八葉を継ぐ者──AAA──   作:クラウンドッグ

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その計画の名は

 

 

 

 

それは町外れの街道での一幕。人目を避けたその一角で魔女との再会を果たした。

 

 

 

「久しぶりね、ナギト君。こんな夜更けに魔女と密会だなんて…いったい何を企んでいるのかしら……?」

 

 

クロチルダは会うなりそんな言葉を投げかけてきた。この絶妙なタイミングと疲労蓄積した体では、そんな事を言われたら膝枕でもしてもらいたくなる。

 

 

「はははは。そりゃまあ……イケナイ事を」

 

 

今のナギトに結社《身喰らう蛇》との繋がりはない。そのためミュゼを経由してヴィータ・クロチルダと接触する必要があったのだ。

 

 

クロチルダの冗句に冗句で返した。そもそも密会ではない。ミュゼとリィンもいる。

 

 

「ふぅん……いきなり公女殿下から連絡があって驚いたわ。まさかこのタイミングであなたから私にコンタクトをとってくるなんてね。いったいどういうつもりなのかしら……?」

 

 

 

1205年。オズボーンと《身喰らう蛇》が《幻焔計画》を進めようとする今この時期に、ナギトから接触があったクロチルダは警戒心を抱かずにはいられない。

 

 

 

「あなたが欲しい」

 

 

 

どういうつもりなのか、と問われたナギトは短くそう返した。初手のインパクトを重視した結果、愛の告白のようになったがそれでいい。仕事モードでありつつ遊びも忘れない自己性の発露だ。

 

「あらあら」と口元に手を当てて笑うミュゼとやれやれとばかりに頭を抱えるリィンの対比。それでクロチルダはこれが冗談のような協力要請なのだと理解した。

 

 

「なにをするつもりなのかしら…?」

 

 

話を聞く姿勢になったクロチルダ。ナギトはここぞと見計らって語り始める。ミュゼとは違い、クロチルダには交渉の余地があった。

 

 

 

「一年半前───あの内戦で結社がギリアス・オズボーンに奪われた《幻焔計画》を………今度は俺が乗っ取るつもりです」

 

 

 

衝撃を受けたクロチルダ。それは紛れもないオズボーンと敵対する意志だからだ。これまでどっち着かずで、バランサー気取りだったナギトの宣言。

 

 

「それは……私たち結社と協力するという事かしら………?」

 

 

当然の確認に、しかしナギトは「いいえ」と即答した。

 

 

 

「俺はあなた個人に協力を要請している。焔の眷属の裔たるあなたに」

 

 

クロチルダは目を細めた。どこで知ったのか、といった顔だ。今回ばかりは“特異点”らしい記録ではなく、並行世界の記憶からだ。

 

 

「俺の目的は、あなたのそれと近い。……だけど、結社のそれとは違えている」

 

 

クロチルダは扇子を広げると、顔の下半分を隠す。整った美貌がナギトを睨みつけた。ここからが正念場だ。

 

 

「俺の目的は───騎神を帝国に残すこと。その上で黒幕たる《黒の騎神》イシュメルガの悪意を永久に封じること。………その途上で相克はあるでしょうが……少なくとも三体、騎神を保持したい」

 

 

「………まるで、今後を見据えたかのような物言いね」

 

 

クロチルダの低い声。それはおそらく結社の使徒としてのものだ。

 

 

「《身喰らう蛇》としては相克の果て、巨イナル一の再練成を見届けたいのでしょうが……、それをやると、少なくともどちらかひとりは犠牲になる」

 

 

「どちらかひとり?」

 

 

「ギリアス・オズボーンか、リアンヌ・サンドロットか………。相克の果てにどちらかが残るとしても、どちらかの不死者は死者へと還る」

 

 

「………………」

 

 

クロチルダから無言を引き出した。ナギトと舌戦をする以前に、与えられた言葉からナギトの狙いを類推している。

 

 

「俺はね、クロチルダさん。帝国には強くあり続けてほしいんですよ。俺の愛する皆の安寧のために、エレボニアは大国であり続けなければならない。巨イナル一の力も結構だが、それ以上に重視すべきは人だ。……《槍の聖女》本人たるアリアンロード。大帝ドライケルスの転生者たるギリアス・オズボーン────どちらも帝国の未来に欠くべからざる人たちです」

 

 

アーサー世界での結末。その先をナギトは知らない。だが想像する事はできる。

そもそもが共和国によって皇帝が銃撃を受けた、というでっちあげで布告した戦線だ。

幻想機動要塞での決着後、すぐに終戦処理に入ったとも聞いていたが、その結果は惨憺たるものになったろう。世界をペテンにかけて、しかも負けた国家の行く末。多額の賠償金に加えて様々なペナルティが課されただろう。ひょっとすると、帝国そのものが亡国となりかねないほどの。

 

ナギトは、そんな未来は避けたいのだ。エレボニア帝国には以前変わりなく強き国家であってほしいのだ。自分と仲間達のためにも。

 

 

「それと、ひとつ前の質問に答えますね。回答はイエス。……帝国とクロスベルに跨る《幻焔計画》はしかし、《オルフェウス最終計画》の第二段階でしかない。………あなた方はまだ何か企んでいるんでしょう?そういった時のカウンターとしても騎神という象徴は残したい」

 

 

ナギトは懇切丁寧にアンサーしてみせる。クロチルダとの協力がなっていない今の段階でこの腹のうちを明かすのを誠意だと見せるために。

 

 

「もちろん結社の企みだけじゃない。今後の国家の守護神として、伝説の巨いなる騎士は残す」

 

 

一応、とばかりに付け加えたナギト。ひとまずクロチルダの反応を伺っていたが。

 

 

「結社の目的は《幻焔計画》を見届けること───それは相克の果てに巨イナル一の再錬成を完遂させるというもの。君の言ったとおりね」

 

 

色々な思考を置き去りにしてクロチルダは話題を転換させた。それはナギトに吹いていた追い風を根こそぎ無にするような妙手だった。

 

 

「君の目的は騎神を帝国に残すこと。……ただし、相克を終わらせるつもりはない」

 

 

ナギトの首肯を見届けて、クロチルダは問いかけをした。

 

 

 

「なら、私の目的は?」

 

 

あからさまで、嫌な質問だ。

 

 

「《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダ。………あなたの目的は、擬似的な相克を終わらせる事によって、本当の相克が終わったと巨イナル一に誤認させること。そのための内戦。そのための獅子戦役の再現。そのための煌魔城だったんでしょう?」

 

 

内戦の終わり、煌魔城でヴァリマールとオルディーネを争わせたのはそのためだ。あの時は失敗に終わったが、クロチルダがそれだけで諦めるわけがないと思っていた。

 

真なる相克を行うためには、それこそゼムリア大陸を巻き込むほどの焔が必要となる。アーサー世界でオズボーンが《大地の竜(ヨルムンガンド)》を導いたような、世界規模の大戦が。

 

クロチルダはそれを阻止したいはずだ。彼女もまた優しき魔女のひとりなのだから。

 

 

 

「……………ナギトくん、今の君は───」

 

 

扇子を下ろして傾城の美貌をあらわにしたクロチルダは、そのまま瞑目。わずかな逡巡の後に切り出した。

 

 

「──“特異点”という事を加味しても、あまりに多くを知り過ぎている。……そろそろネタバラシをしてもらってもいいかしら?」

 

 

「ふ」と笑んだナギト。これでようやく本題の核心だ。

 

ナギトはアーサー世界──並行世界での顛末を語り聞かせた。

 

 

 

「ナギトの言っている事は事実です。俺もあちらの記憶を持っている」

 

 

語り終えたナギトのフォローをするリィン。クロチルダの真偽を精査する思考を置き去りにするようにナギトが続けた。

 

 

「リィンがあちらの記憶を持ち越しているのは……騎神の起動者だから。という事は必然、オズボーンも記憶持ちという事になる。こちらは本人に確認済みです」

 

 

「本人に、って…………。はぁ……ナギトくん、君には驚かせられてばかりね。《皇の手》なんてものになった事も含めて」

 

 

ヴィータ・クロチルダは《身喰らう蛇》の使徒。魔女という素質だけでは務まらぬ結社の幹部という役割を支えているのはその叡智だ。

そんな彼女でさえ、今のナギトの行動力は自身以上と評価せざるを得ない。

 

 

「しかもその情報は………私に確認しろ、と言っているようなものね。結社にも騎神の起動者──第七使徒の彼女がいるもの。………君の本命は彼女なんでしょう………?

 

 

だが、頭の回転ではクロチルダはナギトに勝る。ナギトの狙いを看破したクロチルダはそう言って再度目を細めた。

 

 

「さすがの慧眼、お見事です。でも、あなたも本命ですよ」

 

 

ナギトの計画にとってクロチルダは本命のひとりだが、アリアンロードは大本命だ。最悪、クロチルダの協力はなくてもいい。だがアリアンロードの存在は計画に欠かせない。

 

 

「………あなたの協力を取り付けるまで言うつもりはなかったんですが」

 

 

結社と方針を違えるナギトの計画。その一端を垣間見せる事にした。あたかも誠意を示すような。情報を先売りする事で相手の譲歩を引き出すようなやり口だ。

 

 

「すでにローゼリアさんとエマには協力して新しい魔法を開発してもらっています」

 

 

「新しい魔法……?」

 

 

クロチルダは食いつく。卓越した魔女である彼女でさえ、既存の魔法のアレンジまでしか実績はなく、魔法の創造なんてものはまったくの未知数だった。

 

 

「──浄化の魔法」

 

 

もったいぶる事もなくナギトは言った。それから続けたのは、それを必要とした理由だ。

 

 

 

「今回の件、というか……帝国が抱える闇ですね。すべての糸を引いているのは《黒の騎神》イシュメルガ───その思考システムです」

 

 

ナギトの語り口にクロチルダも聞く姿勢を整える。未来で得た情報とやらが真実と仮定するならば、それはすべてを解決する糸口になるかもしれない。

 

 

「原因はわかりませんが、イシュメルガの思考システムが悪意に染まった結果、様々な悲劇の元凶となって今やオズボーンを起動者として黄昏を導こうとしている」

 

 

「なるほどね。“浄化の魔法”とは───」

 

 

 

 

「───思考システムの“悪意”を浄化するための魔法です」

 

 

 

☆★

 

 

 

そこまで聞いたクロチルダは、一方的に与えられた情報に「フェアじゃないわね」と言って、アリアンロードを呼び出した。

ややあって街道に姿を現したアリアンロードはいつもの鎧姿だったが、その玲瓏たる美貌は兜面によって隠されていない。

 

結社の使徒2人はしばらく話し合うと、ナギトたちに向き直った。

 

 

「聖女様に確認は取れたわ。………並行世界での事………、それに今この世界の運命が捻じ曲げられている事も」

 

 

アリアンロードはそこまで伝えたのか、と少し驚いたナギト。

今のこの世界は、アーサー世界──と言うよりは、正史に侵食されている。正しい歴史を導くために過去までもが改竄された。しかし“特異点”が楔となって、改変された運命はそのまま保持されている。

 

 

「改めて、君にはお礼を言わなきゃね」

 

 

唐突な感謝の宣言にナギトは「?」となる。そんなナギトを置き去りにクロチルダは続けた。

 

 

 

 

「クロウを救ってくれて、ありがとう」

 

 

 

 

それを誰かに、面と向かって言われたのは初めてだった。

正史──あの煌魔城でクロウが死ぬという運命を辿ったアーサー世界での記憶がある者ならわかって当然の事だった。

あちらの世界とこちらの世界の差異は、“特異点”ナギトの存在の有無。ならばクロウの生存とナギトの存在が直結していると考えるのは道理だ。

 

リィンもこの事実に気づかないわけではなかったが、改まって礼を言うのは気恥ずかしいほどにナギトとの距離は近かった。

 

 

 

「その感謝を受け入れます。蒼の導き手よ」

 

 

 

自分の願いを肯定された。その事実はナギトの心を暖める。それはナギトの根っこの肯定だから。

例えクロウが生き返るのだとしても、美しい物語を醜く歪めたのだとしても。こうあってほしい、という願いは間違っていないと認められたのだ。

 

 

「魔女殿」とアリアンロードが言った。場の空気感が変わる。クロチルダに代わって前に出た《鋼の聖女》はまっすぐとナギトを見つめている。

 

 

 

「貴女なら話が早い。……そう思っていいんでしょうかね…………?」

 

 

 

すでに予感はしていた。鎧姿の彼女を見た時から。

 

 

 

「決めかねています。ナギト・ウィル・カーファイ───世界の壁を破りし“特異点”。あなたの誘いに乗る事が、果たして最良の道なのか」

 

 

 

アリアンロードもまた騎神の起動者──“記憶持ち”だ。アーサー世界では共にイシュメルガを打倒した。

だが、こちらの世界でも同じ手を取るべきなのか。手を取り合うべきなのか。《鋼の聖女》──否、《槍の聖女》は決めあぐねていた。

 

「ですのでこうしましょう」と、聖女の手の中で光が弾けた。次の瞬間にはランスが握られている。

 

 

 

「───あなたの刃で、我が迷いを断ち切ってみせなさい!」

 

 

 

放たれる清廉凄絶な闘気。

反射的に太刀に手を伸ばしたリィンを「手出し無用!」と怒鳴りつける。

 

 

 

「見せてやる、リィン。お前の義兄弟は世界にも届き得るって事をな」

 

 

 

ナギトの不敵な笑みを受けてリィンはクロチルダ、ミュゼと共に距離を取った。

 

 

 

「これは………とんでもないものが見れそうね」

 

 

「ええ。武の頂上決戦かもしれません」

 

 

「私は少々、場違いな気もしますが……」

 

 

 

膨れ上がっていく両者の闘気。たった3人の見物客を前に、至高の武戦が始まろうとしていた。

 

 

 

「思えば、万全のあなたと刃を交えるのはこれが初めてでしたか」

 

 

闘気の奔流の中、彼女は言った。ナギトの胸中に苦い思い出が甦る。

一度目の邂逅はローエングリン城だった。未だ記憶も戻らないナギトはまぐれの一閃でアリアンロードを退けた。

二度目はブリオニア島での一幕だ。マクバーンと戦い疲弊したところに急襲を受けた。

ナギトが十全の己となってから戦った事はなかった。

 

 

「確かにそうですね。果たして三度目の正直となるか………。聖女様、その頼みを聞き届け──貴女の迷い、晴らして差し上げます……!」

 

 

 

2人は笑みを交換した。戦前の言葉はこの程度でいいだろう。あとは互いの得物をもって語るのみ。

 

 

 

 

 

「では──、いきます」

 

 

 

音を置き去りに距離を詰めた槍の一撃。ナギトは寸でで躱している。対応できないスピードではない。

続け様に連続する槍撃。刹那の合数は100を下らない。

 

 

「やりますね」

 

 

「今度はこちらから」

 

 

距離を取った聖女の賛辞を受け取って、次はナギトから攻める。雷鳴を響かせる“迅雷”。

 

至近距離を交わる視線。雷速の太刀は当然のようにランスに阻まれていて。互いの瞳から読み取る熱量─────

 

 

 

「小賢しい真似を」

 

 

その一瞬で、6体の分け身が聖女を取り囲んでいた。ナギトによるものだ。それらの分け身が一斉に放つ“迅雷”。迎撃するは戦場を蹂躙する雷撃“アングリアハンマー”。

 

雷撃を跳躍で避けたナギトは、迎撃で散った分け身の闘気を太刀に集束させる。

 

 

「雷神轟破!」

 

 

解き放たれた稲妻は雷神の太鼓よりなお激しく、リーヴス近郊の夜を染め上げる。

 

 

大神雷槍(グングニル)──!」

 

 

それを貫く聖女の一槍。“アングリアハンマー”のすべてをランス一本に凝縮して撃ち放った槍撃は“雷神轟破”を破り、彼方の雲を蹴散らして消えた。

 

 

 

「準備運動はここまでにしましょう」

 

 

 

着地したナギトを一瞥し────。裂帛と共に解放する隔絶。人の身では絶対に勝てないと余人に言わしめた《鋼の聖女》の神髄。彼女の250年の研鑽の結果。騎神の写し身と成る不死者の特権。“セイントアウラ”。

 

解き放たれた白銀の闘気はとめどなく。まるで大海に呑まれた感覚を味わえる。

 

 

対するナギトは静謐そのものであった。

 

 

 

「見事な闘気の運用です」

 

 

至高と呼ばれる彼女さえ感嘆するそれはナギトの絶招。騎神にも匹敵する闘気の総量と出力のそれを己の体内にて循環させて飛躍的な身体強化を施す“無縫真気統一”。

 

 

 

 

「では────耐えてみなさい!」

 

 

 

白銀の闘気が嵐となってナギトを包み込む。まるで十字架を課されたように身動きが取れない。そこに叩き込まれる必滅の一撃───

 

 

 

「星の輝きを───今ここに!」

 

 

その終わりを否定する。“無縫真気統一”状態のナギトは闘気の嵐の中にあって体幹を崩さぬ極地にあった。

 

 

 

「聖技──────」

 

 

「零の型─────」

 

 

それは霊脈から力を汲み上げる暴挙。ゼムリアの大地から力を借り受ける絶技。

 

 

 

「───グランドクロス!」

 

 

「── 龍脈凱旋・王剣真授!」

 

 

 

聖女の槍から放たれた必滅の光が、《刀神》の太刀から放たれた光の柱と衝突して相殺する。

 

闇夜を照らす輝きが落ち着き、聖女はランスの柄を握り直す。

 

 

「あの一刀を使うものかとも思っていたのですが」

 

 

“八葉一閃”のことだ。かつてアリアンロードに見せた剣技の真価は、とうに見抜かれている。

聖技すら意味を成さない根源の一太刀。それをもってすれば“空の型”を使う必要もなかったろう。

 

 

「いつもそれじゃ芸がないでしょ」

 

 

「……今の私はあの一刀に値しないと?」

 

 

「そうは言いませんよ。……いえ、嘘ですねこれは。確かに貴女の言う通り───。《槍の聖女》でも《鋼の聖女》でもない今の貴女に、アレはもったいない」

 

 

単騎で《黒の騎神》と対峙しようとした《鋼の聖女》。仲間と共にイシュメルガを打倒した《槍の聖女》。

今の彼女はそのどちらでもなかった。ただ武が達者なだけの何者でもない女に見せるほど“八葉一閃”は安くない────。

 

 

 

「だからこそ俺の不明です。貴女の迷いを晴らすと語った剣で………貴女の真を引き出していないから」

 

 

対峙する男に聖女は、どこまで武に対して真摯なのかと嘆じた。

今この立ち会いは互いに試す場となっている。聖女の槍はナギトの決意のほどを。《刀神》の太刀はどっちつかずの聖女の心を。

 

しかし、それは前提が違う。

彼女が《鋼の聖女》と果てるか《槍の聖女》として歩むか、それを決めるための戦いだ。

ナギトの剣が彼女の目に適えば後者に、決意を示せなければ前者になる。

 

聖女が十全となるのは試合の後だ。

そんなことは、わかっていたのに─────

闘争の享楽に飽かせて、彼女の全霊を引き出せると思っていた。

 

 

 

「もうやめようか─────武人然と振る舞うのは」

 

 

 

ナギトはこれまで、己に八葉を継ぐ者である事を課してきた。如何様な状況であろうと、剣を抜いて戦うとなれば、八葉の一員である誇りを懸けて。

それは枷ではなく、むしろナギトの心胆を燃え上がらせる薪だった。

 

 

 

「泥臭くいこう。俺の決意を、俺の覚悟を───貴女に示す。……全力で叩き潰す」

 

 

 

至高と呼ばれる槍使いに何たる言い様か───と、思えるほどにナギトから武人の在り方は失われていた。

そこには勝利を渇望する獣があるだけだった。

 

 

閃く刃が疾駆する。月光を反射する刀身は野獣の牙に似て。

迎え撃った槍をひらりと回避して叩き込む一撃の重さたるや。苦悶に顔を歪めた聖女がたたらを踏む。そこに追撃の蹴りが迫るが、紙一重で躱して反撃を叩き込もうとして───

 

 

「なっ────」

 

 

躱した蹴りは聖女の槍を踏みつけに動きを封じていた。

 

 

「おせぇよ」

 

 

曲芸師のような体勢から、さらに放たれる回し蹴りを聖女はまともに受けた。甲冑の防御を貫通する寸勁の如き蹴撃。威力を逃すために自ら背後に跳ぶ事さえ許さない超絶技巧。

鍛え上げた無窮の武練は剣士の誇りを捨てて尚ナギトの内に満ちていた。

 

 

「か」と空気を吐き出す聖女。白みかけた意識を強引に取り戻し、裂帛と共に放たれた闘気の奔流がナギトを引き剥がした。

 

 

 

「ナギト・ウィル・カーファイ…………あなたは、そこまで────」

 

 

 

いかに言葉を紡ごうと、視認している相手への警戒は解いていない。それなのに、聖女の視界からナギトの姿は消えた。

 

《神速》に迫るスピード。《漆黒の牙》を思わせる隠形。そのいずれでも聖女の目は誤魔化せない。

だが、その複合なら?

刹那程度ならばその意識にペテンをかけるくらいはできる。

 

コンマ1秒にも満たぬ消失。突き出された刃を、聖女は歴戦のカンをもって回避した。それでも頬に一条の傷は刻まれて。

「チッ」と舌打ちしたナギトは再び宵闇に溶け込む。その奇襲は夜の帳あってこそのものだった。

 

手を変え品を変え、《刀神》の術技と獣の呼吸で聖女を攻め立てる。理性と野生の融合だ。

 

《刀神》たるナギトと獣性を宿すナギトが戦えば、最終的に勝つのは前者だろう。しかし、対戦相手からすれば厄介なのは後者だ。読み難い事この上ない。

 

 

だが、聖女は誇張なく戦国の世を生き抜いた猛者だ。こんな夜襲は慣れっこで、そのうちナギトの緩急つけた奇襲にも反撃できるようになってきた。

 

 

 

「猪口才な………まとめて薙ぎ払います───!」

 

 

 

奇襲を仕掛けながら、ナギトは聖女を取り囲むように分け身を配置していった。しかし至高の武人である彼女ならその程度は気の流れで読める。

 

ナギトの次手が発動するのを未然に防ぐため、聖女の槍は再び白銀の煌めきを宿した。

聖技に匹敵する出力で振るわれるランスは、範囲を絞らなければ地図の書き換えが必要になるほどだ。

 

 

 

 

だからナギトはこれを待っていた。これほどの大技の後には必ず隙ができる。そこを突く────と、聖女に思わせるために。

 

 

円を描きナギトの分け身を一掃するはずだった光の槍は、半周もせずに没した。

 

 

 

「使わないと─────」

 

 

「───それが嘘ですよ」

 

 

 

次の瞬間、聖女の喉元には太刀が突きつけられていた。

 

 

 

☆★

 

 

 

大技の後隙は消すつもりだった。己の技量があれば可能だった。敗因は、そう思考誘導された事だ。

 

蓋を開けてしまえば簡単だ。聖女の槍撃は“八葉一閃”で無に帰した。いかに強力な奥義であろうと、万象の根源を宿す一太刀には勝る由もない。

 

 

聖女は、ナギトの言葉通りに今の己は“八葉一閃”を使うに値しないと信じてしまったのだ。そんなわけがないのに。250年に及ぶ研鑽は、心の不確かさなんて置き去りに至高の域にあると、信じきれなかったのだ。

 

 

 

「お見事でした……ナギト・ウィル・カーファイ」

 

 

「色々重ねてようやくの辛勝ですよ。貴女のメンタルがどっちかに定まっていたら……、俺の嘘を見抜かれていたら……。他にもたくさん。何かが欠けてたら負けてたのは俺でしたね」

 

 

あまりにも潔い彼女にナギトがフォローを入れる。まだヨーイドンで彼女に勝てる自信はなかった。

 

 

「あなたの決意と覚悟………見せてもらいました」

 

 

 

ただ勝つためだけに注力したナギト。己のアイデンティティであろう剣士のプライドを捨て、数分前の言動を翻してでも、勝ちを拾いに行くその姿勢。

ヒトというのは、こんなにも醜く(美しく)足掻けるのだと思い出させてくれた。

 

 

「力を貸してくれる、って事でいいんですよね?」

 

 

「はい。勝者に従うが敗者の定め────、ようやく踏ん切りがつきました」

 

 

2人は先ほどまで武器を握っていたその手で握手をした。そこには何の隔たりもなく、呵責もなく────。未来に向けて歩む2人の人がいるだけだった。

 

 

 

「決着──で、いいのよね……?凄まじいものを見せてもらったわ」

 

 

2人の勝負を見届けたクロチルダらが近寄ってきた。

 

 

「観客が私たちだけなのがもったいないくらいですね」

 

 

「ああ。確とこの目に焼き付けさせてもらった。……ナギト、君の………本気を」

 

 

リィンはナギトの事を兄のように思っている。本人はお兄様、だとか茶化してくるし、リィンもそう呼ぶつもりはないが。

ずっと憧れた彼の剣が行儀の良いふりをしていただけと知って驚愕を得ていた。

 

ナギトはリィンのそれを感じ取りつつも無視した。幻滅されるのは嫌だが、自分を貫いた結果で彼が不幸になるのはもっと嫌だった。

 

 

 

「リアンヌさんは俺に協力してくれる事になりました。………ヴィータ・クロチルダさん。あなたはどうしますか……?」

 

 

義兄弟から視線を移す。稀代の魔女であるクロチルダさえ今や盤面を動かす指し手足り得ないのは本人も自覚していた。

 

 

「………驚いたわ」

 

 

言葉を紡ぐ。時間を稼ぐ。自分の本心を探るために。

 

 

「聖女様が負けたのはもちろん、ナギトくん……君がこんなにも能動的に動くのが」

 

 

「これまでは起きた事件を解決する探偵役でしたからね……。今回ばかりは後手に回れば出番も与えられないでしょう。相手が相手だ」

 

 

ギリアス・オズボーン────。ナギトの知る中で最も偉大な人物だ。ドライケルスの転生者である事を差し引いても、彼ほどの傑物は他に知らない。

 

 

「そうね………。未来を知っているというアドバンテージが君にもあった事が……世界にとっての幸運になるのかしら」

 

 

「それを決めるのは後世の歴史……ってのはちょい大物ぶりが過ぎますね。俺はただ尽くしているだけです」

 

 

ナギト・シュバルツァーが生まれた意味。ナギト・ウィル・カーファイが生き延びた意味。そのどちらもきっと果たされている。

 

この物語はもう終わっていたはずなのだ。

それがアーサーとかいう“特異点”の願いに巻き込まれて、世界に孔を開けたから物語は再び動き始めた。

 

 

 

「──千の人に、千の軌跡を」

 

 

世界を物語という軛から解き放つ。“特異点”の齎す運命の改変は、そういった結果を呼び起こした。

 

 

「人は自由に生きていい。幸せを願っていい。不幸に巻き込まれてもいい。……でもそれが決まった運命なんてのはクソッタレだ」

 

 

ナギトは静かに吐露する。自分の本心を曝け出す事の、なんと気持ちのいい事か。

 

 

「万人を救う──なんて言いませんよ。でも俺は、俺の好きな人たちの幸せを願う。そのために、尽くしているだけです」

 

 

ナギトの瞳がクロチルダを捉える。真っ黒な虹彩のそれは、なにもかもを見透かしているように感じられた。

ヴィータ・クロチルダも覚悟を決める時が来た。

 

 

「ふふ……まったく大物ね、君って人は。人事を尽くして天命を破るような………」

 

 

きっと感化されているのだとクロチルダは理解していた。冷静になって考えればこの展開は間違いだったと後悔するかもしれない。

 

 

「いいわ。乗ってあげる」

 

 

でも、今この時、自分の胸に宿る熱だけは嘘じゃない。自分の好きな人たちの幸せを願う、なんて平凡で尊いものに触れてしまったから。

 

 

「《蒼の深淵》の名は返上するとしましょう。ただの魔女ヴィータ・クロチルダとして、君に協力するわ」

 

 

こうしてクロチルダはナギトの共犯者になる事が決定した。《蒼の深淵》に続き《鋼の聖女》までもが《身喰らう蛇》の離脱を宣言する。

 

 

2人の新たな仲間に、ナギトは己の計画について説明した。途中でリィンやミュゼからの指摘や修正があり、リアンヌとクロチルダからの改善案も出される。

 

話し合いが一段落した頃にはすでに日付が変わっていた。今日のところはひとまず解散となり、その間際にリアンヌが尋ねた。

 

 

「そういえば……この計画に名はないのですか?」

 

 

言われてナギトはハッとした。計画に名前をつけてなかったなんて、あまりにもナギトらしからぬ真面目ぶりだ。いつもならキレッキレのネーミングセンス(笑)を披露していたはずなのに。

 

 

このままでは締まらない、という事で計画に命名する事になったナギトは暫し悩んで。

 

 

「これはエレボニア帝国の未来を守る戦いになります。そのための計画……なので、こう呼びましょう」

 

 

ナギトは言った。帝国の伝説を終わらせないための計画。その名は─────

 

 

 

 

 

「──THE ENDLESS OF SAGA」

 

 

 

 

 

後の世に“EOS計画”と呼ばれる作戦である。

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