」とため息すると、後ろ髪を軽く掻き毟った。

 

 娘がそういった垢抜けたことが不得手なのは、育ての親である母として知っていてもおかしくないわけで、つまり陽子はわざとああいうことを言って宙をからかったのだろうと、彼女には推測された。

 

 宙はその後部屋の掃除を丹念にしようと思い、物を整理整頓すると、掃除機をかけて埃を雑巾で拭き取ったりした。

 

 宙が外食に出かけるまでに掃除は終わり、部屋は見違えるくらい綺麗になり、気分がいいものだったが、そこそこ労力を要し、彼女はくたびれてベッドに座り込んでしまった。すっかりその背は丸い。

 

 最近、夜気に涼しさが混じり始めた気がした。お盆の期間が終わり、瑛地の霊はもう常世に帰ったことだろう。

 

 九月になれば、色々と変わる。宙は落ち込んだ心を入れ替えてまたプラネタリウムの仕事に打ち込むし、欧華は、介護施設で働き始める。

 

 交わっていた二人の道が、九月になれば少しずつ、逸れていくのだろう。それが互いの仲の悪くなることを必ずしも意味しないが、宙には寂しいように思われた。

 

 それぞれの道に足を踏み出す自身と相手のための餞として、今度の花火大会があるのではないか、そういう感じが、宙においてはしてくるのであった。

 

 

 

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