僕は事故に巻き込まれた結果、記憶喪失になっているらしい。
らしい、というのは何かを喪失した実感も湧かないから。まぁ記憶喪失ってそんなもんなのかな? 大事な記憶なくしてもそれが大事だった事も覚えてないなら、そりゃ喪失感も湧かないね。
ただ、記憶を失くした当時はメチャクチャ困った。事故後に病院に運ばれてから、何があったか問われてもほぼ全ての記憶が思い出せないもんだから二進も三進も行かなかったのである。身分証も金も持ってなかったので詰みに近い状況だった。
不幸中の幸いというべきか言語や一般常識とかは覚えていた。本当に良かった。これまで忘れていたら現代社会で生きていけん。
閑話休題。そんな記憶なし、金なし、身分なし、住所なしとなし尽くしの僕の元に訪れたのが姉さんだ。本名は佐藤 メグミ。年齢は分からない、多分20代前半?
彼女曰く、君は私の弟くんだったんだよとの事である。確かに髪色同じだし、顔の特徴も似ている。名字も同じだし、確かにこの人は家族だったんだなとそう思えた。
其処から記憶を無くしてから今に至るまでの数年を姉さんと一緒に過ごした。姉さんは仕事で忙しそうにしていたが、何かと僕を気に掛けてくれていた。
中学行くようにあれこれ手続きしてくれたり、旅行にも連れて行って貰ったし、LIFEを始める際にお小遣い増やしてくれたり。親代わりとしてあまりに大きな恩がある。無下にはしたくないし、なるべく負担も掛けたくはない。
とはいえ、黒髪の女の子も放置はできない。家に入れるとして何時まで入れるか、此処からどうするかという問題も姉さんと話し合わなければならない。
「ねぇ、ちょっと」
「うん、なに……?」
そんな逃避に近い思考から現実へと意識を向ける。
「この人、なんで私の顔を見るなり泡吹いて卒倒したのよ」
「わかんない……」
傍には黒髪の女の子が立ち、床には姉さんが仰向けで倒れている。床との激突前に身体は何とか支えられたから怪我はないが。
「帰って早々にさ。ごめん!人拾ってきちゃった!って言ったのが悪かったかな」
「倒れたのとは関係ないと思うのだけれど……ん?」
瞬きしながら姉さんが目を覚まし、僕の顔を見上げる。真顔なの怖いんだけど
「弟くん」
「はい」
両肩を掴まれる。カタカタと震え、必死な表情で何かを訴えようとしている。
「誘拐はァ……夜逃げはァ! 駄目だよォ!!!」
「うん、取り敢えず話し合おう?」
そういうことになった。
数十秒の間、姉さんの頭を撫でまわして彼女は正気を取り戻した。黒髪の子の目線が痛かったけど、気にしない、気にしない。
「で!!! どういう事なのか、なのかなぁ!!!」
「2回言う必要あったかしら」
訂正、姉さんの荒ぶりは常在効果のようだ。僕達と対面しながらソファーに腰掛けて、ぷんすこ怒っている。僕達? 床で正座。
「えっとね、拾ってきたのは本当。道端でその子が倒れててね。夜も遅いし、何でか分からないけど記憶もなくて困ってたらしいから家まで連れて来たんだ」
「ええ」
「記憶がない……?」
嘘は言ってない。あれこれ伏せてるだけ、というか銃撃戦に巻き込まれて逃亡したとか言える訳ない。記憶喪失というのも黒髪の子本人が言ってた事だ。それが本当かどうかは僕にはわからないけど。
「名前も、過去も、何も思い出せないわ。自分がどういう存在なのかも、全て」
「いやぁ、僕と似てるよねぇ」
「言ってる事が本当っていう確証、何もないんだけど?」
「身分証もなく、名前も何もかも知らないから出せないの。ごめんなさい」
「ああ、その、別に咎めてる訳じゃないから、ね?」
分かってはいたが姉さんの態度は懐疑的だ。
そりゃそうだ。記憶喪失なんて早々ある筈もなく、ましては家で引き取りたいなんて簡単に通る訳がない。
手間はあるがネットを使えば、身分証がなくとも家族の特定は可能かもしれない。行政を通せば、相応の支援も受けられる筈。
現代社会の力を使えば解決法は色々あるし、家で引き取るというのは色々とリスキー。僕も本来なら諸々を然るべき所に押し付けたい所だった、あの銃撃戦がなければね。
「警察……は、この辺りだとちょっと頼り辛いのは確かなんだよねぇ」
「理由、なんだっけ」
「
「警察行かなかったのは正解だった、って事かな」
「別に警察が仕事してないって訳じゃないんだよ? 企業と繋がってるからだから何?って話でもあるし」
メガ・バベル、その単語を聞いた黒髪の少女の顔が少し歪んだように見えた。
「ああでも、肝心の日本支部が倒壊したからメガ・バベルが撤退するーなんて話も聞いたねぇ。そうなったら市としても大変だから、今頃アタフタしてるんじゃないかなぁ」
「姉さんの仕事は大丈夫そうなの?」
「完全に大丈夫……とはならないかも、うちもメガ・バベルと繋がりがあるっちゃあるし。何とかならなかったら転勤とか転職? その時になったらまた言うよー」
「オッケー。本題に話を戻そう。姉さん、何日ならこの子を家に置いておける?」
「うーん……」
うんうんと唸りながら、姉さんは頭を抱えている。
負担を掛けたくないと思った手前で情けないが、此処は引けない。置けるのは数日程度であったなら、提案そのものを断られたら、また別の方法を考えなければならない。
「別に家に置いてもいい。猶予も設けないよ。ただ、その子の今後のあれこれは弟くんに任せる。協力とかは勿論するし、お金はまた必要に応じて言ってくれればいい」
「僕が言うのも何だけど、其処まで譲歩してくれるんだ」
「私もこんな可愛い子を外に置き去りなんてしないよぉ~。弟くんの気持ちも分かるしねぇ。ああ、でも条件はあるかな」
「条件?」
「名前、ないと困るでしょ? 仮でもいいから付けとかなきゃ」
「その前に、あんた達の名前も知らないのよ。あたし」
そういや、色々あり過ぎて名乗るの忘れてたな……
「僕が佐藤ミノルで、そっちが佐藤メグミ」
「ミノルにメグミね。あたしの仮名はそっちで適当に決めて良いから」
「じゃあ、ブラック「は?」ごめんて」
だって髪も目も真っ黒なんだもん。
というか目つきこわっ。
「んーじゃあ、アヤメちゃん?」
「アヤメ……アヤメね。それにしましょう……って、近いんだけど」
「んふふふっ、妹できたみたい~」
黒髪の……じゃなくてアヤメに抱き着いて姉さんが頬ずりしだした。
気に入った相手にはスキンシップ強めな悪い癖が出ているが、本人が嫌がってなさそうだからいいや。
「じゃあアヤメちゃん、取り敢えずお風呂行ってきて。服は昔着てた奴を渡すから、当面はそれで凌いでほしいなぁ」
「姉弟揃ってお人好しね……でも、本当にありがとう。遠慮なくお借りするわ」
「いいよ、いいよ。いってらっしゃーい」
そうして、僕と姉さんだけがリビングに残った。
「ねぇ、弟くん。さっき言ってたの何処までが本当なの?」
「概ね、全部?」
「まっさか、精々7割位だよねぇ」
ニコニコと笑いながら問い掛けてるけど、目が笑ってないなぁ。
今までも隠し事が隠せ通せた経験ないし、こういう時の姉さんはとても恐ろしい。
だが、僕にも対応札はある……!
「僕は姉さんが帰った途端にぶっ倒れたのが不思議なんだけど?」
「……いやぁ、弟くんに背後に凄い綺麗な子が病院服でいたもんだから。一瞬、幽霊かなって勘違いしちゃってー」
「美人の幽霊は確かに怖いね」
そう言って、姉さんは僕から露骨に目を逸らした。
アヤメを見て驚いたというのは本当なんだろうが、倒れたのも含めて解せない事が多い。
倒れる直前、姉さんの顔には完全な無が浮かんでいた。確かにアヤメの顔を認識して、信じられないとそう思ったかのような脳が処理仕切れない程の驚愕。
それは姉さんがアヤメについて知っていなければあのリアクションは有り得ない。倒れたのもそれを誤魔化すような動きに今なら見える。
だが、これ以上の追及はお互いの為にも難しいだろう。
「ま、隠し事はお互い様って事で……何か分かったら教えてよ」
「あはは、分かったよ~」
誤魔化す様に僕達は笑った。
姉さんは会った時から謎が多い人だ。仕事に関しても、僕以外の家族に関しても、事故の時に何があったのかすら話してはくれない。
事故が凄惨で、両親はそれで死んで僕は記憶を失った。そのような仮定をするなら言及しないのにも説明がつく。つくが、そのような経緯ではないと漠然とした確信はあった。
何度か尋ねた事もあったが、全てはぐらかされた。
もっと強く教えを乞えば、教えてくれるのだろうか?と考えもした。
しかし、その問いは姉さんとの関係性を壊しかねない物と……僕はそう思い込んで、今も怖気づいている。
「次、シャワー浴びちゃいなよ。その間に夕飯用意しとくからさ」
「分かった。色々、ありがとう」
「ううん、弟くんが良ければ私はそれでいいの」
僕は頷き、問い掛けを止めた。姉さんも微笑みながら黙っていた。
ぎこちなく、歪んで、それでも心地は良い関係性を壊さない為に。
或いはアヤメがそれを変えてしまうのか。
僕の選択の是非はまだ分からない。
ま、今日はガチで疲れたから今後の事は明日にでも考えよう
「そいや、あの子は何処で寝させよう」
「え、弟くんのベッドだよ。女の子なんだから床で寝かせる訳にいかないでしょ」
「じゃあ、僕は何処で……?」
「暫くは寝袋生活だねぇ。あ、それと弟くんのお小遣いはアヤメちゃんの方に回すから。そのつもりでね?」
「………」
選択、ミスったかなぁ……
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コスト1/クリーチャー/1/1
野菜トークンが自身の場に生成される時、これに+1/+1カウンターを1つ乗せる
この効果は1ターン1回まで発動する
+1/+1カウンターが3つ以上乗った状態で死亡した時、1/1の野菜トークンを生成する
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「日の光と母なる大地が俺達を強くする! でも、除草剤はご勘弁!」